「座布田です、豚バラの搬入です!」
「OK、そのカートは右の4番に!」
サイト-81██の食堂。今日からの仕事はその裏方での各食材の搬入係だ。財団に入る前のコンビニバイトでも近い経験はしていたが、それとは明らかに規模が違う。体感で、小学校時代に感じていた体育館の広さくらいはあるんじゃないか?俺の他にも数十人単位の担当員たちが次々と、高さ2メートルはあろうかという食材カートを搬入しては所定の位置に並べていく。大型サイトで職員も多いとはいえ、利用者側として来ていた時にはここまでの広さと規模の空間がその背後に広がっているとは想像だにしていなかった。それに食材の種類次第では巨大な冷蔵庫になった区画に運び入れる必要がある。
「これで一通りの搬入は終わり。やってみてどうだい?」
「ここって思ったより重労働なんですね。てっきりこれよりは軽作業なものかとばかり……」
「アハハ、ここに来た人み〜んなそう言うんだよ。」
指南役兼同僚ポジションの鈴木さんは髪を束ねて仕舞った帽子の上からうなじを掻きつつ振り向くと、俺の肩をポンと押しつつ背後の扉──冷蔵室の外への出口へ促した。
「……よし、寒いから、一旦厨房裏まで行こうか。」
「ですね、分かりました。」
扉をくぐって一面銀色貼りの冷蔵室から出ると、短時間の内に冷えた体が常温の空気に包まれる。カートを押す職員たちが行き交う常温の食材置き場もまた、冷蔵室ほどではないにせよ広々としていた。色と記号のタグが付けられた金属ラックが整然と並び、小麦粉から香辛料まで、驚くほど細かく管理されている。
「それにしても物凄く細分化されてますね……」
ちょうど小休憩時間を迎えたところな事もあり、鈴木さんに問いかけるように疑問が思わず口を突く。カカオ製品に、ニンニク系調味料、その向かいにはバラ科、ブドウ科などとの分類でタグ付けされたジャムの一群。厨房裏への扉へ歩くだけでも食堂用には奇妙に見える分類の仕方が目についた。何か似たようなものというと、薬局の調剤棚がこんな感じだったか……?直接触ることは無かったけれど、以前のバイト経験の1つで見たことはある。相当精緻に扱う前提の物品に対して適用される類の分類だ。食材にこの分類を……?
「食べられないものがある人も多いからね。」
鈴木さんが返答する。アレルギーとかでこんなに分けるか……?と俺が思っていると、疑問が顔に出ていたのか、彼女は更に言葉を続ける。
「アレルギー以外にも特別な体質だとか、携わってるオブジェクトの収容プロトコルによる食事制限がある場合だってあり得るのよ。君が会ったことある人だと……あ、三峰さん。ほら、あの人は公言してるでしょ?ネギとかチョコとか食べられない。」
ああ、成る程そういう事かと合点がいく。機動部隊お-13の三峰隊長は見た目にも体質にも狼的な特徴が強く出た人だ。何故鈴木さんが俺との面識を知っているのかと思い返したら、ひと月前の配属先で担当した懇親会でここの食堂を利用していた。納得の相槌を打ちつつ扉を潜ると、
「私もうどんが食べられないよぉ!」
間髪入れず厨房側から声がする。料理長は快活な人だ。それでいて調理には愚直な程に真摯。パーテーションの端から覗くと、豚汁の大鍋をかき混ぜて、視線は鍋から外さぬままに真剣に調理を進めている。味噌に野菜と肉のエキスが溶け出した、美味しそうな匂いはマスク越しにも分かる程だ。大鍋を1人でもかき混ぜ続けられるタフネスは流石、昔はうどんを打っていた人だけの事はある。
「あぁ!そうでしたね料理長も……!」
「そうそう、あの人も特例だね。だからこの食堂ではそもそも麺類を扱ってない。」
そうなのだ。ここの料理長は、なんとSCiPナンバー指定を持ちながらレベル0職員としても働いている本当に特例的な人だ。なんでもとある時期から、うどんを始めとする麺類に触れようとすると麺類が意思を持って暴れ出すようになってしまったとかで……。セキュリティクリアランスが低い職員は異常を直接見知りする機会が尽く制限されるこの組織ではあまりにも珍しいパターンだ。
……ピピーッ!
料理長の手つきを見て感心に浸りかけていたら、注文が入り始めた事を知らせる通知音が厨房裏の天井スピーカーから鳴り響いた。今の時刻は10:30。食券ではなく個人PCから予約を取るルーティンの職員たちから、事前注文が入り始める時刻だ。昼食時の食券機大混雑を避けるための、そして仕事に入ってみた今なら分かる、これは食べられない食材がある人たちへの個別対応を容易にするための注文管理システムでもあった訳だ。
「お、この時間か!」
向こうの方で料理長の目が更に鋭くなると同時に、鈴木さんは俺をまた食材倉庫へ誘導する。調理はバイトに含まれないので、今度は搬出だそうだ。搬出……???
「いくらなんでも量多いとは思いましたけど、やっぱり一定数悪くなるんですか?」
先の搬入の時には気づかなかったが、"期限切れ" との張り紙がサイドに貼られた肉類カートが幾つかあった。今度の仕事はそれの別所への搬出だという。
「まずさ、ここの肉料理、品切れになってるの見たことあるかい? ……それはね、腐る程仕入れて問題ない理由があるからなのさ。」
鈴木さんはポケットから藁半紙を取り出し広げ、俺に行き先の印刷されたサイト内のマップを見せる。見るからに年季の入ったその藁半紙には手書きで経路と行き先が示されていて、どうやら期限切れ肉の行き着く先は生物型オブジェクト用飼料保管室らしい。そして俺はカートを押す手の指の隙間に受け取ったマップを挟んで確認しつつ、倉庫を出てすぐに巨大なカートで角を曲がるためのぎこちないターンをすることになる。
「……悪い肉食わせるんです?」
大股開きでカート中心の回転移動をしながら、別のカートを押して待機している背後の彼女に疑問を飛ばすと、違う、違うと笑いながらの返答が来た。なんでも更に熟成してから、腐肉食性のオブジェクトへの給餌に使用するのだそうだ。
「詮索するつもりは勿論無いけど、私はでっかくて大食らいなコンドルちゃんだと想像してるよ……!」
本日の業務を終えて午後8時。
「へー!なるほどコンドルちゃんね。腐肉食だと、他にシデムシとかもあり得るかな。」
上司である飯尾先輩の研究室で、今回の業務についてもまた報告を入れる俺に対して、先輩はプリンを2カップ勧めながらそんな事を言う。リラックスモードで自分の分も含めてデスクに4つのプリンを並べ…… なんでも冷蔵庫に放置しすぎて消費期限が危ないそうだ。
「俺スカベンジャーじゃないんですけど」
「食は組織の回り物、だろ?」
先輩は自分のプリンの蓋を開けつつ、いいじゃないのと笑みを浮かべる。"食は組織の回り物" というのは本当にそうだと今回の業務で強く実感させられた。肉類以外も古すぎるものはある種の虫を増やすための部署に送られ、最後には爬虫類系オブジェクトたちの胃の腑へ収まるのだ。……だけど、このプリンはその文脈から外れまくっている気がするんだが。
「まぁ食べますけど……」
食べるは良いが、コンビニバイト時代によく扱っていたこのプラスチックの小さなスプーン、ちょっと使いにくいんだよな……
特に最近は暫くこのスプーンを使う機会が無かったせいで、特に扱いづらく感じる。取り落とすまいと上手く掬い上げた俺の耳に先輩の、まるで文脈の分からない台詞が飛び込んでくる。
「お、ダブルタンバリンが食レポやってる!お洒落バーガーショップのチーズバーガーだってさ!」
何かと思って目を向けると、俺がスプーンと格闘している間に先輩は呑気にスマホでテレビ番組の視聴を始めていた。芸人が周るタイプの食レポ番組だ。この人本当にマイペースだよな……と思いつつ、俺は明日のお昼はダブルチーズバーガーにしようかな等と考え始めた。









