信仰は誰の為に
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私たちは神を作ろうとしていた。

私は宗教団体の専属調理師をしている。私の仕事は用意された食材を調理し、そこに所属している信者の方々に料理を提供すること。またそれとは別に教祖様へとお出しする料理を作ることだ。神と呼ばれる存在にはそれなりの「背景」が必要となる。それこそ死後復活したイエス・キリストのように。

この宗教団体の教祖として丁重に扱われている男の子、私の弟であるのだがこの子も元々はただの子供であった。両親が入信していた新興宗教の教祖が亡くなり、心の拠り所を求めた両親を含めた信者たちはあろうことか産まれたばかりの弟を神とすることで自身を守ろうとしたのだ。都合のいいことに弟は先天的に色素の薄い所謂アルビノというやつだった。特殊な産まれはそれだけで特別な何かを感じさせる。当時、信者たちは教祖様の生まれ変わりだのなんだのと持て囃したものだ。しかしそれも長くはもたなかった。子供は子供であるが故に元教祖のような求心力やカリスマは存在せず、信者も1人2人と減っていった。そこでなんとしても団体を持ち直したかった熱心な信者たちは「背景」を用意することにしたのだ。まず最初に犠牲になったのは両親だった。将来は俺にやらせることになるという理由で俺には解体の現場を1から10まで見せられた。当時にしてみればショッキングな映像で未だに記憶に残っている。

ビニールシートで覆われた部屋の中央に両親が逆さに吊るされている。まず首を切り裂き体の血を抜く。頭部はそのまま捻じり切り、大人用おむつにくるんで冷蔵庫へと。尻の部分から切れ目を入れて腸を取り出す。便はあらかじめ空にしておいたようだがやはり綺麗なものではないので一旦尻から伸ばして上に吊るしておく。そのまま胸から下腹部にかけてナイフで切り裂くと内臓がぼとぼとと落ちてくる。花が咲くようにビニールシートに散らばる内臓はとても綺麗だった。その後の内臓の仕分けは俺も手伝った。あとは肉の処理だがここまできたらもう簡単だ。皮を剥ぎ、手足をもいで、肋骨と恥骨を開いてそれぞれをビニール袋に仕分けすれば完成だ。

肉の大部分は保存用に干し肉として内臓は早めに食べてしまわなければならないのですぐさま調理が開始された。両親にはいい思い出がなかったし、愛情を感じることもなかったが死ぬ瞬間には多少感慨深いものがあった。それも頭部が仕舞われて形がなくなっていくにつれて何も感じなくなったのだが。形があるから悲しいのだ。

こうして晴れて両親は肉となり弟のための料理として加工されたのだった。信者はこれで団体が再建できると大層喜んだものだ。それからも信者はどこからか肉を調達してきては弟に食べさせた。成長するにつれて俺が解体から調理まで行うようになり、今では弟に出す料理は俺1人に任されている。彼は畏怖される存在となり、いずれ神へとなるだろう。そんな事を信じ切っていた。

弟に食事を運んで行ったある時、ソテーを食べている弟が唐突に美味しいからお兄ちゃんもこれ食べてみてよといってフォークに刺さった肉を差し出してきた。俺は焦った。俺が食べるわけにはいかないのだ。それは神になるための食事で、神聖なものであり、俺が普段食べている牛肉のソテーとは……何が違うんだろうか?弟はニコニコしながらフォークを差し出してきている。俺は一瞬固まり動けなくなっていた。慌ててそれを見ていた信者が止めに来てくれなかったら俺はそれを食べていただろう。その日の夜、俺は眠れなかった。

弟は人の肉を食べ続けてきた。愛する肉親すらも食べつくした。神たる者としてそれは必要な背景だったんだろう。俺がもしあの時肉を食べていたら?俺も神たる資格を得られてのだろうか?同じように神として組織を導く使命を得られたのだろうか?人を食べることとは一体なんなのだろう。牛肉との違いはなんだ。弟は神になる事ができるのか?俺は居ても立っても居られなかった。

数週間後の深夜、俺は弟を連れて施設から逃げ出した。こんなところに弟を居させてはいけないと思った。どうしても我慢ができなかったのだ。その間に電話で警察へと通報する。丁寧に解体室の場所まで教えてやった。これであの団体もおしまいだろう。弟を連れ出した道中、色々な事を話した。両親が亡くなっていること、人を殺していた施設のこと、弟が今まで食べていたもののこと。懺悔するように弟に全て話してしまった。弟は黙って聞いてくれていた。その目は最初から何もかもを理解していたかのように綺麗に透き通っていた。

俺は弟を連れて秘密裏に借りていたアパートの一室へと辿り着いた。ドアを開けて中へと入る。弟はこんなところまで連れてきた俺を不思議そうに見ている。そんな顔で見ないでおくれ。

部屋の大部分は、ビニールシートで覆われていた。


朝になり朝食をいただくことにする。待望の瞬間だ。震える手で出来立てのソテーを口に入れる。咀嚼し、喉へと流し込む。

その瞬間、口から笑い声が漏れてしまった。

なんてことはない。ただ「美味いだけの肉」じゃあないか。そりゃそうだ。牛を食べようが、人を食べようが、人は人なのだ。こんなことにも気づかなかったのか俺は。当たり前のことだ。ちょっと肉を食わせたくらいで神になんてなれるもんかよ。毎日毎日死体を調理していたことが馬鹿らしくなってきた。なんだかすっきりとした気分だ。

こちらを見つめる目は何もかもを見透かしているかのように透き通っていた。

「ほらね、美味しいでしょう?」

そんな声が聞こえた気がした。




ナイフとフォークでステーキを切り分ける。

『千葉県木更津市、宗教団体所有の施設から複数のバラバラ死体が発見されました。警察の調べによると少なくとも10名以上の遺体が発見されているとのことです。遺体はひどく損壊しており警察は身元の特定を急いでいます。宗教団体関係者の身柄については──』

ソースをたっぷりとつけてゆっくりと口へと運ぶ。

『続いてのニュースです。東京都港区にて女性の遺体が発見されました。遺体の一部は損壊しており、未だ発見には至っていません。警察は捜索範囲を拡大し──』

今日の夕食も、ただ「美味しいだけの肉」の味がした。

『速報です。複数のバラバラ死体が発見された宗教団体施設にて、死体を損壊させていたとされる容疑者が発見されました。発見時に容疑者は体の一部が鋭利な刃物によって切断されており、救急搬送されました。病院での取り調べによると容疑者は意味不明な供述をしており、精神鑑定が行われる予定です。警察は余罪があるものと──』

ニュースをぼうっと見つめる青く透き通ったその目は、全てを見通していた。

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