クレジット
タイトル: サイレン、四秒間
翻訳者: Aoicha
翻訳年: 2023
原記事: Four Seconds, Low Pitched
原著者:︎︎︎ ︎©︎ksaid
作成年: 2013
参照リビジョン: rev.17
十五秒間の長いサイレンは火災発生を意味する。断続的なサイレンは避難指示。短いサイレンが三回鳴れば都市封鎖、二回鳴った後に長いサイレンが続けば爆破予告。それ以上となると、事態は複雑化していく。
ジャクソン・スロース記念高等学校には、種々の緊急事態に対応した独自のサイレンが存在している。生きた魚の雨が降れば四秒間の低音が、死んだ魚の雨が降れば三秒半の中音が鳴り響く。その数ざっと六十七種。各学期の最初の九日間は丸々緊急訓練に捧げられ、サイレンが鳴り響くに値する出来事は平均二週間に三回のペースで発生した。ライバル校であるスロース・ピット高等学校では緊急事態の発生頻度こそ低かったが、オメガ3脂肪酸が不足している生徒の割合は高かった。
今日はサイレンが一度も鳴っていない。十六歳のアダム・スナーリングにとって、これは何にも勝る緊急事態であった。瞬きしたアダムの目から汗が零れ落ち、絶望を湛えたその瞳は微積分の試験用紙に釘付けにされていた。全くもって理解不能だ。指数と係数はページを上下に波打つ線に乗り、机上に零れて教室中を踊り回る危険性を孕んでいる。アダムは紙から顏を上げた。クラスメイトのほとんどは彼と同じく、恐ろしく無能な状態に囚われているようだった。三つの机を超えた先では、アダムの友人のウトカルシュが取り憑かれたように数式を書き殴っている。試験開始から十五分が経過すると、もうそれもさほど面白くなくなったようだ。アダムは教室の正面に立つ教師を用心深く注視し、前の席の答案を覗き見るチャンスを窺った。あいにくサイコロは持ち合わせていない。さて、JSMHでの在職期間は、バートン女史の反射神経を予知レベルまで磨き上げていた。彼女は電動ハゲワシのごとく鋭い眼光で、まっすぐにアダムを見つめていたのだ。アダムはごくりと唾を飲み、時計を振り返った。どういうわけかさらに、絶望的で静かな五分が過ぎ去っている。最初の問題に二十分が費やされ、彼が唯一分かったことといえば、おそらくどこかにxがあるということくらい。失敗を甘んじて受け入れると、彼の視線は部屋のあちこちを無気力に彷徨った。開いたドアの向こうには、浸水の『し』の字もない美しい廊下。開いた窓の向こうには、魚の『さ』の字もない美しい青空。試験からの脱出手段にはなりえないものがいくつか。それから、苛立たしいほどに静かなサイレンと、突如として出現し始めた髪の毛。
やったぜ
十分と少しのトランペットソロの後、ジャクソン・スロース記念高校は六十八番目の独自のサイレンを考案し、バートン女史の試験は七週連続で延期された。バートン女史は校庭に出されたピクニックテーブルに座り、手にした試験用紙をぼんやりと見つめていた。やがて、試験用紙はゆっくりと引き裂かれていき、ただの紙の切れ端へとなり果てた。アダムは正面玄関の外にある階段の天辺に立ち、悪意なき純粋な満足感でもって、教師が精神崩壊していくさまを見届けた。ウトカルシュは頭を抱えてアダムの数段下に蹲っていた。アダムは彼の隣に腰を下ろすと、道路の方を見た。白いバンが続々と学校の前に集まってくる。側面には『学校美容規定School Cosmetology Provision』と書かれており、塗料はまだ乾いていないように見えた。会社の代表者が先頭のバンから降りてきて、校長に近づくと、何が起こったのかの正確な説明を求めた。
「前回と同じです、髪を除けば」と校長が言った。
アダムとウトカルシュが半インチ横に移動すると、黒いスーツを着た学校の美容師の一団は二人の横を通り過ぎ、校舎の方へと行進していった。まるで軍人のようにきびきびと動く一団に、アダムはにやりと笑った。
「移動式毛髪処理精鋭部隊、ブラボー69! コードネーム、『オッカムの足の剃刀』!」
ウトカルシュは返事をしなかった。アダムは眉をひそめると、彼を軽く小突いた。
「なあ、髪の毛についてはどう思う?」
アダムが問うと、ウトカルシュは顔も上げずに頷いた。
「イカれてるよな。どっから湧いてきたのか知りたいよ」
ウトカルシュは曖昧な態度で肩をすくめた。アダムはやけになった。
「とかいって、実際お前のママの陰毛だったりするんだろ? なあ?」
「僕はあの試験で一番になるつもりだったんだ」
ウトカルシュがそう呟く。
「はいはい」
アダムはため息をついた。またこれか。
「僕がなるはずだったんだ!」
振り向くと、ウトカルシュはアダムをきっと睨みつけた。
「僕はこのために勉強してきたんだ。日程を告知されてから二ヶ月間。毎週毎週、延期される度に勉強してきた。ついに今、両手を後ろに回して、股間から火が出る思いまでして、僕は積分を発見することができた。僕が一番だ」
アダムはびくつきながら口角を上げた。ウトカルシュは鼻を鳴らすと、アダムに背を向け、腕を組んで段の上にかがみ込む。アダムの方へ振り向こうとはしなかった。アダムは落ち着きなくそわそわとしていた。
「僕が一番になるはずだったんだ」
ウトカルシュは唸り声を上げた。
「まあまあ、あんたはどのみち良い点数なんだから──」
「僕は全員と同じ点数を与えられる羽目になるんだ。誰もが同じ点数を与えられるが、試験で点数を取ることは誰にもできない。分かるか、アダム?」
ウトカルシュが怒鳴ると、アダムは半インチ後退りした。
「なあ、これは僕がおかしいのか? 原因と結果を求めて何が悪い? 地球上の物に対して『頼むから物理法則に従ってくれ』と願うのは高望みなのかよ? 一度だけ、一度だけで良いから。ボールを投げたら、フクロウに横取りされるんじゃなく、下に戻ってくるのが見たいんだよ、僕は!」
「大抵はワシだけどな」とアダムは呟いた。
「今日、父さんは僕に試験の結果を聞いてくるんだ、アダム。そして僕はこう言うんだ、『PAシステムが学校に髭を生やそうと決めたから、僕はB評価だった』って。こんなのふざけてる。どう考えたっておかしい」
(二秒間の低音のサイレンが、短い間隔で三回聞こえてくる)
「まあ、同情はするけどよ。いくらおかしいおかしい言ったって、髭が生えたのは事実だろ? 皆経験することさ。世の中なんてそんなもんだから。あんまり辛いなら、誰かに話でも聞いてもらうべきだ。俺じゃない誰かにな」
「無駄だよ」
ウトカルシュは瞬きすると、首を横に振った。
「どうせ誰も信じない。この話はやめにしよう」
やけに素直だなと思いながら、アダムは「それが良い」と言った。二人の後ろで扉が開いた。毛髪処理機動部隊の隊員が隙間から頭を突き出し、進路の邪魔にならないようにと叫ぶ。二人は鞄をまとめると、だらだらと階段を下りていった。残りの部隊が直後に続き、小型車ほどの大きさのもつれあった髪の塊を引き摺っていった。部隊が芝生を横切って、ゆっくりとその塊を動かしていくのを、アダムとウトカルシュは眺めていた。
「で、あの塊、何だと思う?」
アダムが問いかけると、ウトカルシュは肩をすくめた。
「さあ……壁の中にネズミでも住み着いていたんじゃないの」
「湿地ガスが燃えたのかも」
「それか、気象観測気球の見間違いだね」
「きっとそうだ」
戦闘スタイリストのチームは、髪を輸送するための複雑な準備工程を開始した。チームの一人がチェーンソーを起動し、ねじれた結び目の側面に切れ込みを入れようとし始める。チェーンソーが金切り声を上げ、もうもうと黒煙が立ち上っていく。作業風景にすっかり気を取られていたアダムとウトカルシュは、暗くなっていく空や、背後でどんどん激しさを増していく雨音にほとんど気づくことが出来なかった。チェーンソーを持った作業員も、何か湿ってぴちぴち動くものが頭の上に落ちてくるまで気づかなかった。男はチェーンソーを下ろすと、空を見上げながら呻き声を上げた。アダムは笑った。ウトカルシュはただ、信じられない思いで首を横に振った。土砂降りが強まると、低音のサイレンがちょうど四秒鳴り響き、ジャクソン・スロース記念高校の生徒たちは、おのおの鞄を抱えて家路につき始めた。
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