げじ
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インタビュー記録

対象: 樋越 香苗氏

(以下、記録の抜粋)

はい。もう、どうしてこんなことになってしまったのか。[嗚咽]いや、きっと、私が悪いんです。私がももちゃんのこと、もう少し見てあげていられたら。

ももちゃんはぁ、生まれた時から落ち着いていることが難しかった子で、[嗚咽]でも、とってもいい子で。幼稚園でお友達がいっぱいできましたし、小学校でも、あの、特別学級とか無いとこだったんですけど、他の子と一緒に問題なく生活できてて。
昔はお家でイタズラばっかりしてたのが、とっても聞き分けのいい子で、ほんと、病気の子だなんて嘘みたいなくらいで。[嗚咽]それで、ダメだったんです。私が、それで気がゆるんじゃったんだと思うんです。

ちっちゃいころのももちゃんは確かに、その、元気いっぱい過ぎて。一人でどこにでも行こうとしちゃって。夜に起きだして、外に出るドアをバンバン叩いてたこともあって。ダメだよ、夜のお外は危ないよって何回も教えて、確かにそういうことはしなくなったはずなんです。でも、そうじゃなかった。そうじゃなくってぇ。[嗚咽]

[深呼吸]はい。すいません。えっと、あの夜、ももちゃんは私と夫が寝てから起きだして、家のドアの鍵を開けて、一人で出ていったんだと思います。ちゃんと戸締りは確認した記憶はあるので、外から開けられたってことはないかと。もう、ももちゃんはそれくらいのことができるぐらいにはお利口だったと思いますし。

それで多分、そのまま神社横の公園に遊びに行ったのかな。ももちゃんの足でも歩いて10分ちょっとで行けますし、学校帰りにはいつもそこに寄って友達と遊んでくるぐらいのお気に入りの場所でしたから。
そこで、はい。ももちゃんは、きっと。[4秒間の沈黙]あっ。

ああ、いえ。すいません。神社の話で、一つ思い出したことがあって。本当にくだらない話なんですが。
その、ももちゃんはよく、神社に出るお化けの話をしてくれたんです。「こっちをずっと見てることがある」とか、「話しかけても何も言わない」とか。
最初は、あの辺りでたまに見かけるホームレスの人のことかと思ってたんですが、「手がいっぱいある」だとか「他の子には見えてない」みたいなことも言い出したり、家でも何もないところを見つめてたりしてることがあって、ちょっと怖いなって……。

はい。何の根拠もない、子供の戯言だと思います。ただでさえ、ももちゃんはそういう子でしたから。でもその、もしかしたら、ももちゃんにあんなことをした人を見つける手掛かりになるかもって思って。はい。そういう不審者が本当にいたのかもですし。

お化けについて……私が知ってるのはこれくらいで、あ、待ってください。一度、ももちゃんが見せてくれました。神社のお化けの絵。ええ、子供が描いたものなので詳細はよく分かんないんですが、それでよければ。

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ええ、ええ。毎度毎度お疲れ様です。大学の先生ってのも大変なんですなぁ。遠いとこからこんな辺鄙な村に来て、連日オヤジの話を聞かなきゃならないなんて。あ、どうぞこれを。粗茶ですが。

そんじゃ、さっそく話していきましょうか。今日は、うちの神社がなんでゲジゲジの神様なんてものを祀ってるのかって話でしたね。
いや珍しいですよねぇ、ゲジゲジの神様って。他じゃ無いんじゃないんですかねぇ。なんでまぁ、そこをアピールして村に人を集めようっていう話は出ているんですがね。ゲジゲジなんて大抵の人は気味悪がるからあんまり話題にならない。先生みたいな民俗学者さんが時たま寄ってくれるぐらいですねぇ。

ああ、すいません。話が逸れましたね。じゃあ本題に入りましょう。まず、この村の歴史について話しておきましょうか。えっとですね、昔の模端村では、その、いわゆる障害児とか奇形児が産まれやすかったみたいなんですよ。その理由はよく分かっちゃいません。当時の文献には呪いやら祟りやら、オカルト紛いのことばっか書き残されていたみたいですがねぇ。
ただ、色々分かった今では、伝染病のせいじゃないかとか、村の近くのウラン鉱山のせいじゃないかとか、小さい村故の近親相姦の頻発の結果じゃないかとかの説が上がってます。あるいは、それら全てが正しかったのかもしれません。

そんなわけで村民全員が困っていたところに、ある一人の験者、つまりは修験道の行者がですね。ぐうぜん村に通りかかったんですよ。
験者ってのは不思議な力で厄災を祓ってくれるもんとされていましたから、村民はみんなしてその験者に縋りました。「このままじゃ村がダメになってしまう。どうにかする方法はないのですか」って。
そしたら験者は村のことを一通り調べて、ちょっとした儀式なんかもやった上でこう言ったんです。「村の外から人を呼び、その人を村に居着かせなさい」って。

それを聞いた村人は、少し離れた隣村に行って、何人か子供を預かってきたそうです。当時はほら、口減らしなんかもあった時代ですから、隣村の人間にも都合が良かったんでしょうねぇ。それで、その子たちはこっちの村ですくすく育って、大人になって自分たちも子をもうけるようになる頃には、村でおかしな赤ちゃんは産まれなくなっていたそうです。めでたしめでたし、ですね。

ああ、それで、どうしてそこから村人たちがゲジゲジの神様を祀るようになったかですね。実はここからが面白い話でしてねぇ。色々解決してから村人たちは、かの験者は神様の使いだったんじゃないかと考えてですね、その験者と神様を祀る神社を建てようってことになったらしいんですよ。で、そこで祀られていた「験者様」ってのが、しばらくすると訛って「げじ様」と呼ばれるようになった。

時間が経ったので昔の験者の話を知らない人も出てくるわけですが、彼らは、げじ様の「げじ」ってのは虫の「ゲジ」のことだと思ってしまった。それから、「げじ様」と神様への信仰がごっちゃになって本当にゲジの神様、ゲジゲジの神様が祀られるようになったって話です。

あはは。色々無理があると思うでしょう?私もそう思いましたよ。でも実際、虫のゲジって名前の由来って、「験者」が訛ったものだって説が有力なんですよ。足が速い点が共通していたから。験者がゲジに。同じ訛り方したってのはあり得るんじゃないんですかねぇ。

それに、ムカデなんかは日本神話で出てきますし、神様の使いの生き物としてはけっこうポピュラーなんで、いろんな神社で祀られてますよね。だから、ムカデと似たような生き物のゲジゲジがこうして祀られてるってのもおかしな話じゃないんじゃないかなぁ。

あと何しろ、この辺って人を襲う大蜘蛛の伝説が有名でしてねぇ。あっ、ご存じでしたか。さすが先生。はい。んなもんで、ほら。ゲジゲジってね、蜘蛛を食べるんですよ。だから、大蜘蛛の化け物に対する抑止力の神さまにしようって思惑もあったんじゃないかって説もあります。まぁ、大蜘蛛は伝説の中でとっくに退治されてるのに、それを気にしてってのはどうかと思うんですがねぇ。


『模端歴史民俗資料館展示 「げんじゃ」が「げじ」に?神さまのナゾ!』より

模端神社の神さまが、どうしてゲジゲジの神さまなのか知っているかな?
じつは、もともとは虫のゲジゲジの神さまがいたわけではなかったんだ!
さいしょは、模端村では「げんじゃさま」という人が神さまだとされていたんだよ。
「げんじゃさま」は、修行で身につけたフシギな力を使う人のこと。
昔、模端村で大変なことがあったとき、ある一人の「げんじゃさま」が助けてくれた。
それから村人は、その「げんじゃさま」は神さまだったのでは?と考えて、模端神社を作ったんだ。
それから何年もたって、「げんじゃさま」という言葉が短くなって「げじさま」と言われるように。
「げんじゃさま」のお話を知らない人たちは、「げじさま」を虫のゲジゲジのことだとカンちがい!
模端村にはゲジゲジの神さまがいる!というお話が広まってしまったんだ。
そして、いつからか本当にゲジゲジの神さまが模端神社にいるとされてしまったんだよ。

(展示パネル右下に、戯画化されたゲジが修験道風の衣装を身に着けているイラスト)


ううん。なんだかまだ納得できていないような顔ですね、先生。はは、分かりますよ。ええ。だってここまでの話は、あくまで表向きの話ですから。

いやまぁ、表向きの話ってのは噓の話ってわけじゃないです。さっきの話もおそらく大体は本当の話です。ただ、民俗資料館さんの方にお渡ししていないような、うちの神社で受け継がれてきた文献を見るにですね、あんまり大っぴらにはなってなかったり、しない方がいいような話もあるんです。障害児の話なんかも大概ですがね。

で、その話を聞けば「げじ様」の本当の由来が分かるんですが。うん。あはは。そうですよねぇ。ここまで話しちゃえば聞きたくなってきますよねぇ。
ええ、ええ。別にいいですよ。これまでに誰にも話したことが無いってわけじゃないですし、そもそもが禁忌みたいな扱いな訳じゃないですから。村の中でも、物知りな人なら知ってる話です。ただ、大っぴらにしちゃうと嫌な思いする人がでちゃうでしょうから、表向きにはしてないってだけですので。先生みたいな学者さんになら全然。

じゃあ、さっきの話に戻りますがね。さっきの話では、隣村から来た子供は「預かってきた」ってことになってましたが、実際のところ、みんな隣村から「攫ってきた」子供だったようです。
ええ。なんで、みんながみんな「口減らしにちょうどいい」なんて思っていたわけじゃありません。子供を取り返そうとした親御さんも少なからずいたみたいですがね。しらばっくれて、むりやり追っ払っていたみたいです。ひどい話ですよ。

ただ、本当にひどいのはここからです。その攫ってきた子供の中には、もともと捨て子だった子供も何人かいたみたいなんですよ。で、そのうちの一人は、片腕の無い子だった。
障害のある子供がこれ以上増えてほしくないのに、障害のある子供を村に呼んで来たら本末転倒です。でも、攫ってきた子供、それも捨て子をまたわざわざ返すのもなんだかなぁと。

なんで、その子を神様への捧げものにしたと。ええ、生贄です。

ああ、ここでの生贄というのは、生かしたまま神域に住まわせるような感じです。殺したりとかはなかったそうですよ。ただ、人間を飼っていた、と言えなくもないですが。その子は神様に一番近しい存在、つまりは巫者のような立ち位置とされたみたいです。
おっと、この神様とゲジゲジやら験者やらは関係ないですよ。一応、験者が来る前にもここの土着神への信仰はあったみたいですからね。その土着神に仕える巫者として扱われてたわけです。

で、その巫者は捨て子だったんで名前が無かった。なので、外の村からやってきた子供、外の児。すなわち「外児様」と呼ばれていたと。そう、「げじ様」です。
外児様は子供ながらに中々頭が働く方だったようで、村人たちは何かあったらすぐ外児様に助言を求めに行ったとか。だから外児様も、この村を救う神の使いの一人であったと信仰されるようになったんですね。
んー、まぁ、これは私の想像なんですがね。外児様ってもとは片腕の無い捨て子だったわけでしょ。色々大変だったでしょうに、それでも隣村でずっと生きてきた。だからこう、悪知恵みたいなもんがよく回ったんじゃないんですかねぇ。

えー、さて。ここまでの話をまとめるとですね。今、ここの神社で祀られている神さまへの信仰ってのは、もともとのこの土地の土着神、お告げを出した験者、そして「外児様」への信仰がごっちゃになったものだと。そして、その神さまが「げじ様」と呼ばれるようになったのは、もとは捨て子の「外児様」の呼び名の影響が一番大きいんじゃないかと。
「げんじゃ」が訛ったって話よりは納得できますよねぇ。大本の土着神に明確な名前は無かったようですし、「げんじゃ様」と「げじ様」なんてややこしい名前の二つの存在が祀られていたら、「げじ様」って名前しか残らんわけですわ。
ただ、人攫いの話と、殺しちゃいないとは言え生贄の話ってのはウケが悪いんで、今では外児様周りの話はアレンジされたりカットされたりして伝わっている。そのせいで、「げんじゃ」が訛った説が主流になってしまった、というわけですな。

ただね、外児様の影響ってのは大きかったみたいで、資料館さんの方の展示にも所々隠しきれていない外児様の名残ってのがあるんですよ。分かりやすいのだと、「模端村民謡」ってやつですかねぇ。あれ、げじ様に仕えてた巫者の歌だと思ってる人が多いんですが、どっちかっていうと、げじ様その物のことを歌ったものなんですねぇ。かたわのかんなぎ~ってやつ。今の時代、かたわってのも良くない言葉なんで、あの展示も無くそうって話は一応ありますがねぇ。
ま、止めといた方がいいかと。

あと、その民謡とか一部の資料によると、どうやら外児様は義手を使っていたようなんですがね。当時の小さい村でちゃんとした義手なんて、用意できたんですかねぇ。今の時代なら、本物そっくりの義手も用意できたりしますが。

ええ、ほんと、最近の技術ってのはすごいですよねぇ。私も見たことあるんですがね、どこからどう見ても本物の人間の手なんですよ。ちゃんと物も掴めるし。
ただね、やっぱり見る人が見たり、手触りを確かめられると分かっちゃう。見た目とか動きとか、もっともっとリアルになってくれれば色んな人が大助かりすると思うんですがねぇ。今時、クローン技術とか何かで本物の人間の腕を基にした義手とか作れないのかなぁ。それはまぁ、高望みしすぎなのかな。


『模端歴史民俗資料館展示 模端村民謡』より

かたわのかむなぎ かいなは ひとつ
これでは まろぶか ころぶかと
みなでかいなを さしあげた

かたわのかむなぎ かいなは よろづ
かむなぎ かいなは げじかいな
かたわかいなは なくなった


さて、ここらで話はおしまいにしましょうか?それとも、ええ。もう一つ、話をしておきましょうか?いやいや、先生がまだスッキリしていないような感じでしたので。まだ気になるところがあるのかなぁと。

なるほど、「げじ様」が名前の繋がりとこじつけ紛いの理由だけでゲジゲジの神と見なされるようになったのがしっくりこないと。はいはい。
そこについてはね、実は、完全にその謎を解明できるカギになるってわけじゃないんですが、参考になりそうな文献ならうちの神社にあるんですよ。こっちは特に人様には見せないように、内容を話さないようにって言われてるんですがね。
それで、どうします?私としては、先生がせっかく遠方から来てくださったんですし、これはずっと一族の秘密にしておくには惜しい話だと思っていますから、先生にはお話ししてもいいかなぁ~と思っているんですが。

あはは。そうですか。では、お話しさせていただきましょうとも。いや、でも、これは本当に内緒の話、口外禁止の話です。あまり、公にはしないでくださいね。これで神さまの秘密が明るみに出てしまったら、神さまにも、ご先祖様にも祟られてしまうかもしれませんし。はは。

では、話していきましょう。実は、外児様はですね、巫者としての役目を果たし終わる前にですね、殺されてしまったんですよ。誰にって?もともと村に居た、障害を持った子供たちにです。

ははは。衝撃の事実ですよねぇ。動機ですか?そりゃあ、自分たちと同じく障害を持っていて疎まれるはずの子供が、外の村からやってきたからって巫者扱いされて、もてはやされていたんですから。腹が立ったんでしょう。

外児様はですね、腕を切られて殺されたんです。残っていた片腕さえ無くしてしまい、何もできなくなった所を囲まれて、はい。いきなり隣村から攫われて、勝手に生贄ってことにされて、それでもずっと知恵を貸してやってたのにこの最期です。元から村に居た子供たちも可哀そうだとは思いますがね。外児様が受けた仕打ちの方が余程ひどいと私は思いますよ。

きっと、外児様は村を恨んだでしょう。呪ったでしょう。そして村人たちの、特に、自らを手にかけた子供たちの惨たらしい死を願ったでしょう。

それからです。障害を持った子供たちが、腕を失った遺体となって見つかるようになったのは。

村には戦慄が走りました。すぐに、これは外児様の祟りだと大騒ぎになりました。このままでは、障害のない子供も、いや、自分たち全員が危なくなるのではないかと村人たちは考えました。

彼らは、どうにかして外児様の怒りを鎮めることができないか話し合いました。そして、特に外児様が怒りを抱いたであろう、障害を持っていた子供たちだけを皆殺しにし、外児様がされたように彼らの腕を切って、それを捧げて許してもらおうと考えたんです。
また、外児様のお付きの役割を担っていた大人もその責任を取らせられ、腕を切られました。命までは取られなかったみたいですがね。

その後、村人たちはちゃんとした神社を建て、元の土着神と外児様を同一視するような形で祀り、許しを請うた、と。
あっ、ここ、私は逆だと思うんですよね。祀るにあたって土着神と外児様が同一の存在とされるようになったんじゃなくて、同一の存在だと見なされたからこそ、こういう祀られ方をしたんだと思うんです。
えっとですね、神さまに捧げられていた存在が強い恨みを持って死んだ。その命は神さまのもとに届けられたけど、あまりにも村への恨みが強いもんだから、その神さまにも手が付けられなくなって、逆に神さまが外児様の器のようになってしまったから、外児様が祟りを起こせるほどの力を手に入れたんじゃないかとね。当時の村人はそう考えたんだと私は思うんですよ。

ん?ええ、ええ。そうですか。巫女と大蛇の。なるほど、似たような話をご存知とは。じゃあやっぱりこの考えは合ってるのかなぁ。ああいや、話を戻しましょうか。
それで、祟りの騒ぎは一時は収まりました。そして、験者の話のオチ通り、それからおかしな子供が産まれるようなこともなくなり、村には平穏が戻ったんだそうです。

ですがしばらく経って、村人たちが祟りのことを完全に過去のことだと思うようになった頃。外児様が死んでから産まれた子供たちがね、みんなして言ったらしいんですよ。「お化けを見た」って。
子供のような姿で、でも、胴が異様に長くて、そこに不揃いな大きさの手が何本もくっついているお化けが、こちらをじぃっと見ている時があると。

はい、外児様です。複数の腕は、かつて子供たちの命と共に捧げられたものであった。まだ外児様は村のことを許しちゃいなかった。外児様は子供たちのことを、怨を込めて睨んでいたんでしょう。
ただね、それからの外児様はただ子供たちを見ていただけで、何もしてこなかったそうです。村を許しちゃいないけど、直接なにかしてやろうって程までにはもう怒っていなかったんでしょう。
それから、代々うちの家系がこの神社を管理するようになって、今こうしてここに外児様は大人しく祀られているってわけですな。

歴史のお話が終わったところで、そんじゃ、最後に改めて答え合わせとしましょうか。ここでゲジゲジの神さまが祀られるようになった理由。それは、外児様が名前だけでなく、そのビジュアルまでもゲジゲジらしかったからなんですね。
長い胴に沢山の腕がついてる人間。それをね、こう、簡単な絵で描くとぉ、ほら。ゲジゲジっぽく見えてくるでしょう?あと、そこの木彫り細工なんかもね、あれはすごく昔からあるものなんだけど、さっきの話を踏まえると、上から見たゲジゲジっていうより腕が沢山ある人間に見えてくるでしょう。顔もあるし。そりゃそうだ。そういう意図で作られたものなんだから。

あはは。どうです?これで納得できましたか?完全に、といった感じではないですが、まぁそれなりに腑に落ちたって感じですかね。いやいや。暗い話を長々と語った甲斐がありましたよ。
あっ、もう一度言っておきますがね。さっきの話は他言無用でお願いしますよ。うちの神社でそういうことになってるんで。
まぁ、こんなこと言っちゃうと宮司失格ではあると思いますがね。こんな神さまがどうのこうのって話は、もう終わった、昔のことだと思うんですよ。なんで、決まりを破って先生にはこうして村の歴史の真実を話してしまいました。
ただ、もし私が決まりを破ったってのが家の方にバレると、どうなるか分からない。神様には捧げものをするので許してもらえるでしょうがね。今の時代、人の方が怖いもんですわ。怒られるだけで済めばいいですがねぇ。ははは。


2019年9月17日、模端神社横公園にて樋越 百子さん(当時8歳)が遺体で発見された。遺族の証言等から、百子さんは16日の深夜に自宅から無断で外出していたと推測されている。百子さんには比較的重度の多動症(ADHD)の症状が見られており、その症状のためにこのような行動をとった可能性がある。

死因は両腕を切断されたことによる失血死。切断に使用された器具の特定はされていない。

当事件以前にも模端村内とその近辺の都市で、当事件と共通する点が複数存在している事件が、確認されているだけでも計7件発生していることが判明している。現在までに確認されている共通点は、

  • 被害者は全員14歳以下の児童
  • 被害者は全員何らかの障害を抱えていた
  • 死因は両腕を切断されたことによる失血死
  • 切断の方法・使用された器具が明らかになっていない
  • 犯人の特定に繋がる明確な証拠が発見されていない

の5点。これらの事件の特性から異常存在との関係が懸念されているため、エージェント・津山には2019年11月10日までの模端村周辺の調査を命じる。以前の調査と同様、大学教員としての偽装身分を用意済み。


ああっ。大丈夫ですか先生。火傷などしとりませんか。ああ、もうお茶も冷めてましたか。良かった。
いえいえ、大丈夫ですよ。後で私がそこ拭いときますんで。ほんとにお構いなく。

急な手のしびれですか。ああ、そういうとこで自分も年取ったなーって実感しますよねぇ。私も最近、酷くて酷くて。もうね、若い頃の手の感覚が思い出せない。
おっと、先生のお召し物を拭けるような手ぬぐいが無いなぁ。すいません、一旦、そこの新聞で濡れたとこを抑えてもらってていいですか。

ん?ああ、そうなんですよ、そのニュース。ついこの前、ここの横の公園で女の子が亡くなってましてね。なんかテープとか色々あったでしょ。お巡りさんも、先週ぐらいまでは引っ切り無しに来てましたよ。私もいっぱい話を聞かれました。ただ、私は普段はここから離れた家の方にいるもんで、事件のあった日もここに居なかったんですよ。なんで、大して情報提供はできなかったんですがね。
いや、悲しい話ですよ。よくそこの公園でその子が遊んでるとこを見かけてたもんで。私が神社の掃除をしてるといつも元気に挨拶してくれましたし、時には掃除を手伝ってくれたりなんかして。明るくていい子だったんですがねぇ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。なんでいい子ばっかり亡くなっちゃうんでしょう。

……ねぇ、先生。すいませんがもう一つ、話を聞いてくれませんか。
実は私はですね、何十年か前に息子を失ってるんですよ。交通事故で。

完全に、相手のドライバーの不注意でしたよ。理不尽が過ぎます。息子の命は、こんなことで失われちゃいけなかった。今、ここに息子がいてくれれば良かったのに。せめて大人になってほしかったのに。

親としてだけじゃなくてね、一族としても、色々不都合なんですよ。ここの宮司の跡継ぎをどうするかとか。分家の方の子を寄こしてもらえないか、お願いしてるんですがねぇ。

時々ね、考えちゃうんですよ。これは報いなのかなぁって。
他所から子供を奪って村を栄えさせた報いが、巡り巡って、って。ほら、私なんかは色々あった村の神社の宮司で、特に村の根幹に近い人間でしょ。だから、そういう意味では一番罰を受けてもおかしくない人間だと思うんですよ。いや、うちの一族がこれまで代々ひどい目にあってきたわけじゃないんで、これは私の考え過ぎなのかもですが。

でもね。私は罪と、それに応じた罰っていうのはずっと残り続けるものだと思うんですよ。一度犯した罪は取り消せない。罪に対して生まれた憎悪は、薄れはしても無くなりはしない。なので、罪人は必ず罰を受ける。なんなら、その罪人の子孫とか、罪人とちょっと関係があったってだけの人でも、いつかどこかでそのとばっちりを受けることがあるかもしれない。
だから、例え自分が罪を犯していなくとも、誰かへの罰の余波を受けることはあるし、それはしょうがないことなんだと思って私は生きています。その方が、ほら。「自分のせいで、顔見知りどころか見ず知らずの人にまで迷惑がかかったら嫌だなぁ」って気持ちになって、より清廉に生きられるじゃないですか。

なんて、説法じゃないですがね。こういう立場の人間として、先生にこのことをお話しておきたかったんです。多少なりとも、世の理不尽を受け入れられるように。その準備ができるように。
きっと、お役に立ちますから。


FROM: エージェント・津山
TO: 異常捜索チーム本部
件名: 本日の報告


本日は宮司の不在時を狙い、模端神社本殿内の捜索を行いました。

本殿奥の部屋にて「交換」のラベルが貼られた木箱を発見したため、開封したところ、計4本のミイラ化した人間の腕のような物体を確認できました。サンプルの入手もできたため、後ほど画像データと共に送付します。

確認できた4本中、2本は小さく、切断された児童の腕のように見受けられました。模端村周辺の児童殺害事件と何らかの関連性があるかもしれません。しかし、もう2本はそれなりの大きさがあり、私には成人、それも男性の腕であったように見受けられました。これがどういった意味を持つのかは、未だ不明です。

当物体についての疑問点はそれだけではありません。そもそも、なぜあれらの腕はミイラ化していたのでしょうか。私は人間の死体に関する知識をさほど持ち合わせてはいないために詳細なことは分かりませんが、あれらは劣化してこそいれど、腐敗していた様子ではなかった。ただ箱の中で放置されていたわけではないのだと思います。しかし、あれらは本当に「ミイラ化」した人間の腕なのでしょうか。

それに、あんなものがどうして神社内に存在していたのかも不明です。展示という雰囲気ではありませんでしたし、ラベルの「交換」の意味も分かりません。箱にも、本殿内の全部屋にも鍵はかかっていませんでしたが、そんな不用心に保管していてもよいものだったのでしょうか。誰かに見られても良い、誰かに見られるべき物品だったのでしょうか。

今回調査中の事件が異常存在に関連するものであったとしても、非異常性の猟奇殺人事件であったとしても、模端神社とその宮司は重要な存在であると思われます。今後は宮司を重要参考人として調査を行っていきます。


本当に大丈夫ですか先生。いえ、しきりに手の方を気にしていらっしゃるようでしたから。痺れが酷いようでしたら、もう少しこちらで休んでいかれたら。

まぁ、そうですねぇ。最近は何かと物騒ですものねぇ。日が落ち切る前にお宿の方に戻られた方がいいか。いやはや。秋の日は釣瓶落としと言いますが、ちょっとお話していたらもう夕方とは。

夕方。
逢魔時。
今日はなんだか風も冷たいですし、こういう鬱蒼としている古い神社にいると、何かと出くわしてしまいそうで。わたしゃ神社の宮司なんかやってますけどね、こういう雰囲気はいまだに慣れないなぁ。だから、先生みたいにお客さんが来る時とか、敷地内の掃除をする時以外は離れた家の方にいるんですがね。

ああ、そうそう。もう一度言っておきますが、外児様の話は他言無用ですよ。神様の秘密なんてもんは、本当は深く知っちゃいけないものなんですから。
触らぬ神に祟りなし。神様の在り方、その形ってものは、現状維持が一番なんです。今以上に神様のことを知ってはいけない。今以上に神様のことが知られなくなってはいけない。そういうもんです。
私のように、神に仕えることを生業とする者。先生のように、知識を蒐集することを生業とする者なら良いでしょう。覚悟ができていますから。そうですよね?
でも、そうでない人に神様の真実をベラベラ語ってしまうのはダメだ。特に、聞き手が面白半分だったりすると尚更。「知ってしまうこと」というのは、大抵の人が思っているよりも、深い意味を持ってるんですから。ただそれだけで神様に目を付けられかねない。

ん?はは。いやいや。あくまでこれは、形式的な忠告ですよ。今時、神様を本気で畏れている人なんて、私含めていないでしょう。
ああ、全く畏れていないとか、神様のことを信じてないってわけではないですよ。それは宮司としては大問題ですから。
ただ、神様の影響ってのはそんな分かりやすいものではなくって、日々のちょっとしたところで「あ、これって」って思えるぐらいのものなんだと。私はそう思っているってだけです。

おっと、早くお帰りになりたいでしょうに、また長話をしてしまった。申し訳ありません。
いやぁ、本当に、先生とのお話が楽しくって。今までやって来たお客さんの中では一番会話が弾みましたよ。いや、悲しいニュースのこともあって落ち込んでいたんですがね、だいぶ気が晴れましたよ。先生が来てくださって、本当に良かった。助かりました。

明日からはまた、村の違う所の調査をするんでしたっけ。いやぁ、寂しくなるなぁ。でも、村にいるんでしたら是非またここに顔を出してください。おもてなしさせていただきますよ。

ん?……ああ。握手ですか。なんか小恥ずかしいなぁ。ちょっと待ってくださいね。

はい。はは。どうです?これでちゃんと、知りたかったことは知れましたか。うん。それなら良かった。

かたわのかむなぎ かいなは あざる
つみびと かいなを さしあげて
つちいろかいなは なくなった

それじゃあ先生、さようなら。

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