アイダホ州、旧レクスバーグ北東。イエローストーンまで二百キロ弱。あと二日あれば足の遅い雪上車でも問題なくたどり着ける、ようやく旅も大きな区切りを迎えるというところで、既に四日間は足止めをされていた。
ブリザード。
標高千五百メートル、吹きさらしの広大な元農場、荒れ続ける天候と花弁。車外の気温はなんと一時マイナス八十五度を記録し、花と雪に車ごと埋もれそうになったことは既に二回。
太陽は出ているはずの時間帯、暴風と暴風の間隙に完全防備で車外に繰り出し除雪。ドア横に溜まった雪を突き崩して、防壁のように固める。
日が落ちれば出来ることはない。マイナス九十度まで耐えられるという雪上車も、これほど長い間曝されているとその能力も衰えてくるのか。車内でもきっちりと防寒具に身を固め、寄せ合う。
- 別に死ぬわけでもなし、あんまり眠くもないけど寝るしかないかなあ。十分体温も保ってるし、明日にはそろそろ止むだろうし
ん、ちょっと僕も眠れないかもしれない。晩御飯食べる前にぐっすり仮眠取っちゃったから
- なら……ちょっと話に付き合ってもらっていい? そろそろ旅が終わりそうだからかもなんだけど、時々嫌な考えが来ちゃって
問題ないよ。どんどん話してくれて構わない
- ありがとう……その、まず一つ目に。そもそも本当にあれだけで噴火させられるのか、ってこと
うん、完全なオーバーテクノロジーが詰まったメモリだからね。その心配は分かる。──でも、結局のところそれの真偽を判断することは僕たちにはできない。解析もできないしね。そこは二百年前のみんなが必死に遺した人工知能を信じるべき──
- いや、そうでは。むしろ彼らを信じてるからこそかな──ほら、つまりもっと、他の目的とかがあったりするんじゃないかってこと
それは……?
- うん、二人がイエローストーンまでたどり着いて、そのままミッションを達成して、その結果起こることがイエローストーンの噴火につながらないってこともあるかもしれないということ。何か、最悪な想像をすれば。二人を触媒にして世界を救う、とか。実はらしい策があって、そのために生贄になってもらうぞ! とか。二人で十字架を背負ってアメリカの大地を登っているのかもしれないでしょ
そんなこと、考えたって仕方が。疲れているんじゃない? やっぱり寝たほうがいいかもしれない。さすがに心配だよ
- もちろん。逃げ出す気は全くないよ。随分前にも言ったけど、そんな悲劇のヒーローが好きだからここまで来てるんだし……ただ、それは。君に負担をかけてしまうなと。不幸にしてしまうのは心が引ける
まったくそんなことは思ってない! 大丈夫。そもそも君が幸せなら君は世界で一番の幸せ者になるし、その瞬間僕は世界で一番の不幸者になるんだ。それを悪くは思っていない。それに、もし仮に人柱になったとしても。礎となることにあまり興味はないけど……なんだろう、やっぱり最初言ったとおりかな。ロマンチックだ。世界最期の殉教者二人、ブラックボックスの聖書を信じた二人
- ロマンチック。ロマンチック……うん、少し和らいだかも。もう一つは……それこそ本当に意味がないかも
聞かせて。時間ならたっぷりあるんだし
- そうね、なら。……その、つまりなぜ二人が選ばれたのかってこと。そもそもなんで二人が冷凍睡眠を経てここにいるのか。三世の、将来財団職員となることが殆ど確定してるからって、なぜこの二人がわざわざ海底のサイトまで運ばれて寝かせられたのか
それは一つの不思議だね、確かに
- いくつか考えたのは。さっき言ったことと被るけど、二人の体は供物として丁度良かったとか。若いほうがそういうのはいいでしょ?
機械であるSCP-2000が。どこぞの神様みたいに選り好みするかな
- 分からない。野菜は嫌いで油は好きかも。で、他の選択肢としては……そもそもこの記憶が全部ウソとか
世界五分前仮説?
- それに近いかな? 冷凍睡眠されてた、という記憶は完全に後付けで。この体は実は海底のプランクトンから作られたものだ、とか。SCP-2000に組み込まれている機構の話を聞いたら、それも否定できないかなと
それ、ホントに否定できないから困るね……いや、うーん
- でしょ。これを知っちゃったらそもそもぐっすり寝る前の二十年弱だって怪しい。その間に世界が滅びている可能性はある訳だし……
いや、そうだな……実は。僕は神様で。本当の本当は、世界は生まれてから三年目なんだ。最初の一年で夜と昼、太陽と月と星が生まれて、次の二年で氷とその下の街が生まれ。最後の一年で君が生まれたんだよ
- 創世記を神様自身から語って頂ける日が来るとは夢にも思わなかった。その記憶含めて作られたものだって相手が言い張ったら?
もちろんそう思うことまでも僕が作ったことだからね
- ひどい水掛け論
その通り
- くだらなすぎてちょっとどうでもよくなったかも
信仰してくれてもいいんだけどなあ
- それだけはやめとく。ところで……ちょっと寒くない?
信仰してくれないのは残念。寒さはあるよ、この車もさすがに疲れてるみたいだね。寝れないほどじゃないけど
- そう。今度はもうちょっと適当な話題で駄弁ってたいなって思って。世界から無くなったものしりとり、とか
いいよ。まだそんなに眠くないから
- つきましては。暖まるついでにコーヒーでも飲みたいなと。砂糖どれくらいがいい?
角砂糖で五つぶんがいいかな
- 分かった。特別ね
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SCP-514