緞帳は降り、主は目覚める
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ブライトは、彼の隣に長らくの間連絡を絶っていた兄がゆっくりと並んで歩き出した時点で、何かがおかしいとは気付いていた。その兄の持つ封筒には"ジャック・ブライト宛"と書きつけられている。
兄の後ろからこちらに拳銃を向けている男の存在を視界の隅で捉えると、どうやらとんでもない厄介事に巻き込まれていると悟った。ぎり、と歯ぎしりして、兄が自分より前に行くように速度を緩める。立ち止まって道を譲ろうと考えたが、4人目の男が後ろからやってきて、ブライトを囲み込んでしまった。

「おいマイケル、一体なんのつもりなんだ?」

この状況と兄から逃れられないと悟り、ジャックは苛立った口調で問いかける。そういえば数分前から周りに人の気配が無かった。ここまで全て仕組まれていた上に、自分はそれにまんまと引っかかったのだと思うと無性に腹が立った。

「O5様は弟に封筒一つ渡すのにそんなに警戒しなくちゃならないのか? 大体、それくらいなら自分じゃなくて部下にでもやらせたらいいだろうが」

「文句言うな。これは俺からお前に直接渡すって、俺がそう決めたんだ」

ジャックは舌打ちをしてマイケルの手から封筒を受け取った。見たところ特に何の変哲もない封筒であったが、この兄が直々に手渡したということは十中八九は家族に関することだろう。そう思って開封しようとすると、その考えを見透かしたようにマイケルが口を開いた。

「残念だが、今回は家族には関係の無いことだ」

「……じゃあなんだ、昇進か? だったら断る」

「いンや、それでもない。勘が悪いな」

この男の話し方はいちいち癪に障る。これ以上話すのは無駄だし、さっさと中身を確認してしまおうとジャックは手荒に封を開けた。中に入っていたのは短い通知だった。

ジャック・ブライト博士へO5議会より通知
 
SCP‐963-1のこれ以上の研究及び使用は価値が見込めないものとして、‪SCP‐963‬‐1の半永久的な無力化及びジャック・ブライト博士の解雇がO5議会により賛成多数で決議されました。尚、本決定への抗議は受け付けないものとします。

「どういう、意味だ」

「そのままの意味に決まってる。963はこれ以上の研究の価値が見込めない。963-2も作ったし、その技術は厳重に保管されてる。そしてここ数十年、お前と963-1にこれといった変化はないし、研究の進展もない」

目の前の男は淡々と告げる。ジャックは無意識に首飾りを強く握っていた。半永久的な無力化と解雇。つまり自分は殺され、首飾りはそのままどこかに仕舞われ厳重に保管されるのだろう。そんなことを想像したことがないと言われれば嘘だが、現実に起こるとはにわかには信じ難かった。そして、ようやく死ぬチャンスが与えられたのに自分が未だに生に執着していることも信じられなかった。この呪われた生から解放されたいとあんなに願ったのは、紛れもなく本当の筈なのに。

「……それで、もう用済みってわけか? もう私は財団に要らないと」

「そうさ。ま、確かにジャック・ブライト博士は優秀だったがな。お前がいなくても財団は回る」

そんなわけあるか。私はシニアスタッフだぞ。まだやらなきゃいけないことが沢山ある。そう言い返してやりたかったが、妙に喉と舌根っこが乾いていて声が出なかった。それを見たマイケルが愉快そうに口角を上げたのが見えて、ジャックは心底気分が悪かった。こいつの事だ、きっとこの決定がされてすぐに私の業務の引継ぎや人事異動なんかも全部終わらせたんだろう。そして最後の仕上げに、満を持してここに来たというわけだ。

「お前は賛成したのか、これに」

「それを知る権利をお前は持ってない。そうだな、これだけ教えてやる。お前を殺す役を買って出たのは俺だ」

「クソ野郎だな。くたばっちまえ、兄弟殺しが!」

「はっ、残念だがね……」

マイケルは音もなく拳銃を取り出し、素早く銃口を標的に向ける。そして一切の躊躇なくその頭を撃ち抜いた。

俺の弟ジェームズはもうとっくの昔に殺されてんだよ」

死体が最期に見たのは、100年以上生きて死んだ世界が遂に暗転していく姿だった。そして、死への安堵と後悔がゆっくりと彼の世界の緞帳を降ろした。










ジャック・ブライトは突然に目を覚ました。一瞬前まで見ていた景色とは全く違う場所に自分は居た。誰のだか知らない身体の中に自分は居て、何処なのか知らない世界に自分は居た。そして、目を覚ましてしまったことに落胆し、酷く憤った。眼前に居る見知らぬ男が自分を目覚めさせたのだろう。

くそ、またかよ

思わず吐き出したその言葉のすぐ後、ブライトは机の上に羽ペンが置いてあることに気づいた。それを見るや否やブライトは頭が回るより先に羽ペンを掴み、先端を思い切り自身の目に突き刺した。鋭い痛みが自身の生を否が応でも感じさせる。やはりこの生は呪われているのだ。まだ生きたい等と願ったから、また再び目覚めてしまったのだ。生暖かい液体が迸り、頬を伝い、再びブライトの世界は暗転していく。ブライトは鈍っていく思考の隅で、今度こそこの生を手放せるようにと、柄にもなく神へと祈っていた。

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