幻想都市旅行記 - ニュー・ボゴタ
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悪とは何か?後味の悪いことだ

2013年 10月5日 グレイブヤード/アブサン・アベニュー karkaroff パラウォッチジャーナル専属ライター

2006年、一つの国家が世界から消えた。正確には国民すべてが夢に飲まれ、今もなおその夢を投影した幻想がかつてその国があった場所の上空に浮かんでいる。

「編集長、ここにガイドと二人っきりで取材して来いというのはいささか横暴が過ぎると思うのですが……一体私に何をどうしてこいというのでしょうか。」

緑の霧に覆われたほろ酔いの中で薄っぺらい資料を捲る。幻想都市コロンビア、世界で最も堕落した享楽都市にして、麻薬と悪徳に支えられた幻想の街。オルタナティブ・コロンビア、コロンビア・コレクティブとも呼ばれその実態は夢世界と重複した何らかの非実存領域が上空1500mに投影され繁栄を描き続けている。

私はため息をつきながらこの領域の特産品であり特徴の一つであるアブサンを啜る。ワームウッドの豊かな香りが口内に広がり、続いてミントの爽やかさとハーブの苦み、アニス由来の甘みがミックスされ口の中で妖精が躍る様だ。パリ風のカフェテリアでチョコレートをつまみに酩酊に浸っているとしばらくして頭上から声がかけられる。

「どうも、お待たせいたしました。本日はご指名ありがとうございます。ズーラ従属サービスの夢魔”ラティ”です。短期契約サービスをご希望と伺っています。」

頭上から誰もが想像する”サキュバス”のような姿をした女性が姿を現す。黒い蝙蝠のような翼、鴉のような真っ黒のつやのある長髪。まるで海にでも行くような軽装に豊かな胸、最近の流行に乗ってか腰のパニエが揺れるさまは特に煽情的で一瞬目を奪われかける。

「あ、ああどうも、パラウォッチ・ジャーナルのkarkaroffです。本日から一週間、このアブサン・アベニューを経由してコロンビア・コレクティブを旅行したくてね、ガイドをお願いしたいのさ。」

カフェのテーブルに小粒の宝石がいくつか入った皮袋を提示する。スピネル、オニキス、ルビーにエメラルド、現実世界ではあれこれの事情で価値が下がるものの夢であれば契約に伴う触媒としては申し分ないそれを並べていく。

「望むのはコロンビア・コレクティブへの侵入と領域の案内、それに一週間後にこの場所で生きて君と共にアブサンを一杯飲むことだ。出来る限り五体満足の状態で。」

私の耳は彼女が舌打ちをした事を聞き逃さなかったものの、契約書の条項を見て数秒悩んだうえでこれに了承をする。

「それではしばらくの間よろしくおねがいしますね、ミスター。ご要望があれば呼び方は変えるのでいつでも。」

推定彼女の夢魔は改めて手を差し出してくる。しっかりと契約が結ばれている事に安心して彼女の手を握り返して続ける。

「ではさっそく出発したいね、出来れば今日のうちにコロンビア・コレクティブに入っておきたい。取材を手早く終わらせてボストンでクラムチャウダーとしゃれこみたいのさ。」

「もちろん、観光客の増加に伴ってゲートは確保してあります。ただしカルテルにはご注意を、現状のコロンビアの基本方針は取り込みと拡大です。彼らのドラッグを広範囲に流通させてコレクティブそのものの勢力を拡張していく方針となっていますので。もしも危険を感じたら夢酒を使うとよいでしょう、かけるなり飲ませるなり、依然この世界の夢酒はオネイロイのシャドウに対して一定の効果を保持しています。現状のあなたの肉体はシャドウでなくゲート経由の実体ですがシャドウとして入国後は貴方にも同じく影響が出ますので極力摂取は控えてください。」

曖昧に頷いておく。スキットルと小瓶でいくつかに小分けしたアブサンをポケットや鞄に仕舞い込んでゆっくりと席から立ち上がる。机につまみの代金を置いて私は酒の街から堕落と享楽の都市へと旅立つことになった。そこは、今まで知るどの世界とも異なった不思議な幻想の都市であった。


2013年 10月5日 コロンビア・コレクティブ/ニュー・ボゴタ karkaroff パラウォッチジャーナル専属ライター

酩酊渦巻く酒の街に設置されたゲートを抜けたどり着いた地は、素晴らしい青空と爽やかな風が吹くボゴタの街だった。ビルが立ち並び、コロッセオに大聖堂、素晴らしき建造物が立ち並ぶ。延々と広がる都市に息を飲み、唖然としている中である事に気が付く。自分がひどく高い場所から街を見下ろしているのだ。

高い山やビルの上ではない、その通り私はニュー・ボゴタの上空に浮かんでいた。慌てて手足をジタバタさせると頭上から羽を羽ばたかせるラティがからかうように声をかけてくる。

「ようこそ、享楽と悪徳の街、幻想国家コロンビアへ。ここは夢なのよ、誰かの、そしてあなたの、様々な人々が見る夢をつなぎ合わせた場所、空だって飛べるわ。」

彼女はまるで水中を泳ぐように宙返りして体を捻り、私の周りをくるくると舞う。その姿は悪魔そのものなのに、あまりにも魅力的でそれをついつい目で追ってしまう。そして胸が揺れてない事に気が付き、そこが重要なのに空気抵抗はないのかとため息をつく。

「さて、それじゃ私に街を案内してくれないかい?私のガイドさん。」


コロンビアの街は一見すると何処とも知れぬ……いや、何処にでも見られる平和な都市だった。人々が笑い、行き交っている。陽気で明るい何処にでもある光景だ。だが、しばらく歩いてみると違和感に気が付いた。最初の違和感は市場だ。パロケマオ広場の市場を訪れた私はその光景にひどく驚いた。一見すれば大量の果物が詰まれ人々が行きかう否か特有のマーケットであったが、人々は大量に積まれた見たことのない極彩色の果物や紫の煙を吐き出す奇妙な煙草、何とも知れぬ生き物の肉をこぞって買い求めていた。

大抵は黒い靄に覆われた正体がわかららない不定形の何かが店舗に立ち、長い触手のようなもので貨幣や他の何かと交換に製品を手渡す。殆どの製品が他の南米諸国で売られている”それ”と比べて格安であり、私も一つ勇気を出してみようとしたが、ラティがやんわりと窘める。

「あれはある種のドラッグにあたるの。無事に出たければあれは摂取しちゃいけないわ。通りの反対側にファーストフードチェーンがあるからそこで食事にしましょう。ここは冥界と一緒よ、ここ独自のものは食べちゃいけないの。ちょっとなら平気でしょうけどあれは私の同族だし刺激が強すぎる。」

そう耳打ちしながらラティは腕を組み、さも恋人に連れられているダメ男といった体で不定形の夢魔から私を引き離して近くのドーナッツチェーンに私を引き込んだ。コーヒーとドーナッツの良い香りが漂う店内では妙にガタイのいい筋肉質の男性がドーナツを揚げている。ラティは私を適当な席に座らせると店員に悪魔語で”旅行者向けの食事”と注文して呆れた顔で話す。

「ここは、何処もかしこも隅々までカルテルや契約下にある悪魔の管理下にある首都なのよ?迂闊な態度で旅行者ぶっていたら簡単に町に取り込まれてさようならよ。そうしたら契約はおじゃん、私は上司に大目玉喰らうわ。悪魔と契約を結ぶのならもうちょっと慎重になったほうがいいわよ。」

「普通の悪魔との労働契約ならなれているつもりだったんだけどね。私はこの都市がカルテルが支配する幻想国家の首都だって認識以外何もないんだ、もうちょっとServiceしてくれてもいいんじゃないかな?チップをはずむくらいの経費は貰ってるんだ。」

ラティはわざとその大きな胸を強調するように腕を組んで前かがみになり私の顔を覗き込んでくる。一瞬胸の方に向かった視線を彼女の方に合わせなおして平静を保つ。

「そう?サービスするのはいいけど、それはサキュバスとしてのサービスをご希望かしら?それなら全身とろけるまで奉仕するのもやぶさかでないけどそういう事じゃないでしょ?私はこの街の見せられる範囲をあなたに見せて安全に返すまでが契約なの、わざわざそういう小細工で契約を蔑ろにするのは三流の悪魔のする事よ。だからもうちょっと気張ってくださらない?」

「オーケー、なら食事を済ませたらまずは宿をとってその、見せられる範囲のあちこちを観光といこうじゃないか。君は一体どういった所に誘ってくれるんだい。」

僕は上半身の露出度が無駄に高い推定インキュバスの男性から泥のように濃いコーヒーとドーナッツを受け取ると彼女に尋ねてみる。特に止める様子もないのでコーヒーを一口含むとアメリカのどのダイナーでも飲めるちょっと酸味の強いコーヒーが少しだけ気分をシャキっとさせてくれる。

「そうね、それじゃコロッセオなんてどうかしら?」


食事を終えた僕らはフォンテボン地区のビジネスホテルに部屋を取ると彼女の案内でサンタ・マリア闘牛場1へと足を延ばした。かつて、闘牛やスポーツ、イベントなどが行われていたそのコロッセオは今は1年を通して常にパーティーが開かれる騒乱の場となっていた。

毛皮で覆われたリトル・ウーキーのような小動物がドラムを叩き、サキュバスの女性がステージで騒がしい曲を歌う。人々はビールを片手に騒ぎ、所々では様々な色の煙を吐き出して怠惰を満喫している。彼女はかつて観客席であった寂れた一角に私を導くと何処から出したのかインカコーラの鈍く光る缶を私に差し出す。

「表向きの幸福の一端ってところね。好きに騒いで、踊って、ドラッグを楽しむ。日々の喧噪や仕事、抑圧、そういうのに解放されたいと願う人々がこうやって集まって騒ぐのよ。この街ではもう、ドラッグも性交渉を含むちょっとした”接待”も何もかもが認められているのよ。おおっぴらな往来で横行していないだけ良心があったと思うべきね。」

インカコーラの炭酸の弱く甘ったるいそれを舌の上で転がしながら私は彼女の言う”抑圧から解放された人々”を眺める。彼らの眼はそこを見ているにも関わらず何処か虚ろで、何もかもを得たのに何もなしえていない。そんな奇妙な違和感を覚えた。せっかく自由になったのに何かを奪われているような奇妙な違和感だ。

「それで、彼らは幸せなのか?いや……幸せなんだろうな、少なくとも表面的には。だが、ここは奇妙な違和感に溢れているように見える。何かが足りないような。」

「鋭いのね、でも、ある意味では彼らは永遠の幸せを手に入れているのよ。彼らは苦しむ要因を得られないのだからね。それは肉体に置いてきたの。その可能性は私たちの糧となってる。」

ラティは空中に何かを描いたかと思うとまるでホログラムのように四角いスクリーンがそこに浮かび上がる。彼女は私の知らない悪魔語で何かを唱えたかと思うと窓を通じて”本来のコロッセオ”の様子を映し出した。それは、奇妙で、そしてある意味では世界で最も悍ましい光景の一つのように思えた。

「カルテルはね、上位悪魔の一派と面白い契約を結んだのよ。この国の全ての生物に永遠の夢を見せてほしいってね。彼らはその対価として本来の肉体から可能性を吸い上げる事を許したの。私はその契約に含まれる夢魔じゃないから別枠だけどね。」

それは、大量の蟲に飼育される人々の姿だった。人と同じくらいか、それ以上の大きさの大量のワームが人々を運び、繭に包み、繭に繋がれた管から何かを吸い出している。管からは白い光が脈動するようにドクン、ドクンと定期的に吸い上げられ、その度に繭が小さく”身を捩る”。ディストピアとみるべきか、地獄の一部を覗き見ているとみるべきか。ともかくそういう光景が広がっていた。

「契約通りあなたには見せられる範囲で見せられるものを見せるわ。表も、裏もね。でも、それをどう思い、どう扱うかはあなた次第。私は一週間後にあなたがアブサン・アベニューのカフェで私と一杯やるまで望むままに見せ続けるけど、出来れば途中であきらめてくれると嬉しいと思うわ。仕事が楽だもの。」

ラティは妖艶なその顔をゆがめ、クスクスと笑う……いや、嗤った。どうせ見たところでどうにもできないとでもいうような厭らしい笑みだった。私は手元の金色に輝くコーラを一息に飲み干すと答えるようにクツクツと嗤い返してやる。

「それでいいのさ、私は別にこの国の人々がどうなろうと知った事ではないのさ。ただ見て回ったそれを私の書きたい方向に書き散らして読者に届けるのが仕事なんでね。見せてくれれば見せてくれるほど私は飯のタネが増えるって算段さ。今のところはお互いにWin-Winってところだね。」

甘ったるい液体がのどを通って私の脳を活性させるような感覚を覚える。奇妙な自己陶酔に身を委ねている自分に苦笑しつつ、ゆっくりと立ち上がる。ポケットに仕込んだアブサンの瓶がカチャカチャと音を立てて賛同してくれるような錯覚すら覚え柄でもないと内心で呟く。空を眺めると夕方に近づいたのか日は陰りつつあり、夕日に照らされた赤い空が燃えるような好奇心を表すかのように奇妙に揺れていた。

「さて、それじゃあ夜の街に繰り出すとしようか。今度はインカコーラじゃなくてテキーラでもなんでも酒が飲める店で夜のボゴタを見せてくれよ。旅先で美女と飲む酒程楽しみなものはないんだ。」

彼女は今度は楽しそうに笑い、翼を羽ばたかせて私を空に誘う。

「仰せのままに、ミスター。怠惰と享楽がどうやって紡がれているか。そのひと時を味あわせてあげる。」

私たちは堕落したピーターパンよろしく夜のボゴタへと飛び去った。幻想都市、コロンビアの深い闇はまだまだ私の心を離さず、私は自身の好奇心のままにその闇に沈んでいった。コロンビア・コレクティブの奇妙で不可思議な旅行記はこの夜、この街で始まったのだ。


『幻想都市旅行記 - オルタナティブ・コロンビア』
第一章『享楽と騒乱のニュー・ボゴタ』より抜粋
著:karkaroff パラウォッチジャーナル専属ライター


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