再パブリックの為に


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華やかさと貧しさが同居する都市、カレフハイト。

運命が夕日のように早く行き交う都市、カレフハイト。

旧世界の残滓から生まれ、新世界の鼓動する混沌とした心臓、カレフハイト。

カレフハイトで、メイラーは何故死んだ父の荒れ果てた骨董品店を継ぐよりももっと面白い事をしなかったのだろうと考えていた。

「私はここにいる」彼は誰もいないところで神へ向かって声をあげた。「平凡な者の為の平凡な店に」

彼は不思議なものを求めて失われし地へ足を踏み入れ(そして早くに死した)兄とは違い、家業である店を維持するという「立派な」職業を選んだ。ここには神々の魔法のような残された遺物はなかったのだ。まあ、彼がガイヤの領域とされていた死すべき者たちに囲まれた地を歩いた時、そこにいた者は外見も力もありふれたものだっただろう。

奇妙で錆びた使い物にならない装置(彼がぼんやりと眺めている腕を曲げたような形に、横穴の空いたものを含んでいる)は古い言語の本の山と共存していた。都市の書記官達が人間の舌へ文字を取り戻す為ゆっくりと手順を進めていたとしても、古代人の言葉の解読をした者は誰もいなかった。最も、彼自身のような老人も。書記官の善意と、子供や数人の大人の好奇心だけが彼へと食費と税金の両方を賄うのに十分なお金を与えていた。

彼は青空市場の小さな隅を、人々が僅かな興味とともに通り過ぎるのを見て、冒険を求めて、あるいは自殺のような形で、南へ向かってサイトュで死ぬ事を好んだかどうかを考えていた。仕組みの分からない巻物や機械の中で息をして眠るだけなら、何故生きる必要があるのだろう?

露店の棚を叩く大きな音がして、彼はつまらない思考から抜け出した。顔を上げ、眼鏡の位置を整えると彼は見慣れた顔を見ることとなった。

「ああ、カリン」若い青年が腕についた汚れを無造作に払うのを見て、彼は微笑んだ。「千年経っても売れそうにないものを持ってきてくれるあたり、君も立派な仲間だ」

「ありがとう、メイラー」カリンは控えめな笑顔を返した。「ヨークの祝福を受ければ、僕らの運も良くなるよ。そうしたら、北カレフハイトの市民と共に豊かになれるかもな!」

「ふん!この街に全ての富があろうと、私はあのような不愉快な愚か者とは同じ時間を過ごしたくはないね」

カリンは彼の反応に大して驚く様子はなかった。彼がこの老人に遺物を届ける度に、毎回同じような会話をしているからだ。しかし、今回はその日常的な会話が違う方向へと向かうことを期待していた。

「地元の部族との交易をしていた時、奇妙な本を見つけたんだ」

メイラーは眉をひそめた。「交易で?」

「そうだよ、彼らの遺物のコレクションから盗んだんだ」

彼の口から荒い笑い声が放たれる。「私を試そうとせずとも、お前はもうよく知っているだろう!続けてくれ」

「これに描かれているシンボルを見てくれ」

彼がその古代の本を見ると、暗い色の表紙に、半円のようなものとそれを通る線が描かれ、その周りを他の円が囲んでいるというものが描かれていた。

「たしかにこれは変わっている、認めよう。だがこれはどう言う意味なんだ?」

「これはシンボルそのものじゃなくて、これを読むことで……効果を得られるんだ。あなたの目で確かめてくれ」

「よろしい、私……」

待ってくれ。

「"読みあげろ"って僕は言ったかい?」

「そうとも。読んでいるうちに古い言葉が理解できるようになった。だが別の書物を開こうとも、同じ効果が得られなかった」

カリンとの最初の出会い以来、初めて彼は絶句した、ついに不思議を見つけた。古語で理解できる本を……

「筆記官ならこれを手に入れるためなら自分の母親だろうと殺すだろう」彼はそう言ってのけたが、「それでもお前はこれを持ってきた」

カリンはさっきよりも温かみのある笑みを浮かべた。「僕がカレフハイトではなく、ここから西にある部族の出身というのは知っているだろう。私の仲間達の中には"絆を破る者は神々に破られる"ということわざがあるんだ。あなたは僕の友達だ、メイラー、君を僕らの最大限の偉業の前に見捨てるなんて真似はしないさ」

メイラーは高揚感と共に感謝の気持ちを抱いた。交易路を離れるなら護衛を雇わないといけないような時代に、誠実な魂の持ち主はなかなかいない。

「ありがとう、カリン」彼は満足し、本の方へと意識をうつす。「この本の主題はなんだったんだい?」

カリンは混乱したような表情となった。「僕には……分からない。この本を読んでも、言葉の意味は分からなかった。基盤となっている概念さえ、僕には理解できないんだ。僕よりもあなたの方が理解できると思う」

メイラーは彼の頼みに応じて、軋む古書を丁寧に開き始めた。表紙をめくるだけで、継ぎ目が今にも壊れそうになる。表紙には彼が理解できる言葉とそうでない言葉が書かれていた。

反パブリックの為の一般ガイドライン

悔悛課 - パブリックドメイン保護サービス

無断転載禁止 - 428

「お前の言う通りだ」彼はゆっくりとそう言った。「私はこの本を見れば古代人の言葉を理解することが出来る」彼は文章の書かれた別の遺物を手に取ってみたが、いつも通り理解する事は出来なかった。この二つの事実が織りなす認知的不調和に、彼は軽い頭痛を覚える。辺りを見渡せば、彼の店の評判の悪さが功をなし、彼らの革命的な会話にカレフハイトの人々が全く気に留めていないのが幸いだった。

「でもそれじゃあ筋が通らないね?」カリンはそう尋ねた。

メイラーは本のページをめくった。現代語には無い言葉であるが、彼はその言葉を"反限界点"と表現しただろう。彼はここで、古代の言語を解明する鍵を手に入れたのだから……

「いいや、それは全然違うよ。回収任務とは一体全体何なのか?」

「ひょっとして、神々が僕らに義務を課してんじゃないか?」

「私は神々の信者に"パブリックドメイン"について言及しているものなど聞いたことがない。この世界の全てが神々の領域であり……」

彼は言葉を失い、もう充分だと判断した。「カリン、これを持ってきてくれてありがとう。日が暮れたら、私はこの本の中身を理解する為に夜を過ごすよ。明日、店が開店する時に会おう」

「お望みのままに、メイラー。幸運を祈るよ」


別の世界、別の時間、コンピュータのモニターに突如命が吹き込まれた。

一時協議を希望します


「有り得ない」

「時間軸の科学は常に正しい」

「起動?長い時を経て?何世紀も?何千年も?」

「私もあなたと同じで混乱している。だが、目的が廃れても、我々はサービスの理想に忠実でなければならない」

「もう機能していないかもしれませんが……」


メイラーは瞬きをして、自分の店で半円の描かれた奇妙な本を研究していた。彼が再び瞬きをすると、世界は消えていた。

彼の周りには何もなかった。真っ暗な何もない空間に、奇妙な白いテーブルとその側に置かれた椅子だけが存在をしていた。彼はどうするべきか分からず、テーブルに向かって歩き、椅子へと腰掛けた。

「メイラー」特徴のない空間全体へと声が響き渡り、子供の頃人気のない洞窟を探検した頃を思い出させるようなものであった。

「ここは何なんだ?」彼は驚きのあまり、声を出せなくなっていた。「ここはどこだ?私の店はどこに?それに、あなたは誰だ?」

「答えは多くの疑問へとつながるだけだ。我々は慎重にそれらを選べる」

今、暗い空間が本に描かれた奇妙なシンボルに照らされている。

「我々はパブリックドメイン保護サービス。旧世界では未来の世代からの知識を抑制し、その罪を償わせていた。あなたを連れてきたのと同じ手段で。しかし、今は過去も未来ももはや存在しない。世界は死に絶え、古代文化の知識も滅び去ったのだ」

「あなたが我々のハンドブックの一つをどのように入手したのかは定かでないが、あなたはここにいる。そして我々にはあなたの助けが必要だ」

「助けを?」メイラーが混乱した様子で尋ねる。「私には親友がいる、中年の商人のな。私が一体何の役に立てるのだろう?」

「我々はあなたの半生について旧来の手段を用いて調べた。あなたに目的はなく、より偉大なるものに対する貢献の心もない。あなたは過去の何たるかを理解せず、過去を保存しようとしている。再パブリックRE-PUBLICにとってあなたの精神のあり方は完璧な候補者に値する」

「再とはどういう事だ?」

「新世界での再パブリックである。過去の知識を未来へと復活させられる」

今、彼は興奮を抑えることはなかった。「古代人の言語を教えてくれるか?彼らの秘密を解き明かせるのか?」

「できるとも、それに我々はそうする。だが、あなたの使命はそれよりも重要である。我々の手段では世界は救えずとも、世界の記憶は残せる。

メイラー、君は黙示録以来、初めて回収任務を行う男となる。あなたは何千年も前に送り込まれ、異質な世界で舵を取り、得たアイテムをあなたの時代へと持ち帰らねばならない」

タイムトラベル。老人にとってはこの空間に現れることと同じくらいに、考えられないようなことであった。しかし、彼らは神々の僕でなくとも、明らかに神と同等の力を持っている。

「勿論のこと、これには時間がかかる。我々も前回の試みからは長いこと経っているし、極めて時間軸的に離れているので、文化トレーニングを受けなければならない。しかし、そうすることはできる」

そして、彼は言われた通りにした。


キャンベラの書店にて、色黒の老人が店内へ入り、未来への贈り物を買ったのだった。

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