プロジェクトコード-F331
プロジェクト概要: SCP-F331の発生後、マクロ的観点からすれば、人類社会に大きな変化は生じていません。SCP-F331影響者は従前までに蓄積された経験・知識を発揮しており、発展性の加速度的な減衰を除けば、社会構造は問題なく維持されています。
一方、個人単位のミクロ的観点からすれば、日常的所作一つとっても著しい変化が生じています。特筆すべき点としてSCP-F331影響者は特定の行動に執着する様子を見せ、しばし合理性・社会規範を軽視する傾向にあります。国籍・人種・基礎的な文明こそ差異はありますが、本質的にSCP-F331影響者の人格はほぼ統一されてしまったように見えます。ただし、これらの性質的評価は予想に依る部分も多く、概要程度に留められます。
現在、非影響者の財団職員で構成された特任部隊 ("カレーニン義勇兵")内で「SCP-F331を基底現実の構成要素、つまりは正常として再定義すべきではないか」との発議が為され、O5-3などの上位職員を中心に議論を継続しているところであります。しかしながら、既知の問題として当該部隊の資源的リソースは極めて制限されており、前述のとおり、本来論拠として必要であるSCP-F331影響者に関する資料は未だに不足しています。
よって、SCP-F331の影響の仔細を把握するべく、一般社会の構成員である、ごく僅かな非影響者に情報提供の要請をすることとしました。彼等は基本的に孤独であり、理解者を装えば比較的容易に協力してくれることが期待されます。
定常的プロトコル: 財団運営botの運用及び外宇宙支部を除いた全財団支部による情報連携体制の構築により、非影響者の迅速な発見に努めます。発見次第、Eメール等によりコンタクトを試み、その後、当該者付近における日常生活の変化などの情報提供を定期的に要請する運びとなります。なお要請の際、我々財団の存在は秘匿事項とされます。
情報提供を求める際、以下の基本フォーマットに従って回答するよう指示します。
①回答者の氏名
②回答者の性別
③回答者の年齢
④回答者の職業等
[以下、近況における身の回りで起きた異変、事件などについて詳細に記述]
緊急的プロトコル: 非影響者に希死念慮の傾向が確認された場合には適宜カウンセリングの実施、または収容します。
アンケート#2020-0109
From: 山崎 亮一
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2020/12/09時点)
①山崎 亮一
②男
③36歳
④建設業
あれは二ヶ月くらい前だったかな。家賃だとかテレビの修理代だとかでちょくちょく使ってるうちにいつの間にか財布の中がスッカラカンになっちまったもんだから、その日の昼飯代稼ぐつもりでパチンコ行ったんだ。
打ち始めてから一時間ちょい経ったくらいかな、その日はジメジメしててあんまり集中できなかったから、外で一服しがてら軽く休憩しようと思って席を立ったんだよ。喫煙所行くとき、70か80歳くらいかな?爺さんがよぼよぼパチンコ打ってるの見かけてさ。そこ、俺が午前中打ってたハズレ台なんだよ。
なんか可哀相だったからさ、「その台、絶対出ないぞー」ってつい口出ししちまったんだよ。そしたら爺さん、「おーおーそうかそうか、おーそうか」と言って玉持ってホールの奥へ行っちゃったもんだから、そのままタバコ吸いに行ったんだ。
戻るとあの爺さん、また同じ台座ってたんだよ。ニヤニヤしながら楽しそうにさ。さすがにお節介過ぎるとは自分でも思ったんだけど、聞こえなかったのかと思ってまた言ったんだよ。そこ出ないぞーって。そしたら爺さんは「おーそうか」って玉持ってさっきみたく何処かへ行っちまったからさ、ちょっと心配だったけど結局俺も席に戻ったんだよ。
それから二時間くらいで稼げたもんだから、帰ろうと思って交換所に行ったんだよ。したらあの爺さん、またあの台に座ってやがる。案の定、出てないみたいだったけどな。
さすがに三回目でムカついたからさ、周りの音に負けないように肩揺すって大声で言ってやったんだよ。「だからそこじゃ出ないって言ってんだろ!」って。
その瞬間、ホール中がピタッと静かになった。パチンコの音とかの話じゃなくて、なんつうかその場の空気が。びっくりして辺りを見回してみたら、他の客も巡回してた店員も爺さんも、みんな俺のことをじっと見てた。驚いていたわけでも腹がたったわけでもなさそうで、ただ目を丸くして、虫を観察するみたいな目でじっと。
なんだか怖くなって飛び出すように店から逃げたよ。それからは一度もパチンコ屋に行っていない。
アンケート#2020-0599
From: ヴラジーミル・リハチョフ
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2021/01/12時点)
①ヴラジーミル・リハチョフ
②男
③45歳
④小売業
また連絡をもらえて嬉しいよ。「まとも」なやつが他所にもいるんだなと思えば、顔も知らないとはいえ慰めになるもんだ。
大きい変化としては転職、というより起業した。元々倉庫業をやってたのは前に言ったと思うが、1年前までは入ってきた荷物をフォークリフトで運んだりする現場の責任者みたいなことをしてた。きっかけは庫内での事故だ。現場のやつがフォークリフトをうっかりアクセル踏みすぎて暴走させたんだ。幸いにも誰にもケガはなかったんだが、その件で作業員に注意してるとき、奴らがヘラヘラしてたのに腹立てて怒鳴りつけたんだ。かなりキツめに叱責したつもりだったんだが、その日から倉庫は滅茶苦茶になった。現場内で、フォークリフトを最高速で走らせて作業するのが流行りだした。最初は口酸っぱくやめろと注意したんだが、1週間もしないで下らなくなって何も言わなくなった。と言うのも、上を連れてきて注意させようとしたら、上のやつらも現場のやつらに勧めるままに遊びだしてな。それ見て辞めた。荒っぽいところはあるが、あんなことする奴らじゃなかったんだがな。
で、今はカフェ併設の雑貨店をやってる。こんな世界になってから、理不尽な要求してくる客がいなくなって小売りは大層やりやすくなったって仲間に聞いてね。もう現場で大人数相手の仕事はちょっとできそうにないよ。ひっそりロシアの片田舎で、ひとりコーヒーを淹れて生きてくつもりだ。君がどこに住んでるのか知らないが、お前さんがもし近くに来るようなことがあったら是非訪ねてくれ。
アンケート#2021-3201
From: テレーゼ・ビクスラー
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2021/05/09時点)
①テレーゼ・ビクスラー
②女
③71歳
④無職
メールをありがとう。あまりパソコンに慣れていないから、読みづらいかもしれないけど、許してくださいね。
ここのところは、家族と一緒に過ごしてるわ。娘夫婦のところで一緒に暮らしてるけど、穏やかな暮らしぶりと言って差し支えないと思います。こんな婆様に家族も周りの人もみんな優しくしてくれるし、誰も怒ったりしないから普段の生活は本当に恵まれてます。
でも、ひとつあるとすれば、お葬式だけは本当に嫌になっちゃったわね。昔のお友達もそろそろお迎えが来始める頃で、今年も何人かお別れしたけど、棺の前で誰一人涙が出てこないっていうのは、すごく居心地が悪いの。この間、我慢できなくてつい泣いちゃったけど、あの時の他の方の目が忘れられなくて。
死ぬのが怖いとかではないけれど、私が逝ってから、私の棺を最後にあの目で見られるのは、本当に嫌ね。
取り留めもないことを書いちゃってごめんなさい。ひとまず私は平穏無事に過ごしてるから、あなたも体に気を付けて。またメールをくれるのを待っているわ。
アンケート#2022-1908
From: フィリス・ライオール
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2022/04/29時点)
①フィリス・ライオール
②女
③31歳
④音楽家
お久しぶりです。こちらはイギリス、何も変化ないわ。不本意ながらね。
実際何も目立ったことはないの。月に2回のオケの演奏会をこなして、たまに遠征で演奏旅行をして、それ以外は練習と家の往復。それくらい。
あぁ、なんでもいいのであれば一つだけ。普段の練習はともかく、舞台に上がって幕が開いたときに、前よりも『孤立』している気がするようになったわね。いえ、コンチェルトのソロをやるときなんかはプレッシャーとか孤独感は感じることもあったんだけど、孤立してるとはそんなに思わなかった。だってそうでしょう?オケなら少なくとも30人以上、管楽とか弦楽合奏なら20人、アンサンブルだって3人はいるし、たとえソロ曲でも舞台に立てば客席と一緒に音楽を作っていくんだから。
それがね。一緒に作ってる曲なのに、自分のトーンだけが全く違って聞こえるような気がしてくるの。コンダクターにもコンマスにも何も言われないから、自分の気のせいかもしれないけれど。でも、先月ちょっと試してみて、確信に変わってきてる。プログラムはドヴォルザークの9番だったんだけど、2楽章のソロを思い切り抒情的にやってみて……ものの見事に浮いた演奏だった。解釈が違ってるだけなのか、それとも、他に何か原因があるのか。
私は分からないけれど、とても寂しかったことだけは聞いてほしかった。それだけ。参考になったならいいけれど。
アンケート#2023-5815
From: 王 陽
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2024/01/11時点)
①王 陽
②男
③23歳
④フリーター
僕の住んでる町はいつもは平和なんだけど、最近妙な事件が立て続けに起こっているんだ。
半年前、僕の家の前にある公園でハトが何十羽も殺される事件があったんだ。僕もチラッとだけ見ちゃったんだけど、ハトはみんな頭だけ切り取られていて、それはもう酷かった。数年前から似たような事件はちょくちょくあったけど、一度でこんな沢山なんて初めてだった。その後もハトの不審死はしばらく続いたらしい。
二ヶ月前、近所でよく見かける野良猫の天天が殺されたらしいというのを噂で聞いた。なんでも身体は無事で頭だけ持ち去られていたとか。僕も可愛がっていたし、皆から親しまれていた天天が亡くなったのはとても悲しかった。それから数日もしないうちに野良猫の飛も真真も殺されたらしくて、僕は必死に警察の人に訴えてみたけど全然動いてくれなくて……
三日前、今度は隣の家で飼われていた犬の珉珉が殺されてしまった。やはり頭だけ無くなっていたと、飼い主のおばさんが教えてくれた。いくらデカくても老犬だからきっと無抵抗に酷いことをされてしまったんだと思う。小さい頃から知ってるしちょっと苦手だったけど、少し悲しい。
つい今朝にも飼い犬が近くで殺されたみたいなんだ。きっと一連の事件の犯人は同じ人で、動物を殺すのを楽しんでいるに違いない。最低なヤツだ。絶対に許せない。
……でも、本当はそれ以上に怖いんだ。だってもう、この近くにハトも野良猫も飼い犬もいない。
アンケート#2025-4992
From: Kouji-Kanemitsu.SAR@foundation.scp
To: アドレス情報が存在しません
件名: プロジェクトコード-F331の件
お疲れ様です。
表題の件、私にもメールが引き続き来ていましたが、アンケート対象者リストの更新漏れでしょうか。
申し訳ありませんが再度確認のほどよろしくお願いいたします。
そのくらいミスんなやクソが
ーーーーーーー
金光 浩二
特任部隊 ("カレーニン義勇兵") 特任研究員
サイト8181所属 低危険度物品収容・管理官
E-Mail Kouji-Kanemitsu.SAR@foundation.scp
アンケート#2025-6021
From: ルイーザ・ソルディーニ
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2025/06/19時点)
①ルイーザ・ソルディーニ
②女
③54歳
④クリーニング店経営
子供たちが手を離れて楽になったと思ったら、なんだかとんでもないことになっちゃったわねぇ。特段食べていけなくなったりするわけでもないから、そんなに困ってることもないんだけど。
変わったこと、ねぇ。あぁ、誰なんてもちろん言わないけど、お客さんの中で変な人増えたわ。人っていうより預かりものの服なんだけど。とにかくね、そういう人ってやたらとくっさい服持ってくるのよ。1か月もおんなじ服着てたんじゃないかってくらい。油染みだか汗染みだかわかんないような汚れの着いたやつ。一人暮らしの人に多いかしらね。
なんていうのかしら。身だしなみがどうとかじゃなくて、臭いとも汚いとも思ってないような感じなのよ。一度そのへんを聞いてみたんだけど、「これは失礼!」って言って終わり。仕事柄汚れた衣類はよく見るけど、増えたわねそういうの。
あ、それで、そういうお客さんのとこには訪問回収するようになったのよ。結構好評というか、まとめて量を預けてくれる方が結構いて、実は経営的には助かってるの。儲かるのはいいんだけど、子供たちがこんな汚いカッコしてやしないかしらって心配ではあるわね。
アンケート#2028-1722
From: エルベルト・ヴィレムセン
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2028/10/09時点)
①エルベルト・ヴィレムセン
②男
③58歳
④会社役員
日頃よりお世話になっております。
近況ですが、ひとまず特段何事もありません。特に身体面については、このようなことになって以来仕事もそれほど無理な勤務を皆しなくなりましたから、すこぶる楽にはなっています。ただ、やはりこの間報告した件に関しては未だに慣れません。
定年退職したはずの元社員が、ずっと会社に来続けて仕事をしているんです。昨年度一杯で退職したはずなのに、相変わらず職場に来て、変わらず席で同じように仕事をして定時になると帰る。もちろん、勝手に来てるわけですから不法侵入です。最初は注意しましたし、終いには警察のお世話にまでなりました。ですが、全く変わらないんです。騒ぎが落ち着くとまた来て仕事をしている。給料を払う義務なんてないですから、何も出していないのに勝手に来るし、部署の者たちも当たり前に仕事を振るんですよ、その人に。
先月からは、産休を出していたはずの女性社員が同じようなことをやっています。どちらも仕事のできる方ですが、それにしても気味が悪くて仕方がありません。今年度は2人が定年を迎えます。辞めないと仮定すれば来年度にも1人。うちの会社が無事存続したとして、10年、20年、30年後…。この会社に、「社員」は残っているのでしょうか。
アンケート#2031-0641
From: カール・センナーシュタット
To: アドレス情報が存在しません
件名: Re: 現況報告(2031/01/06時点)
①カール・センナーシュタット
②男
③14歳
④学生
こんにちは。
誰にも言ってないけど、あなたたちには困ってること言ってもいいんですよね?
父さんや母さんがいつもニタニタしててキモいのはそうなんだけど、学校のことがもっと困ってます。
自分で言うのも変だけど、僕は結構真面目なほうだと思うんです。授業も真面目に受けるし、サボったことも2・3回しかないし。でも、最近は授業がおかしいんです。数学の先生、おんなじ授業しかしないんです。1年以上二次関数の授業しかしてなくて……。聞きに行けば別の単元も教えてくれるんですけど。あとはイジメが増えてます。それだけじゃなく、イジメられてる奴もヘラヘラしてて、なんとも思ってなさそうなのがキモくて。
最近は学校でも家でも目立たないようにしてます。なんとか、助けてください。お願いします。
調査実施年 | 有効回答数 |
2020年 | 1512 |
2021年 | 3512 |
2022年 | 4598 |
2023年 | 6245 |
2024年 | 7614 |
2025年 | 7404 |
2026年 | 6058 |
2027年 | 5387 |
2028年 | 2892 |
2029年 | 2054 |
2030年 | 1321 |
2031年 | 875 |
あなたは自分の約10年分の仕事の「成果」を前に、大きな溜息をついた。
誰もが慣れ始めている。この異常な世界に。
ある時、多くの人間の感情が死滅した。残った人々の心は荒野にただ放り出された。ある者は孤独の中に死を選び、またある者は孤立の果てに狂い、そして一部の者は肩を寄せ合って、いつかこの茫漠とした夜が終わることを祈った。
そして、夜はやはり終わらなかった。絶望にも人はやがて慣れるのだと、身をもって思い知った。そんなことを言ったのはカミュだったろうか。これが人間の強さなのだろうか。あるいは、弱さなのだろうか。分からない。
O5-3宛ての報告書。のろのろとタイプする指が動く。
本プロジェクトは、有効回答数が初年度を下回り、有意な調査結果を得ることが難しいと判断されました。よって、来年度以降の凍結を進言いたします。
もう一つ溜息をつく。
「正常性の定義を見直し」
そこまでタイプして、あなたはBack Spaceを押す。そう書けるほどには、強くはなかった。