幽霊
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エージェント エンフィールドは、自分なりの意見を抑えつつ現場を視察していた。ウィットサイド少佐がエンフィールドの横に馬を寄せ、双眼鏡を覗き込んだ。

「それほど多くはないな」 エンフィールドは半ば独り言のように呟いた。

「大問題になるには十分ですよ」 ウィットサイドはそう返した。「奴らの武装解除を始めるよう、我々の部隊に命じました」

「無論だ」とエンフィールドは言った。ウィットサイドは今、あの兵士たちを我々の部隊と呼び、エンフィールドはインディアン戦争に関する助言者として呼ばれた大佐であるという命令を信じ切っている。イニシアチブは全てを偽造していた。ウィットサイドと司令官の間で交わされた書簡、陸軍省が発行した信任状、偽の命令書。全米確保収容イニシアチブは専ら政府や軍部の外側で活動していたが、見咎められずに官僚主義的な手続きをすり抜ける術を急速に会得しつつあった。技術も、嘘も、全ては他の誰も知りえない脅威からこの国を守るため。崇高な動機だ。

エンフィールドは地面に唾を吐き捨てた。彼にとって、今回の作戦を“崇高”なものとして受け止めるのは容易ではなかった。

「インディアンどもは騒ぎを起こすでしょうか、大佐?」 ウィットサイドが訊ねた。

当たり前だ、エンフィールドは思った、それが肝心なんだ。 「可能性は低い、奴らが利口ならな」 彼は嘘を吐いた。「しかし、念のためにホチキス砲を準備しておけ」

「イエッサー」 ウィットサイドはそう返すと、馬で野営地へと降りていった。エンフィールドは双眼鏡を再び掲げて覗き込んだ。借り物の双眼鏡だ。

350人のラコタ族。男は120人で、残りは女と子供だ。彼らの大半は、研究所に実体1887-016の名称で知られている人物の信奉者だった。“人物”という表現が正確かは分からない。ASCIは016のような、周囲の世界を変化させ、自然そのものを捻じ曲げることが可能な存在を最近調査し始めたばかりだった。ドイツ帝国におけるASCIと同等の機関は、彼らを“Daseinkrummeren”と呼んだ。存在歪曲者。エンフィールドはいずれもっと覚えやすい呼び名が定着することを望んでいた。

エンフィールドは016を拘束する別な手段があることを望んでいた。彼は上着のポケットから、自ら書いた016の資料を取り出した。彼はASCIが収集した016のあらゆる情報を編纂していた。そして、上官から為すべき事を伝えられた時、彼は全てを読み返して抜け穴を発見しようとした。歪曲者がASCIの想像以上に強力で、不死身ですらある可能性さえも見出そうと試みた。しかし、全ての証拠はこの結論、この手段を指し示した。下の谷間に広がっている手段を。エンフィールドは自分自身の言葉を読み直した。

実体1887-016は主として2種類の異常能力を有する。第一に、016は儀式的な舞踊 (本文書では1887-016Aとする) を行うことによって、示唆 — 特に016自身の助言や発想 — に対する周辺人物らの感受性を高めることができる。第二に、実体1887-016は、第一の能力に汚染された人物が周囲に多数いる場合 (具体的な要件は現時点で不明) 、無生物の運動を誘発・阻止する能力を得る。要約すると、016にはそのような能力があると信じる人間が周囲にいる限り、彼は触れることなく物体を動かしたり止めたりすることができる。

これら2種類の能力は相互に作用し合う。人々が016の“薬”の効能を確信すると、彼は簡単な手品を見せることが可能になり、彼に対する人々の信頼を高め、更に能力を強化する。016にはこれ以上の能力もあるとも噂されているが、現時点でASCIは確実な情報を掴んでいない。

016が自らの信奉者に依存していることを考慮すると…

下の谷間から声が上がる。ラコタ族の1人が016の舞踊、幽霊踊りゴースト・ダンスをしていた。016は、十分な数の人々が幽霊踊りをするようになれば、彼らの神々が大陸から白人を一掃し、大地はかつての清らかな美しさを取り戻すという噂を広め始めていた。特製の白シャツを着れば銃弾を通さないという噂を流したのが016か否か、エンフィールドは知らなかったが、仮にそうだとしても驚かなかった。もし今016がここにいれば、彼の能力はきっと相当数の弾丸を止められるはずだ。そもそも、彼に信奉者が集まるのはそういう芸当ができるからこそである。十分な数の人々が彼を信じた時、いったい彼には何ができるようになるのか、誰も知らなかったが、恐らく良い事は起きないだろう。

ラコタ族は、半ば信念から、半ば抗議の意を込めて、踊り続けた。エンフィールドは違いを見分けることができた。スー族とコマンチ族に囲まれて長く過ごしてきた彼は、占領された民族特有の薄く隠された憎悪を知っていた。本部の誰がこの計画を立案したのか、エンフィールドには見当も付かなかったが、例え誰であろうと、そいつは彼と同じ見識を持ち合わせていた。良心はやや欠けているだろうが、それこそがこの任務に必要な資質かもしれなかった。エンフィールドにはできないと、神は知っている。エンフィールドがいつまでこんな任務を続けていられるか、神だけが知っている。

間もなくだ。武装解除、踊り、そして…

ライフル銃の発砲音は、高みではとても小さく聞こえた。エンフィールドは計画書を読んだ時点で、怒れるインディアンの一団を武装解除する際には、大抵何らかの暴力が伴うことを知っていた。誰かが銃を手放そうとせず、もみ合いになり、そして銃が暴発する。野営地の周囲に自動火器が準備され、更に連隊は平原のあちこちでインディアン部族を追い回してばかりで神経を尖らせていたので、次に起きた事は必然だった。ホチキス砲が野営地に砲弾を撃ち込み始めた。まだ武装解除されていないラコタ族たちが撃ち返し、数人の兵士を殺した。エンフィールドはどちらの陣営にも特に忠誠心を感じてはいなかった。彼は眼下で繰り広げられる人殺しに、またそれ以上に、自分がその責任を負っているという事実に吐き気を覚えた。

しかし、他にどうしようもなかった。エンフィールドはそう確信していた。1887-016は人々に自分を信じさせることで力を得る。彼を捕えるには、信奉者たちの信仰を打ち砕くしかなかった。彼がより強大になるのを防ぐ唯一の手段は、あの人々にとって唯一信じられるものを奪い去ることだった。

銃撃が止んだ。死者が100人以上に及ぶのを、エンフィールドは見て取った。大半は女と子供だ。兵士たちは笑い、死体を指差しながら野営地を歩き回っていた。エンフィールドは、兵士の多くがこれを単なるゲームとしか思っていないのも、そもそもインディアンをほとんど人間とすら見做していないのも分かっていた。彼らはこれを楽しむことができた。研究所にいる多くの“調査員”たちも恐らく知らせを聞いて喜ぶだろう。それを思うとエンフィールドは胸が悪くなった。

しかし、彼らの信仰は失われた。今日という日が如何に凄惨であったとしても、1887-016は今や無力であることを露呈したのだ。エンフィールドは016の居場所を知らなかったが、彼が再び信奉者を得る機会を掴むことは無いと、その場で断言できた。そんな可能性は無い。この事件の後では。

エンフィールドは双眼鏡を上着のポケットに戻すと、馬の向きを変え、ウンデット・ニー・クリークを後にした。

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