夜明けに、さようなら。
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静寂を肯定する夜の時代は、人が灯を見出したことにより終わったはずだった。

だがしかし、その夜の街は異様に静かだった。ネオンや人の足音などは聞こえずまさしく「街自体が一つの生き物のように眠ってしまった」と頭の中で洒落たセリフを思いつくほどで、人々はみな眠っていた。大人も子供も仕事がある人も趣味に没頭する人も、近頃自分に付きまとう財団という組織の人間も、寝息をたて、夢を見ていた。

明らかに異常な事態である。なぜだろう。少し考えて警戒をしたが「まあいいか」という結論に達した。自身の生活サイクルはヒトのそれとは大きく外れており、要するに餓死しないように食えればいいのだ。むしろ人間たちが眠っている分、食料を拝借するのは容易かった。

ホントに人がいないな。この分だとコソコソ食べるのではなく、何処か景色のいいところで食べることもできそうだ。そう思い街を徘徊して、この街で1番高い建物、ランドマークタワーのてっぺんで食べることに決めた。ふわふわ飛んで塔のてっぺんに向かう。流石にこんな高さを飛んだことはないから少し怖くて疲れたが、何とか着いた。

着いたはいいのだが、そこに先客がいた。

体型や服装は人間の女の子だった。だがそれは輪郭だけを見ればの話で、皮膚は真っ黒歯はギザギザ、周囲には謎のノイズが漂っており、塔を構成する鉄骨を欠けるように壊しているように見えた。それだけであったら恐怖のうちに回れ右していたが具合の悪いことにそれだけではなかった。

泣いていた。悲痛な声ですすり泣き、自分が眼前にいることすら気づいていないほどだった。

それがあんまりにも悲しくて、やりきれなさそうで、自分を責めているようだったから。

「あの~…食うか?これ」


「どうだ?腹いっぱいになったか?」

「…」

少女(?)はただコクリとうなずいた。こちらに心は開きたくないのだろうが、涙はもう出ていなかった。

「そか!怒った時も悲しくなった時もうまいもん食えばどうにかなるもんだよな!」

「…」

「しっかしお前人間の食い物じゃなくて俺らとおんなじもん食うんか、んじゃお仲間かよな?にしては形が人に近いっちゅうか…」

「…これ、普通の果物じゃないの?」

少女が初めて声を出して顔を上げた。真っ黒な顔面にギザギザの歯だけが浮かんでいる。

「おめえまさか自分が食ってるもんがなんだか知らなかったんか!?いよいよナニモンだおめえ」

「…ッ」

しまった機嫌を損ねてしまったようだ。ご同輩でなければいったい誰なのか、今はこの好奇心を満たすのではなく、当たり障りのない話をした方が良さそうだ。代わりに自分が「用意できる」食べ物を差し出した。

「あ~これは人間の夢を土壌にしてできる果実なんや。人間は夢を見ると触れない、形を持たない木を生やしてそこに果実を実らせる。俺たち夢喰むくいは妖怪の中で唯一その夢樹と夢実を見分けられて腹に入れることができるんじゃ」

「私、妖怪じゃないし…あれ、妖怪じゃない…のかな?」

「なんで疑問形じゃ?お前、人の形しちゃるけど明らか超常のもんじゃろ?」

「私、自分が誰だかわからない…」

…はて?比喩的な意味だろうか、それとも本当にわからないのか?黙って話の続きを促す。

「気づいたらここにいて、気づいたらみんな眠ってて、気づいたら縛られて、気づいたらこんな格好になってた」

自身のことどころか現状に関して自分以上に何も知らないな、と思いながら生返事をする。専門用語なんてものは全く知らないためフワフワした説明になるが少女の周囲のノイズは空間を歪め、書き換えている。その範囲自体は狭いものだが問題はそれが「常に起こっている」ことだ。恐らく少女は無尽蔵のエネルギーを持っていてかつ無意識に放出している。これはおそらく素人考えだが、人々が眠っているのはこの少女ではないか?そして…

「ねえ」

「…んあ?あ~!すまねすまねぇ!考え事してたもんでよ!」

「…それ私に関係してること?」

「人間かそれ以外か関わらず自我持ってる奴らはみんな寝ちまって、見てきた中だと起きてるのは俺とおめえだけだかんな。異常事態も異常事態よ。」

「別にそれでよくない?」

「…ん?」

少女は遠くを見つめながら、しかしその目には確かな憎悪を湛えて言う。

「どうせみんな私のことを見なくなって、楽しい思い出だけに執着して、勝手に裏切られたって思うなら一生幸せな夢を見ていた方がいいよ」

ああ、割とすぐ原因が見つかったな…やっぱりこの子か。元に戻す能力があるのかは未確定だが、何とかご機嫌を戻してくれないものか。

「一体どうしたってんだよ、穏やかじゃねえなあ。群れのみんなからシカトこかれたんか?」

「群れ…?動物みたいな言い方するのね。でも合ってるわよ。みんな秩序も何もない動物。そんな奴らに笑いものにされて、見捨てられたんだって気づいたのよ」

「そうか…じゃあ見限って正解だわ!そんなやつら」

きついお𠮟りの言葉が帰ってくるかと思ったのか、少女はこちらを向いた。

「何で…?悪いことだって𠮟らないの?」

何で、その答えは明白だった。最初に会った時も、ものを食べているときも、話している時も。

「苦しそうだったから」

「意味、わからない…」

そういう少女の眼からは少し憎悪が薄れた。かわりに垣間見えたのは、眠気。

「あれ…?なんか…」

「眠くなってきたか?オレの食い物食べるとみな眠くなるでよ、不安に思う必要はねえ」

ここまで効き目が早いのは初めてだが。相当に疲労が溜まっていたのだろう。

「何で…眠気なんか…私はバーチャルで…神様にも…なったのに…」

少女は目を閉じ、口を少し開け、周囲を漂うノイズに拘束されながら眠った。

「バーチャルでカミサマ、ねえ…」

自分は彼女の周囲で子守唄をゆっくりと歌った。ご明察の通り、自分は「安眠」に関することならお手の物だ。腹を満たさせて、眠らせて、良い夢を見させる。これが自分が食っていくうえで身につけた技能である。

「ママ…ママ…?」

少女がうわごとのように繰り返すたびに、周囲のノイズが一層乱れた気がした。


「…」

「おお、起きたかぁ。おはようさん。」

「どのくらい、寝てたの私…?」

「大体10時間くらいかんねえ。もうぐっすりだわ!」

「その間、ずっと私を見てたの…?」

「いんや?街の様子見てた。どこもかしこも起きてる人おらんねえ」

「じゃあ私がぐっすりだったかどうかなんてわかんないじゃない、適当言わないでよ」

「あたっ…」

少女の雰囲気は全体的に健康に見えた。少なくとも先ほどよりは。

「なんか寝言呟いてたんな~夢でも見てたんか?」

前言撤回、この問いかけで加速度的に顔色が悪くなった気がした。

「誰かが、一緒に、いたの」

「誰かって…誰さね」

少女は悲しそうな、というよりかはまるでそのことについて考えてはいけないというように重々しく口を開いた。

「わかんない、でもね」

「うん」

「ママ、かも、しれないかも、って」

「ほお、母ちゃんか。どんな人だったん?」

「わかん、ない」

「母ちゃんがか?」

「でも、でもね、雰囲気とかが、もし、ママが今も、いてくれたら、こんな感じだったのかな、って…」

少女は、すすり泣いてしまった。

「…喋んなくてええよ、母ちゃんの思い出、辛いことしかないんやろ?じゃあ少なくとも今は思い出そうとせんでええ。自分の記憶に蓋をして思い出したくない時もあらあな。ええよ。オレは責めん」

自分がどれだけ許そうとしても彼女は「違う、違うの」とかぶりを振った。自分自身を許したくない。でも怖い。未知の暗闇に直面したような、初めて夜ふかしをして怒られたような、そんな子供っぽい泣き方だった。


物音一つもしない都会の町は、そよ風もビルに遮られて吹いてこないし星もよく見えない。びっくりするくらいの無音の中でも朝は来ようとしていた。

「…ねえ、話を聞いてほしいの。」

そばにいた真っ黒な少女が、何かを決意したようにそう言った。

「私はね、元々はバーチャルの存在だった。でも三次元の世界に顕現するために神様になって、結果こんなに世界をメチャクチャにしちゃった」

「世界って…こうなってるのはこの街だけじゃないんか?」

「うん…なんで二次元から出で行きたかったかって言うとね、ママに会いたかったからなんだ」

「会いたかったんか?怖くはなかったんか?」

「急にいなくなっちゃって、そんな人と会って何を話そうかって考えるととても怖かったの。でも、杞憂だった。」

ゆっくりと少女はうつむく。黒い顔で判別しづらかった表情が完全に見えなくなる。

「結局ママは見つからなかった。現実に飛び出して神様にもなったのに…画面の中だけの存在は大切な人の手にも触れられないし、一緒にご飯を食べることすら許されない」

少女が顔を上げる。ギザギザの歯をむき出しに笑って、自虐的な声色で続けた。

「そんなバーチャルの存在意義って、何だと思う?」

自分は無言のまま続きを促した。分からなかったし自分が分かってはいけない。それは彼女が自分自身で見つけて、彼女自身が胸を張って答えるようにならなくてはいけない。存在意義という疑問に、バーチャルだろうがリアルだろうが関係ない。自分で導き出さなくてはいけない。

「要するにサ、オレがお前と会った時点でできることは何もなかったんだろ?」

彼女の決意の仕方は明らかに答えを見つけていた。それが間違っていると言われようが胸を張って言えるような答えを。

遅かったのだ。自分が彼女の物語にできることは何もなく、眼前の小さな神様の臨終を見届けるしかなかった。

「私を、眠らせてほしいの。ずっと、ずっと、ずうっと。そうすればこの夜も明けるから。みんなも元通りに起きるから」

ママに会えない自分に存在意義は「ない」。それがバーチャルを、現実を、夢の世界を辿った彼女が出した答えであった。

「…ええよ、逃げちまおうぜ。辛いことからも、ずっと追いかけてきた母ちゃんのことからも。オレは責めんよ」

「…ありがとう」

「ただ、一つだけ。お願い叶えてくれんかね?カミサマ」

「何?」

この不思議な夜にであった奇妙な友達の、臨終をこれから見送る存在の、

「お前の、名前を聞いてもええか?」

「…分かった、チャンネル登録してよ?」

「はは、ようわからん言葉じゃ!」

そう言って、彼女は自分に名前を教えた。自分も彼女に名前を教えた。

「…よし、これで後は目をつぶればゆっくり眠れる。起きるのは3日後か、10年経っても起きひんか…そんなとこじゃ」

「3日は困るなあ…ふふ」

「冗談じゃから安心せい」

「うん。それじゃあ…」

「ああ。そんじゃあ…」











「おやすみなさい。夢喰の宵夢さん。」

「おやすみ。一富士ばくぅ。」

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アイテム番号: SCP-6777

オブジェクトクラス: Nagi

特別収容プロトコル: SCP-6777は二次元上世界で現在昏睡状態にあります。SCP-6777の現実世界への顕現が確認された場合、戦術神学部門と機動部隊イータ-77(“球体をもった球体”)が鎮圧・収容を担当します。

オブジェクトは何らかの理由で長期的にその異常性・危険性を失っています。収容プロトコルは継続され、再び異常活動の兆候が見られた場合、即座に適切なオブジェクトクラスへ差し替えられます。

説明: SCP-6777は「一富士ばくぅ(Ichifuji Bakuu)」という名義でバーチャルYouTuber活動を行っていた実体です。………

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