このTaleは全5部構成になっています。一つ一つ見ていきます。
第一部は一貫した文の構成となっている3つのパラグラフから成っています。ここでは世界観の説明の役割とフックとしての役割を果たしています。
私はここの部はかなり巧いと思っています。
まず、一貫した文構造について触れます。この部ではすべてのパラグラフの頭に熟語を置き、その後にこの熟語がこの世界をどう言い表しているかを具体的に説明する構造となっています。最初の1パラグラフを読めば残りのパラグラフも同じ要領で読めるため、少し難解な文章も読みやすくなっています。パラグラフの書式から見ても、一番最初に結論となる熟語が置いてある点はかなり分かりやすい形だといえます。(キーセンテンス)
さて、話は変わります。序盤に世界観の説明を置くことは効果的です。このTaleから初めて98に触ったとしても読める、という点は大きなアドバンテージであり、地下東京というシリーズの第一作である点も鑑みると非常にいい構成だと思います。
また、純粋にアオリとしての質が高いと思います。敢えて不完全な世界観説明に留めることで読者の興味を誘い、次から始まる強烈な物語への期待感を盛り上げることが出来ます。(但し、これは98カノンをある程度履修した人間からの感想です。もし、全く98を知らない人間がこのTaleを読んでも私が抱いた次の物語への期待感を抱くことは難しいと思います。)
序盤の世界観説明、そしてアオリという二つの初心者へ優しい要素がフックとして機能していると思います。第一部はこのTaleを読み始めた人が続きを読みたくなる構成であり、良いものだと考えています。
第二部は対話を通した世界観の描写です。
私はここの部に対して非常に否定的です。
まず、この部では物語が一切進行しません。全て会話を通した世界観の説明に終始します。この部で描かれているのは財団職員たちの現状把握のシーンですね。現状把握は自然な形で読者に今の状況を共有させることが出来るため、世界観の描写として違和感がありません。但し、情報整理でしかないためにここを読んで面白いとは感じにくかったです。第一部で次から始まる物語の展開に期待が寄せられていた分、物語が進まなかったことで少し没入感が削がれました。
また、ここでは情報整理の状況下でさらっと真理に触れることで読者に"何があったか"を補完させようとしています。その最たる例が以下のセリフです。
「『一般市民と財団職員を分ける壁はただ一つ、"イカれてる"光景を見るのに慣れているかそうでないか。その点を除いて、財団職員はただの人なのだ』、か。いつぞやの新人研修だかで蘊蓄述べてた爺さんは、正しかったんだな」
まず、このセリフについて詳しく見ていきましょう。このセリフは全体で二つの要素に分けることが出来ます。前半の主張パート、後半のエピソードパートです。
主張パートはその名の通り、このキャラクターがセリフを通して主張している部分です。その主張とは"財団職員と一般市民の違いはイカれた(過度に常識から外れた)光景を見たことがあるか否かだ"というものです。
エピソードパートもその名の通り。この主張に関連するエピソードを表現している部分です。このエピソードとは"この主張は新人研修の爺さんが言っていた"というものです。
このセリフから読者に与えられる特筆すべき情報を書き出してみます。まずは、上記の二つの部分です。これは、読んだらそのまま入ってくる情報ですね。特筆すべき読者が得ることのできる情報はもう一つあります。それは、"この主張が正しかった、と証明できるような出来事が起こった"という何かしらの事件が起きたという確信です。
キャラクターが発言するセリフには文脈があって然るべきです。そのため、この発言が出てきた時点で読者はこの発言が出てきて然るべき出来事、つまるところ一般人が東京事変でうろたえていた姿を自ら想像します。
これこそが、前述した読者に"何があったか"を補完させようとしているということです。
読者に補完させることは全く以て悪い事ではありません。そもそも小説で全てを描写することは不可能であり、ただ「ビルがある」と記述するだけでもかなりの部分を読者に補完させています。読者に補完させる手法はかなり基本的で有用なテクニックです。
しかし、直接書かずに読者に補完させるというテクニックには相応のデメリットが存在します。
例文を再び引っ張り出してきましょう。「ビルがある」と記述しました。これによって読者はビルを想像することとなります。では、どのようなビルを想像したでしょうか?何階建てか、築何年か、廃ビルか、摩天楼か。読者の補完は様々で、あまりにアバウトであると作者の意図は正常に伝わりません。
もう一つ、例文を出しましょう。「りんごが落ちた」と記述しました。これによって読者はりんごが落ちる場面を想像することとなります。では、ここの場面に付随する感情はどうなるでしょうか?リンゴが落ちて悲しい、嬉しい、或いは無関心であるかもしれません。感情もまた、記述が少なければ少ないほど伝わりません。
読者に補完させる、という手法は少なからず伝わらないリスクを孕みます。
今回、上記のセリフで読者に補完させたのは"一般人が東京事変でうろたえている姿"ですね。これによって読者は各々の考える東京事変でうろたえている一般人を想像します。しかし、この一般人の存在は言外に言及されているに留まっています。そのため、一般人がうろたえている様子から財団職員が何を思ったか、或いは一般人は東京事変を受けてどのように感じたかは非常に曖昧で、Tale上にほとんど存在しない要素です。
そのため、主張の裏打ちとなるパートが殆ど存在しないこととなります。主張が非常に良いものである分、裏打ち(その主張の根拠)が文中に示されていない事態は主張の軽薄化を招きます。言葉の重みがないのです。
物語も進行せず、共有される情報も軽薄である以上、この部には面白みがありません。第一部で良質なフックがあった分、ここの面白みのなさは非常に致命的であると感じています。
第三部は時間と場面が少し変わった第二部と言っても差し支えないと感じています。
こちらに関して私は肯定的な意見と否定的な意見が半々です。
第三部では第二部に比べ、キャラクターにスポットが当てられています。キャラクターのキャラ付けや細かい癖をあたかも有名であるかのように記述することで読者に補完させています。ただ、この補完に関しては私は肯定的です。キャラクターは得てしてエピソードによってキャラクター性を獲得します。あたかもエピソードがあったかのように記述することはキャラクターを簡易的に確立する手段として有効です。一方でデメリットも享受しています。それは、読者による補完に頼る以上、「読者がどこかで見たキャラクター以上の個性的なキャラクター」は存在し得ません。ここはトレードオフです。
但し、キャラクターの動く動機が全て裏打ちされていません。資材を収取する大変さも、徐々に食料が減っていく焦燥感もありません。そのため、キャラクターの行動の必要性が伝わりにくいです。
第四部も第三部と構成は同じです。
私は読んでいる最中、ここに最も違和感を感じました。
この機動部隊が懲罰部隊である必要が作中に全く示されていません。「鴇羽が率いる機動部隊であるため、懲罰部隊である」といったように既に著者ページ等のTale外部で決まりきった設定だったのかもしれませんが、そうだとしたらここで唐突に今まで何も知らない人に対して親切であった文が不親切になります。仮に、前述のようにTaleの外部で決まりきった設定ではなかったとしたらこれは無駄な要素だと思います。作中に懲罰部隊である個性が一切活かされておらず、死んだ設定です。
月夜野が言っていることは非常にカッコいいと思います。しかし、今まで何度も言っているように裏打ちがありません。そのため、そのカッコよさと裏腹に軽薄です。必要性と、焦り、誇りがもう少し伝わるような情報を追加したほうがいいと思います。
第五部は第一部と同じ構成ですね。
こちらは個人的に印象がいいです。大体理由は第一部と同じです。
全体として、私はこのTaleを映画の予告編のようだと感じました。全体をつまみ食いして記しているようであり、本編としては相応しくありません。ただ、これがハブの紹介文として記載されていたならそれはとても良いものだと思います。このTaleはフックは優秀ですが、フック以外が物語として薄すぎると思います。繰り返すようですが、読者に補完させる手法はトレードオフです。私はこのTaleの概形を良いものだと思っています。そのため、今後の改稿で今まで存在していなかった裏打ちがさらに重厚なものになるとTaleは非常に面白く、またそのTaleの中で独自の世界を形成することとなるはずです。仮にこの批評を全て反映するころには文字数が3倍くらいになると思います。地下東京は非常に魅力的な設定であり、その先駆者であるこのTaleがさらにより良いものになることを願っています。
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