フリーダムクーの提言
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アクセス[データ破損]再起動/回復データベース:最高機密に該当する管理官クリアランスが必要です

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指令を確認、レベル4/001アクセス権限を付与

あなたはクー博士から渡されたポータブルHDDを取り出した。彼女から伝えられた任務は、このHDDをサイト-CN-89へ運んで、中の資料を読むためのパソコンを探すことだった。それが終われば休暇を楽しむことができる。あのろくでなしにこんな親切心があるだろうか?彼女が一緒にいた研究員の頭蓋を拳銃で撃ったことを聞いた後では、とても信じられないだろう。しかし、あなたはこの任務に就かねばならない。

あなたはポータブルHDDをパソコンへ接続し、リズミカルに点滅する白色のパイロットランプを見つめた。しかし、あなたの思考はどこへ向けられているのかわからない。

転送が完了したことを示すアラームが鳴り、あなたの意識は突然戻された。HDDを展開し、ナンバリングされた幾つかのファイルを見つける。あなたは、番号順に閲覧するべきだと考えた。

マウスを最初のファイルへ移動させた。

あなたは微かな風がカーテンを揺らす音を聞いた。顔を窓口へ向けて見れば、既に夜が訪れていた。青白い月が天上に掛かり、薄暗い灰色の光芒が大地を見下ろしている。あなたはとうとう、何かがおかしいことに気がついた。ここは静か過ぎる。人の声が無いだけでなく、鳥獣の鳴き声さえ一切存在しない。

あなたは来た時の道を思い出した - 草むらの僅かな動きを除いて、あなたは一匹も野の獣を見ていない。この認識は突然あなたを恐れと不安の中に陥れる。結局のところ、くそったれなこの場所はいったいどんな酷い場所なんだ?

待て待て、何がおかしいというんだ?

長年の訓練により研ぎ澄まされた神経は、何者かがあなたを見つめていることに気がついた。だが既に暗闇がこの執務室の無数の隙間を侵食しており、いずれの隅からもあなたを見つめる双眼があるのかもしれない。あなたは緊張して唾を呑んで - カーソルを次のフォルダに合わせた。

一点の画像、数点の短い動画で構成されたファイル、いずれも.avi形式だが、あなたにはその動画が何を記録したのか確認することが出来ない。なぜなら、理性がそれらが全くあるはずのない存在だと警告をしているからだ。

あなたは身震いした。女史の混乱した独白の中で何か恐ろしいものを聞いた気がした。まるで世界全ての重みがあなたの身体に圧し掛かったかのように、あなたの呼吸は荒くなり、空気を取り込もうと喘ぐ。

自分は今“八荒”の中にいる。あなたは自身に問う。それじゃあオリジナルの自分はもう死んでいるのか?もしくは自分がここを離れた時にそれが起こるのか?あなたは考えをはっきりさせることができない。

まだ最後のドキュメントがある。あなたは震える指先でドキュメントを開く。よく知った声が、すぐさまあなたを狂気に陥れる。

あなたは何度もこの音声を繰り返し、繰り返し、この一切が虚無であって欲しいと願ったが、これは意味が無かった。あなたはとうとう音声を止めて、薄暗い月光が壊れた窓ガラスを通してパソコンの前を照らすのを見た。暗い部屋の中にはこれしか光源が無いようだ。

手が肩に掛かった。あなたは画面の前にじっと座ったまま、動けない。もう一方の手はあなたの手をそっと握った。明らかに女性の手だ。あなたの手はマウスから離れ、パソコン画面の電源を切る。

“彼女はあなたに嘘をついた、”常に櫛があてられたと見られるセミロングヘアーの女性研究員が囁いた。いったいいつそばに来たのか判らないが、あなたは取り囲まれている。あなたの顔には涙の跡が残っている。“彼女はあなたを帰すつもりはない。”

“僕達には戻る勇気が無い。僕達は死にたくない。”他の研究員が言った。彼は年端も無い若者で、黒縁メガネをかけており、恐怖が彼の輪郭に灰色の影を落としている。“たとえ僕たちが死んでも別の自分が復活するとしても。”

あなたはもう何も見ることができなかった。耳には乱雑な騒音と忌々しい告白が響く。何かをしたいと切実に願ったが、巨大な絶望の恐怖から目覚めることは能わない。泣き叫ぶ声が聞こえる。状況はますます悪くなり、ますます近づいてくる。振り返って見れば、更に多くの人影が月光のあたらない暗闇の中から歩いてきて、無数の双眼があなたを見つめている。彼らはまったく同じに見える

あなたはまるで怯えた獣がそうするように、肘掛椅子を押しのけて飛び上がり、サイトを飛び出して、来た時の道に沿って全力で走った。自分だ何処へ向かっているのかも、どれほどの距離を走ったのかも判らない。あなたは険しい山道で何度も躓き転倒しては這い起きていて、裂けた傷口からは漆黒の血液が流れる。銀白色の渓谷は生き生きと輝いている。静寂が四方八方から圧し掛かってきて、暗黒の中にあっても色彩は豪華に見える。

あなたは扉を押し開けて、飛び込んだ。

予想通り痛みがやって来た。千万の鋼針が身体に刺さり、血肉を掻き混ぜる様を連想した。あなたは数億万の粒子に分解され、その一つ一つが断裂と磨砕の痛みを感じた。この痛みは永劫そして無限で - 事実上たった今この世界に“閉鎖”から飛び出したあなたに訪れた。この痛みはしかし、ただ蚊に刺された程度の一瞬でしかなく、その背後の驚天動地の秘密を知らなければ、恐らく単なる短時間の痛みだと気に止めなかっただろう。だがこの場に留まったならば、それは永劫のものになるだろう。あなたは引き裂かれ、分散され、再構成され、あなたの全ての思考と夢は今この時にはもう存在せず、“八荒”に呑み込まれた。

慈悲の一瞬だったのだろうか。あなたはあなたの目を通してそれを見た。そちらの空は既に明るくなっている。あなたは真青の空に掛かる、燦々と輝く黄金の太陽を見た。クーがあなたの眼前に立っているのを見た。彼女の眼には光沢と生気は無い。あなたは彼女の手中の銃声を聞いた。続いて再度モノクロの深淵の中に戻された。痛みとある種の奇妙で超然とした感覚が吹き抜け、それに伴い眩暈は徐々に解消していった。最後にあなたの目に映ったのは——

あなたの鮮血の色だった。

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