皆様が体験した身の毛も立つ怖い話、不思議と思った話を聞かせてください。創作した物でも構いません。怖ければ良いのですから…
皆様の怖い話、お待ちしております…。
子供の頃、祖父の家に行ったときの話です。
夕食の際、まあ1つのテーブルを囲むわけなんですが、私は窓を背にして座ってたんですね。向かいに私の弟が座っていました。
想像して欲しいのですが、私は窓を背にしているので窓は見えません。向かいの弟だけが常に窓を見続けることができました。窓にカーテンなどは掛かっておらず、外は丸見え。確か庭と、その奥の道路が少し見えた、かな?
ともあれ夕食が始まって少しした頃、弟が私の方を指差して一言、「あ」とだけ言ったんです。私に向けて言われたものではありませんでした。面食らって反応しても弟は微動だにしなかったのです。
となると、窓の外。
後ろを振り返ってもいつもの景色が広がるばかり。
弟はしばらくフリーズし、ふと我に返って夕食をかき込み始めました。窓に視線を絶対に向けようとしないまま。
あれからかなり経った今でも、弟は窓の外に何があったのか頑として教えてくれません。
弟はあの日、果たして何を見てしまったのでしょう。
…という、昔何かの本で読んだ話です。
大体6年くらい前ですかね
離島に住んでいたんです。
台風がよく直撃するんですよね。
学校の帰り道、台風で吹き飛ばされたと思われる竹が落ちてて
手で掴めるサイズだったんで手に持って
その時は竹に節があるなんて知らなかったので
中を覗いたんですよ、まぁもちろん中は真っ暗なんですけど
つまんねって思って前の方に投げたんですよ
そしたら自分が覗いた方から10センチぐらいの百足が出てきて
もしかしたら私は単眼になってたかもしれない。
そういうお話です。
昔、私がウズベキスタンという国に旅行へ行った時の事です。
確か夕方ごろだったと思いますが、ホテルに帰る為にタクシーを拾ったんですね。
かの国ではタクシーは免許制では無く、道端で手を上げたら適当な車が停まってくれるシステムです。
プロのタクシードライバーはいますが、ただの暇な一般人の車が停まる場合もあります。私が乗ったのもそんな一般人の車でした。
行き先を告げて走り出したのはいいんですが、なんだか郊外の方へ進んでいくんですよ。ホテルは町中のはずなのに。
ウズベキスタンみたいな国の郊外は街灯もありませんから、夕方になれば真っ暗です。
なんだか嫌な感じだなと思っていると、ある所で車が停まってドライバーが降りて行きました。もちろんホテルの前じゃありません。
逃げようか迷ったんですが、こんな所で逃げ出しても行くあてもないし、そのまま乗っていました。
すると、ドライバーが数人の男たちを連れて戻ってきて、車の周りを囲み始めました。
本当に怖かったですね。私の平和な人生で死ぬかも知れないと思ったのはあの時だけです。
そして、そのうちの1人が車の窓をコンコンとノックして、英語でこう言いました。
「こんにちは。私は英語が分かるので、英語で行きたい場所を説明してください」
私を乗せたドライバーは英語が分からず、英語のできる友達を呼びに行ったのでした。
じゃあ最初から乗せんなよ。
自分、5階建てマンションに住んでおりまして。
それはともかくある日、もう今横になれば剣山の上でも寝れるという状態までくったくたに疲れ果ててまして。それで階段なんてとても登れたようなもんじゃありませんからエレベーター使ったんですよ。
エレベーターにフラフラと乗り込んで入った扉の突き当たりの壁に手をついてボーッとしてたんですよ。それで部屋にはついてないけども帰れたと言う安心感からか眠気がさっきまでの比じゃないほど襲ってきてこれはいかんと、ともかく部屋にたどり着くまでは寝れんぞとスマホを必死に弄ってたんです。それでしばらく眠気をごまかして、ふと長い間エレベーターにいるなと思って階数表示を見たら2階だったんですね。
えー?おっそくねぇ…?
閉めるボタン押してなかったっけなぁ…?
あー?ボタン…?
え、そもそも自分、エレベーター入ってボタン押したっけ…。
ばっと見上げたら階数表示は4階、慌てて5階のボタンに縋り付いた甲斐があったのかどうかはわかりませんが、とにかくエレベーターは5階で止まって、扉を開けました。しかも、恐る恐る周りを見渡しても誰も居ないんですよ。いつもはなにかとうざったい夫婦が胡乱な目で迎えてくれた方が良かった…。
アレは怖かったですね、都市伝説なんてフラグと物欲センサーしか信じてなかった自分が初めて霊があるかもしれないと思った時ですね。
うちの末っ子従弟が2歳になるかどうかの頃の話です。うちは親戚仲もそこそこよく、何かにつけてはよくお泊りをしてました。その日も夏祭りの後で駄々をこねて末っ子従弟がいる3兄弟の家に従兄弟みんなで押しかけたのを覚えています。
屋台で取った4等のおもちゃをその日のうちに壊し、人生ゲームで盛り上がった後はローテーションでお風呂に入ってもう1ゲーム。末っ子従弟が今日はよくしゃべるねぇなんて話しながら大満足でそろそろ寝ようかということに。末っ子従弟にママがおふとん行くよ~と言って抱っこすると従弟はにこっとして「ばいばい」と手を振りました。誰もいない部屋の隅へと…。
赤ちゃんは見えてるなんて話はよく聞きますが、なんで誰も覚えてないのか…予防接種に交じってクラスD記憶処理でもされたのか…。
ちなみにうちの子供はお風呂の天井によく笑いかけます。
小学生低学年の頃、近所のお家のお姉さんと遊ぶのが大好きでした。今思えば不思議だし、違和感しか無いのですが、私はお姉さんの顔を見たことがありませんでした。話し声は建物の中から、おやつをくれる時は左手だけが窓から出てきました。当時は何も不思議には思いませんでした。
ある時、学校でシロツメクサで作る指輪を友達から教えてもらい、早速お姉さんに作ってあげようと思いました。今までの話で、お姉さんが「恋人から指輪を貰う予定だったのにすっぽかされちゃった。誰でもいいからくれないかな」と冗談交じりに言っていたのを覚えていたからです。
公園から花を1本摘んで、お姉さんに素敵なプレゼントをあげる、と見せると自分に付けてくれと言われ、左手の薬指に付けてあげました。両親がそこに指輪をしていたから指輪はそこにするものだと思っていました。
お姉さんはすごく喜んでくれていっぱい私を撫でてくれました。すごく嬉しかったです。
後日、次は花冠をお姉さんにあげようと学校から帰ったらお姉さんの家に警察の人がいました。すごく怖くてその日は逃げて帰りました。
後日、知ってる近所の人に聞くと「悪臭がするから警察を呼んだら、女の人の遺体が見つかった。どうも婚約者に先立たれたらしく、後を追ったみたいだ。もうずっと遺体は放置されて腐っていた」との事でした。
私が行った時、そんな臭いは一切しなかったです。
おかしい、と言おうとした時近所の人の言葉が続きました。
「でも左腕だけは綺麗に腐らず残ってて、薬指に花の指輪がしてあったらしいわよ」
以上です。乱文失礼致しました。
私、ごく幼い頃から水族館や博物館というものが好きで、特に深海魚などの水槽の前には何時間居てもいいやというくらい長く居座るタイプの子供でした。
旅行に行った時に目的地の周辺に博物館や水族館があれば、それがたとえごく小さなものであっても見に行くことにしていました。
まだ21世紀になる前のころ、未就学児だった私を連れてとある地方都市に家族旅行に行ったことがありました。
まだギリギリバブル期の箱モノ行政が不況により瀕死になりながらも辛うじて生きていたころだったのでしょうか、今のように不況が長く長く続いた時代には考えられないほどやる気が欠如した博物館がその街には残っていました。
殆どの展示品はレプリカの上ホコリを被っており、辛うじて本物と言えるのは地元で取れたアンモライト化石くらいのものだったでしょうか、それにしてもネームプレートなんかがだいぶ変色し始めていてまぁ子供心に酷いもんだと感じていました。
他にも酷い点と言ったらおそらくローカルの映像制作会社が作ったらしい歴史解説が流れているんですが、全体的にカラーバランスが黄色くなっている。映写機のレンズがなんとべっ甲みたいな色に黄ばんでるんです。音響も貧弱なせいでちょいちょい音割れ起こしてて、何話してんのかわかんない。
全てが雑な作りでああもうだめだこれって感じでした。
そんな博物館の中で海水水槽(海の近くでした)が幾つかあって、中にはアジとかタコとかイソギンチャクとかエビとかそういうものが泳いでいました。それだけは比較的マシだったので、私はそこにへばりつくことにしていました。
父親と母親は当時信じられないくらい仲が悪く、旅行に行ったのにずっと口喧嘩をしていて、他に客というものが皆無だったとはいえ私は恥を感じながら放置されていました。
そうして私は水槽の前で気まずい気分をどうにかすべく、特に理由はないんですがくるくる回ることにしました。
くるくる、くるくる、くるくるっと多分3回位回った時、ふっと動く視界が水槽の中にたまたま焦点を合わせました。
その時、イソギンチャクがくっついていたはずの水槽の中に、イソギンチャクの代わりにふくふくした赤ん坊のピンク色の手がそよいでいるのが見えたのです。
意味がわからないまま私はもう一度回転をしました。
くるくる。たしかに赤ん坊の手です。くるくる。向こうの水槽で泳いでいるはずのアジが、犬の頭になっています。くるくる。タコだと思ったものは人間の目が付いた木魚でした。そこからくねるビニルホースのようなものが生えているんです。
回る時、動く視界の中、頭がぐらぐらしている間だけ、なにか狂ったものが水槽の中にいるのが分かりました。
水槽の中でなにかおかしなものがどんどん見えるのに好奇心が刺激され、私は何回転もしました。
そうして水槽の中に集中していたので、回っている間だけ両親の絶え間ない口喧嘩が止まるのに気づくのには結構時間がかかりました。
ふと回りながら両親の方を見ると、彼らはいつの間にかこっちに随分近づいているようでした。回転するたびに寄ってくるのですが、それは異様なのです。普通人間というものはどうやっても動く時には体が揺れるのですが、まるで視界を外した瞬間パッと消えて、視界に入れた瞬間より近距離に再配置されているような感じなのです。
回転する視界ですぐに気づくことは出来ませんでしたが、両親の服を着ているし、顔のパーツ単位の構造は両親のそれなのに、パーツの配置される場所が少しずつ間違っているような印象を受けました。
私は慌てて回転を止めました。けど、視界はまだグラグラしていて、そいつらは視界がふらついて眼をつぶるたびにこちらに寄ってきていました。
私は必死で目をつぶって、頭を振ってめまいを消そうとしました。その時、何かが自分の肩に触りました。妙に「べとっ」とした感じがあったのを覚えています。私はその場にしゃがみこんで泣き叫びました。
本来の両親が自分に駆け寄って「どうしたんだ」とか言っているのに気づくのにはしばらく時間がかかりました。
水槽の中には元通りつまらない魚が泳いでいて、さっきまでと変わりませんでした。
毒気を抜かれたのか両親はしばらく喧嘩をやめていたのですが、すぐ私が泣き叫んだのをお互いのせいにして喧嘩を再開しました。ただ、その時ほど両親の口喧嘩がありがたかったことはありません。
翌日、本来の目的地であった遊園地に私達家族は着いたのですが、私は三半規管を揺さぶるタイプのあらゆる乗り物を拒否しました。
それからも私はずっとくるくる回ったりすることはありませんし、ジェットコースターやメリーゴーランド、コーヒーカップのような遊具には努めて乗らないようにしています。
僕は運の良さにはかなり自信があり、そのため特に危険な目にあったこともないのですが、ひとつだけ印象に残っている経験があります。
高校の頃ですかね。そこそこ強い部活をやってたので、練習から帰るときにはもう外が暗いんですよ。しかも休日は午前午後両方やるので、体力のない僕は毎日へろへろで帰路についていました。
そんでですね。帰り道、家の近い友人がいなかったので一人で帰ってたんですけど。改札で、電車賃が足りないことに気が付いたんですね。しかも普段チャリなのにその日は電車で来たのに今更気がついて。家まではチャリで30分。友達は先に帰っている。携帯は充電切れ。
こういう時皆さんどうします?周りの人にたすけを求めて公衆電話使わせてもらったりする?歩いていえまで行く?クソ疲れてるのに?俺はですね、とりあえずトイレ行くんですよ。出すもの出してから考える。コンビニとかの個室トイレでしっかり出す。
それで外に出ると友達が待ってるんですよ。先に帰ったはずの。
ん?と思うじゃないですか?あれ帰ったんじゃないの?って。そしたらそいつが言うんですよ。「は?部活まだあるぞ」って。
そこで、今が昼であることに気がつきました。
この話のオチは、僕がどこでも寝れることが証明されたことですね。(個室トイレで寝ていたことにそこで気づいた)(寝ぼけてた)(クソ夢オチ)