ただ一片の火を熾す

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「放棄されたパークレンジャーステーション」がさらに放棄された場所。湯気をあげる熱水孔を横目に、雪をかき分け中に侵入する。

 確かに内部機構は生きているらしく、死者から託されたもののひとつであるセキュリティ・カードを使えばすんなり扉が開いた。

「これ、誰のカードだったんだろう? 一から作ったのかな」

 黒いカードには財団日本支部のロゴ以外何も刻印されていない。年代物だとしたら随分と小綺麗な見た目で、傷一つついていなかった。

「案外誰かのかも。日本支部のお偉いさんとか」

 認証が次々に攻略されていく。なんらかの暗号も生体認証も、事前のアイテム群の尽力によりこんなに簡単にいっていいのかと思うほど難なく突破する。

 目的の場所までの道のりで、在りし日の影法師をいくらか見かけた。空調設備はいつから止まっているのか、巨大な構造内の気温は零下。サブレベル1、SCP-2000の文字通り上層部の廊下から覗き見たドアの向こうの幾つかには、何人かの屍蝋、ミイラ化した遺体さえあった。

「ここにはもっと、低温環境に耐えられるような設備はなかったのかな」

「イエローストーンの終点化計画の完成後、人員は殆ど必要なくなったそうだし。だからここにいたのも少数の管理者とか研究員、警備員だけだったんじゃないかな」

 当然暖房はあっただろうし、食料を育てるような機構も含まれていた筈。ここで亡くなっているのは明らかに不可解ではあるが、しかしそれも過去の話。何があったのかは分からないが、この百年間墳墓の一階層に静謐が充満していることだけは確かだ。

「最期までこの施設を守り抜いたことが仇になってしまったのは酷い。もしくは捨てられなかったのかな、人類のリセットボタンを」

「結局、海底に閉じこもってからイエローストーンがSCP-2203-JPの原因だと分かるまで二年間はかかったらしい。ここの半ミーム的防御と堅固な情報防衛システムのおかげで。だから、滅亡の原因と気づいてたのに破壊をためらった訳じゃないと思うよ」

「それならまだ報われるかも」

 


 サブレベル2。最大一万人が居住できる空間に繋がっていた気密ドアの円窓からは、花しか見ることができなかった。SCP-2203-JPは屋外にのみ咲く花だったはずだが、なぜここまで。

「この中も、屋外とみなされたとか?」

「案外そうかもしれないね。居住者の精神衛生上の問題で、『屋外』とされてたとか。もしくはSCP-2203-JPが標的を変えたとか?」

 標的を変える。それはあまりにも怖い話だ。朝起きたら雪上車の中が花でいっぱいになっていたとしたら恐ろしい。これまでそんなことが無かったのは、雪上車に施されたオーバーテクノロジーが驚異的なそれではないとSCP-2203-JPに見なされたからなのか、それともこの仮説が間違っているからなのか。

「それだと地下全体がお葬式の花入れみたいになってないのは変だから、前者かな? 正確なところは分からないし分かったところで」

 


 サブレベル3。ドア横に”LFTR”の文字が彫られた金属板がついた部屋の向こうでは、僅かに機械のランプが点灯していた。

「ホントに動いてる」

「そりゃあ、そうだろうけど」

「いやいや、自分の目で改めて見るとやっぱり。耐用年数もかなり超過しているはずなんだけど、終点化計画の成功の結果かな」

「完全に自動で整備されたり交換されたりしてるんだろうね……空調設備なんかが壊れたままなのはちょっと気になるけど。境目は何なんだろう」

 


 ブウン、という機械が出す静かな音。チェーンアイゼンと硬い床が奏でるコモン・タイム四拍子。歩は進められ、旅の終わりが近づいてくる。

 SCP-2000の中央管理室、セクター-0001。無人の部屋にはやはり僅かな機械の動作音。

「さて、ここにメモリを繋げれば終わり」

 彼が部屋のデバイスを指さす。二カ月の旅もこれで終わりかと思っても、実感があまり湧いてこない。こうも簡単に、という気持ちがある。地下百メートル、かつて何人がこの部屋に入れたのだろう? 

「これで終わり──短い旅に感じてきたなあ」

「夏休み中ずっとの旅、と考えれば長いけど。バックパッカーがやるようなそれと比べたら大分短いかもね……もう少し話す? 最後のスイッチはいつでも押せるんだ」

 彼が取り出した小さなメモリ。片手に収まるサイズのそれに、正確に何が入っているのかは分からない。知っているのはその機能のみ。ただイエローストーンの火を熾す前に、もう少し話しておきたかった。

「なら。ちょっと話させて。──その、このまま噴火を起こして。二人はどうなるの? ゆったりと余生を過ごす前に、この部屋に閉じ込められたりはしない?」

「噴火まで十分猶予は与えられるよ。一瞬で全部爆発するわけじゃない。一時間後でも、一日後でも。ただ……このままいたら、二人で死ぬことになるだろうね。瓦礫に押しつぶされるか、熱波に焼かれるか、それとも閉じ込められた末に飢えるかは分からないけど」

「良かった。心配だったんだ……急に君が、『実は伝えていなかったけど、人間が死ぬことが噴火のトリガーになっているんだ。さよなら、僕とはここでお別れだけど、最期の人類としてゆったり生きてくれ──』みたいなことを言い出したりしたらどうしようって」

 驚いたような顔。図星だった……とは違うような気もするが、全く予想もしていなかった問いへの困惑とも違うような……と、旅程中の経験が伝えてきた。

「そんなこと言うつもりは全くないし、そんな事実もないよ。前も言ったけど、この旅は三幕構成に三千年の別れを告げる旅だ。最初の目標は途中で達成されるけど、更なる困難や大目標が途中で出現して最終的にそれを解決しないといけない、なんて展開は待ってない」

 一瞬の早口と弁明は、しかし間隙の後。なおも続いた彼自身の言葉に裏切られた。

「ただね。人類最期の一人になりたくないし、君を人類最期の一人にさせたくない。死ぬときは二人一緒がいい。でも……寒さの中でゆったりと余生を過ごしていると、絶対にどちらかが先立って……それで、残ったほうは世界で一番の不幸者」

 彼の目頭めがしらが凍りついているにもかかわらず、彼の目線はあくまで「温かい」と修飾できた。

 ラフな姿勢が正され、背筋がピンと伸ばされる。つられてこちらも直る。幾らか身長の高い彼の顔を見上げる体勢になり。間をおいて。もう一度彼が口を開いた。


「僕と、一緒に。心中してくれませんか」


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