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蒐集物覚書帳目録第〇〇五二番

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後世に偽装情報として伝わった鵺討伐の図

一〇五四年五月捕捉。"客星"の出現と共に発見された鵺は人心を乱す物の怪として認知された。発見者により差異はあるが概ね複数の獣が合わさった妖怪であり、出会った者は恐慌に陥り、そのまま衰弱することも数限りなくあったが、長らくその正体を看破することはできずにいた。

一一五五年五月再捕捉。陰陽師"安倍泰親"により発見。時の天皇である近衛天皇が宮中にて鵺に遭遇、病に臥せったことに伴い陰陽寮が主体となって大規模な探索が行われることとなった。その過程で鵺が恐怖されることを忌避していることを看破した安倍泰親により恐れを知らない猛者を集められ、うち源頼政の従者猪早太が見事その任を果たした。鵺との対話を試みた結果、巫覡による鵺の蒐集手順が確立された。

蒐集儀典: 新月の丑の刻に大麻を焚いた密室の中にて巫女に觜宿への祝詞を奏上させる。数刻すると鵺が現れるため、巫女に神降ろしさせる。神降ろしする際には鵺の姿が現れるが、姿を見ること、鳴き声を聞くことは何れも禁忌である。鵺は複数現れることが常であるため、口寄せにより鵺の言葉を聴く際は断りを入れるべきである。儀式は辰の刻まで続けられる。辰の刻にはまた次の新月の丑の刻に儀式を行うことを約し、儀式を終えよ。

安倍泰親手記


鵺の捕捉まで
鵺は普通の物の怪や亡者とは少々異にするものとみえる。鵺は人を脅え、恐れさせること数多あるが、実際に姿を目の当たりにした者の話ではその後慌てて逃げていくことが多いと聞いている。人を恐れさせるのが目的とは考えにくい。また人に会いたくないならば山奥に引きこもっておれば良いことから、鵺は人前に出たいが恐れられたくはない事情があると推察した。そのためなるべく物怖じしない勇の者を選抜し、術を施した上で捜索させたが、何とかうまくいったようだ。頼政公の従者である猪早太は良い働きをした。鵺は猪早太に取り憑いたようだが、狐憑きと異なり、猪早太が正気を失することはなかった。猪早太は途端に鵺が何かを伝えたいと訴えてきた。術を施しつつ、陰陽寮にて収容することとした。


鵺の蒐集儀典制定まで
猪早太に入り込んだ鵺は直ぐにその窮状を我に訴えてきた。話を聞くに、住んでいた地が爆発する前にてんで逃げてきたとのことである。永い旅の間我々のような事物を考えることのできる存在を探しており、たまたまこの地に迷い込んだとのことだ。物事を考える存在を探しているということは人の頭を喰うのか、と聞いたが何のことはない、短い間心の一部を間借りできればそれでいいと返された。それならば多くの人間を襲う必要はないはずだと問うたが、うまく心に入ることができずに戸惑っているとのことだった。どうやら人の心に入るためには姿を見せなければならないらしく、その際に恐怖を覚えられるとうまくいかないらしい。逆に、恐怖を覚えないようにしてやれば公への被害を抑えることができるはずと考え、巫覡によって鵺を留めるための術を構築することとした。いつまでも源頼政公の従者を閉じ込めつづけるわけにもいくまい。


鵺の本質について
蒐集儀典を確立した後も鵺との対話は続けられた。どうして人が恐怖を覚えるとうまく心に入り込めないかを問うたが、そもそも鵺は恐怖や怖がるという情動とは何かを理解していないと見えた。人の恐怖の情動を察知すると逃げ出してしまうそうだが、その理由も理解できないとのことだ。改めて恐怖とは何かを説明するのは中々に骨が折れた。色々と説明を試みたが、その中の一例として「自分に危害をかける可能性のあるもの、未知なるものが自分に危害を加えようとする際逃げ出そうとする情動」であると説明した。すると、「その恐怖というものは、我々が恐怖の情動を察知した時に忌避しようとする時に感じるものではないのか?」と問われた。なるほど、それが恐らく鵺の感じる恐怖という情動であろう。

首肯すると、鵺は暫く何かを考えた後にぼそりと「こわがらないで」と呟いた。

(久寿元年)



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