ただ一片の火を熾す
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「仮眠中悪いんだけど、ちょっと起きてもらえる?」

 彼に体をゆすられ、イヤーマフを外す。時計を見てみると十一時二十五分。昼食には少し早いし、前の交代からは半時間も過ぎていなかった。

「どうしたの?」
「見たらわかる。こっちに来てよ」

 枕元に置いておいた度入りの雪目対策用サングラスをかけ、フロントガラスの向こうを覗き見る。

「あれは……クレバス?」
 前方約百メートルほど先には今までの旅路では見たことのないような、南北方向に裂けた氷。

「そんなものだと思う。ほら、そろそろ海岸線……海岸線? まあ。旧アメリカ大陸も近いし、地震でもあったんじゃないかな。南にサンアンドレアス断層があるし、ワシントン州は地震多発地帯だし」

「とりあえず迂回する必要があるね、目算だけどさすがにこの車じゃあ塹壕を超えるみたいにはいきそうにない」

「そうだね、双眼鏡貸してもらえる? 上から見るよ、切れ目とか渡れそうなところとか」
 言いながら防寒具を着なおし、フードを被る。彼に渡された双眼鏡を首にかけ、ドア横の梯子を上った。

 続いてまたドアが開く。
「じゃあ、こっちは深さとか見てくる。一応ね」
「気をつけてよ、落ちたら救えないんだから」

 段々と小さくなっていく赤色のダウンジャケットを横目に、亀裂の左右を見渡す。車内からの小さな窓越しでは限られていた視界。屋根の上で縛られることなく双眼鏡を使う。

 北側は視界の果てまで氷が裂けているのが見て取れる。ところどころ両岸が接近しているところもあるがさすがに渡れるような距離ではない。車高と身長を足して大雑把に四メートルの高さから見える平線までの距離は……七キロといったところだろうか。中々に長い谷間になっているようで、迂回するのには数日かかるやもしれない。

 正面に目を戻すと、彼が丁度亀裂までたどり着いたところのようだった。水が循環していないため雪が降ることはなく、したがって地面は氷のみ。雪合戦はできないし雪だるまも作りようがない、そんな氷上をチェーンアイゼンのついた靴で歩くのは時間がかかる。双眼鏡で覗いてみると、彼も丁度こちらを見ていたようで、南側を指さしていた。お返しにゴーグルと双眼鏡越しのウインクを送る。

 彼の指さす方角を見る。双眼鏡を介さずとも、確かに遠くに、明らかに周囲とは違う色。夜の暗闇とも星の瞬きとも、太陽の輝きとも氷の煌めきとも違う赤と緑。双眼鏡をかざす。十八倍に拡大されたそれは、なるほど、コンテナ船であった。

 
 
 

 彼から説明を受け、渡された分の紙の資料を読み終えた。つまり、人類文明を何度でもよみがえらせる魔法のリセットボタン、何世代にもわたるロストテクノロジーの積み重ねであるところのSCP-2000。それの更なる改造計画が二百年前スタートし。使われた技術がある閾値を超えたことにより、惑星の防衛機構・SCP-2203-JPが発動して世界が白い花に包まれ、そして全球は凍結してしまった、ということらしい。

「目的はSCP-2000を破壊すること、で本当にあってるの? 再起動させることじゃなくて?」

「あってる。花が咲き始めた直後、想定されていた最悪は、全球凍結で人類が滅亡すること。それでも、三千年もすれば火山活動とかで結局また地球は水の惑星になるんだ。その時までSCP-2000を保たせれば、また人類文明は再建される──そういう手はずだったらしいけど」
 彼が一度言葉を区切り、横に置いてあった水分を飲む。

「でも、この海底サイトの解析によると、それではダメなんだ。SCP-2000がある限り、その技術が存在している限り。その周りに花は咲き続けて火山から放出されるような二酸化炭素も海の代わりに全部吸収しちゃうんだ。結果、経年劣化でSCP-2000が壊れるまで──といってもその資料にあるように、相当先のことになるだろうけど──地球は氷の惑星のまま。それを止めるために、全球凍結を三千年で終わらせるために、僕たちは神を殺すんだ」

 告げられた言葉に考え込んでしまう。それではどっちにしたって人類文明を再建することなど出来ない。頼みの綱のSCP-2000を破壊してしまうのなら──そこまで考えて、思い至った。こうして二百年の間二人が冷凍睡眠状態で生きてこれたのなら、もっと巨大なシェルター施設などで集団で雪解けの時期を待っていれば、少なくとも人類という種は存続することが出来る。

「二人に、人類存続の礎になれと。──うん、なるほど……。歴史に残らない、誰も覚えていない、世界を救った悲劇のヒーローは好みなんだ。ただ──どうやって破壊するの?」

「ありがとう。実のところするべきことは少ないんだ。こうやって眠った後、上の人たちが命を削って設計した人工知能・マイクが作ってくれた幾つかのデータをイエローストーンのシステムに入れるだけ。それだけでイエローストーンのマグマ溜まりは爆発する。原理は良く分からないけど──ここに書いてあることには、地熱発電用の施設を幾つか暴走させて爆破して。そのエネルギーの指向性を他の機械を使って操作、それでめでたく噴火までこぎつけるという段取り」

 彼がどこからか取り出した資料を右手に持って、宣教師のように。
「詳しくはここに書いてある。遥か未来、自分たちがなくなった後への手紙。ただ全部に目を通さないほうがいいね。あまりの極道スケジュールと怨嗟の声が含まれてるから」

「それで、噴火の爆発か、溶岩か噴煙かに飲まれて二人の人生は終わり?」

「いや。それは違う」ページをめくってまた口が開かれる。
「爆発で噴出するものは全て、えー、擬リーマン多様体なるものに吸収された後、安全な範囲で放出されるとのこと。だからつまり、ホントに単純な作業なんだ」

「全部終わって、生きてたとして。その後どうするの。もう一回眠ろうか」

「ああ、残念ながらそれは後の祭りだね──冷凍睡眠するには機材と専門家が必要だから。だから、まあ。ゆったりと余生を過ごすことになるかな」

「了解。邪道ストーリーの後にスピンオフの日常モノって感じ」

「うーん、違うかも。少年漫画じゃあ例えられないと思う。スポ根もホラーも、ミステリもバトルもない、只の旅。山場はちょっとあるけど……三幕構成に三千年の別れを告げる旅だ」

 
 
 

 二人で車に乗り込み直し、半時間ほどして。ようやくコンテナ船の巨大な船体が間近に見えてきた。出発してから自分たち以外では始めてみた文明の遺物。緑色に赤のラインの入った胴体は透明な世界に異質な存在で、なるほど七キロ先からでも目立つはずであった。

「クレバスに丁度挟まれてるね。海が凍り始めて、砕氷能力がないから立ち往生した、ってところかな」

「積み荷がだいぶ無くなってるようだけど。凍り付く最中に船体が傾いて落ちたとか?」

 確かに彼の言う通り、本来三十メートル弱は積まれているイメージのコンテナはしかし、一、二段ぶんほどしか乗っていなかった。積み荷は何だったのだろう? 進めなくなった後の船員が、食いつなぐために中身を空けたのかもしれない。それとも運送のプロフェッショナルとしての矜持がそんなことはさせなかっただろうか。ともあれ、船の高さは往時に比べれば随分と低いだろう。凍結して体積が大きくなり、結果上昇した面と丁度同じくらいの高さであり──ならば。

「ねえ、船の上。渡って向こう岸に行けないかな」

「なるほど! 出来たらかなり日程の短縮になる。別に余裕は十分あるけど……やってもいいかも」

 

「いけるものだね、案外簡単に船に登れた」
 微妙にかしいだ船体には、履帯を持った雪上車であれば容易に乗り越えられる程度の段差のみがある部分があった。平らかな甲板上を、積まれ残っているコンテナ群をよけながら進む。

「開けてみない? コンテナ」
 運転していた彼が、アクセルから体を離す。

「所有権は喪失してるだろうけど、開けられるの? それに中身って分かるものなんだっけ? 運送会社のロゴはでかでかと書いてあるけど」

「二百年も経過してるし、風化してるから割と簡単に開けられると思うよ。中身も、ほら」
 横窓から指をさして。
「ほらあれ、コンテナのドア側についてるプレート。内容物はあそこに書いてあるはず。配置とか高さとか、あんまり車から離れたくないのもあるし試せそうなのは少ししかないけど」

「そういうことなら。幾つか開けてみよう」


「こっちの三つはタイヤしか入ってない」
 彼の遺憾そうな声が開いたコンテナに反響する。タイヤといっても低温環境での経年劣化で使い物にはならないだろうし、そもそもタイヤを必要とするような車を使っていないため無用の長物だ。

「それは残念」
 返答してから、こちらで見つけたコンテナの中身を彼に伝えるかどうか悩む。これは……しかし。

「そっちは? 何か目ぼしいものはあった?」

 彼の声が近づいてくる。伝えるべきか、もちろん伝えるべきではあるが……

「うわ、なにその袋? 中身って何が詰まってた?」

 コンテナ内に大量に入った袋。その中身は。
「砂糖。しかも寒さで虫も湧いてない」

「そりゃいいね! これで心置きなく甘いコーヒーが飲める」

「それはダメ。健康に悪いでしょ」

 雪上車に積み込める分は積むけど、きっちりと管理しないと。


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