旅路の果てと最後にならない夜について
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瞬いたその瞬間、夜の花畑の中にいた。頭上に煌めく月の光が地上の花を照らし出す。静かな風に木々がざわめく。夜行性の鳥たちの声が心地よい静寂の中に響いている。

知っていた。この光景を知っていた。長い長い旅の中で時たま姿を見せる終わりの印。人類がまだ生きていながら、終わりに立ち向かう意思を失くしたその証明。この世界に伝えたとしても何の結果も得られはしない。そうしっかりと認識した時、穏やかなものが溢れ始めた。

一瞬前まであった焦燥と意志と使命感。以前似た世界を訪れた時と同じようにそれらが宙に溶け出すように消えていく。少なくともこの世界でやる事は無い。次の世界でまた頑張ればいいのではないか。そう考えて唐突に気付きを得た。この世界が終わるまでのリミットが頭の中に存在しない。転移までの制限時間がどこにも無い。それが何を意味するのかは言われるまでもない事だった。

満身創痍の体がくずおれて花畑の中に倒れ伏した。きっと次の転移はあるまい。終わり続ける無数の世界の、その終端に辿り着いた。使命を果たせなかった悔しさは無かった。その代わりに、奇妙な達成感だけが心を満たしていた。やれるだけの事はやった。全ての世界を巡り尽くした。だったら仕方ないじゃないか。

目を閉じ、微睡に身を任せ……

「諦めるのか」

かけられた声に目を開けた。目線を向ければ、知らない男が冷めた目でこちらを見下ろしている。その胸に光る赤い宝石の首飾り。

「転移の兆候があったから何かと思ったんだがな」

くたばりぞこないのエージェントとは期待外れもいいところだ、とジャック・ブライトは吐き捨てて、地面に転がったリュックの中を漁り始めた。

「情報はどこだ。他はどうにかするが、それが無いと始まらん」

「諦めて、いないのか」

思わず漏れた言葉にブライトは手を止めないまま答えを返した。

「私はな。だがそんな事はどうでもいい。早く情報を寄越せ。私が次の朝日を見られるかどうかはお前にかかってるんだ」

抗う者が、いた。歩みを止めない者がいた。ならばまだ希望はあるかもしれない。心の中でもういいだろうと声がする。十分やったと悪魔が叫ぶ。だが、戦う者がいるのであれば、ここで立ち止まる訳にはいかない。

「手を……手を、貸してくれ。手伝う」

ブライトは意外そうな顔で向き直り、手を差し出した。その手を掴み、月明かりの中によろめきながら立ち上がる。

「残り時間は」

「7時間と22分だ」

「オーケイ」

ストップウォッチを叩き、カウントをリセットする。終わりまでの制限時間は成功までの待ち時間だ。花を踏みつけて歩き出す。多元宇宙の夜明けはきっと近い。

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