愚行から始まる一週間
評価: +60+x
blank.png
事件から7日後 サイト-8142
あるエージェントの自室


fierdwork01.jpg
故 天王寺博士

天王寺博士が死んだ。

あるエージェントの耳にそんな話が漏れ聞こえてきたのは、食堂で昼食をとっているときのことだった。

財団職員の業務は常に死と隣り合わせで、このエージェントにだって同僚の訃報などはもはや耳慣れている。しかしその噂話が食堂を後にしてなお、やけにエージェントの頭の片隅に残り続けているのは、ひとえに"天王寺"という男の名前があまりにも広く知られていたからだろう。

曰く、ホッピングスティックで飛び跳ねながら通りすがった5人の鼻を洗った。曰く、廊下の床から180cmの位置に50本の突っ張り棒を設置した。曰く、19人の姉妹との交換日記を2万円で売っていた。曰く、このような支離滅裂な奇行の理由を「達磨のドえらいドエロティシズム」と答えた。曰く、曰く……。

それでも彼は死んだ。

エージェントは自室のベッドにドサリと寝転がり、天井を見上げた。何かを見つめるというほどでも無かった。ただ思案の続きに耽るため、ぼんやりと何かを見ていたかった。

もちろん、天王寺博士は不死身の異常存在ではなく、ただの財団研究員の一人であった。人間である以上、死は誰にも平等に訪れる。例えそれがどれだけ有名な職員であっても。どれだけ奇行を振りまき、周囲を困惑させた男であっても。天王寺 響であっても。なら、一介の無名なエージェントに過ぎない自分は?

そこまで考えて、彼はゆっくりとまぶたを閉じる。いずれにせよ、天王寺博士は死に、自分は未だここに居る。ならば、残された者に出来ることは  

そのエージェントは、静かに彼の冥福を祈った。


事件から6日後 サイト-8179
購買部併設ガレージ

「いや天王寺博士は死んでねえよ」

「え、マジスか木場さん」

少し暗い話を振ったつもりだったエージェント・速水は、思わず素っ頓狂な声を上げた。購買部に併設されたガレージには、その声が反響するのを遮るような鉄の塊   本日も例のように手ひどくエンジンを焼き付かせてしまい、ピクリともしなくなった速水の愛機バイクが鎮座している。

「マジもマジ、大マジよ。なんでも収容中の事故で休職中ってだけらしいぞ。詳しくは聞いてねえが、命に別状はないんだそうだ」

手際よくバイクの歪んだ外装を取り外す濃緑の作業着の男、木場購買長は、修理の手を全く止めずに応えた。もはや何度目となったか分からない修理は、速水がスピードの限界に挑戦し、バイクがその犠牲となるお決まりの流れが繰り返されるたびに手順が洗練されていっていた。

「はあー、なるほど。大ケガじゃなければ良いッスね」

「どうだろうなあ、手当てをした医療スタッフがあまりのショックで配置換えを希望したって話だが……。しかし、あの博士がへマこいて寝込んでるとこなんて想像できねえな」

「そッスねぇ、よく考えたらあの天王寺博士が死ぬなんてありえないッスよ。うっかり騙されました」

「よりによって日本支部きってのあの怪人がなぁ!」

2人の笑い声が新調されたエンジン音の合間に響く、これもいつものこと。日本は今日も、全くもって平和であった。

「にしてもどこで死んだなんて話になったのやら」

「"人の噂は倍の速さで"とか言いますよね」

「それを言うなら"人の噂は倍になる"じゃねえのか?というか、その話は何処で聞いてきたんだ」

差前さんス。神妙な顔してカフェテリアでお花代を集めて……あ」

「……あの悪ガキめ」


事件から5日後 サイト-81L9
医務室ポスト

平成██年度財団人事部二九八九一報
20██年██月██日

サイト-81L9,財団医療部門医務室
西園寺 眞子
人事部
吹上 真

辞令




貴殿を20██年██月██日をもってサイト-81L9、財団医療部門医務室付き医師の任を解き、同日、サイト-8100財団医療部門医務室付き医師に任命する。

今後とも職務に専念され、その能力を如何なく発揮し、財団の発展に寄与されることを期待しております。

以上



Foundation_logo_main.png

確保、収容、保護

事件から3日後 サイト-8192
81管区統合人事部

吹上人事官は、ある一通の転任願いに書類精査の手を止めた。

申請者はサイト-81L9医師の西園寺眞子。記憶力にむらのある彼にしては珍しく、吹上はこの名前を見ただけで純真そうな笑みを浮かべる白衣の女性を思い出すことに成功した。

その中身は実にありふれたものだった。届け出の理由は、文中の言葉を引用するなら"サイト-81L9における医療行為の過程でひどく精神を傷つけられ、加えてそれが職務説明書に記載されていない行為であったこと"。より平たく言えば"私の仕事がこんなことだとは聞いていない"。

若手職員特有の財団という特殊な職場への不満を、吹上は人事官として何百通と見てきた。にもかかわらずそれが吹上の手を止めさせた理由は、西園寺が彼好みの可愛い顔をしていたからという理由だけでは無く、転任願いのとある一文にあった。

この転任要求の根本的な発端は、20██年██月██日の午前2時頃に発生した、天王寺博士の事件に関連するものです[…]

天王寺博士の事件。吹上は詳細こそ知らなかったが、その"収容業務中の事故"に関する噂はこのサイトにさえも聞こえてきていた。サイト管理官の働きかけにより、昨日も8181で再発防止のための講習会を開いたとかいう話があったはずだ。端末から手早く事件の概要記録を調べた吹上は眉をしかめ、その凄惨たる光景に一言呟いた。

「確かに、こりゃひどい」

結論として、この転任願いは吹上の分かりやすい贔屓により、通常の2,300%以上のスピードで受理されることとなる。


事件から2日後 サイト-8181
南棟廊下


第2講堂の出入口から、三々五々に職員たちが歩み出てくる。彼らは皆一様に奇妙な表情   困惑、疲労、あるいは"笑いをこらえる"ような   を浮かべていた。それは先ほどまで講堂の中で行われていた、ある事故の再発防止を目的とする臨時講習会のせいであったし、その内容が彼らの表情以上に奇妙であったために他ならなかった。

いやもちろん、上層部が考えた一般職員達を"助ける"ための施策など、大概がろくでもないものであると分かってはいたのだが  

Foundation_logo.png

20██年██月██日

財団管理部門
サイト-8181内報部

No.207976
文責: 磯日井 春也




臨時講習会開催のお知らせ

 先日サイト-81L9内で発生した収容業務中事故を受けて、職員の皆様が業務に対して一層の注意を払い、安全に活動を行うための手助けとして、サイト-8181にて臨時の講習会を開催することと決定致しました。正しい知識を身につけ、収容業務中事故の可能性を減らしましょう。皆様ふるってご参加下さい。


 1.開催日時

  • 20██年██月██日(███) 午後0:30~1:00

 2.開催場所

  • サイト-8181、南棟5階第2講堂

 3.プログラム

  • 神山博士による特別講義:標準的液体収容容器の適切な使用法について
  • 医療部門作成ビデオ: 「あなたがもし高ストレス下にある場合、いかにしてそれを発散するべきか

 4.備考

  • 持ち物不要
  • 軽食(カツサンドとコーヒー)付き
  • この講義には、日本支部理事会通告に基づく受講義務が発生します。何らかの都合により参加が困難な場合は、財団管理部門にご連絡をお願いします。
  • この講義で取り扱う収容業務中事故は機密事項ではありませんが、過度な公言は控えるようにしてください。
以上




事件から1日後 サイト-81L9
保安部門

賀茂川カウンセラーは、もう一度自分が書いている報告の内容を見直さなければならなかった。

天王寺博士へのカウンセリングが終わりました。手短に分析を述べます。

  • 彼の精神は正常です(普段の様子を正常であるとするならばですが)。
  • 肉体への傷よりも、失敗による精神的な諸衝撃の影響が大きいようです。
    • 失敗の性質のため、今後も継続的なケアが必要です。
  • 彼がこのような事故を起こした理由として考えられるのは、|

考えられるのは……考えられるのは?彼女は天王寺の職員フォルダと対話ログをじっと見つめ、それから何回も首をひねり頭をひねった後、「業務上のストレス」と書き込むことにした。そういうことにしておこう、彼の名誉のためにも。


事件から42分後 サイト-81L9
医務室

財団、それはこの世で最も地獄に近い場所。至る所に死の可能性が転がるこの組織において、財団医療部門はいつ何時も全霊で治療し、癒し、持ちうる全ての手段を用いて救うべき命を救う。ときどき、それらはヒポクラテスの誓いを破る必要さえある。それでも、この財団を本当の地獄と化させないために、医療部門は職務を全うし続けるのだ。

今夜もまた、サイト医務室のベルが鳴り響く  


西園寺医師| 2:30
はい、こちらサイト-81L9医務室です

エージェント・カナヘビ| 2:30
もしもし、西園寺チャン?
ボクやけど

西園寺医師| 2:30
どうなされましたか
カナヘビさん
正直眠いのですけど

エージェント・カナヘビ| 2:30
そんなツンケンせんといてや
実はな、天王寺の坊が大怪我したそうなんよ

西園寺医師| 2:31
えっ、
天王寺博士が
場所はどこですか

エージェント・カナヘビ| 2:31
坊の自室や
助け呼べない言うてたから
ボクの方から連絡してん

西園寺医師| 2:32
わかりました、今すぐ向かいます
用意をしている間
症状や経緯などを出来るだけ教えて下さい

エージェント・カナヘビ| 2:32
あー
もの凄く痛がっとるね
ちょいとでも動かすと痛なるらしい
このままだと
窒息死するかもしらん

西園寺医師| 2:32
なるほど
気管に何か詰まっているか
刺さっているのでしょうか

エージェント・カナヘビ| 2:33
そうやね
あいや、どちらかと言うと
自分の方が詰まってもうた感じや

西園寺医師| 2:33
どういうことですか

エージェント・カナヘビ| 2:34
ほら、米国の方で大きな事件あったやろ
あれや
収容容器に身体の一部が巻き込まれてしもたヤツ
あれと同じような具合や
なんや実験中にそうなったみたい

西園寺医師| 2:34
頭が巻き込まれてしまったということでしょうか

エージェント・カナヘビ| 2:35
頭?頭ね
まあ
そう言えなくもないわ

西園寺医師| 2:36
了解です
収容容器の分解となると
技師の助力が必要になるかもしれませんね

エージェント・カナヘビ| 2:36
そやね
出来るだけ大勢でたのむわ
早く助けたってえな

西園寺医師| 2:36
任せて下さい
ご友人は必ずお助けします

支度を終えた西園寺と共に、サイト-81L9救急救命斑が出動する。深夜も煌々と輝く電灯が、天王寺博士の私室へと駆ける彼らの影を廊下にくっきりと映しだしていた。


事件から26分後 サイト-81L9
サイト管理官執務室

「はァい、もしもし……」

非常識にも真夜中に鳴り出した財団内線電話の受話器を、エージェント・カナヘビは、自身の水槽に取り付けられたロボットアームで器用につかみ取った。

カナヘビは身体がニホンカナヘビ(Takydromus tachydromoides)となっている財団職員である。ニホンカナヘビがそうであるように、カナヘビも昼行性であり、夜は基本寝ている。つまりはこんな時間に叩き起こされれば当然非常に不機嫌となる。いみじくもサイト管理官に対し見当違いの間違い電話を掛けてきたのだったら、頬ッつらを張り飛ばすかクビを刎ね飛ばしてやろう。そう思いながらカナヘビが電話を取ると、聞こえてきたのは非常になじみのある声だった。

「なんや、天王寺博士達磨小僧やないの」

天王寺という男はしばしば突拍子も無いことをやらかす。くそ真面目な職員には無い柔軟な発想と決断が財団を助けたこともあれば、奇行として困惑させただけのこともあったが、管理部門の人間は辛うじて彼をプラス方向へ評価している。そしてカナヘビ自身も、この型破りで生意気極まりない年下の男を多少は好ましく思っていた。少なくとも、遠巻きに見ている分には。

故にカナヘビは、不作法な真夜中のラブコールにも耳を傾ける。

「とにかく、聞いてくれ」

ああ。と、カナヘビはため息とも納得とも行かない呟きを漏らした。カナヘビの知る限り、このように天王寺が似非めいた関西弁、普段の"キャラ"を忘れて喋る場合は、よほど焦っているときのしるしに他ならなかった。

「いいか。誰にも見られずに、俺の部屋まで来て欲しい。ハサミかペンチを持ってくるのを忘れないでだ」

またホッピングが天井につきささったんやろか、とカナヘビは考える。いや、その程度であればわざわざあの天王寺が頭を下げることはしないだろう。となるとAnomalousでも勝手に使って暴発させたか。もみ消せとでも?

「悪さをしたのは好奇心なんだ。ある馬鹿げた資料を見て、つい出来心で。時々、人間はただやりたいことをやる、そうだろ?」

「そやね」とカナヘビは応える。長い生涯で常にカナヘビは欲望に正直に生きてきたし、好奇心も金蛇一倍強い方であった。なにより今まさに、天王寺の身に起こったらしい珍妙な出来事を知りたいという思いはこの数分だけでも痛切に積もっていた。他人が公に隠したいことほど、嫌がらせのように暴きたいのがカナヘビの性分である。

「で、工具取りにも出られんくらいに怪我でもしとるん?」

「あー、ま、そうかもしれないが、大したことじゃ無い。1人、いや1匹助けがあれば片付くだろう」

「部屋が厄介なことになって閉じ込められたとか?ボクは非力やから別の人にも声かけよか?」

天王寺は焦りと不安を隠そうともせずに食い気味に応える。「いや、あんただけで良い。誰にも知らせないでくれ」

「つまり、何があったん?」

その後に出てきた天王寺の言葉を聞いて、カナヘビは思わず吹き出すのを堪えられなかった。

「わかったわかった、よろしう計ろうとくわ」

玉虫色の返事を返し、受話器を戻して思案を巡らせる。天王寺に個人的な貸しを作れるチャンスと、奴を公に辱められるチャンス。その2つを天秤に掛けて、カナヘビは再び受話器を取り上げた。

「もしもし、西園寺チャン?」爬虫類の長い口角がつり上がる。さてさて、この先1週間は楽しめそうだな、などと勘案しながら。


現在 サイト-81L9
天王寺博士の自室

「あかんわこれ……」

天王寺響は、困り果てた様子で己の股間を眺めた。そこには、どうやっても抜けない2Lサイズのペットボトルが、忌まわしきAquafinaラベルを纏って嵌まっていた。


特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。