男は、愛用のゲーミングチェアにゆったりともたれ掛り、無機質なPCの画面を見つめていた。
その人物とコンタクトを取るのは、想像以上に簡単だった。情報隠蔽が稚拙で、男がその気になればアクセスポイントを割りだし、大体の住所を特定することも出来そうに思われた。自分がやらなくても、そのうち財団用務員あたりが同じ事をやっていただろう。男はそう思った。
: 本物?
: 本当にごめんなさい
: あんな事をするつもりはなかったんです
: ごめんなさい
: 俺マジであんたに憧れてて
: あんたに認めて欲しくて
男は表情を崩さず、チャット画面に並ぶ文字列を目だけで追っていた。
チャット相手の少年が、何をしでかしてしまったのか、既に男は完璧に把握していた。財団用務員が、事態を成功裏に収拾しつつあることも。3000人を超える市民が犠牲になったことも。くそったれのGOC始末屋どもを含む相当数の組織が、男の率いる"グループ"の危険度が急激に上昇したと見なし、"グループ"を無力化するための大規模な攻勢に出ようとしていることも。全てはチャット相手の少年が、"グループ"の一員に扮して起こした出来事が原因だった。
: 本当ですか
: 本当に許してくれるんですか
: ありがとうございますすみmあせんでした
: 俺、本当にどうなっちまうんだろうと思ってて
: ずっと寝てなくて
男は、自身の異常性によって拵えた、一枚の画像をネット上にアップロードした。少年がこの画像を見れば、脳内の電気信号が狂った雷となって暴れ回り、彼は目覚めることのない眠りにつくだろう。送信ボタンの上に、ゆっくりとマウスポインタを動かす。
: きっとあんたの力になれると思っているんです
男の指が止まる。「"グループ"の不文律を破った新入り(正確には新入りですらないが)を、リーダーが自ら粛正した」、そんなありきたりなストーリーが広まれば、始末屋どもの動きは恐らく違ったものになるだろう。そして、ネットでこの手の噂が伝搬するのがどれほど早いか、裏社会に身を置いてきた男は経験をもって知っていた。
この少年は、きっと優秀な現実改変者リアリティベンダーの資質があるだろう。ひょっとしたら、自分さえも越えて、"グループ"の為に大きく貢献できる人材となったかも知れない。ただ、そんな推測は最早蛇足というか、あり得ない未来の仮定に過ぎないのだ。男は、誰よりもそう理解していた。
: 夢みたいだ
男は、送信ボタンを押した。チャット相手は沈黙し、以後の言葉を続けなくなった。「入力中です」という一文の知らせだけが、男の目の前で短く点滅していた。
男は、椅子にもたれたまま天井を見上げ、右手の指を眼鏡の下の瞳に当てた。
gaycopmp4: どうすんのさ? 例のクソ投稿の件
harmpit: hhやく対処しないtおヤバイかも
bluntfiend: その件なら片がついたよ
lesbian_gengar: 将軍?
bluntfiend: もう全部終わったんだ