ここは秋葉原。2017年の絶賛猛暑ど真ん中な7月の秋葉原である。見渡す限りに空を貫きそうな、絢爛豪華な光で着飾った建物が乱立し、奇妙かつ珍妙な恰好をした人間がわんさか溢れて、熱気を自ら生み出し苦しんでいる。
舞台はその建物の一角に静かに営業をしているネットカフェの中。一人の妖が新たなドリンクバーのカクテルレシピを調合しているところだった。
「メロンソーダとオレンジジュースはよく合う。」
着物の袖が濡れないように気を付けながら、綺麗に切りそろえられたおかっぱを揺らし台から降りるこの妖。名前を「座敷わらし」と言う。人の家に住み着き、時にいたずらをしながらも住み着いた家に繁栄を与え、去った家には衰退を残していくという、妖の中でも比較的有名でポピュラーな存在である。そんな座敷わらしが何故こんな辺鄙なところでドリンクバーを使っているのか。もう少し覗いてみよう。
「41」と書かれている表面がささくれている木製の扉を開くと、そこには全国各地の妖どもが狭い二畳半に集結していた。と、このように書くと壮大に聞こえるが、実のところこの妖ども、どこをとってもパッとしないような輩ばかりなのである。座敷わらしがごとん、とジュースの入ったコップを置く。
「今日集まってもらったのは他でもないよ。君たちに言わなくてはいけないことがあるんだ。……君たちの存在が、次第に薄れかけているんだ。」
ざわざわ、と混乱が二畳半を満たす。
「ど、どういうことですか、僕たちが、薄れかけてるって……」
おずおずと部屋の隅から意見するこの妖、名を「赤足」という。読者諸君、この名前を聞いて何をする妖か分かっただろうか。分からなかった君はこれから知ってほしい。分かった君は赤足のためにも忘れないで上げてくれ。
「言った通りだよ。君たちのことを覚えている人が少なくなっていて、君たちが存在できなくなってしまうかも、という事なんだ。」
「た、確かに、人間に存在が気づかれてしまい捕まらないように、僕たちは必死に隠れてきましたよ?でも、それで私たちが消えてしまうなんて……そ、そんなの酷いですよ!」
「ああ、私もひどいと思っている。だから、私は今日ある提案をしに来たんだ。」
「提案?」「なんだろうな」「また驚かしたりするのか」「それは怖いよ」
ざわざわとし出した部屋の中を両手で制して座敷わらしが口を開く。
「ホームページを作ろう。」
ホームページ。突然の横文字に妖どもが首を傾げだす。「ほおむぺえじ。」「なんだそれは……」「奇怪な言葉だ……新たな妖怪か?」
「うーん、とりあえずまあ、これを見てくれよ。」
ぱん、と壁に密着していたちょっと古めのパソコンを叩くと枠部分に目玉がぎょろりと浮かび上がった。「付喪神」というやつだ。草履や古い楽器なんかが主流だったが、流行というものは時代と共に移り変わるものである。
「この付喪神に助けてもらって、私たち妖のホームページを作るんだよ。」
「待ってくださいよ座敷わらしさん。私たち何もわかりませんよ。そのほおむぺえじというのを教えてくださいよ!」
「伝えるといってもなあ……」
デジタルどころかアナログすら?マークが浮かびそうな妖にホームページの説明をするのは骨が折れた。いや、骨が折れてから完全に治癒しそうなほど時間がかかった。
「……つまり、妖怪図鑑みたいなものを作って、人間に私たちの存在を知らしめるということですか?」
「ま、まあ、そんなものかな……。」
かちりと電源ボタンをつけてホームページを作るところまで付喪神にやってもらう。実は座敷わらし自身もホームページは知っていても作り方までは知らないから付喪神に全部任せてしまったというのは秘密。
「ここに君たちの情報を乗せて人間たちにアピールする。それが今回の作戦だ。」
「成程!それだけでいいのなら幾らでも作りましょう!」
わいわいと活気づいたみんなを見て目を細める座敷わらし。早速キーボードの前に座り腕まくりをする。人々に繁栄をもたらす座敷わらしだ。きっと今回の試みも上手くいくだろう。
「じゃあ、まず表題はどうしようか?」
「普通でいいんじゃないですか?妖怪たちの秘密とか。」
「まあそうだろうね。じゃあ子供たちにも分かりやすく、ひらがなにしようか。」
「いいですね!」
「表題の色が好きに変えれるみたいだから、変えてみておくね。……じゃあ、まず赤足。君のやることは何だい?」
「え、ええっと、歩いてる人の足元にまとわりついて歩きにくくすることです。」
「……それだけだっけ?」
「え、ええ。」
第一項目から薄くなってしまった。大丈夫だろうか……?しかも、写真に写らないから容姿の説明ができない……仕方ない。ここは私の絵心で何とかすることにしよう。さあ、続きだ。
「じゃあ、次はそこの豆腐小僧!君のやることを教えて?」
「え、ええっと、みんなが豆腐を買うのを手伝います。」
「……なるほど。じゃあ、次はあすこここ。君は……君は、何をやるんだ?」
「……。」
「……ぐねぐね揺れるだけじゃわかんないよ……まあ、ぐねぐね揺れるとでも書いておこうか。」
それから様々な妖の情報を入力した。
「すねこすりです。雨の夜に歩いてる人のすねをこすります。」
「……赤足に似てるなあ。兄弟みたいだね。」
「センポクカンポク、死んだ人の霊魂を見送ります。」
「お、結構すごいじゃないか。霊魂を見送るなんて!」
「はあ、でもただ見送るだけなので……操ったりとかはできないんです……。」
「……ま、まあ。監視も十分大切なことだよ。ね?」
「一円童子です。部屋のどこかに一円を置いて去るのです。」
「へえ~……ていうことは、数多いよね。なのにあまり伝承聞かないね。」
「私たちは人見知りなので。ばれないようにすることに関しては天下一品級なのです。」
「……ホームページに書いてほしくなかったら言ってね?」
「ぬっぺふほふだっけ君は?徘徊するだけかな?」
「……むかし、徳川家康さんにあった。」
「そりゃすごいじゃんか!で?何をしたの?」
「……あっただけ。それで、絵描かれただけ。」
「……せめて驚かせようよ。」
「……君はなに?名前は?」
「……さあ?」
「私君呼んだっけ?」
「さあ?楽しそうだったから来ただけ。」
「……後で私と一緒に名前決めようね。」
「お、おわった~~!!!」
ぱちぱちぱちと拍手の音が鳴り響く。時間にして約一時間。ようやく集まったすべての妖の情報を入力することができた。なんだかんだとホームページの装飾を並行しておこなっていたからか、終わったころにはもう普通に見れるレベルまでには完成していた。
「これを後は見てもらえばいいんですね!あ、でもどうやってやれば……?」
「この画面を開いたままにすれば嫌でも目に入れてしまうだろう。」
「なるほど。……しかし座敷わらしさん。なんで私たちみたいな地味で目立たない僕たちのためにそんなに尽くしてくれるんですか?」
ふっ、と呼気を漏らしながら笑い、赤足の頭……は足だけだからないのでふくらはぎを撫でて呟く。
「私たち妖は奇妙で不思議で不条理。そこに境もなにもないさ。私の仲間が消えかけてるなら、どんなことをやってでも助けたい。それだけだよ。」
「座敷わらしさん……。」
思わず涙を流す……ようにふるふると赤足が震える。なんていう心意気。ここまでしてくれたんだ。きっとうまくいく。その場の妖全員の心情が一致した瞬間だった。その時、外からこつこつと音がする。その音はこの二畳半の前で止まった。
「まずい!人が来た!みんな、散れ!」
座敷わらしの一声で皆思い思いに消えていく。地面に沈むように消えるもの、天井に飛び上がり消えるもの。壁の隙間に吸い込まれていくもの。空気中にとけるように消えるもの。こうしてみんなが消えるのにかかった時間は、1.2秒。腐っても妖。さすがの素早さだった。
「さあてと、暇つぶしに入ったが、なかなかぼろいネカフェだなあ……あれ、なんだこれ。ホームページが立ち上がってる。」
いろいろ言いたいことはあった。絵がへたくそだとか、字がちかちかして読みにくいとか、そもそもなんなんだこれは、とか。しかし、そんな感想を全部まとめて、このネカフェのつかの間の住民は叫んだ。
「だ、だっさ!!」
繁栄をもたらす座敷わらし。今回だけはどうやら失敗してしまったそうだ、と言いたいところだが、実はこの絶妙なダサさと出所不明の不気味さが一部で話題になり、妖どもは無事に存在アピールに成功したとか、してないとか。
さて、この話はこれでおしまいです。ああ、お帰りの皆さん。どうか今日出てきた妖を脳の隅っこでいいから覚えていてあげてくださいね。
貴方の記憶が、妖の活力となるのです。