表題:愛に殉じ、花を残して消えた青年の英雄譚
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序章

「██さん!」

戦時設計の車両に燃え広がった炎は、凄惨な戦争を生き延びた乗客の命を今この瞬間も奪っている。戦禍を免れたにも関わらずこんな最期を遂げるとは、なんたる悲劇だろうか。

しかし、全てではない。そこには確かに、一人の英雄によって救われた命があった。激戦地より生還した青年の腕が、燃え盛る炎から愛する女性を守り通してみせたのだ。全身に火傷を負いながらも最後の一歩で車外へよろけ出た英雄は、そこで初めて彼女を腕から離す。

「わ、私どうして。今まで忘れて……██さんのこと、なんで……」

女性はひどく混乱しているようだ。倒れ伏した彼の事を、命の恩人を自分はよく知っているはずなのにと。

「良い。良いんだ……███は何も悪くない……」

それでも燃え盛る炎を背後に消え行く命の灯は、その呼びかけが何よりの栄典とばかりに、最後の力を振り絞って微笑む。そしてその意味は、すぐに明かされた。事切れた彼の身体は突如繁茂した美しき花によって覆い隠され、消失したのだ。

「あ、れ……私……?」

女性は再び、彼の事を忘れ去る。駆け付けた救助隊も、記者も、奇跡的に車外へ転がり出た幸運な女性として扱うのみだ。
何も悪くない。そう呟いた青年は、この運命を知っていたのだろう。知っていてなお、彼は愛に殉じたのだ。なんたる自己犠牲! なんという美しき物語だろう! せめてこの英雄譚を著す私だけは、彼のことを覚えていよう!


68章

「██さん……!」

猛吹雪の中、二人分の防寒具を重ねられた女性は涙しながら愛する青年の名を叫ぶ。しかし、本来の持ち主へ一人分を返そうにも手足は満足に動いてくれない。一方で譲り渡した勇敢なる兵は、己の体温をも最期の瞬間まで渡し続けながら笑いかける。

「ああ、なんでこんな――私、あなたのこと!」
「良いんだ……███は何も悪くない……」

奇跡は起きた。愛する人に忘れられていたという悲劇すら、彼の愛を冷やすことはできなかったのだ。たった一言の呼びかけを熱源に、青年は愛する人を凍える白銀の世界から生還させたのである!

「私、一人でどうして……?」

そして、その立役者の名は再び誰からも忘れ去られる。ただ雪山には、もう一つの奇跡である極寒の中でも枯れない花だけが残されている。

ああ、この花は世界中のどの花よりも美しい! 青年の不滅の英雄性は、冷凍保存などせずとも永遠に失われないだろう。代わりに失われた彼の名と記憶を、私だけは覚えていよう!


168章

「██さん!」

濁流に呑まれた一組の男女は、青年が愛する人を岸へ押し上げた段階で力尽きるという形で運命が別れた。女性はひどく混乱している。沈み行く彼を、命の恩人を自分はよく知っているはずなのにと。

轟音の中、この呼びかけが聞こえたかは定かではない。それでも彼女を最期まで勇気づけようとするように、青年は親指を立てて流されて行く。命尽きる瞬間まで大切な彼女の身だけでなく、心を守ろうとするかのように。

だが、縋りつくように手を伸ばしていた女性は突如恐れのみを残したように目を見開く。そしてすぐさま、見向きもせず水から距離を取る。彼女の凝視していた方向に、もう英雄の姿はない。代わりにあるのは、美しく広がる花弁のみだ。

これは正しく彼の死に様そのものかもしれない。全てを残酷に押し流す濁りの中にあっても、その何人たりとも穢す事のできない自己犠牲の精神は永遠に咲き誇るのだろう。殉じた彼女に忘れ去られても、私だけは彼のことを覚えていよう――


 
補遺1:SCP-268-JP-██は第268章にて、SCP-268-JP-Bが救命行為を続けているにも関わらず改題されました。以降の章では文章の装飾は排除され、救命の経緯のみが淡々と記されています。この事象はSCP-268-JPの性質を解明する手がかりとも考えられ、現在分析が進められています。改められた表題は以下の通りです。
 
「未練がましいなり損ないの自己満足集」
 
 
補遺2:第768章にて、救命行為から死亡までに時間のあったSCP-268-JP-BからSCP-268-JP-Aへの呼びかけが、記述から500時間後に編集されるという事象が発生しました。当該オブジェクトによる編集の遅れも含めて、SCP-268-JPの性質を表す重要な手がかりとして増員と研究予算の増額が提案されています。増員および研究予算の増額が認められました。

良いんだ……本当に良いんだよ。悪いのは███じゃない。今や、俺こそ恥ずべき存在なのかもしれない。
助けたいからだけじゃない。思い出してほしくて繰り返している俺がいる。
その度に███が悲しい顔をするのに……███に名前をまた呼んでもらいたいって、何度も……。

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