形式部門のオリエンテーション
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さて、時間です。形式部門のオリエンテーションへようこそ。今回のオリエンテーションを任されました、塚原上級研究員です。皆さんの入団と同時期に私もこのサイトへ異動になったので、これから長い付き合いになると思います。困ったことや疑問に思った点があれば、遠慮なく聞きに来てください。

早速ですが、形式部門について聞いたことがある方はいますか? あぁ、すいません。周囲を見渡す必要はありませんよ。誰も知らないということを確かめたかっただけなので。

形式部門は新人職員の過半数が最初に配属される部門になります。研究員やエージェントなどを問わず、まずはここで経験を積んだ後、素養に応じて科学部門やエージェントとしての配置につきます。また、科学部門や工学技術事業部門、機動部隊などへ出向の形で人員を派遣することもあり、財団の骨格を支える重要な部門の一つです。

では、具体的にどういったことをする部門であるか。

主な業務内容について説明させていただきます。スクリーンへ注目してください。

今スクリーンに映しているのは、SCP-548-JPの概要を纏めた参考資料となります。オブジェクトクラスはSafe。ミーム災害や認識汚染などが無いことが十分に研究されているオブジェクトなので、今回特別に教材として報告書を使う許可が下りました。皆さんの多くは、初めて見るオブジェクトの報告書になるでしょうか。えぇ、私が書いた報告書で、私が担当しているオブジェクトです。

このオブジェクトは外観として通常のビニール傘との差異はありません。特定の条件を満たすことによって異常性が発露するタイプのオブジェクトになります。報告書に倣えば「雨滴の継続的な傘布への接触」、砕いてしまえば「雨の中で差す」。

このオブジェクトは雨滴が傘布に衝突した際の音をピアノの音色に変換し、それを特定の楽曲の旋律へ調整する異常性を持ちます。えぇ、こういった和やかなオブジェクトもあるんです。皆さんが笑顔になったところで、一つお伝えしておきます。このオブジェクトは被験者、つまり「差している人物」の鼓膜を破壊した事例があります。

皆さんが気を引き締め直したところで、本題へ入りましょう。

形式とはつまり、物事を行う時の一定の手順などを指します。そう、形式部門とはズバリ「異常性が発揮される条件を研究する」部門です。

いま誰かが「えっ」って言ってくれましたね。そう、あなた。なにか引っかかってくれたようなので、聞かせてください。そう、「科学部門の業務ではないのか」と。ありがとうございます。ここで皆さんに確認していただきたいんですが、先ほどのオブジェクト、条件は「雨の中で差す」でした。これは、科学部門の業務の範囲内で断定できることでしょうか?

「雨滴である必要があるのか」「雪ではどうか」「シャワーなどで代用は可能か」「人工雨ではどうか」「水に含まれる物質に条件は」「雨滴に含まれる不純物の種類や量は」「時間は」「地域は」とかとかとか……。

こんな例えがあります。

「放課後に三回回ってワンと鳴けと言われた学生」が、実践後に怪物へ変身したとして、その人物の傷つけられた尊厳と矜持が原因だったと考えますか? しいて言えば心理学の分野ではあります。ですが科学部門がそういうことを調べる前に、まずは形式部門が「特定の時刻」、「持病の腰痛」と「回転運動の遠心力によって全身にかかる負荷」、「短く大きな発声」、「思春期の人物に強要されるという状況」が条件であると断定しておけば、科学部門はもう少し建設的な実験が出来るでしょう。

科学部門では予測をたて、検証を行い、”結果”を疑問視するところを、形式部門では”過程”を疑問視します。

よりシンプルな例を挙げましょう。

注文した通りの液体が生成される自販機というオブジェクトがあります。科学部門は自販機の構造や生成された液体について研究し、形式部門はオブジェクトが受け付ける注文の形式、生成に成功する液体と失敗する液体の傾向などを研究します。

もちろん検証実験に科学部門の領分もあるので、そういった時は大抵合同での実験になります。ですが、科学部門の業務で傘の上からオレンジジュースをかけたり、ベトナムまでスコールに打たれに行ったりすることはありえません。

皆さん、顔が曇ってきましたね。

懸念されている通り、形式部門の研究員は時に科学的根拠がない行動を真剣に実践します。形式部門で予測をたててみたところで、その観点が収容に結びつかないことから優先度が低いと判断され、検証実験が実施されないことも多くあります。また、形式部門の意義を理解していない職員の中には、”儀典”部門と揶揄する者もいます。中身は無く、ただ異常が発生する条件をなぞるだけの気楽な部門であると。皆さんが形式部門について聞いたことがなかったのはこの点も原因の一つでしょう。

そういう連中は早死にします。

確かに異常は、我々の常識という”形式”からは大きく逸脱します。しかし、異常が常に混沌としていて無秩序に活動しているとは限りません。異常には異常なりの型があり、”形式”があります。それを見定めるのが形式部門です。

形式部門の研究成果は財団の活動に幅広く活用されます。

代表例の一つに「初期収容におけるマニュアルの構築」です。これは具体的な手順を記した教科書などではなく、何に気を付け、何を優先して確認すべきかといった心構えや発想法、”形式”を見定める着眼点についてエージェントや機動部隊員へ、形式部門が講習を行うわけです。こういった講習を真面目に受講しなかった者がどうなるかは、ここまでお話を聞いてきた皆さんには容易に想像がつくかと思います。

また、再現性、安全性、汎用性などが十二分に検証された”形式”については、製造部門や工学技術事業部門と連携の上、財団で運用します。世界オカルト連合が使用する魔術ほどの専門性はありませんが、四葉のクローバーを所持することで気休め程度でもヒューム値が安定するとして、それを利用しない手はありません。

ちなみに、新人職員の過半数が形式部門で経験を積むと話しましたが、異常性を持った新人職員は逆に経験を積むまで形式部門に配属されることはありません。異常性が発揮される条件を研究する部門において、実践者が条件の一つになり得ることは避けて然るべきですし、その点「新人研修」という目的で形式部門へ配属することは非常に危険であるからです。決して異常性を持つ職員への差別意識や選民思想から来る”形式”的なものではないことを十分に理解しておいてくださいね。

っと、お昼時ですね。ここで一度休憩をとりましょう。

財団の予測ではそろそろ雨が降るころなので、会場の外へは出ないほうがいいでしょう。ホールの外に購買がありますので、食事はそちらでも買えますよ。ついでに、クローバー入りのストラップが売ってますのでオススメします。

再開は一時間後。午後からはより具体的な業務内容についての説明があります。

 

あぁ、そうだ。皆さん最後に。

形式部門の実験は非科学的な検証も多大に含まれます。オブラートに包んで「真面目に危ないことをする」こともあります。その振舞いに周囲から軽んじられることもある。新人としての研修とはいえ、そんな部門への配置に悲観的になっている方もいるかもしれません。

ですがどうか胸を張ってください。

多くの部門が財団を守る矛や盾として機能していますが、形式部門は彼らが守る財団という家の柱であり鍵です。替えは効かず、機能しなければ家は倒れ、中のものは飛び出していくでしょう。

だからこそ自信を持ってください。

財団が異常や超常を封じ込めようとしているのは、それが”形式”という型に収まると信じているからです。だからまずは、皆さんが信じることを強く願います。

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