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蒐集院と財団についてのtaleを執筆しながら疑問に思ったのですが、蒐集院が財団に吸収されたのは正確にはいつごろなのでしょうか? 個人的には鎖国が解かれ、後の明治時代あたりに財団との接触が始まり、太平洋戦争が集結してアメリカによる統治がなされていた時期に過激派を除いて吸収されたと考えています。まだまだ自分は知識不足で、この解釈にも未熟な点が存在するかもしれないので皆さんの意見を聞きたいと思います
お答えしましょう。 「答えなんてない」が答えです。
要注意団体-JPに記載されている以上のことは自由に決めて構わないです。成立経緯やどういう人員がいるか、解釈は自由です。 ヘッドカノン(脳内設定)としては太平洋戦争敗戦に伴いアメリカの財団と合流したという意見が主流ですかね。私もgimuginさんとほぼ同意見です。
ただし、これもあくまで一つの意見であり、「ペリー来航による日本開国に伴い合流」とかでも問題ありません。 細かい経緯については自分設定で全く構わないと思います。
青空などの合流経緯を話題にしたTaleなどを読むとよいかもしれません。合流経緯を深く掘り下げるだけでも面白いTaleが書けるかもしれませんね。
自分もhannyaharaさんと同様、蒐集院が財団に吸収された時期は各人のヘッドカノンによって決めて構わないと思います。
ただし、個人的に一つだけ意識しておきたい点があります。蒐集院と同じく要注意団体-JPに登録されている負号部隊の存在です。この団体は1937年と成立時期も明記されており、さらにその成り立ちには蒐集院の存在が大きく関わっています。つまり、負号部隊という要注意団体を考慮したうえで設定を考える際は、少なくとも1937年時点では蒐集院は力のある団体であったということです。
もちろん、蒐集院の大半はもっと早くに財団に吸収されているが、その残党が陸軍と強い繋がりを持っていた、といった解釈も可能です。あるいは、大戦における国家間の対立を利用し、財団に吸収されていた元蒐集院メンバーが軍に働きかけた、という形でも説明はつきます。 この辺は複雑なようですが、その実、情報の解釈と取捨選択は全て自由です。必要なのは説得力のある描写程度でしょう。