酩酊へ沈む
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 酒場には雪が降っていた。ふわふわとしていて、触れるとすぐに溶けて消えてしまうような軽い雪が。
 薄青と白の着物に身を包んだ女将は今日も微笑みながら酒を注ぎ、客達の笑い声は酩酊の中に吸い込まれてゆく。雪の酒場と雪の街は、全くもっていつも通りの様子のように思えた。ほんの小さなことを除けば。
「あら、珍しいお客さんですね」
 女将が客に酒を注ぎながら微笑みかけた先には、ボロボロの皮の帽子を被った、小さなブリキの人形がいた。
「一杯いかがですか?」
 彼女の問いかけに、人形は小さく首を振って答え、灰色の便箋を手渡した。そうしてすぐに、酩酊の住人たちの間を器用に潜り抜けて、酒場の外へと駆けていった。
 女将は便箋に目を落とし、それから少し経って、せわしなく酒を運ぶカタツムリを呼び止めた。
「少し出掛けます。少々長い用事になりそうですから、その間、店の番をお願いしますね」
 カタツムリは小さく頷いて、またせっせと酒を運び始めた。女将はそれを見て、静かに店の奥へと消えた。
 


 
 酒場の外へ出かけるのは久しぶりだった。
 ひび割れたコンクリート舗装の道路を、雪が薄く覆っている。無限に続くかと思われた夜のはるか遠くに、暮れ泥む夕日が見えてきた。そろそろ、目的の街が近い。
 そのまま歩き続けると、ぽつぽつと、壊れかけて蔦が這う廃墟たちが現れる。
 約束の場所まではまだ歩かねばならない。彼がわざわざ遠い待ち合わせ場所を指定したのは、この街を見てほしいからだろう。そう女将は解釈した、
 夕日は地平線の奥に隠れようと橙に燃えたまま、一向に動かない。暮れ泥む廃墟街は今日も暖かい夕暮れ時だ。コンクリート造りのビルに混じって、いくつか木造の小屋のような家もある。やはりそのすべては朽ちかけていて、蔦が這っていた。廃墟の中では住民たちが笑いあい、地べたに寝そべって眠っている。
 最後にこの街の景色を見てからどれだけの時間が経ったろうか。目的地までの道はこれであっているだろうか。女将がそうやって周りを見渡しながら歩いていると、彼女の草履に何かが当たって転がった。
「いてえなあ、おい!」
 蹴飛ばされた小石が甲高い怒鳴り声をあげた。彼女はそれをちょいとつまんで、手のひらに乗せた。
「ごめんなさい。欠けたところはありませんか?」
「せっかく人が気持ちよく寝てたのによお、それをよお」
 小石の呂律は回らない。女将は小石のてっぺんを人差し指で優しくさすった。
「おお、ひんやりして気持ちいなあ」
「それはよかったです」
 女将は小石に微笑みかけた。どうやら小石の怒りは収まったらしい。
「ああ、俺としたことが、道路の真ん中で寝ていたのかい」
「ええ。いつもは違うところで眠っているのですか?」
「ああ、そこらへんに小さい箱はないかい」
 周囲をよく見ると、道の端に小さな箱が倒れていた。木版を組み合わせただけの簡素な箱だったが、中には小さな窪みがあって、そこには小石がぴったりとはまりそうだった。
「あら、いい寝床ですね」
「俺は寝相が悪いから、よく道路の真ん中まで転がっていってたんだ。それを見かねて昔誰かが作ってくれたんだ」
「その誰かを覚えていますか?」
「いんや、覚えてない。昔この街をよく散歩してた奴ってことだけは覚えてるが、最近は全く見ないから、もう忘れちまった。なにしろ、俺は酔っ払いだからな」
「あら、そうですか。それは仕方ありませんね」
 女将はまた小石の頭を優しく撫でる。小石は嬉しそうに、小さくあくびをした。
「また眠くなってきたよ……」
「眠る前におひとつ伺いたいことがございまして」
「なんだい」
「林の広場はこの道で合っていますか?」
「お前さん迷ってんのかい、変なやつだぁ」
 小石は解けて消えていってしまいそうな声で呟いて、それきり何もしゃべらなくなった。眠ってしまったのだろう。女将は彼を、木の箱の中にそっと置いて、また道をまっすぐ進み始めた。

 歩き続ける彼女は、どうにもやはり、道を違えている気がしてならなかった。ずらりと並ぶ、もしくは点々と置き去りにされている廃墟たちは、すべて見覚えのあるような懐かしさを備えていた。
 彼女は少し休んで記憶をたどろうと、近くにあった古い木のベンチに腰かけた。すると、ベンチの上に転がっていた小さな酒瓶が、たぷんと音を立てて小さく飛び上がった。
「おどろいた、あんた大きいなあ」
 酒瓶は女将を見上げながら、締まりのない声で言った。
「あら、あなたも住民さんでしたか」
「住民? ああ、そうかもしれない。それにしても、あんたは変わってる」
「あら、どうしてですか?」
「俺をつまみ上げなかったからな。他の連中といえば、俺を見るなり俺を飲み干してしまおうとするのさ、全く礼儀のなってない奴らだよ」
 酒瓶は怒って、またたぷんと揺れた。
「飲まれるのは嫌ですか?」
「いやじゃあないが、俺にも気分ってものがあるのさ。俺は酒だが、酒も酔いたいときがある。酔ってるときにゃあ、自分の役割なんて忘れたいだろう」
「確かに、そうですね」
 女将は口元を抑えてころころと笑った。酒瓶もそれに釣られて、ちゃぷちゃぷと笑った。
「ところで、あんたは酔っていないみたいだ。こんなところにいるのに。俺はこんなにべろんべろんだぞ」
 酒瓶はベンチの上をころころと転がって、危うくベンチから落ちかけた。女将はそれをさっと支えて、彼を膝の上に置いた。
「ええ、残念ながら、すこしお酒に強いようで」
「そうか、それは残念だなあ。いつもここにいるのかい?」
「いえ、いつもはもう少し遠くに」
「それじゃあなんだってこんな廃墟だらけの街に」
「少し人に呼ばれて。ですが迷ってしまったのです」
「迷っている? 変な人だ。きっと、迷っているから酔えないんだな」
 酒瓶がまたちゃぷちゃぷと笑うのと同時に、けたたましい破裂音が響き、ベンチの後ろの廃墟が崩れた。
「あら、これは」
 女将が少し見上げると、降りかかる破片はすべて雪になって軽やかに舞った。崩れた廃墟の影から何かが女将と酒瓶を見ていたが、薄く積もり始めた雪を見てどこかへと駆けていった。
「最近多いんだ。ここは街の外れだから、ほらなんていったか、あの街の外の──」
酒狂サカガリですか?」
「ああそう、サカガリだ。そいつらのいたずらが激しくてね。あんな中途半端な悪酔いだけはしたくないもんだなあ」
 昔ここにいたときには、このようなことはなかったはずだった。女将は袖に隠した便箋を取り出した。
『こんばんは。突然だけども、久しぶりに会おうじゃないか。暮れ泥む廃墟の街の、林の広場で待っているよ。』
 懐かしい文字だった。昔は毎日のように見ていたけれども、もう永らくみていなかった、あの人の字。うすうす感じてはいた急な手紙の意味が、徐々に確信に変わりつつあった。
「酒瓶さん」
「なんだいなんだい」
「今日は少し飲まれてくれませんか?」
「おお、いいぞ。あんたといるとひんやりしていて気持ち良い。今は飲まれても良い気分だ」
「ごめんなさいね、役割なんて忘れたいでしょうに」
「いやいやいいのさ、酔っ払いは流されるだけ。ゆらゆらと。それが酩酊の楽しみだ。迷子を忘れるために飲むのかい?」
「いいえ、飲むのは私ではありませんよ。それに、迷子はもう解決しました」
 女将が目を遣ったさきには、廃墟の影から不安そうにこちらを覗く、小さなブリキの人形の姿があった。あの爆音を聞きつけてきたのだろう。
「またお会いしましたね。彼のところまで、案内をお願いしても?」
 人形は、こくりと頷いた。
 


 
「ははは、それで、来るのが遅くなったのか」
 木こり人形は、木のぶつかり合う軽やかな音と共に愉快そうに笑った。木こりは木でできていたが、ところどころが泥や油で汚れていて、焦げ付いたような跡もついている。
 広い広場の真ん中で、女将と木こりは向かい合って座っていた。古い木製の小さな丸テーブルの上にはお猪口と先ほどの酒瓶が並べられている。皮帽子のブリキ人形は、女将をここに連れてきてすぐにどこかへ逃げて行ってしまった。
「ええ、まさかここで迷うなんて思ってもみませんでした」
 木でつくられた椅子やおもちゃなどが乱雑に転がっている広場には、何本も背の低い木が生えている。そのうちの一本の近くにはさび付いた斧があって、それはもう長く使われていないようだった。
「ああ、あれか」
 木こりは立ち上がって木のそばまで歩いていき、斧を持ち上げようとしたが、斧は柄の途中でぼきりと折れた。
「なに、いいのさ。もう使わん」
 彼はそう言ってまた笑い、席に戻った。
「もうかなり、酔っていますね」
「ああ、遂に」
「よかったですね」
「そうだな。お前は酔っているか?」
「残念ながら、全く」
「それは残念だ」
 木こりは肘をついて女将の顔をじっと見つめる。女将はただ、微笑むだけだった。
「大人になったな」
「ええ。おかげさまで」
「お前がここに迷い込んだときのことを思い出すよ」
「昔話ですか?」
「今日くらい、いいだろう」
「そうですね、お付き合いしましょう」
 女将はお猪口に酒を注いだ。酒に映りこんだ夕日が、ゆらゆらと揺れていた。
 


 
 その日──日の沈まない夕暮れの街に日という概念があるのかはわからないが──暮れ泥む廃墟の街に雪が降った。ほとんどの住人はそれについて無関心、もしくは気づいてすらいなかったが、ただ一人、木こりだけは街を駆けていた。
 今まで、彼の街に雪が降ったことなどなかった。なにか異質なものが街に紛れ込んだに違いない。彼は不安と恐怖を抱えながら、この時はまだ木造の廃墟だらけだった街のなかを駆け巡った。そこまでして、見つかったのは大人びた少女一人だった。
「この雪は、君が降らせているのかい」
 少女は死んだような、感情のない冷たい目で木こりを見上げていた。木こりが触れようとすると、少女は身を引いた。
「凍えてしまいます」
 木こりは一瞬手を止めたが、すぐに一歩進んで彼女を抱え上げた。
「安心しなさい。木偶人形は凍えないから」
 しんしんと雪の降る夕暮れの中で、木こりの軽やかな足音と、少女のすすり泣く声だけが響いていた。
 
 木こりは少女を自分の住処に住まわせた。なんとなく、彼女は自分と同じ”酔い切れない存在”だということを悟っていた。そうしていつか、自分と同じように彼女も街を呼び寄せるのだと感じていた。
 街は、酔い切れない者たちの中の一握りの存在の周りに育つ。それは草木が生えるように、風が吹くように、自然な現象だ。木こりもこの世界にきていくつかの街を渡り歩いた後、いつの間にか自分の周りにこの廃墟の街ができていた。街によってその様子は全く違うものだけれども、住民たちはその違いに敢えて気を配ったりはしない。彼らにとっては街の境界などに意味はなく、ここはただ広い酩酊街という街の一部だった。
 木こりは少女と過ごしながら、この酩酊街という世界を教えた。そうして、酩酊というものの素晴らしさも教えた。ここではもう、あちらで自分たちを苦しめてきたものに怯える必要などないのだ。
 木こりは様々なおもちゃを作って与えた。少女を連れて街を散歩したり、時々廃墟の街の外にも連れ出したりした。その甲斐あって、少女の目には温かさが宿ったし、無暗に周りを凍えさせることもなくなった。だが、木こりは彼女を愛していたかと聞かれれば、ノーと答えるだろう。木こりは愛を知らなかったし、それを彼女に教えることもできなかった。ただ彼は、彼がかつてあちらの世界で見た人間の家族がしていたように、少女に様々なことを教え、育んだだけなのだ。家族の真似は難しく、自分の気持ちなど考えたことはなかった。
 少女はゆっくりと育ち、やがて大人になった。彼女は木こりに小さく礼をしてから、街を出た。木こりはそのあと、風の噂で彼女の周りにも街ができたことを知ったが、遂に一度も行くことはなかった。人のつながりは、人を苦しめることになる。ここはそういったものから逃げてきた者たちの街だ。木こりはそれをよく理解していた。木こりはまたそれから途方もない時間の間、いつか訪れる酔いを待って、廃墟の街を見守っていた。

 そうして今、来るべき時は来た。木こりはひとしきり思い出を語り終えて、目の前のすっかり大人になってしまった少女の目を見つめた。
「最後はやはりお前に、と思ってな」
 お猪口にまだ口はつけられていない。女将は、静かに笑った。
「そういうことだろうと思いましたよ。あなたはこんな場所にいるのに、寂しがりやなところがありますから」
「おっと、バレていたか」
 木こりはまた笑った。酒瓶は眠ってしまったのか、黙り込んでいた。
「ええ。ここに来る途中に、あなたの作ったものが色々落ちていましたから。箱に、ベンチに──」
「何もひとつひとつ挙げなくてもよいだろう。お前がいなくなっても、おもちゃを作る癖は抜けなくてな。そのせいで酔い切れるまで長引いてしまったよ」
「懐かしいものですね、はるか昔の話です」
 女将は立ち上がり、広場に転がるおもちゃの中から昔自分がもらったものを見つけて、一つ手に取って持ってきた。それは、小さな木でできた小さなコップと、酒瓶を持った女性の人形だった。
「私の未来を予測していたのですか?」
「いや、ただの偶然だよ。そういえば──」
 木こりは広場の木に目を遣った。ぎざぎざとした葉が付いた、細い木だ。花は咲いていない。
「この木もお前が来たとき植えたのだったな。なんという木だったか。この木を選んだのにも理由があったはずだが──」
「さあ、私も覚えていません。忘れてしまいました」
 女将は微笑んだが、木こりにはそれが少し悲しげに見えたのだろう。少し目を細めて話を変えた。
「私は、今まで酔えなかった理由がわかったのだ」
「と、いいますと?」
「迷いだよ」
 彼はじっとお猪口に浮かぶ夕日を眺めた。いつまでも沈むことのできない、哀れな夕日を。
「迷いは、行き先があるから生じる。今日のお前と同じだ。迷いは不安で、恐ろしい。だから、迷いを解消するために他者とつながらなければいけない。そうして、それもまた苦しい」
「迷うから、酔えないのですか?」
「ああ。迷っていたから、私はあの暮れ泥む夕日のように、沈むことも上ることもできず、酔い泥んでいたのだ」
「夕日のように、ですか」
「迷いは行き先を持とうとしていることの証拠だ。夕日も、沈む先があるからこそ暮れ泥んでいるなどと言われてしまう。だが、この街に行き先なんて、そんなものはいらないのだよ。例えば、そうだ。お前は、あちらの世界に酔い切れない住民たちを送っているそうじゃないか」
「ええ、彼らがそう望みますから。彼らの多くは、酩酊街の優しさをあちらにも伝えようとしています」
「それも、迷いだ」
 木こりはお猪口を一気にあおった。お猪口とテーブルがぶつかる音が、コトンとあたりに響いた。
「お前はここの優しさを知っている。だからこそ、あちらにも同じ優しさを与えようとしている。しかし、現実はそう変わらないだろう? だからお前はそういう矛盾に迷わせられながら、とりあえずの着地点として彼らをあちらに送り込んでいる。それはまだしっかりとした結論を得られない問いに向かい合い続けるということであり、迷いの途中にあるということだよ」
 女将はとくとくとお猪口に酒を注いだ。木こりはそれをまた飲み干した。しばし、静寂があたりを覆う。
「──悪かった。別に説教がしたかったわけではないのだが」
「いいのですよ。それにしても、よく飲まれますね」
「ああ。だが、次が最後の一杯になりそうだ。最後は、お前も一緒にどうかね」
「そうですね、そうしましょうか。あの葉を数枚いただいても?」
「もちろんだ」
 女将は近くにある木から数枚の葉をとって、お猪口の形になるように重ねた。そうしてそれに一息吹きかけると、葉は見る見るうちに凍りついて、小さな葉のお猪口が出来上がった。
「上手なものだ」
「ありがとうございます」
「なぜ私がお前を呼んだかわかるか?」
 女将は何も言わず酒を注ぐ。木こりはそれをじっと見つめる。
「あなたの最後の迷いが、私だからですね」
 彼女はお猪口を彼の前に差し出して、小さく呟いた。
「ああ。そうだ。気がかりだった。だが、大丈夫そうだ。こうして私の区切りを一緒に祝ってくれる」
「親との別れを子に任せるのは、少し残酷だと思いませんか?」
 少しうつむいたまま呟いた彼女に、木こりは少しの間言葉を奪われた。弱い風が吹いてお猪口の夕日が数度揺らめき、そこでやっと彼の言葉は戻ってきた。
「お前は私を親だと思っていたのか?」
「違うのですか?」
「いや、間違いはないだろう」
 彼は笑った。女将も釣られて笑った。彼女が彼と酌み交わす最初の酒は、彼が酔っぱらってしまう前に飲んだ最後の酒になった。
「私は沈むが、この夕日は沈まないだろう。この街には、彼もいる」
 木こりは椅子に深く背を持たれかけて、広場の隅で不安そうにこちらを見つめるブリキの人形を見た。
「彼が、ここを継ぐんですか」
「継ぐなんてたいそうなことじゃないさ。ここにいるだけ、それでいい。ただ少し臆病なんだ。だからもし、彼が困っているようなら──」
「心配はいりませんよ。私が酔うにはもう少し、時間がかかりそうですから」
「ああ、それはよかった。なら私はもう眠るとするよ」
「ええ、おやすみなさい」
 彼は静かに目を閉じた。小さく笑うような、幸せそうな表情が橙に照らされている。
「おやすみ。私の愛しい──」
 彼の口がかすかに動いて、声にならない四文字を刻む。
「──なんだ、覚えてるじゃないですか。木の名前」
 女将は小さく微笑んで席を立った。ブリキの人形は小走りで彼に近づいて、顔を覗き込んでいる。彼は酩酊に沈んだ。もう彼はすべてを忘れ、他の住人たちと同じように暮らしていくことになるのだろう。あのブリキの人形に、それが理解できているだろうか。
「お人形さん」
 女将の声に、ブリキ人形は躊躇いながら振り向いて彼女をじっと見つめた。その瞳の澄んだ茶色を、彼女は敢えて見ない。
「困ったときは、いつでも酒場にいらっしゃい。お酒は飲まなくとも、お冷もあります。お客さんの話を聞くのも私の仕事ですから」
 彼女は歩き出す。ブリキ人形は彼女を追おうとしてやめた。木こりは静かに眠っている。
「さようなら。あなたの娘より、愛をこめて」
 小さく呟かれた言葉は誰にも届かない。

 廃墟の街には雪が降っていた。少し湿っていて、触れると少し暖かいような、ずっしりと重い雪が。

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