大食いオーディション!
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清潔感溢れるスタジオ。その中に用意された席の1つに、D-2743は座っていた。彼から見て左側、ステージの中央には、衆人の視線を受け、マイクを持ったSCP-1096-JP-B6が立っていた。

「それではただいまより、舞台作品██████████の為の、大食いチャンピオン決定戦公開オーディションを行います!」


オーディション参加者は30名、異例の大規模だった。少なくとも、財団がこれまでに行った実験の中で、ではあるが。

ルールはいたってシンプル。30人を3つのグループに割り振り、10人ずつ大食いを競っていく。1つのチームの中で上位3名が準決勝へ進み、9人の準決勝からこれまた3人が決勝へコマを進め、その中から優勝者を決めるという物だった。

D-2743はBグループに割り振られた。戦いのテーブルについたAグループの面々が、財団支給のカメラに映し出される。その中には身長5mを超えるような、巨漢の宇宙人もいる。その姿に、業務的な連絡しか送っていなかった担当博士も思わず不安を漏らした。

「大丈夫なのか?あんな化け物、幾ら腹に入れたって満腹にならなそうだぞ」
「とりあえず、やれるだけやりますよ。」
「頼んだぞ。だが無理はするなよ。食べ過ぎで人員をロストしましたなんて洒落にならないからな。」

はい、と言葉短かに答える。目の前では丁度Aグループが大食いを始めたところだ。その様子をみてD-2743は『イケるな。』と呟いた。


90分の試合が終わり、Aグループの試合が終了した。司会が食べ上げた皿の枚数をカウントしていく。いずれの選手も、恐らく常人であれば見ているだけで胸焼けするだろう程の食べっぷりであった。

「70、71、72……。72枚!驚愕の72枚です!序盤から恐ろしいほどのスピードで銀河シュウマイを消費していったグズネル選手、堂々の1位通過です!」

客席から歓声があがる。なるほど、かなりの分量ではある。しかし、人智を超えた量ではない。D-2743はそこに勝算を見いだしていた。

——これなら、俺でも充分に勝てる。その確信と共にBグループの召集場所へとD-2743は足を向けた。


「それでは、Bグループの大食い料理を発表します!その料理は……マグナム餃子!」

前面にあるスクリーンいっぱいに餃子の姿が映し出される。通常よりも一回り、いや、二回りは巨大とでも言うべき餃子。だが、材料はいたって普通。人間が食べられないような食材は投入されていないようだった。

観客が映像に見入っている間に、参加者それぞれの目の前に調味料が置かれていく。醤油、酢、ラー油、塩……よりどりみどりである。みたことがないペースト状の調味料もあったが、ラベルに日本語で『辛い!』と手書きで書いてあった。異星人にも非常にフェアな運営。素晴らしい。ラー油と一緒に端っこに1つのチームの中で上位3名が置いたが。

「さぁ皆さんご準備が出来たようでございます。それでは良いですか?Bグループ……スタート!」

司会の声と共にスタートする大食い。各々の選手が小皿に目の前の調味料を利用して理想のタレを作り上げていく。大概の選手は醤油、ラー油、個人によってはそこに酢を加えたオーソドックスなタレの構成。どこの星でも好みは大して変わらないらしい。

この一般的としかいえない、タレをつくる工程。だがD-2743はここで勝利を確信した。『初心者共、90分は長いんだぞ。』D-2743はそう心の中で呟いた。


45分が経過した。なかだるみの45分。大抵の選手はここから大食いのスピードを落とし始める。D-2743は現在5位、準決勝に進める圏内ではない。だが全体のスピードも落ちてきている。

——ここらが丁度いいタイミングかな。

時は満ちた。D-2743はここで、『初めて小皿に醤油を投入した。』

大食いにおいて、中だるみが起きる理由は2つある。1つは満腹感。これは初心者でも想定がつくだろう。まずこれをどうにかしようとするのが人間だろう。

そして目を向けられないもう1つ。それは『飽き』である。90分も同じ料理を食べ続ける訳である。飽きが来ないわけがない。ならばどうするか、その中で産みだされた概念が『味変』である。

始めはまず何も付けずに食べる。そうしてそこから味を変える。今、D-2743は醤油のみを投入した。つまり、ここからまだタレの変更が何段階にも可能なのである。一度濃いタレに手を出した者が薄い味に『味変』することは不可能。つまり、タレを投入した時点で彼らの負けは決まっていたのだ。

落ちる周囲のスピード、それに反比例するようにD-2743の大食いスピードは回復していく。『出禁のマサ』の異名は伊達ではない。


「70、71、72……D-2743選手皿の高さが止まりません!73、74、75……」

司会が皿の枚数を数えていく。皿の高さはボルテージの高さ。これでも二回戦に向けて多少は胃の容量を温存したぐらいだ。長いDクラス生活で少しカンが鈍ってはいるが上々だろう。1位通過は確定している。今はただ、二回戦の料理に考えを巡らせるのが良い。1日に2回も大食いをするとは中々にハードなスケジュールだ。


二回戦。Cグループの試合が終わり、ある程度の小休憩を挟んだ。幸い、D-2743が危惧していた味変の使い手はいなかった。

「それでは、二回戦の大食い料理を発表します!その料理は……銀河ロールケーキ!」

司会の声と共に、ビッグサイズのロールケーキが運ばれてくる。その発表された直径に観客席は大盛り上がりだ。

「さて、皆さんご準備はよろしいでしょうか。ここから明日の決勝戦に進む3名の方を決めさせていただきます!それでは……第二回戦……スタート!」

戦いが始まると同時に、D-2743は巨大なロールケーキを一口で飲み込んだ。その後もペースを落とすことなく咀嚼を続けていく。何のことはない。D-2743は甘党だった。それだけの話である。勝ちは揺るがない。ロールケーキが選ばれた時点で戦いは決していたのだ。


「さぁ、昨日の戦いを抜け、3名の勇者達が決勝選に挑もうとしております。」

決勝戦。

「まずエントリーナンバー6!████星から参戦のグズネル選手!」

グズネル選手、Aグループでは銀河シュウマイで2位に大差を付けた選手だ。二回戦のロールケーキでも流石と言えるペースを保ち続け、2位で通過した。

「続いてエントリーナンバー17!小惑星███から参戦のネルデバ選手!」

ネルデバ選手、Cグループの通過こそ3位とギリギリであったものの、二回戦のロールケーキでは終盤の追い込みを持って決勝戦へのキップを手にした。侮れないことは確かである。

「最後はエントリーナンバー29!地球から参戦のD-2743選手!」

そして、D-2743彼自身。

「以上の3名により決勝戦が行われます!昨日の激闘を制してきた彼らの大食いをとくとご覧ください!」

観客席からも歓声が沸き上がる。会場のボルテージはマックスだ。

「そして、決勝戦の料理にはそれに相応しいだけの料理をご用意させて頂きました。銀河一の頑固オヤジによる逸品です。どうぞ!」

「あ?」
「おえ。」

その言葉と同時にラーメンが3人の前に出現した。

ヘドロの如き見た目。灰色の粘性のスープ。近寄り難い匂いを発するそれはとてもラーメンとは言い難い代物だ。

「う、うぇ。オエェ」

ネルデバ選手が後ろを振り向き嘔吐する。辛うじて観客からは見えないように嘔吐したが、ラーメン自体の異様さは確実に観客にも伝わっていく。

「え、ええっと。特徴的な見た目ですねぇ!具材はどんな物が使用されているのでしょうか。あ、うっ。」

場の雰囲気をなんとか取り戻そうとネルデバ選手が放棄したラーメンを眺め見る司会役。もしかしたら悪いのは見た目だけかもしれないと、かき混ぜて見るが出てくるのはイチゴ、納豆、魚の頭。おおよそラーメンに用いるとは言えない物ばかりだった。

「えっと、ちゃんと食べれるものだけで構成されているようですね…?」

必死のフォローも場の雰囲気を更に険悪にしてしまう。

「おいおい、まさかこんな泥みてぇなもんを食べろなんて言わないだろうな!?」

グズネル選手が司会役に掴みかかる。

「そ、そうは言われましても私は司会を任されているだけですし、ラーメンについてもあちらに一任すると言うことで特例的に許可を頂いたらしく……。」
「じゃあどうしろって言うんだ!オーディションが滅茶苦茶になってんだぞ!」

『そうだそうだ!どうなってんだ!』『ゲロみたいなもの見せやがって!』『わざわざ見に来てんだよこっちは!』『金返せよ!』

観客席からも飛び交う怒号。もはやオーディションを続行することは不可能か。警備員に掴みかかる者さえ出てきた。だがそんな雰囲気を……

『ずぞぞっ』

ラーメンを吸う音が切り裂いた。

全員の視線がD-2743に集まる。まさか、あのラーメンを食べるつもりか、気でも狂ったのか。誰もが静まり返り、ただラーメンの咀嚼音だけを聞いていた。そしてその咀嚼音はなおも止まらない。

「ごほっ!くそっ、ちくしょう。」

D-2743が咳き込む、それでも、食べることをやめようとはしない。麺はまともに茹で上がっておらず、メンマの代わりにたくわんが、チャーシューの代わりにはせんべいが、殻のついたままの生玉子を胃の中に押し込むことをやめようとはしない。

「くそ、豆腐かと思ったら杏仁豆腐かよ。馬鹿にしやがって。」

臭みのある、ネットリとした甘みが口の中に広がる。甘い物は好きだったが、こういうのは不本意だった。

「おい馬鹿やめろって!こんなもん食ってたら死んじまうぞ!」

グズネル選手がD-2743の手を掴む。それでもD-2743はそれを振り払って、ラーメンを食べることをやめようとはしなかった。

「だめなんだ。俺が食べてやらなくちゃだめなんだ。」
「いいだろ!こんな人を馬鹿にしたようなラーメン食ってやる必要もねぇ!」
「だから食べてやらなくちゃだめなんだ。人を喰ったような奴が作るラーメンだから、俺が食ってやらなくちゃだめなんだ!俺がいまここで食べてやらなきゃ、コイツは誰にも愛されないまま廃棄されちまう!」
「お前……。」
「見てるか、クソ野郎。こんなラーメン作りやがって。舐めるな、舐めるなよ。人の食欲を舐めるんじゃない!」

そう言ってD-2743は再びラーメンを食べ始める。ミカンをチョコレートを唐辛子を、ラーメンに入っている食材全てを食べ続ける。

「くそっ、俺は辛いのだけは嫌いなんだ。ちくしょう、ちくしょう。」

D-2743の目から溢れ落ちる涙。それでも、食べることだけは決してやめようとしなかった。


「ああ、なんてことだ……。」

試合予定時間はとっくに過ぎ、2時間が経過していた。それでも、D-2743の戦いを止めようとする不粋な者は誰もいない。

それどころか、気づけば会場が一体となっていた。全員がD-2743に声援を送り、否、D-2743と共に戦っている。

『頑張れ!』『クソラーメンに負けるな!』『無理すんなよ!』『もう少しー!』『いけー!』

怒号から始まった声は、いつしかD-2743の為に団結していた。

「何ということでしょう。あの恐怖の象徴とも言える城が、D-2743選手の手によって全て平らげられようとしています!」

あと少し、ラーメンは今まさに食されようとしていた。残るは数口の汁を残すのみ。D-2743が高くどんぶりを持ち上げる。

「もう少しだ!もう少し!頑張れ!頑張ってくれ!」

横に立つグズネル選手が声援を送る。D-2743はそれに頷く。その顔は、涙でくしゃくしゃだったが、少しだけ笑っているようにも見えた。そして、ラーメンを完食するためにD-2743がどんぶりに口を付ける。

「今まさに宣言しましょう!新しいスターの誕生を!恐怖の大王を腹に収めて、勝ち名乗りを上げるのはこの男——

そうして、名前を呼ばれるより少しだけ早く。D-2743の体は弾けた。

事案SCP-104-JP発生記録

SCP-1096-JP第██回の実験において、SCP-104-JPの発生が確認された。残された映像ログにはSCP-254-JPに杏仁豆腐と[削除済]が材料として用いられており、[削除済]がラーメンの熱で温められていたことから104-JPが発生したと思われる。また、通常発生する粘膜の硬化はラーメンに鷹の爪が含まれていたため、胃の粘膜が傷つき、十分な硬化が起きなかったと推測されている。

この事案でD-2743は死亡した。また、1096-JPよりオーディションの永久出場停止のメッセージが送られており、現在調査が進められている。

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