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東京からはるばる2時間辿り着いたのは富士の樹海。その入口である。
入口といっても正規の入口ではなく、我々のような人専門の特別仕様だ。
前方を見るとぽつんと一軒、和風の建物が存在するだけであり、すっかり観光地となっている富士の樹海もこちら側から見ると寂しいものである。
彼女と会うのは午後からの予定であり、少々余裕ができたため寄り道をすることにした。

ぽつんと建っているこの建物こそ、老舗の道具屋「締縄」である。
今時の電光看板や電飾で彩られた看板とは違い、欅でできた看板がいかにも老舗という風格を漂わせている。
実際、昭和の初期から存在する老舗中の老舗なのだが。
今では自殺の名所となった富士の樹海であるが、その由来はこの「締縄」から始まったといっても過言ではない。

店に入ると甚兵衛を羽織った人の好さそうな店主が笑顔で出迎えてくれた。
店内には天井から壁面までびっしりと紐がかけられている。羊毛で覆われたもの、二股に分かれペアで使用できるもの、着色された糸が編み込まれたもの、様々な造作のものが散見される。
これらの紐は全て店主が作成したものであり、遠方からわざわざ購入に来る客もいるそうだ。
中には部屋に飾ったり、ファッションとして身に着ける人もいるとかいう話だ。
彼女に贈呈する品としては申し分ない。

「お久しぶりです。繁盛しておられるようで何よりです。いつ見ても素晴らしい商品ですね」

「ええ、おかげさまで。一生に一度のものですから、丹精込めて作らせていただいてます」

以前はオーソドックスな縄が好まれたものだが、若者の利用者が増えるにつれこのような色とりどりの紐が需要を増してきたのだと言う。
時代も移り変わっていくのだなあ、としみじみと感じる。

一つ手に取って首にかけてみる。
鏡を見て確認するが、なんだか滑稽な姿が写し出された。
つつつ、と紐を締めてみる。
首を絞めつけられる息苦しさに襲われる。
そろそろ緩めなければ、そう思ったがこれがなかなか緩まない。
いい加減苦しくなって蒼い顔をしていると気づいた店主が飛んできた。
さすが紐だけで死ねると有名な一品だ。
しかも、どういう理由かこの紐で死ぬと遺体の腐敗が遅れるのである。
職人の腕が光る一品だ。
我々のような仕事人には非常に重宝する。
死ぬにはうってつけの商品であろう。

「それではそこのピンク色のものをいただけますか」

本場京都と比べ、東京も負けていないことを示すチャンスなのだ。
気合を入れて挑まなければなるまい。

店を出て車に戻る。
そのときちょうど電話がきて、彼女は問題なく今日中に到着すると連絡を受けた。
さて、彼女に会いに行かなければ。
プレゼントは喜んでくれるだろうか。
私は車を急がせた。

きっと明後日は最高のディナーとなることだろう。

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