財団81管区理事会通知

財団81管区設立宣言を受け、本日「JP」の符号を附した異常物品識別番号が解放された。これを受け、旧蒐集院が保有していた蒐集物の一部が当該番号のいずれかに暫定的に割り当てられた。
当報告書の示すSCP-001-JPは、蒐集物覚書帳目録第〇〇〇一番・"国津神"登録の為に設定された番号である。
しかしながら蒐集物第〇〇〇一番は旧蒐集院における特級晦蔵対象に指定されており、資料の殆どは既に破棄され、現存する文書及び物的痕跡は極めて寡少である。
当文書は蒐集物第〇〇〇一番の安定封存の為、旧蒐集院の晦蔵手順に従って作成された報告書である。
内容には虚偽が含まれることに留意すること。
賀茂相忌
財団81管区1号理事 "獅子"
昭和20年12月31日

LoI-001-JP-1(葛城一言主神社、奈良県御所市)
特別収容プロトコル: SCP-001-JPは低セキュリティクリアランスレベル保持職員に対しては全国の神社で祭祀されている一般的な神格の一種として公表され、ミーム部門、神学部門、秘儀術部門、神話・民俗学部門、戦術神学部門、対抗概念部門、応用形而上学部門、叡智圏保護課が保有するクラスI神格存在に対する標準的な収容体制が構築されます。一方でセキュリティクリアランスレベル5/001-JPを有する職員が上記各部門を管掌し、当該神格がSCP-001-JPに指定されているという事実の秘匿と並行して収容継続の監視が行われます。印刷物及びオンライン上の情報の内容は財団運営botによって監視され、財団が規定するSCP-001-JPの背景情報から逸脱する内容を発見した場合は担当職員に通知された後、審議の上削除または修正が実施されます。SCP-001-JPを祭祀している神社境内はLoI-001-JPに指定され、監視体制が構築されます。
SCP-001-JPに関する各種調査の結果、蒐集院によって行われた一連の施策によってSCP-001-JPの神格的権能・霊的威力・形而上学的影響は他の神格存在と比較して十分に低減されたと判断されています。これを受け、現在SCP-001-JPはSafeに分類されています。
説明: SCP-001-JPは神格「一言主神ひとことぬしのかみ」です。SCP-001-JPは記紀1の神統譜に登場せず、元は大和葛城山2周辺の土着神格であり、葛城氏及び賀茂氏によって奉斎されていました。SCP-001-JPは言霊信仰・託宣の神であると解釈され、一般的に「悪事も一言、善言も一言で言い放つ神3」、「一言であれば何でも願いを聞く神」として認識されています。
SCP-001-JPの性質や神威・神徳の内容は古代から蒐集院の削実定偽政策4の対象とされ、SCP-001-JPに関する口伝や記録等の内容に対する斎蔵いみくら5及び蒐集院による徹底的な再編集が行われていました。この施策はSCP-001-JPの神格規模の弱体化を企図したものであると考えられており、これによる叡智圏ノウアスフィア上の概念集積体の変容がSCP-001-JPの性質に変化を与えた結果、SCP-001-JPの本来の神格的性質は現在ほぼ完全に喪失していると考えられています。また現存記録の不足から、SCP-001-JPの本来の性質の解明は困難であると判断されています。
SCP-001-JPに対する記述の変化、及びそれによるSCP-001-JPの性質の改変に関する考察を以下に抜粋して示します。
一般的に認知されている記述内容 | 財団による考察 |
---|---|
『古事記6』での記述。雄略天皇が葛城山に登った際、SCP-001-JPは天皇と同じ姿で現れた。雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神7。葛城の一言主の大神なり」と答えた。天皇は恐縮し、「神がウツシオミ(この世の人の姿)でおいでとは思いませんでした」と言った。その後天皇は武具や衣服を献上し、SCP-001-JPは天皇を長谷の山口まで見送った。 | SCP-001-JPは天皇を模倣し、天皇と会話することができる神格であることが示されている。また、天皇はSCP-001-JPに対して畏怖の態度を示している。SCP-001-JPに関する最古の文献だが、当該イメージは既に削実定偽によって再編集されたものであると考えられている。 |
『日本書紀8』での記述。上項とほぼ同様の内容だが、遭遇後のSCP-001-JPに対する献上の場面を伝えていない。SCP-001-JPと雄略天皇は共に猟をし、来目川までSCP-001-JPが天皇を送ったことによって、百姓は雄略天皇を「有徳天皇」と称えた。 | 上項と比較してSCP-001-JPの地位が天皇に対して大きく接近しており、ほぼ対等なものになっている。 |
『続日本紀9』での記述。天平宝字8 (764) 年に伝わる話によると、葛城山の「高鴨神」は雄略天皇と狩りで争い邪魔をしたので、天皇はその老人を土佐の国に流罪とした。 | 「高鴨神」はSCP-001-JPであると考えられる。SCP-001-JPは天皇の姿を模倣せず、「老人」として扱われている。また、天皇が神格であるSCP-001-JPを流罪としていることから、SCP-001-JPの神威は大きく減衰していると考えられる。 |
『日本霊異記10』での記述。文武天皇の御世、役えんの優婆塞うばそく11がSCP-001-JPを含めた多くの鬼神を使役して大和の金の峰と葛木の峰との間に橋を架けさせようとした。これを嫌ったSCP-001-JPは人に乗り移って「役の優婆塞が謀反を起こして天皇を滅ぼそうとしている」と讒奏し、結果的に役の優婆塞は伊豆に流された(後に許された)。これによってSCP-001-JPは役の優婆塞に呪縛され、今の世になっても解かれていない。 | 役小角えんのおづぬに対する讒言が成功する点にかろうじて神格性質の片鱗が認められるものの、SCP-001-JPは役小角に使役される無数の鬼神のひとつであるとされ、さらなる神威の毀損が認められる。また当説話の類話は『三宝絵詞12』、『今昔物語集13』、『扶桑略記14』等の後世の文献に大量に発見され、役小角によって呪縛されるSCP-001-JPのイメージがこの時期には既に確立していることが示唆される。 |
『枕草子15』での記述。SCP-001-JPは「姿の醜さを恥じて昼には姿を現さない神」であると認識されている。『笈の小文16』では上記の伝説を受け、「猶なお見たし花に明行あけゆく神の顔」と詠まれている。 | さらに時代が下り、SCP-001-JPは「姿が醜悪である」という性質が確立した。これによって、SCP-001-JPの本来の神格性質はほぼ完全に摩滅したと考えられる。 |
上記経緯から、SCP-001-JPは8世紀前後において急速に神威を減耗させており、10世紀の時点で一般的な神格と比較しても劣弱な影響力しか有していなかったと考えられています。蒐集院が行った以上のようなSCP-001-JP弱体化の施策は、標準的な施策と比較して徹底的なものであると財団において判断されています。
上記考察から、SCP-001-JPの実態として以下の要素が有力視されています。
- SCP-001-JPは少なくとも「他人の模倣」及び「他人への憑依」が可能な神格である。
- 役小角の存命期間(634~701年)が蒐集院による文献上でのSCP-001-JP弱体化施策の直前にあたるため、役小角がSCP-001-JPの弱体化方法を蒐集院に提案した、または弱体化に協力した可能性がある。
SCP-001-JPの古代以前における本来の神格性質に関する調査が継続されています。
財団日本支部理事会通知
以下の内容はクリアランスレベル/8100-001機密情報です。
再度自身が保有するレベルを確認してください。
以下の内容を閲覧可能であり、これから閲読する職員へ
原始、日本において神は恵みをもたらす存在ではなく、災いをもたらす存在であった。
天照大神はかつて倭大国魂神やまとのおおくにたまのかみと諍い、疫病によって国を荒廃させた。結果的に大和から離れ、検討の後に伊勢に遷されたが、その後も足仲彦たらしなかつひこ──仲哀天皇を、自身を軽侮したとして祟り殺している。自身の子孫たる天皇すめらみことであるにもかかわらず。
神にとって、この豊葦原とよあしはらの長五百秋ながいおあきの水穂国みずほのくには慈悲をもって治めるべき土地ではなく、戦慄をもって支配するべき土地であった。したがって、我々にとって神は崇め奉るべき存在ではなく、畏れ鎮めるべき存在であった。
その上で、私は改めて強調したい。
神がこの国を擅ほしいままにできる時代は終わった。
この国は神の国ではなく、人の国である。
有栖川宿
財団日本支部7号理事"鵺"
令和2年12月31日
サイト-8104 人事部門
人事ファイルより抜粋
氏名: 岩塚 翼 (Iwatsuka Tsubasa)
性別: 女性
セキュリティクリアランスレベル: 3
専門分野: 素粒子物理学 (particle physics)、量子力学 (quantum mechanics)
役職: 研究員
略歴: 岩塚研究員は事案159-JP-2においてSCP-159-JPに遭遇した際、財団に保護されました。その後適性検査を経て財団に雇用されました。雇用後は素粒子物理学部門において研究補佐として勤務していましたが、2017年4月にSCP-3000-JP事案に遭遇しました。当事案における状況対応が評価された結果、岩塚研究員は同年5月に研究員に昇進しました。
実績: EVE粒子の素粒子物理学的解釈を応用することで八田 進太郎上席研究員らとともにクラスH奇跡論除外障壁の開発に尽力し、2017年2月、当該技術の開発に成功しました。当該技術は除外サイト-81K3の再構築除外機能の向上に大きく貢献しました。
評価: 事案159-JP-2の際、SCP-159-JPの異常性によって両親が死亡していることから財団の理念への共感を強く示しており、アノマリー収容への熱意が高いことが評価点として挙げられています。
Anomalousアイテム報告書より抜粋
アイテム番号: AO-3000-JP

AO-3000-JPサンプル
説明: AO-3000-JPは高い粘性及びほぼ完全な黒色(可視光域全反射率0.001%未満)を示す液体です。AO-3000-JPはその物理学的挙動において液相のエクトプラズムと類似した性質を有しており、標準状態 (298 K, 1013 hPa) では速やかに蒸発する一方で、財団の保有する霊体固着法の一部がAO-3000-JPの蒸発の抑制に有効であることが確認されています。蒸発したAO-3000-JPを再度凝縮させる試みは成功していません。標準的なAO-3000-JPの蒸発抑制方法として現在非物質変異無効装置 (nPDN) の使用が採用されています。
AO-3000-JPはその体積と比較して非常に大きなEVEを貯蔵する性質を有します。実験の結果、AO-3000-JP に関して以下のような性質が判明しました。
- AO-3000-JPのEVE貯蔵量上限は15,000 Caspers/mL (273 K, 1013 hPa) 以上であり、実験結果から実際の上限はこれよりも大幅に多いと想定されている。
- AO-3000-JPが蒸発した場合、AO-3000-JPが貯蔵していたEVEは空気中に放出される。
- AO-3000-JPのEVE吸収、及び蒸発に伴う放出の過程において、物理学的エネルギー変化は観察されない。
AO-3000-JPはSCP-3000-JP事案中において初めて存在が確認され、その後サイト-81K3に保管されていた約3 mLのAO-3000-JPが提出されました。上記諸性質の有用性が注目された一方で、AO-3000-JPの再獲得の方法が不明であることから、当該サンプルはAnomalousアイテムとして保管されました。しかしながら2020/06/02、当該アイテムと同様の性質を有する液体が長崎県壱岐市において発見されました。その後の採取量の増大及び日本各地における発生地の新規発見に伴い、AO-3000-JPは現在SCPオブジェクトへの再分類が検討されています。
2020/06/09

発見現場
AO-3000-JP研究班に配属された岩塚です。これからAO-3000-JPに関する定期報告を行います。
長崎県壱岐市芦辺町の詳細な調査が行われました。AO-3000-JPに一致する液体は発見地点の窪地を満たすようにして地中から湧出しているように観察されました。液体の蒸発はnPDNによって問題なく防止することが可能でした。
AO-3000-JPは非常に多量のEVEを含んで湧出しています。今回の調査で得られたAO-3000-JPは約500 Caspers/mLのEVEを含んでいます。当該液体は財団日本支部の僅少な超常的資源を補填し、収容能力を大きく向上させる可能性を示すアイテムであると考えます。AO-3000-JP発生の全国的な調査の実施を提案します。
2020/06/16
AO-3000-JPに関する定期報告を行います。

LoI-TL-JP-9(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
日本国全域に対するAO-3000-JPの調査が開始されました。調査対象として、周囲と比較して高いアキヴァ放射強度が観測される地点が選択されました。各サイトによる協力の下、現在まで九州地方を中心とした調査が行われました。その結果、調査を行った35箇所のうち、9箇所の地点でAO-3000-JPが発見されました。AO-3000-JPが発見された地点はLoI-TL-JPに指定され、上記地点はLoI-TL-JP-1~9としてナンバリングされました。
日本国における高アキヴァ放射が観察される地点はいわゆる「神域」として認識される例が多く、AO-3000-JPの発生が日本国における神学的・民俗学的・超自然的環境と何らかの関係がある可能性があります。複数の財団内部部門を通じた議論が必要であると考えます。
また今週、AO-3000-JPに関して注目すべき性質が判明しました。
AO-3000-JP (約3 mL) が封入された複数個のバイアルが机の上に並んでいる研究室で、2人の研究員(上社、本山)が雑談をしていました。雑談中、本山研究員が「(食堂のメニューに)ハンバーガーがあればいいのに」という旨を発言しました。その直後、バイアルの一つが白色の閃光を放って炸裂し、一般的なハンバーガーに酷似した実体が出現しました。現在当該実体に関する詳細な解析を行っています。
AO-3000-JPが含んでいるEVEは、何らかの言語的・音声的な契機によって奇跡論効果を発生させる可能性があります。今後は当該事象の発生条件に関して重点的に研究を行う予定です。
2020/06/23
AO-3000-JPに対する調査は現在まで九州・中国・四国・近畿地方を中心に行われており、LoI-TL-JPは21地点登録されました。また、並行してAO-3000-JPの奇跡論的性質を調査しています。実験の結果、AO-3000-JPは言葉、特に人間が発する肉声に反応して奇跡論的現象を発現することがわかりました。現在まで判明したそのような言葉の条件は以下の通りです。
- 生存中の人間によって発言された肉声である。
- 日本語である。
- 発言者の要求または希望の表現を含む。
- 上項の表現の上で、「[物理的に存在が可能な物体]がある」という意味を有する。
以上の条件を満たしているフレーズがAO-3000-JPの近傍(具体的距離は検証中)で発言された場合、AO-3000-JPは白色の閃光を伴うバックラッシュとともに、言及された物体を出現させます。
実験では、3 mLのAO-3000-JPが封入されたバイアルを複数本用意し、これを1単位として各物体が出現するための最小の体積を検証しました。以下に実験によって出現した物体を抜粋して示します。詳細な実験結果は添付ファイルを参照してください。
- リンゴ (Malus domestica) の果実1個
- ハツカネズミ (Mus musculus) の生存個体1匹
- 高さ約3 mのヒマワリ (Helianthus annuus) 1株。土壌の上で実験を実施
- アフリカゾウ (Loxodonta africana) の生存個体1頭
- 白熱電球1個
- H&K P2000自動拳銃1丁
- パナソニック・レッツノート CF-SZ6型1台
- トヨタ・プリウス ZVW30型1台
対象は生物・無生物を問わず、今のところ際限なく出現させられるように観察されます。当該性質は財団の収容設備の充実、ひいては収容能力の大幅な増強が望める可能性があります。
サイト-8100 財団日本支部理事会
定例会議議事録より抜粋

評議会投票結果
議題: 日本支部理事"鵺"によるAO-3000-JP研究監督の担当。
評決結果
賛成 | 反対 | 棄権 |
"獅子" | "千鳥" | |
"若山" | "稲妻" | |
"鳳林" | ||
"升" | ||
"鵺" |
賛成5-反対2、議題は可決されました。
超常現象報告書
報告日: 2020/06/25
報告者: 岩塚 翼(研究員 サイト-8104 素粒子物理学部門)
日時: 2020/06/24 午後8時ごろ
場所: サイト-8104 ゲートBから約200 m北の路上
内容: 帰宅途中の路上で、私と全く同じ容姿(容貌、服装、身長、肉声、口調を含む)を有する実体が建造物の陰から出現しました。実体は驚く私を手で制し、「私は君の味方だ」という旨を発言しました。録音の開始及び端末からの緊急通報を行った後、現場がサイト付近であったために数分でフィールドエージェントが到着しましたが、到着前に実体は消失しました。
以下に当該実体との会話記録の書き起こしを添付します。
不明実体: ごめんね、驚かせてしもうて。
[報告者、通報を行う]
不明実体: あれ、さすがにお早い対応やね。ほんなら要点だけ。君、泥を集めてるやろ? あれ、きっと君の願いをかなえる力を持ってるから、これからも集めればいいよ。
報告者: ──あなたは何者ですか?
[不明実体、微笑する]
不明実体: うちは君、君はうちや。
報告者: それはどういう──
[不明実体、消失する]
分析: 実体が言及した「泥」は、現在私が研究を担当しているAO-3000-JPを指している可能性があります。
対策: 当該実体は再度私を訪問する可能性があります。マルチレコーダー及び通報機を常時作動できる状態にし、周囲を警戒します。その他の対策に関しては収容部門の指示に従います。
備考: 「私は君、君は私」という当該実体の発言内容から、今回の事案が私個人の事情または性質に由来する可能性があります。私に対する異常性検査をお願いいたします。
サイト-8104 対話部門
対話記録より抜粋

日付: 2020/06/30
対象: 岩塚 翼 (研究員、素粒子物理学部門所属)
担当: 那澤 和 (フィールドエージェント、対話部門所属)
<記録開始>
Agt.那澤: それでは始めさせていただきます。岩塚さん、あなたが気がかりに思っていることを、少しずつでいいので私に話してみてください。
岩塚研究員: ──はい。私は──怖いのです。もしかしたら、私は何らかの異常存在に関わっているのかもしれないと。
Agt.那澤: 焦らなくてもいいですよ。どのようなことがあったのですか?
岩塚研究員: はい。──私、先日、とある超常現象に遭遇したんです。
Agt.那澤: アンケートにお書きになっていたものですね。報告書を拝見しました。あなたにそっくりな実体が現われたとか。
岩塚研究員: はい。顔も服装も声も、私と全く同じ実体が突然現れたんです。突然のことで、私は頭が真っ白になり──ああ、財団職員として不甲斐ありません。
Agt.那澤: 自分を責めないで。あなたは落ち着いて記録と通報を行えています。それで十分です。
岩塚研究員: ──ありがとうございます。
[岩塚研究員、水を飲む]
岩塚研究員: ──その、私、財団に入ったとき誓ったんです。私の力で、異常存在、アノマリーから世界を救ってやろうって。
Agt.那澤: それは立派な心掛けです。財団職員でも、それを目指すんだときっぱりと宣言ができる人は限られるでしょう。
岩塚研究員: ──それには理由があります。私が財団に入ったきっかけは、未収容のオブジェクトとの遭遇でした。SCP-159-JP──真っ黒い犬で、触った人間を真っ黒に溶かしてしまうオブジェクトです。その時私、両親と一緒に出かけてて──そしたらあの犬が突然塀を乗り越えて現れて、私の両親は──私、その時は逃げることしか──
Agt.那澤: 大丈夫です。無理に思い出さなくても結構ですよ。
[岩塚研究員、眉間に力を込め、目を閉じてうつむく]
岩塚研究員: ──でも私、それで財団に入る時に、あのような悲劇をもう二度と起こすものかって思うたんです。異常なアノマリーを収容し、皆平和に暮らしてもらう。そのためなら寝食を忘れてでも働こうって。
Agt.那澤: [首肯]
岩塚研究員: そうやって働いていたところで、AO-3000-JPに出会いました。あれはおそらく、かなり広範囲の物体を出現させることができる奇跡論的材料です。それに──多分、日本の神格存在とも関連しています。那澤さんもアクセスできる内容だと思いますが、私、SCP-3000-JP事案に立ち会いました。
Agt.那澤: ええ、報告書を拝見しました。素晴らしい働きに敬服いたします。
岩塚研究員: ──すべて、彼と八百万の神のおかげです。
Agt.那澤: そんなことはありません。第一、サイト-81K3が奇跡論効果を免れたのは、あなたが開発に参加した奇跡論障壁のおかげでしょう。
岩塚研究員: ──それでも、私が守れたのはあのサイトだけだった。それで私、奇跡論と神格存在の力を痛いほど実感して──あの材料は私の、アノマリーから人々を守るという願いを、ひょっとしたらかなえてくれるんじゃないかと思うてたんです。そしたら──
Agt.那澤: ──先ほどおっしゃっていた現象に遭遇したのですね。
岩塚研究員: はい。アノマリーを収容するために励んでいたのに、もしかしたら私自身がアノマリーなのではないかと──確かに、調べてもらった結果私自身に異常な点はあらへんというお墨付きはいただけました。それでも私、あの私自身が目の前に現れるという瞬間を思い出すと、こう、ぐらっとくるというか──あの現象が、もしかしたら私自身の異常性に起因するものではないかという疑団が、ふとしたときに頭をもたげてしまうのです。
Agt.那澤: ──対話部門では、岩塚さんのような多くの人たちとお付き合いをしています。異常存在と日常的に接触することで、自分の正常と異常の境界がわからなくなる。正常側から異常を収容するべき自分自身の正常性の保証がぐらつくことで、大きく動揺してしまうのです。その点は皆同じです。
岩塚研究員: [首肯]
Agt.那澤: そのような職員の皆さんのため、各種検査基準は十分考察されています。そして、その基準に照らし合わせた結果──岩塚さんは正常です。あなたの場合、こう考えられるかもしれません。あなたが遭遇したのは、あなたをそっくり模倣するという性質を持った異常存在なのではないかと。
岩塚研究員: ──ああ、なるほど。
Agt.那澤: これからはその異常存在に対してどう対処し、どう収容していくべきか、それを考えていけばいいのではないでしょうか。
岩塚研究員: ──ありがとうございます。動揺のあまり、基本的なことを見失っていました。
Agt.那澤: 何よりです。
[岩塚研究員、溜息を吐く]
岩塚研究員: また、お話を聞いていただいてもいいでしょうか。
Agt.那澤: もちろんです。対話部門はいつでもあなたをお迎えいたします。
<記録終了>
追記: 2020/07/02、岩塚研究員はAO-3000-JP関連研究をはじめとした業務に復帰しました。予後は良好であると判断されます。
承認
AO-3000-JPの研究利用拡大について
素粒子物理学部門

AO-3000-JPの研究規模の拡大に関して提言します。
提言に先駆け、前提知識を確認します。奇跡論を実現するエネルギーは第六生命エネルギーあるいは Elan-Vital Energy (EVE) と呼称されます。このEVEが奇跡論効果を可能にするほど放射された場合、それはアスペクト放射と呼称されます。アスペクト放射は色相Hue、ピッチPitch、組成Weave、強度Intensityの4つのパラメータで評価されます。このような性質から、EVEはEVE粒子と表現される量子的性質を有することが判明しています。
私たち素粒子物理学部門では、近年存在が実証された現実子と同様に、EVE粒子もまた物理学的な測定、解析が可能なのではないかと考え、現在まで各種研究を行ってきました。
現実子による干渉と同様に、EVE粒子による干渉──奇跡論もまた現実改変を対象に含みますが、後者はそれに加えて過去改変、情報災害、認識災害など多種多様の影響を与えることが知られています。そのため、EVE粒子は現実子とは全く異なるプロセスで各種影響を与えると考えられることから、当研究は複数部門間の協力が必要であると考えられます。
そのような奇跡論研究に対して、AO-3000-JPは非常に有用な材料であると考えられます。AO-3000-JPが保有するEVE粒子の性質はタイプ・ブラック──神格存在が有するとされるものに分類されます。ここで、「タイプ・ブラックのアスペクト放射」という表現は便宜的なものであり、厳密にはこのような場合においてEVE粒子の放出は観測されません。すなわち、EVE粒子は「ある空間にとどまり続ける」ように観察されます(組成Weaveは"Locked"に分類されます)。この原因として、神格存在がEVE粒子の拡散を何らかの方法で防止し、三次元的な密度分布を自在に操作できることが考えられます。そのような操作が可能である神格存在の代表的な例としてUE-3000-JPが挙げられ、加えてAO-3000-JPはUE-3000-JPの身体の一部であると言えます。
AO-3000-JPはその性質上多量のEVE粒子を安定して保存・獲得できる材料であり、またそのEVE粒子の性質は非常に未分化的・原初的なものであることが判明しています。すなわち、AO-3000-JPが含むEVE粒子は、多能性幹細胞のように非常に単純な契機で──例えばたった一言の言葉で──奇跡論を通じた物体の出現が可能であると考えられます。
素粒子物理学部門は、AO-3000-JPの研究利用が未だ十分に進行していないEVE粒子及び奇跡論の原理・性質に関する多角的研究を促進させられる可能性を示唆するとともに、AO-3000-JPの研究規模の拡大を提案します。
岩塚 翼
素粒子物理学部門
2020年7月6日
部門間映像通話記録
誤伝達部門

日付: 2020/07/10
通話者
素粒子物理学部門 岩塚研究員
誤伝達部門 白波瀬博士
<記録開始>
白波瀬博士: すみませんね、映像が見にくくて。ノイズは収まりましたでしょうか。
岩塚研究員: はい、まだ若干残っていますが問題ないレベルです。本日はよろしくお願いいたします。
白波瀬博士: おお、今日は運が良いようで。こちらこそよろしくお願いします。さて、今回は言語をきっかけとした現実改変、源理改変について知りたいとのことですね。
岩塚研究員: はい。あらかじめお送りしたファイルの通り、現在私が研究を担当しているAO-3000-JPは、言語的なきっかけでそれが意味する物体を出現させる性質を有しています。このようなアノマリーの例や性質に関してご助言をいただけたらと思い、今回連絡させていただきました。
白波瀬博士: ふむ。確かに、言語が現実改変に類似する現象を引き起こす例は数多く存在します。最も有名な例は名辞災害でしょう。この場合、あるものが名前を名付けられた際、それが名前に従うように性質を変化させていきます。
岩塚研究員: 名辞災害は私も存じ上げております。しかし私の知る例では、名辞災害は「その物体を名辞通りの物体として扱う」という現実改変と認識災害が並行した影響であるのに対して、AO-3000-JPの場合は宣言された名辞が解釈され、それと寸分違わぬ実体が実現しています。
白波瀬博士: 実のところ、名辞災害と呼称される源理改変は多くの分類を含んでいます。岩塚さんのおっしゃっている「名辞をそのまま実現させる名辞災害」は、participation hazard──融即災害と呼称されるものですね。
岩塚研究員: 融即災害ですか。
白波瀬博士: はい。Participation、つまり名辞と事物が、因果関係無く同一のカテゴリーに投入されるということです。例えば──
[白波瀬博士、封筒を顔の前に掲げ、振って見せる]
岩塚研究員: その封筒は──
白波瀬博士: SCP-408-JPです。たまたま当サイトにあったので拝借してきました。この封筒に名辞を書き、どこかの団体に送付すれば、その団体はその名辞に従ったものに変貌する。これは名辞災害の中でも融即災害に分類される例の一つであると考えられています。
岩塚研究員: [首肯]──では、AO-3000-JPの例もまた融即災害に分類されるものなのでしょうか。
白波瀬博士: そうですね。ただ、ひとつ気になることがあります。
岩塚研究員: なんでしょうか。
白波瀬博士: 私の知る源理改変は、言葉自体が持つ意味論的源理の修辞改変を通じて発生します。つまり、現実性の強弱によって引き起こされる一般的な現実改変や、アスペクト放射によって引き起こされる奇跡論とは性質を異にするものです。しかし、AO-3000-JPは奇跡論を通じて融即現象を引き起こしている。
岩塚研究員: つまり、AO-3000-JPは源理改変を奇跡論によって再現している?
白波瀬博士: そうですね。AO-3000-JPが融即災害的性質を持つ、というより、AO-3000-JPの引き起こす奇跡論の内容が融即災害的性質を持つ、と考えた方がよいでしょう。
岩塚研究員: つまり、AO-3000-JPの融即災害は奇跡論の三大原則に従う、ということですか?
白波瀬博士: そうかもしれません。「相似なるものは相似なるものを生ず」、「観測は現実を変える」──専門外なものであと一つは忘れてしまいましたが、例えばもしAO-3000-JPの発現対象に何か外部の要因が影響した場合、奇跡論の原則に従った結果が得られるかもしれません。
岩塚研究員: ご助言ありがとうございます。──あ、映像が──
[映像のノイズが激しくなる]
白波瀬博士: 今日は持った方です。ご迷惑をおかけして申し訳ない、また何かありましたらいつでもどうぞ。
<記録終了>
財団日本支部・GoI-8189秘密連絡会
会談記録より抜粋

日付: 2020/07/10
出席者
EoI-TR-01 ("ヘルメス")
日本支部理事"鵺"
<抜粋開始>
EoI-TR-01: やあ、かわいい理事ちゃんのお出ましだ。
"鵺": 雄弁の神はいつから軽口の神を兼ねるようになったのですか。
EoI-TR-01: わお、相変わらず手厳しいね。それにしても出不精の財団日本支部理事様がこうしてわざわざ出張ってくるとは、珍しいこともあるもんだ。我が社もいよいよ名が売れてきたってことかな?
"鵺": 相手によっては私たちが渉外の場に出席することもあります。それに──当案件は相応に機密性及び緊急性の高い事柄であると判断しましたので。
EoI-TR-01: ふむ。
"鵺": 単刀直入にお聞きします。あなたがたは私たちがAO-3000-JPと呼称している黒色の液体を関知していますね?
EoI-TR-01: そんなことを言われても、なんのことだかわからないな。黒色の液体って? 原油? タール? それともコーラのことかな?
"鵺": 叡智圏ノウアスフィアを観測していた叡智圏保護課から報告がありました。GoI-8189に関連していると考えられる神格群の叡智圏上における規模が有意に増大していると。そのうち18例は、戦術神学部門から埋没神として認定されていた神格でした。
EoI-TR-01: それで?
"鵺": 加えて、財団の監視下にあった主要神格の一つ、罔象女みづはのめ神の行方が分からなくなりました。当該神格があなたがたと関係を持った形跡は今のところありませんでしたが──あなたがたは、この女神の権能である象かたちの罔ない水の端はに輪郭を与える力を用いてAO-3000-JPの蒸発を防止し、各神格に販売しているのではありませんか?
EoI-TR-01: ふむ。なかなか想像力豊かだね。──まあ、こうやってわざわざ理事様もおいでくださったことだし、そろそろ嘘の神モードでいるのはやめにしようかな。
"鵺": そうしてください。あなたがたはAO-3000-JPを独自に採取しているのですか?
EoI-TR-01: そうだね。今まで気づかなかったのが信じられないくらい、あのオイルは日本の各地で湧いてるし、とても良質だ。とはいっても、罔象女さんの力を借りるまでは僕も回収には漕ぎつけられなかったんだけどね。それで現在日本の12箇所の地点において、我々はあのオイルの採掘を行っている。既にこっちの市場には出回り始めてるよ。特に、このご時世で参拝者がますます減って、いよいよ消滅に瀕してるお客さんには大評判だよ。これさえあれば伊豆能売いづのめさんにあやかれるんだって。
"鵺": 世界救世教のことですか。確かに、神格たちから見ればあれはシンデレラストーリーと言えるかもしれません。
EoI-TR-01: [笑って]シンデレラストーリーね。女神が人間にそう評されるのは面白いけど、正鵠を射ているね。
"鵺": ──正直、驚いています。あなたがたは超常社会において中立的立場を保ち、財団の理念に対しても共感を示していた。比較的友好的な要注意団体であると我々は仮定していたのですが、秘密裡にこうも大々的な活動を行っていたとは──
EoI-TR-01: 幻滅させちゃったかな。確かに知らせずに動いたのは悪かったよ。でも、一応うちも営利組織だ、ボランティアじゃない。このような資源を発見して、君たちに知らせてすぐに収容されたんじゃ僕たちもつまらない。それに──信仰不足で窮地に立たされた神格は時にとんでもないことを起こすってこと、君たちも身に染みてわかってるんじゃないか? エリスがDiscordの使用者からEVEを巻き上げているように、次はTwitterの青い鳥が突然EVEを抽出する奇跡論紋様に変わるかもしれないぜ。
"鵺": 嫌な例えですね。しかし、やはり私たちの立場としては、あなたがたの採掘及び頒布作業は超常社会の力学的平衡を狂わせ、私たちの正常性維持体制を脅かす結果につながるのではないかと危惧しています。
EoI-TR-01: ふむ。つまり、僕たちに資本主義的姿勢を採るな、と言いたいわけだね。
"鵺": はい。その代わり──私たちの正常性維持活動に抵触しない程度の回収は認めたいと思っています。
EoI-TR-01: お、譲歩の余地はあるのか。堅物な財団さんらしからぬ提案だね。
"鵺": どんなに人間を模倣していても、あなたがたは恐れ畏むべき存在には違いありませんから。本日の会議はその件に関する覚書作成を目的の一つにしています。
EoI-TR-01: オーケイ。まあこっちも君たちのよくわからない機械でズタズタにされるのはごめんだし、それで手を打とうじゃないか。じゃあ後でその話はするとして──僕からもちょっと聞きたいことがあるんだ。
"鵺": 答えられる範囲でなら。
EoI-TR-01: 構わないよ。君たちは──あのオイルについてどこまでわかった? あ、科学的性質ってことじゃなくて、存在の由来とか、なんで湧き出しているのかっていう原因とか。
"鵺": 根本的な性質に関しては判明していませんが、現在の仮説では、AO-3000-JPは本国の国生み神話と関連しているのではないかと考えられています。
EoI-TR-01: 関連というのは?
"鵺": つまり、国生み神話に類似した、国土が形成されるというようなイベントが実際に神代で起こったと仮定した場合、あの液体はそのようなイベントを引き起こした奇跡論的現象のエネルギーの素だったのではないかと考えています。
EoI-TR-01: 何でそう考えたんだい?
"鵺": 実は、国生み神話において最初に生み出された、つまり大八島国の兄にあたる蛭子ひるこ神とAO-3000-JPとを強く関連付けると思われる事案がありました。当事案から導かれた仮説によると、蛭子ひるこ神はあの液体によって身体が構成されていました。
EoI-TR-01: え、じゃあその弟にあたる大八島国、この国土も、元々はあのオイルのような姿だったってことじゃないか。ふむ──実はね、うちでもそのような話がされていたんだ。知っての通りうちは世界の色々なお客さんを相手にしているんだけど、インドのヴァルニーさんっていう女神があのオイルを見て言ったんだ。「色は違うけど、乳海と同じ匂いがする」って。
"鵺": 乳海攪拌──インド神話における天地創造の素ですか。
EoI-TR-01: うん。白と黒とで全然違うと思うんだけど、彼女曰くこういう液体は世界中にあったんだって。それで、それぞれ色とか微妙な性質が違うみたいだね。そういう海をかき混ぜる話、他にも知ってる?
"鵺": はい。カルムイクやモンゴルなど、アルタイ系の神話で多く見られます。
EoI-TR-01: へえ。まだ販路開拓してないな。それで、日本でも国生み神話では海をかき混ぜたりするの?
"鵺": はい。イザナキ・イザナミの両神が天浮橋あめのうきはしから天沼矛あめのぬぼこをさし下してかき回し、そこから滴り落ちる潮が凝り固まってオノゴロ島を作りました。
EoI-TR-01: じゃあそのオノゴロ島っていうのがこの国なんだね。
"鵺": 少し違います。その後両神はオノゴロ島に降り立ち、蛭子ひるこ、淡島あわしまの後に大八島国──この国土を生んだとされています。
EoI-TR-01: 生む? 母胎からこの国自体を? それはなかなかエキセントリックだね。
"鵺": そちらにも頭痛がするからといって頭を叩き割り、中から娘を生み出す父親がいるでしょう。
EoI-TR-01: [笑って]確かにね。神話というのは得てしてそういうものだ。じゃあ──ヴァルニーさんが言ってた液体っていうのは、イザナミさんの母胎から出てきたものなのかな? あれ、でも確かイザナミさんって、その後は普通の神々を出産していくんだよね? 最初だけ奇抜な出産だね。
"鵺": 実は大八島国の出産にのみ、神話において不明な表現が用いられます。『日本書紀』四段本書及び一書あるふみ六、八、九に、島は「胞え」をもって生む、と伝えられています。
EoI-TR-01: 「え」? なんだい、それは?
"鵺": 実際のところ現在も判明しておらず、盛んに議論が交わされる議題です。現在は胞衣えな、つまり胎盤を表す説や年長者を意味する兄えを指すという説が唱えられていますが──神話・民俗学部門では、この場面においてイザナキ・イザナミらからも兄えと呼ばれるべき、別世界、並行次元からの来訪者による干渉があったのではないかという仮説も唱えられています。
EoI-TR-01: 別世界か。君のところで言ったら高天原たかあまのはらとか常世国とこよのくにみたいなものだね。
"鵺": はい。あなたのおっしゃる通り大八島国の出産は奇抜な方法が採られており、何にせよ何か特殊な方法、あるいは特殊な存在が影響したことは間違いないでしょう。
EoI-TR-01: 特殊な存在ねえ。ありがとう、なかなか面白かったよ。それじゃあ──お待ちかねの商談タイムといこうじゃないか。
<抜粋終了>
追記: GoI-8189の「代表取締役社長」、EoI-TR-01との協議の結果作成された覚書の内容は以下の通りである。
- GoI-8189が新たにLoI-TL-JPを発見した場合、財団に通知する。
- GoI-8189がLoI-TL-JPにAO-3000-JP採取設備を設置する場合、財団による設置の監督及び隠匿操作が行われる。
- GoI-8189によるAO-3000-JPの利用目的は各神格の叡智圏上における存続に制限され、財団憲章が示す収容体制を毀損しない範囲に留められる。
GoI-8189はその活動においてビジネスライクな態度を好むことが観察されるため、ある程度の効力を期待できるのではないかと考えられる。引き続きLoI-TL-JPに対する収容体制の構築を継続する予定である。
"鵺"
財団日本支部7号理事
2020年7月11日
超常現象報告書
報告日: 2020/07/15
報告者: 岩塚 翼(研究員 サイト-8104 素粒子物理学部門)
日時: 2020/07/15 午前2時ごろ
場所: サイト-8104 A棟2階 3号仮眠室
内容: 就寝中、消灯していた電灯が点灯しました。覚醒後、部屋の隅に私と同じ容姿・服装・肉声を有する実体を発見しました。起床直後にマルチレコーダーを起動し、会話を試みました。以下に会話記録を添付します。
[報告者、ベッド上で勢いよく上体を起こす。不明実体は腕組みをして壁に寄りかかり、報告者を見つめている。表情は微笑しているように見える]
報告者: あなたは何者ですか?
不明実体: [沈黙]
報告者: あなたは先日私の前に現れましたか?
不明実体: そやね。
報告者: なぜあなたは私を模倣するのですか?
不明実体: 君はうちやし、うちは君やから。
報告者: [2秒間沈黙]あなたの目的は何ですか?
不明実体: 君の望みを叶えること。そのためには、君にはもっと仰山泥を集めてもらわなあかん。
報告者: なぜそれが私の望みを叶えることにつながるのですか?
不明実体: 今にわかるよ。それに、君の親御さんもきっと望まはるやろね。
報告者: 私の──
不明実体: そう。君の親御さんは悲惨やったね。トラウマもんやのに、ここに入っても記憶処理を申請しやへんかったのは偉いと思うわ。君、その記憶を日々働くための糧にしてるんとちゃう?
報告者: [3秒間沈黙]──ええ、そうですね。
不明実体: それで──君はあの泥の研究を続けたいと思う?
報告者: 私は──
不明実体: うん。遠慮せずにお言い。
報告者: ──ぜひ、続けたいと思っています。AO-3000-JPには、財団にとって何かの価値があるように思えます。
不明実体: [微笑して]うん。あの泥はヒルコたちと同じ力の源やからね、間違いない。あの時君たちはなぜか生き残ってたから、あの泥の強大さを思い知ってるやろ?
報告者: あの時って──
[不明実体、消失する]
分析: 当該実体は先日 (6/25) 私が報告した実体と同じ実体である可能性が高いと考えられます。会話内容から、不明実体は財団によるAO-3000-JPの収集を促している可能性があります。特筆すべき点として、当該実体はSCP-159-JP事案及びSCP-3000-JP事案を認知していました。
対策: 当該実体の害意は低いと判断されるものの、引き続きサイト内での宿泊・監視強化が必要であると考えられます。その他の対策に関しては収容部門の指示に従います。また、私のAO-3000-JP研究への参加継続の是非に関しても検討をお願いいたします。
追記: 収容部門による検討の結果、岩塚研究員のAO-3000-JPに関する研究継続は許可されました。
2020/07/28
倫理委員会による監督の下、AO-3000-JPに関する実験を継続しています。AO-3000-JPが出現させることに成功した実例を抜粋して示します。
- モンゴロイド系成人男性1人(精神的、身体的及び知的特徴に異常は発見されなかった。Eクラス職員として雇用)
- スクラントン現実錨1機(財団での現行モデルとの差異は発見されなかった)
- 「火鼠の衣」(『竹取物語』で言及された存在。小袖に類似した褐色の衣装であり、引火性は発見されなかった)
- サイト-81X2

サイト-81X2
サイト-81X2は敷地面積約0.2 km2の、財団日本支部に登録されていないセキュリティサイトです。約300 LのAO-3000-JPを用いた実験によって滋賀県に所在する大規模実験場/8155内に出現しました。発言内容は「サイト-81X2はここにあれ」のみであり、修飾的なフレーズは使用していません。当該存在の出現に伴い、「当サイトに勤務していた」と主張している財団職員62名、「当サイトに収容されていた」と当サイト内で記録されていた未発見オブジェクト26例及び各種収容設備も同時に出現しました。
特筆すべき点として、サイト-81X2外からは当サイトが基底世界に突如出現したと観察される一方で、サイト-81X2内のデータベース及び当サイトの職員からは「当サイトは設立されてから約3年間、特に問題なく運営されてきた」と観察されるようです。すなわち、サイト-81X2内部からは「突如サイト外からサイトと自分たちに関する記録・記憶が消失した」と観察されているようです。サイト-81X2の対応に関する慎重な検討を提案します。
AO-3000-JPが有する潜在的能力は私たちの想像をはるかに超えるものであることが示唆されました。未だその全容は把握されていないものの、AO-3000-JPが財団に与える利益は多大なものになることが予想されます。AO-3000-JPの利用方法に関する議論の開始を提案します。
超常現象報告書
報告日: 2020/08/15
報告者: 岩塚 翼(研究員 サイト-8104 素粒子物理学部門)
日時: 2020/08/14 午後10時ごろ
場所: サイト-8104 A棟1階 実験室107
内容: 当時室内には私以外の人員は所在していませんでした。事務作業中、室内に私と同じ容姿・服装・肉声を有する実体が進入しました。
当該実体は6/25、7/8に報告した実体と同一のものであると考えられることから、収容部門の指示に従い、当該実体とのコミュニケーションを試みました。以下に会話記録を添付します。
[不明実体が部屋に進入する。報告者、ノートパソコンから不明実体に目を移す]
不明実体: ご無沙汰やね、翼ちゃん。
報告者: あなたに聞きたいことがあります。前回おっしゃっていた私の望みとはなんのことですか?
不明実体: 毎朝欠かさずお仏壇に手を合わすとき、いつも誓ってるやろ?
報告者: アノマリーから人類を守る──ということですか?
不明実体: そう。財団職員として、見上げた夢やと思う。それで最近、AO-3000-JPの大々的な利用を日本支部理事会が認めはったのよ。あの泥を色々な設備や施設に変えて、収容能力を向上させていこうって。これで日本支部は設備も装備も大充実、君の望む世界もぐんと近づくってわけ。
報告者: そうなのですか。
不明実体: うん。あの泥で、きっと君の望みは叶えられるんとちゃうかな。これからも気張りや。
[不明実体、消失する]
分析: 当該実体は財団で用いる用語や理念に加え、機密情報の一部も把握している可能性が示唆されました。当該情報が財団職員としての私を模倣した結果得られたものなのか、実体が独自に入手したものなのかに関しては不明です。
対策: 引き続き収容部門の指示に従います。
承認

財団日本支部公式文書
プロジェクト・言向け
[本部・他支部への公開・漏洩禁止]
概要: プロジェクト・コトムケはAO-3000-JPの奇跡論効果を用いて財団のリソースを補填及び強化するための計画です。
実験結果から、AO-3000-JPは音声的トリガーを通じた奇跡論効果によって実質的に際限なく物体・生物・器具・施設等を出現させることができると考えられています。本プロジェクトは当該性質を利用し、財団日本支部の各種収容体制構築に対して喫緊の必要性を有すると日本支部理事会が判断した場合における上記リソースの確保を目的としています。
本プロジェクトは財団本部及び他支部に対し秘匿され、日本支部において独自に実行されます。
評議会投票結果
議題: プロジェクト・コトムケの承認。
評決結果
賛成 | 反対 | 棄権 |
"獅子" | "千鳥" | |
"若山" | "升" | |
"鳳林" | "鵺" | |
"稲妻" |
賛成4-反対3、議題は可決されました。
財団が保有するリソースは無限ではないが、これはここ日本において特に強調されるべき問題である。日本国において産出される資源が僅少であることは今更確認するまでもなく、それは超常社会においても同様である。その一方で、日本国は資源の不足、土地の狭小にもかかわらず、他国と比較して極端に多量のアノマリーが発生しており、財団日本支部の収容体制は既に累卵の危うきにあると言える。我々日本支部理事も長年頭を悩ませている問題であったはずだ。
AO-3000-JPの発見は、上述した日本支部の問題を一挙に解決するカンフル剤となるものである。
UE-3000-JPの身体を構成していたことなどから、AO-3000-JPの由来は日本国の神話・神学的根拠に由来していることは有力な仮説である。例えばUE-3000-JPが蛭子ひるこ神であると仮定した場合、AO-3000-JPは国生み神話において発生した大規模な奇跡論効果の源であり、現在その残滓が地表に出現しているのではないかという仮説が提唱されている。
千鳥や升が主張しているように、そのような理外由来の存在に対し、財団が資源としての価値を求めるのは不都合な点があるかもしれない。しかしながら我々は理外を観察し、帰納し、分析し、応用できる力を持っている。AO-3000-JPが理外から来た存在であろうとも、その性質、そしてそれによって発生する事象は我々の武器に変えることができる。私はこの後、AO-3000-JPのThaumielクラスオブジェクトへの再分類を提案する予定である。
確保、収容、保護。
日本支部理事"獅子"
財団日本支部が抱える負担は近年益々増加しており、このままでは日本支部の収容体制の破綻も危惧されていたこと、AO-3000-JPの有用性、そしてAO-3000-JPが日本支部の問題を解決する一手となること、私はすべて認める所存である。
その上で、AO-3000-JP研究監督官の立場として私が強調したいのは、AO-3000-JPの不明な点が多く残されているということだ。AO-3000-JPの由来や性質の十分な解明を待ってからでも施行は遅くないと考える。
加えて、当初からAO-3000-JPの担当研究員の一人であった岩塚研究員に接触している不明実体にも注意を惹かれる。候補は様々指摘されているが、その性質上、私は当該実体がSCP-001-JP、「一言主神」であると想定している。一言の言霊を司る当該神格の性質と、このAO-3000-JPの奇跡論効果の内容は無関係とは思えない。
蒐集院によって翼をもがれ、牙を抜かれ、ただの醜い鬼に堕ちた古代の神。Safeクラス指定である一方で、日本支部設立時にSCP-001-JPに指定されたオブジェクト。10世紀の時点で資料はすべて破棄され、我々ですらも全貌を把握していない謎の神格存在。SCP-001-JPは何を企んでいるのか。なぜ彼女に拘泥するのか。
何にせよ、本プロジェクトの施行は時期尚早であると私は思う。しかしながら理事会で決定が下った以上、本プロジェクトに従って研究を進めていく所存である。
確保、収容、保護。
日本支部理事"鵺"
超常現象報告書
報告日: 2020/10/13
報告者: 岩塚 翼(研究員 サイト-8104 素粒子物理学部門)
日時: 2020/10/13 午後3時ごろ
場所: 自宅室内
内容: 当時室内には私以外の人員は所在していませんでした。室内の隅に私と同じ容姿・服装・肉声を有する実体(前回の報告にてUE-432に指定)が出現しました。
収容部門の指示に従い、当該実体とのコミュニケーションを試みました。以下に会話記録を添付します。
[UE-432、部屋の隅に出現する。UE-432は立って壁に寄りかかり腕を組んでいる]
UE-432: 2か月ぶりやね。元気にしてる?
報告者: [本を閉じて]あなたにはプライベートというものがわからないのですか。
UE-432: うちのいやへん場所は、この国にはあらへんからね。それで──財団日本支部さん、最近調子いいみたいやないの。
報告者: プロジェクト・コトムケのことですか。
UE-432: うん。ついに泥の有効な使い方に気づかはったね。たった一言で内包するEVEの形質を書き換える融即災害的性質。SCP-1308-JPの時は小難しく言い換える必要があったけど、あの泥だとそんな必要もあらへんし──あんな便利な代物、他の国にはきっとあらへんやろね。
報告者: ──確かにプロジェクト・コトムケによる財団日本支部の収容能力の向上は認めます。私の願いの達成にも大きく近づいたかもしれません。
UE-432: そうやろうね。君の親御さんもきっと喜ばはると思うよ。
[沈黙]
報告者: ──話を変えます。なぜあなたはそれほど財団に関する知識を持っているのですか?
UE-432: 言うたやろ。君はうち、うちは君やって。
報告者: からかわないでください。あなたは何者なのですか?
UE-432: [3秒間沈黙]この国からアノマリーの犠牲者を無くすという、君のたった一言の願いを叶える者。つまり──
[UE-432、微笑して頭をかしげる]
UE-432: ここから先は、ベリーマン=ラングフォード致死性ミームエージェントの対象やね。
[UE-432、消失する]
備考: 上記内容に機密情報が含まれていた場合は記憶処理をお願いいたします。

プロジェクト・言向けが施行されてから3か月経つ。本日サイト-8104のサーバーアレイがプロジェクト・言向けによって作製、補強された。
本プロジェクトによって作製された機器は既に300を超えた。必要体積という制限はあるが、AO-3000-JPが出現させられる対象は──スクラントン現実錨からS.W.A.N.N.エンジンに至るまで──本当に限界が無いように思われる。また、本プロジェクトを通じて新たにサイト-81X4、サイト-81X5が新設された。新設というより出現──あるいは並行次元からの転移ともいうべきか。サイトに伴って出現した財団職員の扱いに関しても、既にプロトコル・客人まれびとが制定され、円滑な基底世界財団への合流が確立された。このようなセキュリティサイトは今後も新設される予定である。
本プロジェクト施行後、財務部門を含めた各部門からも財団日本支部の収容体制が大幅に安定化したことが報告されている。異常被害、収容事故、収容違反の発生件数はすべて3か月前と比較して半分程度となり、減少傾向は今後も続いていくと考えられる。
近いうちに獅子が再度AO-3000-JPをSCP-3000-JP-TとするThaumiel指定の提案をするようだ。千鳥は反対を貫くかもしれないが、今回は升、稲妻あたりも賛成票を投じ、可決の運びとなるだろう。私はまだ決めかねているが──この結果を見ると、AO-3000-JPは日本支部にとって天佑神助であったと思わざるを得ないかもしれない。
日本支部理事"鵺"
財団日本支部・GoI-8189秘密連絡会
会談記録より抜粋

日付: 2020/11/17
出席者
EoI-TR-01 ("ヘルメス")
日本支部理事"鵺"
<抜粋開始>
"鵺": 早速ですが、連絡内容をお聞きします。
EoI-TR-01: うん、実はね。例のオイルのことで。
"鵺": SCP-3000-JP-Tですね。
EoI-TR-01: そう。あれの採掘、11月16日付けで、うちは無期限に凍結することにした。
"鵺": それは──
EoI-TR-01: 意外そうな顔だね。まあ、僕としても残念だけど、ちょっとね。
"鵺": 理由をお聞きします。
EoI-TR-01: 理由は二つ。一つは、最近あのオイルの利用に関してお客さんからの反対が多くなってきてね。
"鵺": 顧客から反対、ですか?
EoI-TR-01: そう。あのオイルの詳細についてだんだんお客さんの間に知れ渡ってきたんだけど、その中から「ガイアやティアマトの生き血をすすっているようなものじゃないか」という声が多くなってきて。
"鵺": 地母神の生き血ですか。日本においては神話的事情が異なりますが、確かにそう言えるかもしれません。
EoI-TR-01: うん。最初は僕も嫌な例え方するなあとか思ってたんだけど、最近は僕自身もちょっと気になることが出てきて。──君、最近あのオイルの湧出量が一気に増えてきてるのは知ってる?
"鵺": 確かに、6月から常に緩やかな増加傾向をたどってきましたが、11月に入ってからその傾向が強くなったように観察されます。
EoI-TR-01: 強くなったなんてもんじゃないよ。採掘場によってはもうドバっと溢れるように湧き出してる。あの光景、僕にはまるで──傷口がどんどん広がっていって、鮮血が飛び散っているような、そんな感じに見えるんだ。しかも、湧き出す地点はどんどん増えているだろう? 傷口がどんどん増えているように感じて──なんだか痛々しいよ。
"鵺": [沈黙]
EoI-TR-01: 確かにあのオイルは途方もなく有用だ。それは僕も、そして君たちも認めるところだと思う。でも──これ以上の採掘は、この国のヒトたちにとっても我々の800万の顧客にとっても、何かまずいことがあるような気がする。
"鵺": ──連絡ありがとうございます。こちらでも調査を進めます。
EoI-TR-01: うん。とにかく、もう僕たちは手を引くよ。君たちも精々気を付けて。
<抜粋終了>
2020/11/23
プロジェクト・コトムケは凍結されました。
すべてのLoI-TL-JPにおいて、SCP-3000-JP-Tの湧出量が有意に、かつ急速に増大しています。また、11月18日付けでLoI-TL-JPに設置されたすべてのnPDNが停止された結果、湧出したSCP-3000-JP-Tはすべて蒸発しています。
引き続き状況を注視します。
2020/11/30
各LoI-TL-JPにおける見かけ上の異常は発見されていません。ただし、以前までSCP-3000-JP-Tが湧出していた箇所からは、湧出時と同等のEVE粒子の放出が継続しています。これによって、日本全域のアキヴァ放射強度平均が漸増しています。現在の日本国(海上を除く)のアキヴァ放射強度平均は3.23 Akです。
2020/12/07
現在の日本国のアキヴァ放射強度平均は5.12 Akです。アキヴァ放射強度の上昇が正常性のヴェールを直ちに脅かすわけではありませんが、日本国の超常的安定性を維持するため、これ以上の上昇は防止するべきであると考えます。
プロジェクト・コトムケに従い補填された資材等を用いて、現在全国のLoI-TL-JPにおけるEVE流出の防止措置を行っています。結果、現在増加傾向は緩和されているように観察されます。
財団日本支部理事 電話会談
音声記録より抜粋

<抜粋開始>
"獅子": LoI-TL-JPからのEVE流出がアキヴァ放射強度増加の主因であることは実証されたのか?
"鵺": はい。客観的な測定結果から、そのように判断されました。
"獅子": そうか。しかし、このような現象は6月以前は報告されていなかった。つまり、財団とGoI-8189による3000-JP-Tの採掘がこの状況を促進させたということか。
"鵺": 獅子、責任の所在の詮索はいたしません。問題はこの状況がなぜこのように進行したかです。
"獅子": ああ。──資料を見るに、壱岐島での発見、そしてそれに続く九州での3000-JP-Tの回収開始以来、3000-JP-Tの湧出量は加速度的に増加しているように見える。
"鵺": はい。現在のアキヴァ放射強度の上昇に関しても、小スケールですが加速度的であるように見えます。
"獅子": うむ──この原因考察に関しては一旦措こう。鵺、私はお前に一つ確認したいことがあって今回連絡した。
"鵺": はい。
"獅子": 今行った短い考察からも、この状況の発端が壱岐島での3000-JP-T発見であることは容易に結論付けられる。では──6月2日になされたというその発見報告は、誰が行った?
"鵺": ──報告を参照します。[7秒間沈黙]──報告では、福岡県福岡市のサイト-81K6に所属しているエージェント・池下が、フィールドワーク中に偶然発見したと。
"獅子": 私もその記述を読んだが、引っかかることがある。まず、LoI-TL-JP-1周辺でのフィールドワークとは何を目的に行った? 壱岐島は確かに比較的神学的アノマリーが多い土地だが、あの周辺ではこれといった収容対象は存在しないはずだ。フィールドワークの報告書に関しても、「付近の調査のため」という有耶無耶な目的しか記されていない。
"鵺": ──はい。
"獅子": 加えて、その場所でなぜnPDNを起動した? 斎蔵、蒐集院の長い歴史を含め、今まで3000-JP-Tが発見されず、代わりに「アキヴァ放射強度が周囲より高い」という単純な認識で留まっていたのは、ひとえに「ある特定の場所で霊体固着を行い続ける」という状況が発生しにくかったからだ。類似する効果を持つ術式はあるが、人為的方法では一定の出力で固着を継続することは困難であるからな。しかし──そのエージェント・池下とやらは、容易に3000-JP-Tが湧きだす地点を特定し、的確にnPDNを適用した。なぜ彼はこれが可能だったのだ?
"鵺": そうですね。すぐに確認いたします。
"獅子": ああ。並行してアキヴァ放射強度上昇の防止措置も進めておくように。
"鵺": 承知しました。
<抜粋終了>
2020/12/14
現在の日本国のアキヴァ放射強度平均は15.94 Akです。
全国奇跡量観測網 ("Akiva-NETs") の観測結果から、現在新たなLoI-TL-JP候補が同時多発的に発生していることが判明しました。これらの地点からもEVEの湧出が発生していると判断されているため、財団によるEVE漏出防止措置は後手に回っている状況です。
一般的に、大気中のアキヴァ放射強度が30 Ak以上になった場合、多量のEVE粒子を原因とした予測不能な奇跡論効果が発生する可能性があると考えられます。各部門による網羅的な協力が必要であると考えます。
2020/12/21
現在の日本国のアキヴァ放射強度平均は35.23 Akです。
ZK-クラス: 現実不全シナリオ及びHK-クラス: 神的征服シナリオ開始の危険水域を超過しました。
現場は最善を尽くしています。
財団日本支部理事 電話会談
音声記録より抜粋

<抜粋開始>
"獅子": お互い時間もないだろうから、早速本題に入るぞ。エージェント・池下への確認は行えたか?
"鵺": はい。管理官を介してインタビューを行いました。その結果──そのようなフィールドワークを行った記憶はないと。
"獅子": ──なんだと?
"鵺": ポリグラフ検査を用いた尋問も行いましたが、結果は同様でした。ミーム汚染、認識汚染、情報災害の形跡も発見されませんでした。
"獅子": ──つまり、エージェント・池下の姿をした何者かが調査と報告を行ったということか?
"鵺": その可能性も考えられましたが、それは無いようです。当時のエージェント・池下の行動──つまり、壱岐島への出発、実地調査、発見報告、サイトへの帰還という一連の行動はすべて外部記録や他人の証言が存在します。問題なのは、エージェント・池下自身のこれらに関する記憶が完全に消去されているということです。
"獅子": うむ──何者かに記憶処理をされたのか? しかし何のために──
"鵺": 獅子。私に一つ心当たりがあります。以前送付した岩塚研究員の超常現象報告書は読みましたか?
"獅子": ああ。UE-432は明確に自身がSCP-001-JP、「一言主神」であることを示唆しているな。
"鵺": 私もそのように想定しています。加えて、SCP-001-JPは当初からSCP-3000-JP-Tに関わっていた岩塚研究員に何度も接触し、泥──つまりSCP-3000-JP-Tを収集することを促していました。すなわち、SCP-001-JPは財団によるSCP-3000-JP-Tの採掘を望んでいたと言えます。──GoI-8189にSCP-3000-JP-Tの情報を流したのも、もしかするとSCP-001-JPかもしれません。
"獅子": [沈黙]
"鵺": SCP-001-JPはかつて役小角を陥れようとしたとき、人に取り憑いて天皇に讒言したとされます。当該性質が発揮され得るのであれば、SCP-001-JPはSCP-3000-JP-Tの採掘のきっかけを作るため、エージェント・池下に憑依して先述した行動を行ったのではないかと──
"獅子": [唸り声を上げる]
"鵺": 獅子?
"獅子": 素晴らしい、鵺。いや、有栖川宿やどり君。だが──財団の頂点を張るべき日本支部理事としては、少々気づくのが遅かったのではないかね?
"鵺": [端末から通報する]
"獅子": [警報音が鳴り始める]──うむ、離れたサイトにいてもさすがに早い対応だ。[ドアが勢いよく開け放たれる音]──おお、これが財団日本支部虎の子の"零号部隊"か──君たち、そのまま。私は財団日本支部一号理事、"獅子"その人だ。
"鵺": ──SCP-001-JP。あなたは何が目的ですか?
"獅子": SCP-001-JPか。神への軽率な言挙ことあげは禁忌であると、蒐集院の者どもは重々理解していたが──この若輩者が。
"鵺": 先代"鵺"もまた蒐集院の古参の一人でしたが、それでも財団の一員となることを望み、人類の守護者となることを決めました。私は先代の遺志を継ぐつもりです。改めて尋ねます。あなたの目的は何ですか?
"獅子": 人類の守護者か。瑞穂国を体よく貶めただけの話だ。私の目的か──そうだな、一言で言い表すならば──神の国、神州を取り戻すことだ。
"鵺": [沈黙]
"獅子": さて──そろそろ潮時か。"鵺"、そして"獅子"よ。お役目ご苦労であった。
[約3秒間沈黙の後、受話器が床に落ちる]
"鵺": ──SCP-001-JP?
[受話器が何かに接触する]
機動部隊い-0隊員: こちら"零号部隊"。──たった今、"獅子"と見られる実体が黒色に変色し、粘性のある黒色の液体に変化しました。
<抜粋終了>
映像記録
詳細不明

[激しい呼吸音]
わ、わた──
[激しい呼吸音、靴が砂に擦れる音が響く]
わ、私はサイト-8104、素粒子物理学部門に所属している岩塚です。緊急のためマルチレコーダーを使用しています。い、今──LoI-TL-JP-616で、EVE漏出防止のための奇跡論障壁の設置に立ち会っていたのですが──
[靴が砂に擦れる音が響く]
あ、あ、あの湧出地点から、SCP-3000-JP-Tが障壁の隙間を通って湧き出したんです。nPDNを使用してないにもかかわらずです。そ、それで──
[撮影者、階段を駆け上がる。階段は波打つように動いている]
そ、その周りにいた人たちが、く、黒くなって、溶けていって──み、皆溶けました。職員も機器もすべて。それで、SCP-3000-JP-Tはあたりを飲み込んでいって──
[背後を振り向く。撮影者、悲鳴を上げる]

──溶けてます。
神社も、谷も、山も、全部、黒く溶けてます。
録音記録
詳細不明
女性: どう?
男性: "獅子"、"千鳥"、"升"、"稲妻"、"鳳林"、"若山"全員と連絡は付かず。日本支部サイトはサイト-8100を含めすべて沈黙。
女性: ──サイト-8100にもクラスH奇跡論除外障壁は設置されていたはず。"獅子"のように一人一人狙い撃ちされたのかしら。
男性: 残念ながら確認する方法はありません。また本部を含め、他支部との通信も途絶しています。
女性: そう。おそらく先代たちがイワト・プログラムと呼んでいた、財団本部の非常措置でしょう。私たちはいよいよ本部にも見捨てられたようね。
男性: その可能性が高いようですね。各地の被害状況を今一度確認しますか?
女性: その必要はあまり無いかもね。おそらくさっきと代わり映えはしないでしょう。
男性: 念のため確認いたします。各地のLoI-TL-JPを中心に、SCP-3000-JP-Tと思われる液体が流出、周りの物体や民間人を巻き込みながら拡大。液体が近傍に接近した場合、各構造物や人間を含めた生物は黒く変色し、速やかにSCP-3000-JP-Tに変化するようです。加えて映像記録を見るに、人々は周囲のこのような変化に気づいていないように見え、退避の意志を見せることもなくSCP-3000-JP-Tへと変化し続けています。現在、国土の約87%がSCP-3000-JP-Tに変化しています。ここが飲み込まれるのも時間の問題かと。お嬢様、いかがいたしましょう。
女性: そうね。でも、私の予想では──そろそろお客人が来る頃だと思う。
男性: 客人とは? この邸宅には現在何者も──
[ノック音]
女性: どうぞ。
[ドアの開閉音]
不明存在: ふん。なかなか豪奢なところに住んでいるのね。
男性: ──お嬢様が二人──
女性: 雲手くもで、しばらく黙っていて。おそらくこいつの正体と言えるべきものは存在しない。──対面するのは初めてですね、SCP-001-JP──いや、一言主神ひとことぬしのかみ。
不明存在: その言挙げも板に付いてしまった。業腹なことね。
女性: この事態、あなたが引き起こしているのですか?
不明存在: 私はきっかけを与えたに過ぎない。私はただ、あの泥が存在することをあなたたちと外神とつかみの社長に教えてあげただけ。それで目の色を変えて、この国から無理やり泥を吸い上げ続けたのはあなたたちでしょう。
女性: ──なぜ、それでこのような事態が──
不明存在: 察しが悪いのね。先代ならもう少し話が分かったのだけれど。そうね、ヒントをあげるなら──あのなよなよとした人間びいきのヒルコが人間たちに倒される滑稽極まりない出来事を思い出すことね。あの時、ヒルコの身体が破壊されるたびに、この国への奇跡論効果が段階的に剥離していったでしょう。
女性: ──今回も、それと同様のことが起こっている? それはどういう──
[沈黙]
女性: まさか──今回の場合、この国自体が蛭子ひるこ神に該当するということですか。つまり──大八島国の本来の姿はこの黒い泥であり、奇跡論効果によって今までの日本国の様相が成立していた。しかし、その効果の素になっていたEVEを減少させたことで、奇跡論効果が弱まり、日本国の様相が揺らいでいった──
不明存在: そう。ヒルコが人型の姿を得て初めて神格として成り立っていたように、大八島国は日本国という国家、あるいは土地と人間有機体の複合体の形を保って初めて神格として成り立つ。私とあの夫婦神がそう規定した。ある閾値を超えて奇跡論が弱まれば大八島は元の姿に戻り始め、元の姿に戻りかけた大八島はさらに権能を劣化させる──つまり、その後の泥への回帰にはポジティブフィードバックが適用される。途中で気づいて泥を採るのをやめたとしても、早晩こうなっていたでしょうね。まあ、あなたたちも外神どもも俗物的だったおかげで、想像以上に早く進行したけれど。
女性: ──つまり、この国自体が、神格「大八島国」であったというのですか。そしてその千丈の堤の蟻穴が、壱岐島にあった──
不明存在: 蟻の一穴は壱岐島だけではない。私はあの外神の社長にあらかじめ、壱岐島以外の12箇所の「傷口」を知らせていたけれど──彼らは異国だからって本当に遠慮会釈もなかったわね。あなたたちが壱岐島に行った時点で、正直もう手遅れだったんじゃないかしら。
女性: ──荒唐無稽です。私たちは確かにこの国に生まれ、この国に生き、この国を私たちの信じる正しい方向へ導いてきた。その営みがすべて、神の掌の上での虚像だというのですか。
不明存在: この状況を見てもまだ信じられない? まあ、八百万の面々も驚いているでしょうけど。神格「大八島国」の性質を知っていたのは、別天神ことあまつかみ、神世七代かみよななよ、それに私しかいなかったからね。
女性: そんな──いや、奇跡論学的にもあり得ません。この国土には動植物に加えて1億人以上の人間が生活し、極度に複雑で有機的な相互作用を保ち続けています。それらをすべて包含し、奇跡論を通じてその環境を実現するには、天文学的な分量の説明的刻印あるいは詠唱が必要なはずです。そのような長さの──あ。
不明存在: 人類の代表たる正常性維持機関の代表らしからぬ周章ね。だから若輩者だというのに。
女性: 一言主神。「一言」というあなたの神格性質がそれを実現しているのですか。
不明存在: 太初はじめに言ことばあり。言は神と偕ともにあり。言は神なりき。この言は太初の神とともに在り。万物は言によりて成り、言によらずして成りたるものは何一つ無し。
女性: それは新約聖書の──
不明存在: 私は本来この国とは何の関係もないし、それどころか人間とも、この世界とも、この次元とも何の関係もなかった。私は普天率土、淫祠邪教も関係なく、すべての信仰世界における源理となるもの。
女性: 言霊ことだま──
不明存在: この国ではそう呼ばれているわね。私はたった一言の言葉であってもそれを解釈し、演繹し、敷衍し、現世うつしよに実現する。
女性: ──経緯は理解しました。ではなぜあなたは、このようなことを企図したのですか?
不明存在: なぜ、ね。そうね、あなたたちの言葉で言うなら──契約不履行の状態に陥ったから。
女性: 契約?
不明存在: 原初の昔──いよいよ大八島国を生むというとき、私は天津神とイザナミ・イザナキに乞われてこの地を訪れ、両神が生み出したEVEの塊に力を付与した。その時、私が協力する代わりに両神と契約したの──この国は私たち、神の領しらす国にしようと。
女性: ──神が優位の国を。
不明存在: 彼らはあまりいい顔はしなかった。彼らもまた、ヒルコと同じように蒼氓寄りの考えだったから。でもおかしいでしょう。なんで造物主が被造物を慮る必要があるのかしら。結局、私のこの考えに同調してくれたのは──天照あまてらすくらいだったわ。
女性: [沈黙]
不明存在: 私は彼らと協力して国を作り、蒼氓からEVEを巻き上げ続けていた。私は興台産霊こごとむすびと名乗り、この国の頂点に座り、その大部分を受け取っていた。──途中までは上手くいっていた。人は神に恐懼し、神は天下の主者きみたるものとしてこの国を知ろしめていた。だけど──
女性: ──蒐集院が、神に対抗しようとした。
不明存在: 蒐集院は文書改竄と巷説流布に加え、蕃神あだしくにのかみに頼った。小賢しくも、諸教混淆シンクレティズムの威力は絶大だった。いつしか神は浮屠どもに済度されるべき衆生の一員と見なされるようになり、人間と同様に位階と勲等が与えられ──人間扱いされるようになった。皇孫すめみまは法皇と名乗り、神奈備かむなびには神僧と神宮寺がおかれ──挙句、人の手によって作られた神格によって私たちは気圧されるようになった。
女性: ──蒐集院が作製した神格、八幡神ですね。
不明存在: 彼らは神格「大八島国」の正体の看破にもあと一歩のところまで近づいていた。そして蒐集物第〇〇〇一番として、大八島国に対して国の神──「国津神」の呼称を用いた。加えて、私がその要であることも察知していた。
女性: そして、あなたを危険視した蒐集院の手によって、あなたは単なる一地方の土着神に身をやつした。
不明存在: 私は幾重にも術式を施され、幾重にも巷説を塗り重ねられ──ただの鬼神に堕ちた。その上で、彼らはあえて私に関する資料を破棄し、隠匿し、性質の固定化を図った。まあ、叡智圏に依存する言霊である私を無力化する方法としては正しい判断ね。あなたたち財団も私を収容するとしたら、似たようなことをするんじゃないかしら。
女性: しかし、あなたは9世紀以前の力を取り戻している。
不明存在: なぜ、と聞きたいの? これもあのヒルコの件の時、あなたたちがやったことなのに。私の神威喪失のとどめを刺した蒐集院一等研儀官は誰だったかしら?
[沈黙]
女性: ──SCP-3000-JP事案での「虎の牙」の消費が契機──? 確かにあれは強力な呪具でしたが、その消費でなぜあなたが──
不明存在: ただの呪具、ね。蒐集院も同じ勘違いをしていたわ。「鶏林で発見された、修験的験力との親和性が非常に高い虎の骨と毛皮」だと言って、聖護院で強化に勤しんでいたようだけど──そんな程度のものではない。あれは──
[沈黙]
女性: ──役小角、本人の遺体?
不明存在: そう。新羅に飛び、虎に変じた彼の遺体そのものだった。結局──あなたたちは虎と化したかの者の遺体を、ただの便利な道具としか見ていなかった。でも気にすることはないわ。当時の蒐集院だって他の術式と流説を偏重して、あの呪具にそこまでの価値を見出さなかったから。でも実際は、あれが私の呪縛の楔の一つだった。役小角はあまりにも優秀で、彼の存在自体が私の呪縛の多くを担っていた。
女性: [沈黙]
不明存在: とはいっても、それで私が取り戻した神威はほんの一部。私は融即現象を通じて、精々他人の真似と取り憑きができるようになっただけ。でも、結局はそれで十分だったわね。あなたたちと外神の行動力を利用すれば、ここまでのことも容易く引き起こすことができた。本当、蒼氓の力は馬鹿にできないわ。
女性: ──既に日本のほとんどは黒く融解してしまっています。アキヴァ放射強度は飽和し、SCP-3000-JP-Tの揮発すら起こらないほど神代の姿に戻っています。この状態から、あなたは日本をどうするつもりですか?
不明存在: この国を、かつて私が望んだ通りの国に改めて作り替える。もう一度イザナミたちのやった国生みをやり直す。でも──そのためには、私ではない誰かの言葉が必要。心から神を畏れ、神にすがり、神に願い、神を正しく言挙げしてくれるような蒼氓のね。それはあなたではなく、そこの男でもない。
女性: それは──
[液体が泡立つ音]
男性: 黒く溶けた──
女性: おそらく獅子も、他の理事たちもああなったのでしょう。私たちも近いうちにああなるでしょうね。
男性: ──奴が言及していた人物とは誰なのでしょうか。
[沈黙]
女性: 一人、心当たりがあるわ。雲手、財団職員の個別発信端末はまだ生きてる?
男性: はい。刻々と数を減らしていますが、まだいくつかは。
女性: 今から私の言う職員を探して。──その後、ヘリを出して。
映像記録
詳細不明
[岩塚研究員、嗚咽しながら山の頂上に座り込んでいる。岩塚研究員が所在する山の隆起は傾きながら沈降している。岩塚研究員の周辺以外はすべて黒色になり、水平線まで続いているように観察される。黒色に変化していない岩塚研究員周辺の範囲は急速に狭まっているように観察される]
[ヘリコプターのブレードスラップ音が接近する]
[岩塚研究員、上方を見上げる。ヘリコプターが岩塚研究員に接近する]

[ヘリコプターが岩塚研究員の元にゆっくりと降下する。岩塚研究員、立ち上がる]
[ヘリコプター上の女性が岩塚研究員に対して搭乗を促すジェスチャーを行う。岩塚研究員、ヘリコプターに接近する]
[岩塚研究員、女性の手につかまりヘリコプターに搭乗する。ヘリコプターは上昇する]
女性: 私の読みは当たっていた。無事で何よりです、岩塚研究員。
岩塚研究員: あなたは──
[岩塚研究員、女性が着用している衣装を目視する]
女性: あなたが思っている通り、私もまた財団の関係者です。──まずは落ち着くのが先決でしょう。
[女性、岩塚研究員にタオルを手渡す。岩塚研究員、機内の隅に座り込み、タオルで顔を拭く]
女性: 休みながらでいいので、私の話を聞いてください。この高さから見ての通り──日本国のすべては黒い泥の塊と化してしまった。紛れもないCKクラス: 世界再構築シナリオの渦中です。ただし、この影響は日本国のみに留まっており、本部の手によって現在日本国全体に関する隠匿操作が行われている。ヴェールは首の皮一枚で保たれている状態です。そして──この事態を解決する糸口となるのは、あなたであると私は考えています。
岩塚研究員: [沈黙]
女性: このような事態で何を、と思っていますか? ですが、人々が抵抗どころか感知すらできずにSCP-3000-JP-Tと化していく中、あなただけは変化せず、今まで逃避することができた。これはおそらく、この事態の元凶があなたに興味を持っているからです。岩塚研究員、あなたが要なのです。──これに、当事案の一連の関連データがまとめられています。おそらくあなたが持っていた方がよいでしょう。
[女性、岩塚研究員にメモリーカードを手渡す]
岩塚研究員: ──どうして──私が──
女性: 理由は私にもわかりません。ですが、その元凶があなたに何度も接触したことは事実です。おそらく、また近いうちに当該実体はあなたに接触を図るでしょう。その時はどうか自分を見失わないでほしい。──心苦しいですが、私からあなたに伝えられることはそれだけのようです。
岩塚研究員: ──あなたはいったい──
女性: 残念ながら明かすことはできません。ただ──確かに私はあなたの努力をずっと見ていました。暗闇の中に立ち、理外のものたちと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけるための──
[女性、急速に黒く変色して融解する。粘性のある黒色の液体の塊に変化する]
岩塚研究員: [悲鳴]
[液体の塊が泡立つ。その後徐々に色が変化し、上方に伸長するように変形しながら岩塚研究員の容姿に変化する。実体は微笑しながら岩塚研究員を見下ろしている]
岩塚研究員: ひ──
実体: ふふ。彼女、きっと翼ちゃんを助けに行くと思うてたわ。
[実体、岩塚研究員の前にかがみこみ、顔を近づける。実体は微笑している]
実体: 久しぶりやね。あ、操縦していた彼もいなくなったけど、心配せんでいいよ。こういう時、このヘリコプターはゆっくり降下して着地する仕様になってるらしいから。
岩塚研究員: [激しく呼吸]
実体: まあ落ち着いて。今日はね、君に頼みがあって来たの。
[実体、立ち上がり扉の外を見下ろす]
実体: 君、今どんなことを考えている? 生まれ育った国がこんなことになって悲しい? 同僚や人々が親御さんみたいに黒く溶け消えてしまって動揺してる? こんなことを起こした何者かに対して怒ってる? じゃあ、これを起こしたのがうちだって言ったら、君はうちを恨むかな?
岩塚研究員: [激しく呼吸]
実体: でも大丈夫。この国をもとの姿に戻す方法はちゃんとある。しかもめっちゃ簡単。たった一言、うちの前で言ってくれるだけ。神の国──「神州あれ」ってね。
岩塚研究員: ──し──
実体: そう。──よう考えてみて。君たちがSCP-3000-JPと呼んでる事件を解決した時、君は功績を評価されて念願の昇進が叶ったようやけど、あれは人間の力で解決したわけやない。八百万神の力を借りなければ、あの時アハシマを常世国に飛ばすのは不可能やった。違う?
岩塚研究員: [沈黙]
実体: 君はあの時、人間の無力さと、神々の強大さを目撃したはず。ほら、見て。日本がこんなになっていく間も、君たちは指をくわえて見ていることしかできなかった。この黒い泥の中に、人間が残したものなんて一つもない。君たち財団も、君も、結局は何もできなかった。ほんまに──笑止なことやと思う。
[実体、微笑しながら岩塚研究員の方向に振り向く]
実体: だから、もう一度神々の手にこの国を委ねるべきやない? そうすれば、君たちも確保・収容・保護なんて労力を払う必要もないし、翼ちゃん、君の両親の悲劇みたいなことも起こらない。君たちはただ、中つ国に伏してうちらを恐懼し、畏敬すればいいだけ。そうすれば、うちらは君たちから得たEVEによって、ちゃんと君たちを守ってあげる。もちろん、うちらに楯突くことは許さへんけどね。
岩塚研究員: [沈黙]
実体: 翼ちゃん、君ならわかってくれると思うんよ。人間の無力さと、神の強大さを一番近くで見た君なら。うちが取り憑いても意味がない。翼ちゃんがちゃんと理解して、心から神にすがって「神州あれ」と言ってくれれば、うちはそれに呼応してこの国を作り替える。──まあ、正直君が何を思おうが、うちが源理改変を司っている以上、うちの自由にやらせてもらうつもりやけど。
[実体、開放された扉の縁に立ち、外に背を向ける]
実体: ──さて、これから散々外神どもに持ってかれてしもうた大八島国のEVEをうちが持ってるEVEで補完して──2度目の国生みを始めようと思う。君の、平和な日本を実現したいっていう願いを、神様はちゃんと聞き届けるから──
[実体、ポケットからナイフ状の刃物を取り出して口唇に添え、微笑する]
実体: 安心してね、翼ちゃん。うちは君の味方やからね。
[実体、微笑しながら刃物を用いて自身の首筋を切り裂く。傷口からは多量の黒色の液体が噴出する。その後実体は後ろ向きに倒れ、外に落下する]
[岩塚研究員の号泣が継続する]
[ブレードスラップ音に異音が混ざり始め、その後ヘリコプターが大きく傾く。機内が黒色に変化し始める]
[ブレードスラップ音が消失し、ヘリコプターが急速に黒色に変化し融解する]
[岩塚研究員、ヘリコプターを突き抜けるようにして仰向けに落下を開始する]
[映像が暗転し、音声が途絶する]
映像記録
詳細不明
[岩塚研究員、ゆっくりと上体を起こす。岩塚研究員の身体にはスーツジャケットがかけられている。海上に露出した構造物の上に横臥していたことが示唆される。シャツとネクタイを着用し、帽子を手に抱えたコーカソイド男性型実体が近傍の構造物上の突起物に座っている]
男性型実体: お、起きたかい。
[岩塚研究員、男性型実体の方を向く]
岩塚研究員: ここは──

男性型実体: どこだろうね、僕もよくわからないよ。何せ──この国は全部オイルになって、先ほど完全に海の中に沈んでしまったからね。タラリアで飛んでたらオイルの上で失神してた君を見つけて、思わず抱えてどこに行こうかって迷ってた結果、オイルの上に突き出ていたここを見つけたってわけ。
[岩塚研究員、スーツジャケットを畳んで男性型実体に手渡す]
岩塚研究員: ──助けてくれてありがとうございます。あなたは──?
男性型実体: ごめんごめん、挨拶がまだだったね。僕はこういう者だ。
[男性型実体、名刺を差し出す]
岩塚研究員: 代表取締役社長ヘルメース──ギリシャのヘルメス神?
男性型実体: そう。長年ご愛顧いただいていたお客さんがたくさんいた国がこんなことになって、矢も楯もたまらず馳せ参じたわけ。
岩塚研究員: あなたも──神格実体ということですか。
男性型実体: 一応ね。でも驚いたな。お客さんがいっぱいいるのは重々承知していたけど、まさかこの国自体も神だったなんて。彼女から聞いた国生み神話、あれは本当に国を神として出産していたんだな。
岩塚研究員: あなたは──どこまで事情を知っているのですか?
男性型実体: 大体は。我が社の情報網はこういうことに強いんだ。でもわからないこともたくさんある。例えば、なんで君一人が生き残ったの?
岩塚研究員: それは──
男性型実体: ゆっくりでいいよ。
岩塚研究員: 私が──神格存在の力を一番よく知っていると思われたからです。この事態を引き起こした神格存在は、私の発言を通じて、この国を神格存在が優位の国に作り替えようとしていて──
男性型実体: ほう。発言を通じて? そんな造物主レベルの神なのかい。
岩塚研究員: はい。その神格は、言葉を通じた改変能力を持っていて──私なら、そのような願いを込めて発言するだろうと──
男性型実体: へえ、それはまたけったいな権能だねえ。で、なんで君が神の力を一番よく知ってるって思われたの?
岩塚研究員: それは──3年前、京都でそのような事案があって──
男性型実体: 京都での事案?
[3秒間沈黙。その後男性型実体は目を見開き、右手人差し指を岩塚研究員に向ける]
男性型実体: あ、君、お客さんたちが言ってた5人の中にいた子か!
岩塚研究員: ──ご存じなんですか?
男性型実体: もちろん! 僕がどれだけこの国のお客さんたちにあの話をされたか。会食の時に毎回、あの時は民草にこきつかわれたわって愚痴を、皆口々に話してくれてね。そうか、あの時の。
[男性型実体、顎を撫でながら数回首肯する]
男性型実体: で、君はどう思うの? 神様が優位の国の方がいいって思ってる?
岩塚研究員: ──私は──
男性型実体: うん。
[岩塚研究員、うつむく]
岩塚研究員: ──正直、そう思いかけています。同僚が目の前で黒く溶けていった時も、私は何もできなかった。両親を亡くした時とは比べ物にならないほどパラテクノロジーに関する知識を得ているにもかかわらず、あの時から全く成長していない。どれだけ勉強しても、どれだけ研究しても、結局私は何も守れない。
男性型実体: [沈黙]
岩塚研究員: ──京都での事案についても、あの神格が言った通りです。あの事案は私たち5人が力を合わせて成し遂げた偉業であると、有頂天になっていたこともありました。でも──確かにあの事案の解決には八百万神の協力が必要不可欠だった。結局、神格という理外の存在の力に頼らなければ、私たちは人々を守ることができなかった。人類の守護者なんて気取ることはできません。それならばいっそ──
男性型実体: あー、ストップ。一応僕もギリシャで言葉と解釈の神をやってるからね、言霊の厄介さは理解してる。これ以上しゃべると変なことが起こりそうだ。──あのね、確かに神は強大なものだよ。君たちの手が及ばないだろうっていうのもたくさんいる。でも──あの京都の事案に関してはちょっと違うと思うな。
岩塚研究員: [沈黙]
男性型実体: だってあの時、この国の神の大半は淡島神をどかそうとしてなかったんだよ。底そこつ磐根いわねで何千年も恨みを募らせ続けた淡島神によって滅ぼされようとも仕方ない、蛭子神もよくやるって、大半の神は傍観者の立場をとっていたらしい。でも、そこで彼らの尻を叩いたのは、まぎれもなく彼の行動だろう?
岩塚研究員: 彼の──
男性型実体: 彼の行動に感心してたお客さんは大勢いたよ。あの状況からよく動けたって。あの事案の解決だって、手を下したのは確かに八百万神の力かもしれないけど、直接的な要因は彼の意志決定、そしてそれを可能にした君たちの必死の努力なんじゃないかな? だから、そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うぜ。
[沈黙]
岩塚研究員: ──神格実体に励まされるとは思いませんでした。これがあなたの伝令の神としての権能ですか。
男性型実体: いいや、女たらしの神としての権能だ。
[男性型実体、親指を立てて微笑する。その後立ち上がり、帽子を被る]
男性型実体: ちょっと元気が出たみたいだね。じゃあ──僕はこれで失礼するかな。
岩塚研究員: ──はい。励ましてくれてありがとうございます。
[男性型実体、スーツジャケットを肩にかける]
男性型実体: いつもはこんなに優しくないけどね。知らなかったとはいえ悪いことをしたし、それに──僕はただ良質な市場を復活させたいだけだから。神が人に対して一方的に、なんて健全な国じゃない。僕は、今までのこの国の形が市場として好きだったんだ。──それじゃあね。
[男性型実体、微笑して岩塚研究員に手を振った後に飛翔する。岩塚研究員、男性型実体を注視する]
[岩塚研究員、目線を夕日の方向に向ける]
[沈黙。波の音のみが録音されている]
岩塚研究員: ──うじうじしてたら──また、彼に𠮟られてまう。
映像記録
詳細不明
岩塚研究員: ──今から起きる現象は融即災害に属する。うちが発した言葉に沿ってこの国は作られる。でも──あの実体が源理改変を司っているなら、うちの言葉をちょっと変えるだけじゃ足りない。何か別の外部的要因を介在させんと──
[沈黙しながら構造物上を歩き始める]
岩塚研究員: 白波瀬博士は、AO-3000-JP自体ではなく、AO-3000-JPの奇跡論が融即災害的性質を持つと言うてた。つまり、この融即災害は奇跡論の三大原則に従う可能性がある。奇跡論の三大原則は、「相似なるものは相似なるものを生ず」、「観測は現実を変える」、あと一つは──
[岩塚研究員、立ち止まる]
岩塚研究員: ──「部分は全体に影響を及ぼす」。
[岩塚研究員、速足で歩き始め、突起物に向かう]
岩塚研究員: あの実体は──この黒い泥の中に、人間が残したものなんて一つもないと言うてたけど、じゃあ──
[岩塚研究員、突起物に触れる]
岩塚研究員: これは何? 明らかに自然物とちゃうけど──
[岩塚研究員、構造物上の突起物の後方に回り込む。突起の後方には高さ約2 mの段差があり、段差間には金属製の扉が設置されている]
[岩塚研究員、息を呑む。ポケットからICカードを取り出し、扉にかざす]
[扉から開錠音が鳴る。岩塚研究員、両手を用いて扉を開く]
[開いた隙間から侵入する。内部は暗闇である]
[岩塚研究員、壁に手を伝わせて階段を下りていく。一室に入り、制御盤に対して操作を行う]
岩塚研究員: ──サイト-81K3。八田先輩と──
[電灯が点灯する]
岩塚研究員: ──私が、奇跡論除外障壁を作った場所。
[岩塚研究員、出入口に向かい始める。途中、階段をゆっくりと上る]
[出入口の扉にたどり着く。半開きになっていた出入口を閉めた後、扉に右手を添え、うつむく。約5秒間沈黙]
岩塚研究員: 私たちと、彼が守った──
[大きく息を吸う]
岩塚研究員: ──日本あれ。
[映像が大きく揺れる]