『ゲーデ・フィルム1』メイキング映像をついに公開。
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無駄足だった。

日陰に腰を下ろした俺の脳裏に、そんな言葉が過る。蒸し暑さに頭をヤられた訳ではない。訪れる前は、名高い南米のスラム街に期待していたんだがな。


昔のスナッフビデオは最高だった。本物か偽物か、断定できないその狭間で惨劇は映し出され、強烈なインパクトがマニアの心を深く抉った。ハリウッド映画やディズニー映画と違い、決して非日常的なものじゃなかった。ほんの少し一線を越えれば体感できる、そんなギリギリを愉しめるコンテンツであり、芸術だった。でも、変わった。

誰も死なないこの世界は、スナッフビデオから神秘性を奪い取った。レンタルビデオショップの埃被った片隅のコーナーに"本物"が並び、クソガキが手に取って嬉々としてはしゃぐ。そんな日常が当然のようにある。信仰を失ったマニアの心はすっかり冷めきった。


「最後には脳移植で身体を替えるんでしょ?」、スナッフビデオにそんなお約束ごとがまかり通って良いわけがない。お子様でも安心安全に見られるものなんてクソ食らえだ。俺は、あの頃のスナッフビデオを復活させたい。殺せない今だからこそ、命を踏みにじるような作品を作りたい。そのアイディアを求めてスラム街を訪れたが……この有り様だ。生きながら野犬に食われる老人、下半身だけの娼婦、頭の半分潰されたガキ。どれもつまらない。地球上で最も命の軽いこの街ですら俺の監督魂に火をつけられなかった。スナッフビデオに未来はないのか?

歩いていたストリートを振り返る。視界の端で、後ろにいたであろう女が慌てた様子で影に隠れたのを捉えた。気味の悪い女だ。最早この街に興味はない、さっさと帰るとしよう。しばらく歩くと、後方からペタペタと足音が聞こえる。一度止まれば足音も止まり、歩き出せば足音も歩く。そっと首だけ後ろに向けると、先ほどの女が両手を差し出して追いかけていた。どうやら物乞いのようだ。無視を試みるが、汚ならしい簡素な格好をした売女が少しずつ近づいてくるのが気配で分かる。英語じゃない、スペイン語か? とにかく意味不明な言葉をずっと呟いている。鬱陶しい、一昔前のゾンビ映画みたいだ。思わず吹き出す。このご時世にゾンビだなんて。



ああ、ゾンビがあった。

廃屋の角を曲がり、女を待ち伏せる。堂々と佇む俺に女は一瞬驚くが、しおらしくさっきの言葉を呟く。拾っておいた小石を握り締めながら、女の顔面に思いっきりパンチを食らわせる。短い悲鳴、よろめく女。噴き出た鮮血と飛び散る小さな歯に若干の嫌悪を抱くが、我慢して追撃。何か叫びながら倒れ込んだので、胸部辺りを踏みつけてさらに追撃。踏みつける、踏みつける。何度目で心臓が止まったのかは知らないが、周りの視線でふと我に返る。血混じりの青痣に染まった傷跡を見下ろして満足しつつ、長い髪を掴んでブロック塀の隙間に引き摺り込む。自分の胸に手を当てて呼吸を整え、一息つく。

さて、画期的なバイオレンス、目に焼き付くショッキング、かつ神にクソを塗りたくるがの如く背徳的な企画を思いついた。アドレス帳にあった、心当たりのあるスタッフに手当たり次第電話をかけ、簡単に企画を説明する。協力してくれないかと頼むとまるで口裏を合わせたかのように、"イエス"と全員答えた。震える右手を必死に押さえ込む。撮影が待ち遠しい。


それから5日後。目の前にはかつての撮影仲間、そして今は頼もしいスタッフたちが俺を囲んでいた。興奮を必死に隠し、思い出話に花を咲かせる皆に一言声を掛ける。

最高の作品にしよう。

俺としたことがなんてクサイことを、思わず顔を背ける。少しの沈黙。直後、ジャレットが俺の肩を力強く叩き、前を向くよう促す。脳移植で俺を含め姿は一様に変わったが、輝かせた目とその熱意だけはバカやっていたあの頃と何一つ変わっていない、彼らの表情がそれを物語る。俺は目頭を押さえ、涙を堪えるのに必死になった。



「で、ダンの言っていた彼女はどこに?」

額の汗を拭うのに必死なベネディクトが尋ねる。

「野犬やネクロ野郎に喰われかねないからな。そこのホテルの一室でお化粧中さ。既にホテルのオーナーにはいくらか握らせておいた」

「まさか放置してないよな。もったいな──」

「当然、カメラを設置しておいたからメイキング映像はバッチリさ」

ベネディクトは親指を突き立て、前に差し出す。俺もそれに合わせる。懐かしい、あの頃以来のノリだ。



部屋のドアを開けると、充満していた腐敗臭が鼻腔を強く刺激する。反射的に咳き込む。涙を滲ませながら、ベッドに仰向けで寝転がる彼女の姿を拝む。暗赤褐色に染まった全身、やけに膨れた顔、ケツから這い出る無数の蛆虫、かすかに動く眼球。数日前まで憎らしかった蒸し暑さが、すっかり味方となっていた。ベネディクトは滴る汗を拭うのも忘れ、両手を天に広げて歓声を上げる。相変わらずなオーバーリアクション。

「おや、服はそのままなんだね。脱がした方が見易いのに」

「ナチュナル加工ってやつさ。それに、こういうのは下手に触らずプロに任せた方が良さそうだし」

そう、今のままではただのラブドール。これだけじゃ画にならない。だから昔のツテを使ってプロを呼んだ。甲高い3回のノック音。タイミング良く彼らが到着したようだ。

にこやかな表情を浮かべた背の高い男と、微笑む華奢な女。プロメテウス研究所で働いた経歴を持つ、優秀な闇医者だ。彼らは大きな鞄から謎の器具をいくつか取り出し、手術の準備を整える。

「手術の説明をします。ご注文のとおり、最低限の歩行能力の確保と脳機能の保護のため、まずは人工骨と合成筋肉の置換、そして──」

「あー小難しいことはそちらにお任せしますよ」

「失礼。局所麻酔は、まあ必要なさそうですね。ではダンさん、手術を開始します。ご要望があれば何なりと」

彼女の体にメスが入れられ、数年前の缶詰めを開けたときに似た音が室内に響く。彼らは手慣れた手つきで、縮れた筋肉を取り除いては白い塊と透明なチューブを代わりに詰め込んでいく。彼女は呻き、小さく震える。手術開始から15分後、彼女の顔をじっと見つめていたベネディクトが口を開く。

「片眼の方がゾンビっぽくて映えそうだけど……ダンはどう思う?」

「シーンが減るのは痛いが、一理あるな。すみません、お願いします」

すぐに彼女の眼球が摘出される。そのままゴミ箱に捨てられ、底に溜まっていた虫けらがこぞって群がる。

「見てよダン。この娘、指入れられて喘いでいるよ。とんだ腐れビッチめ!」

ベネディクトは空になった眼窩に指を入れて、嬉しそうに弄る。身を捩る彼女の反応を楽しんでいるようだ。手術の邪魔になると丁寧な口調で怒られたベネディクトは、ショボくれた様子で退室した。ワケわからない性癖で損するのは変わらないな、ベネディクト。すっかり日が沈んだ頃、彼らは手術の完了を告げ、彼女の動かし方と入金の仕方を早口で説明する。ひとしきり説明を終えた彼らは、ひとつ溜め息をこぼして足早に去って行った。


さらに2日後。すべての準備は整った。イカれた金持ち御用達の闇サイトで男優を4名募集したらたった40秒で集まった。タダで男優を雇えた上に合計200万ドルの参加費用。諸々の経費を差し引いても手に余る額、さぞ豪華なパッケージと宣伝が出来そうだ。早くはじめろと喚く豚面した男優たちを何とか鎮め、企画の説明をする。

「世界は、謎のウイルスによって終焉を迎えた。だが、人類は滅んでいない。孤独に彷徨うゾンビを襲う、4人のケダモノ。欲望に捕らわれた彼らによって、哀れなゾンビは死してなおも殺される──絶望と狂気のストーリー」

つい熱がこもる。改めて内容を聞いた男優たちは、明らかな興奮を示す。彼らのボルテージはマックス。幸運にも、うっかりケダモノ呼ばわりしたことに気づいてないようだ。

そろそろ"女優"の準備もしよう。受け取った端末を操作して彼女を起こす。液体が大量に流れるような音が鳴り響く。筋肉の隙間からうっすらと、赤紫色の液体が全身に流れているのが見える。彼女はおぼつかない緩慢な動きで立ち上がり、ぼんやりとした様子でゆらゆらと身体を前後に揺らす。その場を小さく徘徊したかと思えば突然止まり、焦点の合わない白濁した眼球でこちらをじっと眺める。少し近づくと、黒い液体の滴る喉の穴からヒューヒューと風の抜けるような音が漏れ出ているのが聞こえた。何か喋っているようだがどうでもいい。さらに近づくと彼女は自身のおかれた状況を察したのか、住宅街に向かって走り出す。慌てて端末を操作し、急停止させると彼女は派手に転んだ。やれやれ。膝の肉が少し削げてしまったのは残念だが、逃がすよりかはマシだ。何人かのスタッフが彼女を抱えたとき、喉から漏れる音はアップテンポで激しくなっていた。

撮影準備の開始をスタッフに指示する。小道具、ライト、各担当の配置が速やかに進められ、撮影準備が整う。緊張の瞬間。10秒のカウントダウンを告げる。指を折り曲げるごとに、心臓の鼓動が主張する。ついに叶う。



5、4、3、2、1……


これは夢なのだろうか。視界いっぱいに、奇跡が広がっている。ゾンビを演じる生者。そしてそれを引き裂き、潰し、交わり、殺す、人間の形をした悪魔たち。穴という穴に生命が注がれ、生と死の世界線は混濁と化す。魂のファック、吐瀉物以下の常識、地獄の体現。これだ、これだよ。やろうと思えば誰でもできるが、誰もやらない倫理の外側。傷つけるだけの三流以下のスナッフビデオ気取りとは違う。そう確信できる。現場には罵倒とけたましい笑い声が響くが、俺の耳はスタッフの啜り泣く声をキャッチしていた。俺も泣いていた。俺の求めていた最高は、74分間にわたって続いた。


無事にクランクアップ。画角に納められたこの最高の作品をどうやって世間に出そうか。そんなことを考えていると、小道具を片付けていたアルスナが仕事を終えた彼女を指差して尋ねる。

「彼女も掃除するの? それともまだ使う?」

「取り敢えず集めて、最後に写真だけ撮って──」



あのときの閃きと同じ感覚。彼女は、俺に最高を作るチャンスをまた与えてくれた。

「前に手術を頼んだ彼らをすぐに呼び戻してくれ。それと、彼女を室内に運ぶのも頼む」

「次回作は母子ものだ」

俺はもう一度、ぶっ壊れた倫理観に中指を突き立てる。

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