都市と空は何も知らず、無垢なまま脈動していた。
レンズを挟もうと風景は変わらない。
俺はとうに飽きていたが、それでもずっと、このままがよかった。
日が変わる前から固定された一つの地点に留まり、カメラを構える。
定点観測任務への配属は年に何度かやって来る。
特定周期で自身を露出させるオブジェクトがこの世界には多い。
確実に映像を押さえるためには、機材と専門家を囲むように配置する必要があった。
ミントガムを口に入れ、設営した大型カメラの画面へと目を向けた。
高層ビルが揃って生える朝空に、雲が意思もなく散っている。
綺麗で陳腐な空だ。
この空をいつまで撮る?
当然、相手が現れるまで。
それまでは、待つ。待機する。縛られたみたいに。
俺は歯を食いしばったまま息を吐いた。
楽な仕事だな、と外勤エージェントは笑うだろう。
ふざけんな。苦痛だ。
叫びたくなって、やめた。まだ先は長い。
腕時計へ目を移し、欠伸を噛み殺した。
定期通信が入る頃合いだ。
思い出しているうちに、耳元で入電音が鳴った。
『定例点呼。こちらPoint-0。Point-A、応答願う』
「Point-A、撮影技師カメラマン・甘梨。問題なし」
俺が一息ついて、
『了解。引き続き、任務を――』
通話者の声が途切れた。
思考を整理する時間も与えずに、インカムは発狂したみたく雑音を吐き出した。
心拍エコーに似た煩雑な音だった。
知らない。去年と違う。
インカムを地面に叩きつけ、カメラを見た。
画面の奥で雲が動いていた。急速に、強風を伴って。
顔を上げても、やはり雲は塊となって移動している。
子どもの粘土遊びを見ているようだった。白と灰が混ざって寄せ集められ、練り上げられていく。
空は意図を表そうとしていた。
これは知ってる。前触れだ。
出てくるんだろう。
出てくるな。空に閉じ込められてろ。
お前なんか知りたくもなかったし、本当はこれからも見ないでいたかったんだ。
しかし、空が命令を聞かないことも、俺は知っていた。
一年振りに再会したそいつは、少し大きくなっていた。
十年ほどの昔に現れた胎児雲は、毎年8/14に記録する度、成長している。
研究者たちはいつか「生まれる」と推測している。
観測初期は否定派もいたが、次第に楽観論は語られなくなった。
あいつは生まれてくる。
姿を明示する以上、そんな気がしてならない。
額に手をやると、雨の後のように手の甲が濡れた。
定点観測任務が苦痛なのは、退屈だからじゃない。
俺たちはあいつを知っているのに、理屈も目的も分からない。
事態は進行しているのに、止めることはできない。
結局、待つしかない。
そう諭されるのが、吐きそうなほど嫌いなんだ。
ところで、あいつが産声を上げるとき、一体何が起こるんだ?
奴を見ると、それが気になってしまう。
そして、毎年答えはすぐに欲しくなる。
本音では、もう待ちたくないんだろう。