感想
UVしました。社会性昆虫の性質を擬人化してディストピア的雰囲気に当てはめるというものは、確かに先行作品が無いこともありませんが、個人的には異常存在というコンテクストの中に置かれることで新鮮さを感じました。「なるほどそう来るか~」という感じです。今後非異常個体になるであろう男女についても、その後を想像させる雰囲気が良いと思います。
記載内容について1点指摘があります。
指摘
キイロスズメバチ(V. s. xanthoptera)
キイロスズメバチの学名は本報告書においてこの時点が初出であるため、属名と種小名を省略することは財団世界の読者、および第四の壁を隔てた我々にとって優しくないように思います。確かに、H. sapiensやT. rexのように、実際に学名を表記する場合において頭文字だけを代表させて表記することはありますが、そういった表記例は省略された部分の学名が事前に記述されていることが前提となっているように思います。例えばHomo erectusという表記を先にしている条件下で我々ヒトの話をするのであれば、HというのはHomoの省略であることが分かるため、H. sapiensで十分に伝わります。しかし、いきなりHとかVとかを断りなく表記された場合、この意味の読み取りは途端に難度が増します。Wikipedia日本語版ではケブカスズメバチの項目の冒頭部でキイロスズメバチの学名がV. s. xanthopteraとして記述されていますが、これは種ケブカスズメバチの学名がVespa simillimaとして既に記述されているために、亜種キイロスズメバチについては属名と種小名を省略して亜種名だけをしっかり記せば十分に伝わる、ということによります。
SCP財団の場では大体の場合標準和名も併記されますし、実際本作に関してもそうですので、標準和名をキイロスズメバチとして属名・種小名の略記がV. s.なのであれば、実際問題あああの生物なんだなというのはすぐに分かるかもしれません。ただし、一般的に推奨される学名の扱いにはそぐいませんし、また海外支部に翻訳された際に本州以南の日本列島と朝鮮半島にしか分布しないキイロスズメバチではピンと来ない可能性も十分に考えられるため、私個人としては最初に属名・種小名の綴りを全て記述することを推奨します。ご自身の嗜好や主義と照らし合わせて取捨選択ください。
寝言
しかし我らの女王はこの街とそのルールそのものを産み、必要な生殖と管理行為、防衛機能を我らに移しているのです。
当初このポストを書いている間、SCP-3995-JP内の人型実体が真社会性を喪失しているように見えることについてコメントしようかと思っていました。
管理行為と防衛機能については実際のハチもそのようなものだと思うので良いのですが、生殖をワーカーに委託することにはどのようなメリットがあるのかなとぼんやり疑問に思っていました。ハチやアリ、シロアリといった社会性昆虫は生殖やその他の行動について分業を行っており、本作に登場した人型実体については真社会性が崩れているように感じました。社会性昆虫が持つ真社会性は以下のように定義されるようです(参考)。
- 両親すなわち最初の雄と女王以外に育児に参加する同種の個体が存在する
- 2世代(親世代と子世代)以上が同居して生活する
- 生殖を行う階級と行わない階級がいる
本作に登場する人型実体の社会は1.の描写がありません(つがいが育児を行っているように読めます)。3.については満たしていますが、一般に社会性昆虫に知られるごく少数の生殖虫と多数の非生殖虫から構成されるという特徴が逆転しています(そのため生殖とそれ以外のワーカーの作業の区分が曖昧化しており、分業が形骸化しているように思います)。加えて、1.の欠如が前提にはなりますが、つがいが外部の生物を襲撃するワーカーとしての役割に出れば、その個体は異常性を喪失しておそらくSCP-3995-JPには戻って来ないでしょうから、その幼虫は子育てを得られなくなるように思います。こうしたSCP-3995-JP内の社会は真社会性ではなく共同巣性であるように感じます。
ご存じかも知れませんが、ハチ目の昆虫の染色体数について雌は二倍体、雄は一倍体であり、つまるところ雌は雄の2倍の染色体を持ちます。父親のハチが持つ染色体は確実に娘・息子に遺伝するため、雄から見た彼らの血縁度 同じ染色体を共通して持つ確率は常に1です。反面、母親のハチは減数分裂を行って2つの染色体のうち1つが次世代へ遺伝するため、母親から見た娘の血縁度は0.5です。一方、娘から他の娘(姉妹)を見た場合、父親からの染色体は共通して引き継がれているので、残る母親の染色体が1/2で共通するため、血縁度は3/4となります。このため、ハチにおいては自らが子どもを作る(血縁度1/2)よりも、自身の母たる女王の繁殖を手助けして妹を作る(血縁度3/4)方が、自身と共通する遺伝子を残せる可能性が高まります。
本作に登場する人型実体は女王ではなくおそらくワーカーに位置付けられるであろう雌雄がつがいをなし、それぞれ繁殖を行っています。もし彼らが非異常のキイロスズメバチと同じ様式で性決定をするのであれば、子孫の血縁度は0.5となり、従来の女王のみが繁殖する形式よりも血縁度が低下し、従って包括適応度も低下してしまうように思います。包括適応度の低下を踏まえても余りある利点があるのか、あるいは何らかの方法で包括適応度を高める理屈があるのか……としばらく考えていました。
結果、SCP-3995-JP内の社会が人型実体で構成されていることを踏まえ、非異常のキイロスズメバチになるまではヒトと同じく両性共に二倍体であり、それゆえヒトと同様の生殖様式でも不自由ないのかなと思い付きました。両性が二倍体でありながら真社会性を持つ昆虫としてはシロアリがありますが、件の人型実体がシロアリと違って真社会性を持たない理由としては、襲撃行動により外部生物を生殖虫として取り入れた後、ワーカーが異常性を喪失することに起因するのかなと考えました。
異常性を喪失したキイロスズメバチがSCP-3995-JPに復帰する記述はありませんし、おそらく襲撃行動を取った2, 30匹のSCP-3995-JP-1は巣を離れ、普通のキイロスズメバチとして余生を過ごすものかと思います。この時、真社会性昆虫である非異常のキイロスズメバチは、単独では通常の生活を送ることが難しいでしょうし、きちんとした形式で子孫を残すことも不可能でしょう(単為生殖でクローンを作ることは可能かもしれませんが)。その時、雄個体であるSCP-3995-JP-1が雌に同伴して異常性を喪失することにより、その後は一夫一妻で新たなキイロスズメバチのコロニーを創設するのかなと思い付きました。それであれば、外部コロニーの創設だけにしか雄を使わないのは資源として勿体ないでしょうし、ワーカーが一夫一妻で各自育児をするように(雄にも役割が与えられるように)社会構造が変化したとすれば、筋は通るのかなと考えました。
長くなりましたが、1つの作品をこのように楽しんだということでコメントとして残しておこうと思います。非常に興味をそそられる作品でした。本作を世に出していただき、ありがとうございます。