『ゲーデ・フィルム・スペシャル: 道具屋リョエルのお宝紹介』From: ダン監督
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曇天の昼下がりのことだった。半日ほど前から道路に寝そべったままの男(轢き逃げ犯に恨み言を言い続けている)を、野良犬(下顎が腐り落ちている)が貪ろうと奮闘している閑静な住宅街。俺はそこにポツンと建てられた、悪趣味な成金ハウスを見上げる。インターホンを鳴らすと、2回、3回と低い電子音が流れ、4回目で家主もとい"道具屋"のリョエル・ギルクリフが門を勢いよくドアから飛び出した。

「や、やあ、ダン! わざわざ、お礼を言いに来てくれてありがとう。き、君は本当に律儀な奴だ」

流れるように握手を交わし、軽いハグ。前作の試写会で飲んだ以来だったが、筋肉質な身体を覆う褐色の日焼けと脳移植手術の度に入れ直している首元の十字架タトゥー、そしてそんな身体に似合わぬこの「どもり」も相変わらずだ。それにしてもリョエルの奴め、ハッパのキメすぎで呼び出したのが自分だってことを忘れているようだな。面倒なので話を合わせようとするが、俺の引き摺るトランクケースに気づいたリョエルは談笑を中断して自宅に招き入れた。


強烈なアルコール臭の充満する広いリビングルームに案内され、落ち着いた色のモダン風ソファに深く腰かける。辺りを見回せば、明らかにニス以外の粘液にまみれたアンティークな木製テーブル、"装飾品が"いくつもぶら下がった豪華なシャンデリア、肌色の目立つ絨毯、ごわごわとした黒い毛並みのテディベア……随分と賑やかだ。

「趣味の人間加工は相変わらずか。臭いは誤魔化せるとして、近所に感づかれたりしないのか?」

「だ、大丈夫。一番注意しなきゃならないのは声、だけど、ちゃんと"躾けて"あるから。そ、そのキャシーも、座ったとき、呻いたりしなかった、ろ?」

リョエルは俺の座るソファを指差した。なるほど、座り心地の悪さも納得な回答。間を置いて、良いのが手に入ったんだよ、というセンテンスを添えてウイスキーが差し出される。悪趣味な友人に乾杯。琥珀色の誘惑に乗せられたリョエルは、コップを重ねる度に段々と饒舌になっていく。すっかりどもりが消えたリョエルは作品の感想やファン視点でのアドバイスを的確かつ詳細に語り、俺はメモを忙しく取りながらそれに聞き入る。



  と、こんなところかな。ああ、身体が熱い。良い感じに酒が回ってきたよ」

「舌回すために飲み過ぎたんだろ。火照りがひどいぞ、リョエル。日が暮れるし、そろそろ失礼するよ」

「寂しいこと言わないでよ。今日はキャシーだけじゃ無い、この日のために僕が集めた"お宝"がダンに会いたがってるんだ」

リョエルが腕を掴み、揺れる視線で俺を捉える。その灰暗い瞳は、友人の前に依頼者と道具屋の関係だということを暗に伝えている。これも最高を制作するための我慢、今夜は彼の我が儘に付き合うとしよう。


最初に案内されたのは、爽やかなミント臭の充満する寝室。鼻腔を通り抜ける爽やかな香りの裏には、違法ドラッグ特有の甘い匂いと安い売女どもの悲鳴が巧妙に隠されている。リョエルに促され、彼のお気に入りのベッドに近付く。カシミア製の枕に置かれていたのは、安らかな表情を浮かべた少女の頭部と、その首から下に繋がれた酸素ボトルと血液パックのセットだった。虚ろな目線は蝿を追うように忙しく働き、緩慢な動きを見せる口元には白いカスがびっしりこびりついてる。リョエルは生卵を扱うようにそっと彼女を拾い上げ、汚れた口元をタオルで丁寧に拭う。

「レディがはしたないなあ、まったく。紹介するよダン、彼女は目覚まし時計のミライア。彼女の声はそこらの整形ボイスよりもずっとキュートなんだよ」

リョエルの口に人差し指を当てるジェスチャーをヒントに、耳を澄ませる。すると人工的な呼吸音に紛れて、正確かつ献身的なカウントダウンが彼女から聞こえてきた。爛れた左耳と腫れた両頬から察するに、時刻調整に相当時間をかけたようだ。どう反応しようか考え込んでいると、彼女の本領はここからさ、と言わんばかりの表情でリョエルはウインクをする。18:59:57、18:59:58、18:59:59……19:00:00。

♪~……♪♪~…….♬~……♪♫♪~……

彼女の瞳孔は開き、その美声を室内に響き渡らせた。これは化石級の名曲、"We Are The World"じゃないか。聞いたこともない曲をここまで美しく再現するとは、彼女の懸命な努力が伺える。俺は小さな歌姫に拍手し、心からの称賛を贈る。目を閉じて聞き入っていたリョエルは満足そうに微笑むと、ピアノの調律師のようにそっと酸素ボトルのつまみを捻り、彼女のアラームを止めた。空気を求めてもがく彼女を横目に、リョエルは続ける。

「さ、彼女の自慢は終わり。次はお楽しみのバーベキューパーティーだ! "肉屋"から仕入れた特別なお肉をご馳走するよ」

ご機嫌なリョエルはくすくすと笑いながら退室する。やれやれ、何だか嫌な予感しかしない。


青々しい芝生の生い茂る、どこか幻想的なガーデンに案内される。リョエルは、鼻歌混じりにワゴンを運んでくる。月明かりに照らされて露となったそれは、彼の主張する"特別な肉"でもあり、合理的な"バーベキューコンロ"であった。リョエルは高級料理店のウェイターを気取るようにうやうやしくお辞儀をして、メインディッシュの解説を始める。

「これが僕の最新作、お肉兼バーベキューコンロのフランちゃんだ。ほらご覧、背中にはチタン製の鉄板が埋め込まれているんだよ。焦げ付きにくいし、耐久性も高いからいくらでも使い回しできる優れもの。弄くりまくったお腹の中には大腸小腸と極太ニクロム線を取り替えた加熱装置があって、常に適温調整してくれるスマートさが実に快適ってワケさ」

ほうほう、確かに見目麗しい。だがここまで改造し倒されている彼女の肉体に、縫い目や傷跡が全く見当たらないのは一体どういうことだ? そんな俺の困惑を見て取ったか、リョエルは絶対に秘密だよ、とコレクター特有の自慢げな笑みを浮かべて俺に耳打ちする。

「君の最新作のために僕が調達した道具のことは覚えてる?」

「もちろんさ、あのライトこそが2の鍵だった」

「それと同じルートで手に入れたのがこのハンドクリーム!塗るだけで簡単に傷を消してくれるし、粘土のようにちぎったりくっつけたりすることもできるんだ。これのおかげでほら……家具としての機能を果たしつつ、女性のしなやかさを失わない真の"機能美"が完成できた」

リョエルはうっとりとほおずりしながらフランの白い肌を撫でる。

「極めつけはこの上等なお肉! "肉屋"曰く、フランはアルプス地方の農村で優雅に暮らしていた純粋無垢な少女だそうだ。彼女はきっと、小鳥の囀りが聞こえる美しい森、何万年経とうとも威厳を損なわない荘厳なアルプス山脈、年中降り注ぐ栄養満点な日光、頼りになる穏やかな老人、いつだって側に居てくれた優しい青年、などなど沢山の尊いものに囲まれて生きていたのだろうね。そんな彼女を……彼女の幸福な人生を……今からっ!全部クソ溜めに落とせると思うと!実にワクワクしないかい!?」

顔を真っ赤にしたリョエルは、手に持っていたスキットルを一気に飲み干して呼吸を整える。興奮するとありえないほど早口になる癖も昔と同じ、とはいえ飛沫の嵐は勘弁いただきたい。

「あ、ごめんごめん。じゃあ、レッツパーティーといこうか」

リョエルが彼女の脇腹から飛び出たレバーを押し込むと、機械的な起動音とともに彼女は短い悲鳴を上げる。鉄板付近の透き通るような白い肌は徐々にその魅力を失い、白い泡がふつふつと沸き立つ。うむ、確かにこの演出は傷まみれの肉体では効果半減だっただろう。

彼女はあついごめんなさい、と繰り返し訴えながら悶えるが、手足に打ち込まれた釘がそれを制限していた。リョエルはナイフで脂の泡を削ぎ取り、香ばしいバケットに薄く拡げるように塗る。まずは前菜、と彼はバケットを一口齧り、噛み締めるように咀嚼して顔を綻ばせた。次に彼は、小ぶりな可愛らしいお尻にナイフを当て、ゆっくりと刃を引く。スライスした肉片を鉄板に置くと、豊富な脂が弾けてじゅわじゅわと心地のよい音を響かせた。

彼女の苦悶の表情と裏腹に、リョエルのテンションは最高潮だ。焼き肉はソースが命、と語ったリョエルは、桶に溜まった滴る鮮血と涙をバーベキューソースと混ぜ合わせ、鉄板にぶっかける。すぐさま蒸発した血液は白煙に姿を変え、辺りに撒かれる。クソを煮たような臭いは別として、カニバリズムが趣味じゃなくともこの絶景を見れば誰もが腹を鳴らすだろう。リョエルは鉄板の上で踊る肉片をフォークで突き刺し、慎重に口へ運ぶ。

「さすがはフランちゃんだ。わあ、柔らかいお肉が舌に絡んで、ディープキスみたく刺激的で甘美な味が口いっぱいに拡がるよ。蝿の集るロボットビーフなんざ比にならないくらい、上等で素晴らしいジューシーさだ! やっぱりお肉は天然じゃないとね、ダン!」

リョエルに乗せられて一口。歯要らずの柔らかさは認めるが、口内で暴れまわるこの臭みは一体何だ? 彼のようにアルコールと薬物大好き人間でもなければ到底食えたもんじゃない。だが同時に、異常な不味さは霞がかった思考をクリアにしてくれた。遂に俺は、ここ最近のリョエルに対する違和感を言葉にする。

「どうしたんだリョエル。どうも、お前が以前にも増して露悪趣味になってるような気がするんだが」

リョエルは虚を突かれたように固まると、照れくさそうに君にはかなわないなあと言って、ナプキンで口回りをぬぐい、神妙に話し始めた。


「忘れもしない2020年、死神が消えたあの日。世間じゃアレを"携挙"……イエス様の再臨だなんて一時期言っていたけれど、僕に言わせればそんなのは嘘っぱちだ」

じゃあ、お前はどう考えているんだ? そう問うとしばしの沈黙。リョエルは俯きながら逡巡するようにうなじに手をやり、その指は恐らく無意識に、首筋の入れ墨……トレードマークの十字架をなぞった。

「……僕は、ついに天の国の門が閉じられたんだと思う。主が僕らを一人残さず見放し、人類全員が捨て子となったんだと。ジャック・オー・ランタンのように、人の子たる僕らの救われぬ魂は天国へも地獄へも行けず、永遠に地を彷徨うんだ。それに気付いたとき、僕は……僕は……!」

「"ひどくがっかりした"。違うか?」

リョエルがバッと顔を上げる。その顔には驚愕の表情がありありと刻まれていた。まったく分かりやすい奴だ。

「だってそうだろ?全てを見そなわし、裁きを与えたもう神が人間に愛想を尽かしたって言うなら……もはやこの世に禁忌ドキドキ冒涜ワクワクは存在し得ねえ」

「そう!その通りだよダン!僕は無辜の女性を家具として扱う異常性癖の咎人だってのに!主に背徳して興奮する救いがたいド変態だってのに!彼は僕を見捨てたんだ!」

もうこんなのじゃ何も感じない!とヒステリックに叫びつつフランを蹴っ飛ばすリョエル。彼女はひときわ高くゴボゴボとした叫び声を上げて庭の隅へ吹っ飛んでいった。火事にならなきゃ良いが。感情を爆発させ泣きじゃくるリョエルの肩を抱き、優しく背中を撫でてやる。さてさて、ここがプレゼントの渡しどころだ。

俺はリビングのソファに置き忘れたトランクケースを持ち出し、リョエルに開封するよう促した。いぶかしがりながら開けたリョエルの目が、中身を見た瞬間輝きに満ちあふれ出す。

「これってもしかして……ゲーデ・フィルムの"主演女優"じゃないか!?」

「大正解。ヴィンテージものを欲しがってたろ? だからさ」

「ダン、君ってやつは……最高の親友だ!この火傷は1の22分頃に煙草の火を押し付けられてできたもので……ああ!すばらしい!ちょうど革ジャンが恋しくなっていた頃だったんだ! これだけじゃ足りないだろうから、ダリンとジョイアナをリサイクルして、それから……」

ぶつぶつとリョエルは楽しげに語る。プレゼントの反応としては上出来、いや直前の状況も込みで満点ってとこだろう。何より、良き制作には良き人脈をだ。これで次回作も彼の協力が取り付けられることは間違いない。

人が死ななくなった。言葉にしてしまえばそれだけだが、それはスナッフビデオの神秘性を奪い、とある一人の男の(歪んだ)信仰心をも奪ったのだ。

俺とリョエルは同じ形の傷を受けた被害者であり、現代医療じゃ治せぬ不治の刺激欠乏症患者。だからこそ俺はゲーデ・フィルムを作った。生ぬるい恋愛や正義では満たされぬ者たちへ、最高速度でイカレた救済をお届け。神も死神も無い世界で、このダン・サルディモッドがお前らのジーザスになってやる。

日はまだ沈んだばかりだ。俺は庭の隅にピクピクと転がる鉄板へウィスキーグラスをカツンとぶつけて、秘密の地下室へご機嫌な足取りで向かう友人にもう一度乾杯した。朝日を拝むまで、今暫くこの背徳感を楽しむとしよう。

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