写真ソース、参考文献は以下の通りです
1枚目の写真・参考資料: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB
2枚目の写真: https://visualhunt.com/f/photo/3662879242/cbfe5f54b5/
3枚目の写真: 自主撮影
モンセギュールとケルトについてのソース: http://catharslideshow.blogspot.jp/
サーキック・カルトについての諸設定: http://ja.scp-wiki.net/sarkicism-hub
UVしました!
いやー、実に素晴らしい記事だと思います。いいですよね、サーキック・カルト。いいですよね、中世の闇。
現実の歴史に要注意団体を絡めただけでなく、プロトサーキックとネオサーキックのミッシングリンクをつなぐお話だったというオチまであって、歴史大河小説のようでした。
地下空間を3層に分けることによって、3つの時代・民族が関わっていることを暗喩しているのも高度なテクニックだと思います。このおかげで、複雑な背景もすんなり理解できました。
この記事をきっかけに、日本支部にもサーキック・カルト信者が増えるといいですね。
あくまで一案ですが、下書きにあった解説をディスカッションに折りたたみで載せておく手もあるかもしれません。
ご評価ありがとうございます。
サーキックの現実の歴史と絡めた構成ってわくわくしますよね。翻訳については、一応サーキック・カルトの設定にできるだけ沿うように心がけましたが、本家のサーキック記事を書いている方々の歴史知識は凄いですから、中世フランスの文化風俗周りでなんか言われそう・・・(あとそもそも英訳が自分には無理ゲーで・・・)。
一つの舞台に対して、関連する歴史を一つの流れとして結びつけるという構成を心がけたので、大河小説と言っていただけて非常に嬉しいです。サーキック、頑張って布教していきましょう。サルアンですか・・・。特にこのピレネーの地下に誰かが関わってるとかは考えてなかったんですが(地中海侵攻作戦の拠点の一つ、程度に考えていました。)、色々妄想の余地がありますよね。
ykamikuraさんの意見を受けまして、この記事を書くにあたって設定した歴史をこちらに置いておきます。本作の概要・ネタバレを含むため、閉じておきます。
サーキック世界におけるカタリ派前史
前提として、西方圏で発生したグノーシス主義は、古代メカニト(壊れた神の教会の前進)の遺構を発見した1世紀のギリシア人が始めたものとします。つまり、MEKHANEとヤルダバオートという二元論構造を当時広まりつつあったキリスト教に絡め、同じく古代の対立構造を残すゾロアスター教(火を拝するのは、サーキックを焼き払った浄化の名残)の影響も受けて独自解釈して作り出したという感じです。やがて西方圏ではキリスト教のローマでの国教化で異端となり廃れますが、東方世界ではマニ教の台頭により勢力を増します。マニ教の戒律に強い禁欲主義と菜食主義が含まれるのは、肉を奉ずる者たちと対立していた時代の文献を独自解釈した結果です(本当は仏教の影響ですが)。マニ教自体はその後イスラム教の台頭により廃れますが、グノーシス思想を受け継いた信徒は存在し、東ローマの腐敗に反発して発生したボゴミル派などの形で歴史上に度々現れることになります。その中で、ボゴミル派やイベリア半島のイスラム勢力の影響下において南仏で発生したのが、グノーシス主義のキリスト教派であるカタリ派です(史実)。メカニトは、これらの集団を隠れ蓑に古代から現代までの間に生存していました。
サーキック世界におけるケルト人
モンセギュールは古代ケルト人の祭祀場の跡であり、カタリ派はこれを再発見するとともに、そこに残されたケルト人の技術を学び取りました。ケルト人は、前1200年のカタストロフでアディ-ウム帝国から逃れ中央ヨーロッパに移動した民族であり、サーキック生物の魔手から逃れるための魔術的な自衛手段を持っていました。ウィッカーマンはその典型であり、人の生命力を原動力として木と藁でできた燃える巨人を動かし、進軍しながら肉を共を焼き払う、いうなればケルト版巨像SCP-2406です(流石に"答え"みたいな超兵器は持っておらず、あくまで自衛のための兵器)。これらの秘術はドルイド教の神話体系とともにガリア地方にも伝わりました。実はピレネー山脈の地下には、SCP-2191(ドラキュラ工場)ほどの規模ではありませんが、休眠状態のサーキック生物のコロニーが存在していました。モンセギュールにはそこに繋がる洞窟が存在し、偶に休眠状態から目覚めて出て来る奴らをおびき寄せ、始末する為に使用されていました。ガリア戦役によってローマの支配下に置かれた後も、少数のケルト人がこの場所を守り、ケルトの技術と封印を守っていました。
主要部分のストーリーの要約
カタリ派はグノーシス主義を信奉していたため、内部にMEKHANEの信奉者が存在していました(完徳者ジョセフィーヌは教団の幹部であり、その一人でもある)。このためモンセギュールを拠点にし地下洞窟でSCP-1244-JP-2を発見した時点で、この場所の役割を把握し古代ケルトとサーキック生物の研究を開始しました。やがてカトリックの弾圧により教団自体がモンセギュールまで追い詰められると、遺跡の機能維持が困難になってしまいました。これに乗じ、サーキック・カルトからSCP-████-JPこと"ピレネーの子宮"というサーキック生物の地下コロニーの調査を命じられ教団に潜伏していたバルトロメは、魔術研究者という立場を利用して利用価値のなくなったこの場所とカタリ派内のMEKHANEの信奉者を一掃する計画を実行します。ゾンビ化させた上でケルトの魔術によって不死の燃え盛る人となった彼らは、盲目的に洞窟内を徘徊し、SCP-1244-JP-Aが出現したときだけその目的のために洞窟内を焼き尽くす人形と成り果てました。バルトロメはモンセギュール陥落前に脱出し、一緒に逃走したカタリ派の信者を欺き研究資料ごとバルカン半島に逃げ去りました。以降700年近くSCP-1244-JPは忘れ去られ、人知れずSCP-1244-JP-2を何度か退けていました。
財団が再発見した後も、"モンセギュールの忠義者"との関連を疑った境界線イニシアチブによる襲撃などもありましたが、とくに変わりなく長い間収容と研究が続けられていました。SCP-1244-JP-2の発見後、財団は歴史調査のため境界線イニシアチブを通して[編集済]に対する資料提供を要請したり、サーキック・カルトの拠点制圧などを通じて上記の歴史を紐解く、というのがこの記事のメインストーリーになります。