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by stormbreath
アイテム番号: SCP-332
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-332は地球に所在するため、特別な収容措置を必要としません。地球行き船舶への通常の移動管制によって、不正な接近は十分に防止されています。SCP-332は地球とのミーム的な繋がりを有するアノマリーのクロステスト用に開放されています。
説明: SCP-332は、2476年現在、地球上においてミーム的整合性が維持されている唯一の領域です。その他の地域は全て1つ以上のED-Kレテ・イベント1の影響に晒されており、多くの地域は視線上の物体を記憶・理解することを妨げる“反ミームの霧”に完全に包み込まれています。一方、SCP-332はED-Kレテ・イベントを一度も経験していないため、一般的な手段で理解できる地球上の唯一の場所となっています。
SCP-332は、1棟の建造物の部分的な残骸 (SCP-332-A、旧称“カーク・ロンウッド高等学校”) 、小さな野原 (SCP-332-B、旧称無し) 、競技場 (SCP-332-C、旧称“ウェスリー・ロートン3世記念フットボール場”) で構成されています。また、30体のヒト型アノマリーが存在します (総称SCP-332-D、旧称“カーク・ロンウッド高校マーチングバンド”) 。SCP-332-D個体群は1975年12月12日以降、現在の状態に存在論的に凍結されています。
SCP-332-Dの存在論的停滞は、彼らの周囲に強力な安定化作用を及ぼしていると考えられています。存在論的停滞の結果として、SCP-332-D個体群は記憶の改変に対して完全な耐性があり、身近な環境を固定し、反ミームの影響が及ぶことを防いでいます。しかしながら、知覚の焦点が存在論的停滞によって絞り込まれているため、この効果が及ぶ範囲は限られています。
SCP-332-Dは厳密かつ規則的なスケジュールに則って、この停滞から一時的に抜け出し、演奏を行います。演奏中のSCP-332-Dは存在論的に凍結されていないものの、変化への極端に強い抵抗力を有します。更に、生じた変化は演奏終了後、即座に元に戻ります。演奏スケジュールは、既に廃止され、使用されていないグレゴリオ暦に対応しています。
SCP-332システムのミーム的・存在論的な効果を拡張する試みは全て失敗しています。外部から持ち込まれる物は、1975年のアメリカ合衆国の社会とある程度適合する場合のみ、ミーム的な整合性を復元されます。ほとんどの外部物質は反ミーム性を帯びているため、SCP-332に持ち込む前に復元可能性の有無を判断することは困難です。ミーム的条件付けはSCP-332-Dの思考パターンをいかなる形式でも改変することができません。どのような移送の試みもSCP-332の位置を永久的に動かすことはできません。
SCP-332は現在、何らかの理由で地球上に存在することを必要とするアノマリーの実験場に指定されています。SCP-332を予約する職員は各自直属のHMCL監督に連絡してください。
歴史的アノマリー部門の精神航行船マインドシップが、SCP-332-Dによって使用されないSCP-332-Cの遠端に着陸する。2名の研究員 — ティルリー・ゾルン教授とフレッチャー・グナワン博士 — が降機する。両者はミーム迷彩套を着用しているが、ティルリーの服は特別仕様であり、タロニュー族の叡智圏ノウアスフィアに合わせたデザインが取り入れられている。
2名はSCP-332-Cの脇、砂利敷きのランニングコースが競技場を囲んで伸びている所へと向かう。彼らはそのランニングコースに沿って歩き始める。
ティルリー: もう一度だけ、あまり度々訊き直すのもどうかとは思うんだが、“高校”とは何だったか改めて確認させてほしい。特に今回のような状況においてだ。
グナワン: 基本は知ってるだろ。大体1年程度続く、14歳から17歳までの児童向けの教育課程だ。それが4年間だから、同級生が4組存在することになる。
ティルリー: ああ、しかし、僕が理解している限り、このアノマリーにおいて重要なのは 具体性 だろう。高校には — アメリカ合衆国で運営されていた高校は特にそうだが — それを特異なものたらしめるニュアンスが沢山ある。
グナワン: “特異”ってのはちょっと違うかもな。高校で起きてた出来事はどれもそんなに奇抜じゃない。まぁ、全ての特徴を集合的に兼ね備えてたのは珍しかったかもしれん。
ティルリー: それで?
グナワン: 考えられるファクターは幾つもある。その中で一番重要なものの1つは、古典的観点から予想される教育モデルの次なる段階、つまり生徒たちが家を出て大学で更なる勉学に励む時期だった。そういう大学への入学試験はかなり競争が激しくてな、進学までの学習経験のあらゆる部分を大きく方向付けた。
ティルリー: そして、この学生たちは4年生だったんだね? その変化の入口に立っていたと?
グナワン: その通り。もう1つの主要なファクターは、高校という存在の重要性が増し始めていたことだ。理由の一部はこの時期の性質にある — 高校時代はかなり発達途上の時期で、それまでの経験が依然として生徒たちを形成している反面、自立心も芽生え始めるからな。だが理由の大部分は、当時の大衆メディアが高校時代を美化していたからだ。高校時代はフィクションの中で大いに強調され、著しく重要視されるようになった。
ティルリー: それ以外に注目すべき点は?
グナワン: このアノマリーを理解するにあたっては、その2つが最も肝心だと思うね。ほら、座ろうぜ。
ティルリーとグナワンはSCP-332-Cのランニングコースを一周し終える。彼らは先へ進み、観客席の一角に辿り着くと、最も高い列まで登る。彼らは着席し、軽食を取り出す。ティルリーはエルヴルーelvruの根の甘味揚げ、グナワンはキャラメルポップコーンとピーナッツを持参している。彼らは食事を始める。
ティルリー: 学校教育という考えは勿論、僕にとっても真新しいものじゃないさ。しかし、文化的な固有性が沢山あることには未だに驚かされる。青年期の4年間がそこまで大きな意味を持つだなんて、実に奇妙だよ — ましてや、その時期がまた別な4年間のための準備期間と見做されるとはね。
グナワン: 公平を期すために言っとくが、2つめの4年間にはかなりの重要性があったんだぜ。
ティルリー: 覚えておくよ。しかし、このアノマリーは1つ目の4年間に閉じ込められている — 高校時代に。
SCP-332-Aのドアが開き、SCP-332-Dが退出する。整列した30名の人間がSCP-332-Bを通り抜け、SCP-332-Cに向かって行進し始める。音楽がかすかにティルリーとグナワンにも聞こえる。
グナワン: おいでなすった。
ティルリー: 好奇心から訊くんだが、地球上で最後のマーチングバンドが演奏したのはいつだと思う? あのバンドではない人々だ。
グナワン: 避難の直前までは誰かが演奏してたはずだ。2041年。誰がどんな曲を、までは知らん。
ティルリー: では、その後、最後の高校が閉鎖されたのは?
グナワン: 多分2090年代あたりじゃないか? その頃に旧木星改革Old Jovian Reformsが本格的に始まって、そこから学校教育制度の統合と専修学校の復興に至ったからな。
ティルリー: ふむ。筋は通る。タロニューの難民たちも教育改革を推進して、物事を故郷での暮らしに近づけようとしたが、植民船がカリストやその先に降り立つまでには何十年もかかった。
グナワン: 1つ言えることがあるなら、こういう伝統は過去数百年間、他所で行われたことはない。
ティルリー: まるで生きた化石だな。
SCP-332-DはSCP-332-Cに到着し、行進パターンを開始する。過去のどの演奏と比べても変化は見られない。
グナワン: 奴らは俺たちよりも長生きするだろう。奴らは何処にも行かない。きっと50億年後にアンドロメダ銀河の衝突がこの惑星を天の川銀河から放り出した後も、相変わらずここにいるだろう。
ティルリー: それも道理だ。彼らはこれまでずっと存続してきたし、今やかつて彼らが抱いていた概念からは完全にかけ離れた世界に生きている。
グナワン: そして、奴らの時間枠から見ればそう遠からず、ミームの撹拌が人間の叡智圏における概念から奴らを完全に切り離すことになる。
ティルリー: そして、彼らは既にタロニューの叡智圏にはほぼ存在していない。
グナワン: だが、そうなった後も…
ティルリー: 彼らは今までと何も変わらず、10月の第2金曜日にこの競技場で演奏するのだろうね。
完全にフィールドに入ったSCP-332-Dが入場演奏の後半を開始する。
グナワン: ほーら、始まったぞ。地球最後の曲の1つだ。
ティルリー: 彼らは何を演奏している?
グナワン: この曲は“アメリカン・パイ”。あのガキどもが凍り付く15年ぐらい前の時代への郷愁を込めた歌だ。皮肉でお似合いの歌詞が幾つかあるぜ。“音楽が死んだ日”とか、マーチングバンドのこととか。
ティルリー: 音楽が死んだ日か。ほぼ不滅である音楽の歌詞としては、確かに皮肉な選択だ。
グナワン: ああ。その皮肉な選択を下したのは奴らだ。俺たちの記録はどれも、ガキどもが自分たちでこの生き方を選び取ったことを仄めかしてる。奴らはこの状態に自ら進んで引き籠った、奴らがこれを望んだんだ。
ティルリー: なぁ、君は彼らの選択をどう思う? 君も同じ道を選んだだろうか?
グナワン: えっ? こんな風に永遠に生きることをか?
ティルリー: うん。
グナワン: 冗談じゃない。俺は10代の頃が大嫌いだった。
ティルリー: 全くだ。