一次元上への殺意
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「よし……とりあえず今日はここまでかな」

Saveボタンを押し、書き上げた下書きを保存する。上からざっと読み返し、誤字脱字や矛盾点の有無などを確認する。……うん、今回のはなかなかいい出来なんじゃないだろうか。テレキルは流石に無理だろうが、金メダルなら狙えそうだ。

このTaleは、仲の良いとある著者が急に開催を宣言した個人コンテスト、「平等に救えよコンテスト」用に書いたものだ。あらゆる不幸的描写が存在しない、幸せの象徴とも言える「scp-jp」、「tale-jp」、「goi-format-jp」タグのいずれかが付された作品のみ参加が許される、なかなかハードなコンテストだ。そして彼はこれに加え、次の5つをルールとして定めた。

1: 限界まで平和を追求する事。
2: 登場する人物が全員幸せでないといけない。
3: 登場人物を最後に殺さない、傷つけない、絶望させない。救うんだから当たり前ですね?
4: 過程は辛くても、最終的には幸せにすること。
5: ルールの穴をつかないこと。

怪奇創作であるSCPに何を求めているのか、と突っ込みを入れたくなるが、そこはSCP。面白く、評価が+になれば勝ちの世界だ(その過程が難しいのは目を瞑るとして)。まぁ実際、怪奇創作だからと言ってホラーな作品しかないというのも面白みがない。マイナスの感情で構築された世界観から使えそうなものをピックアップし、そこに+の感情を与える、面白いじゃないか。事実、SCPの中にはハッピーエンドで終わるもの、勢いだけで笑いをとれるもの、感動的な作品は少なくない。そういったものだけを生み出すコンテストと考えればまぁ、多少難易度が高いだけかもしれない。

僕が書いているのは、ある2人(匹?)の職員の恋愛を描いたTaleだ。片方は明るく優しい部隊長。もう片方はいじめられた過去を持つ自己肯定皆無の研究員だ。前々からこの2人でどうにかTaleを書きたいと思っていたのだが、前に投稿したTaleのせいで、なんだか絡ませ辛い雰囲気を作ってしまった。今回はその贖罪も含め、一番に投稿しやろうと一気に書き上げていた。途中研究員のほうが精神的に落ち込むシーンがあるものの、最終的に幸せにしているので多分大丈夫だろう。個人的には、最後に2人が互いの鼻をくっつけて笑いあうシーンがかなり気に入っている。全体的に文章はストンと落ちてくるし、不幸な描写がほぼない分、表現も綺麗だ。会心の出来といってもいいかもしれない。

「……よし、寝るとするか」

時計を見れば、時刻は午前2時。通りで眠いはずだ。だが今日は日曜日、時間はたっぷりある。深夜テンションで書き上げたこの文章を起きてから見直して、問題がなければ批評に出してしまおう。そう考えながら、布団の中に潜り目をつぶる。それから何十秒と経たずして、僕の意識は深い深い海の底へと沈んでいった。



スマホのアラームの音で目が覚める。タイマーを止め画面を見れば、時刻は午前9時。いい時間だ。ぐっすり眠れたらしく、体の調子もいい。絶好の執筆日和だ。課題は全部提出してあるし、両親はどうせ寝ているだろう。今この家の中には、僕の執筆を拒むものは存在しない。

「…よし、始めよう」

顔を掌で二度たたき、パソコンに向き直る。電源を入れ、自分のサンドボックスにアクセスする。さて、昨日書いた文章はどう見えるかな?

真っ白な床を塗りつぶすどす黒い赤色の川。その先には、制服と車掌帽を身に着けた"元"職員が倒れていた。

「………は?」

え、は、何だこれ。こんな文章、書いた覚えがない。いくら深夜テンションだったとはいえ、自分が書いた文章くらい流石に覚えている。昨日書いた書き出しは、サイトのカフェテラスで2人が談笑しているシーンだったはずだ。画面をスクロールし、全ての文章を確認する。…どれもこれも、登場人物の死を描写したものに書き換えられていた。頭の中が疑問符で埋め尽くされる?どういうことだ?不可能だとは思うが、まさか誰かが勝手に下書きを?念のためにHistoryを押し、Editの履歴を確認する。

「なんだこれ……"Hunter"…?」

僕が寝たおよそ30分後、Hunterというアカウントがこの下書きを勝手にいじっていたようだ。だが見たところスタッフじゃない。2日前にサイトメンバーになったばかりの人だ。じゃあなぜ砂箱をいじれたんだ?いくら考えても答えは出てこない。とりあえず、スタッフにPMを送って対処してもらうのが最善だろうと思い、ページを閉じようとカーソルを合動かす。

「のこのこと出てきやがったな、クソ野郎」

背筋が凍る。聞こえてきたのは、野太い男の声。それも明らかに怒りや殺意といった感情を抱いている声だ。いや、それより問題はどこからこの声がしているか、だ。

「…誰?」
「はん、ご丁寧にこっちから挨拶してやってんのに場所もわかんねぇか。お前の正面にある機械はいったいなんだ?」
「…パソコン?」
「そうだろ?それ以外何があるってんだ?えぇ?」

スピーカーに耳を当てれば、確かに声はそこから聞こえてきていた。だがそんなことがあり得るのだろうか?通話ができるアプリは全部ログアウト状態だ。馬鹿なことを考えるならば、このパソコンの中に"何か"がいるとしか考えられない。もしかしたら、と馬鹿げた推論を思いつく。馬鹿げているとわかってはいるが、そうとしか考えようがなかった。

「もしかして…君がHunter?」
「そうだ。俺がHunterだ。お前の書いてた物語をめちゃくちゃにした犯人さ」
「どうしてそんな…もう完成してたって言うのに!」

僕の言葉を聞くとHunterはフンと僕を嘲笑した。

「それだ。物語を完結させてたから、あいつら全員ぶっ殺して、自由にしてやったんだ」
「自由にするって、いったい何言って……」

ふと、何かが頭をよぎる。こんなやつを、僕は知っている。確か、日本支部のオブジェクトに……ダメだ、思い出せない。日頃まともに記事を読んでいないことがこんな場面であだになるとは思ってもみなかった。

「その様子じゃ、俺の事を少しは知ってるようだな。だがまぁ、そんなことは関係ない。せっかく与えられた機会なんだ、遠慮なく活用させてもらうとするさ」

Hunterがそう言うと、パソコンの画面から何かが出てきた。パソコンに映っているのではなく、パソコン"から"何か"が外に出てこようとしているのだ。

最初に見えたのは、黒い鼻。次いでマズル、むき出しの牙、小金色の毛並。やがてその顔が露わになり、焦げ茶色の鬣が出てきた。部屋の角に逃げ、振り返ってみれば、そこには体格のいい一頭のオスのライオンが立っていた。

「ら、ライオン……?」
「そうだ。Hunterってのは人間なんかじゃなくて、喋るライオンだったのさ」

ここまできてようやく思い出した。こいつが何なのか。どんなオブジェクトなのか。だが、だが仮にそうだとするならばおかしい部分がある。だってこいつは…。

「き、君は、二次元面しか移動できないはずじゃ…」
「お、ようやく思い出したか。その通り。今までの俺はお前の言ったように、壁とか紙とか、そういった場所しか移動できなかった。だがある日、誰かが俺に力を与えてくれたんだ」
「誰か…?」
「誰かは分からねぇ。だがそれは俺にとって絶好のチャンスだったんだ。俺らを縛り付ける檻を作り出す、お前らみたいな連中を殺すな」

僕が言葉をつづけようと口を開いた瞬間、ライオンは僕にとびかかってきた。ツメが腹に食い込み、血が滲みだす。あまりの痛みと恐怖で声すら上げることができない。そんな僕の表情を見て、ライオンはにやりとその口角を上げた。

「苦しそうだな。だが悪いのはお前らだ。お前らみたいな輩が全員いなくなれば、俺たちが苦しむこともないんだ。自分たちが生み出したものには、最後まで責任を持つべきだったな」

そう楽し気に吐き捨てたのち、口を大きく開いて近づいてくるライオンの顔が、僕が最期に見た光景だった。



「クソッたれ。これで一体何件目だよ」
「赤松さん、どうかしたんですか?顔色悪いですけど…」
「ん、あぁ大森か。ちょっとこれ見てみろ」

去年配属されたばかりの新人である大森が先輩刑事である赤松に渡された資料をぱらぱらとめくると、数枚の写真が目に飛び込んできた。

「うわ…ちょ、なんすかこの写真。勘弁してくださいよぉ。俺昼飯食べたばっかなんすから」

そこに写っていたのは、ベッドの上で無残な姿となった少年の死体だった。服は切り刻まれ、腕、足、胴体、いたる部位が損傷している。特に首から上は損傷が酷く、よくよく見なければどのような顔か分からないレベルだった。

「鑑識と解剖医が言うには、鋭利な刃物によるものじゃなく、何か大型の動物に襲われたような傷だと。ライオンとか虎とか」
「はぁ?なんすかそれ、そんな馬鹿な話あるわけないじゃないですか」
「だろ?だが遺体発見時部屋は無人。窓から誰かが侵入した痕跡もない。母親たちにも一時容疑がかけられていたが、その傷だ。どう考えても人間の犯行じゃない」
「確かに…これは頭が痛くなる案件ですね…。見たところ凶器も見つかっていない、指紋も家族のもの以外出ていない。どうしようもないじゃないですかこれ」

これほど奇怪な殺人事件は今まで例がないと、赤松は目薬をさしながら言葉を続ける。

「ただな、面倒なのはそれだけじゃないんだ」
「まだなんかあるんですか?」
「あるんだよ、似たような状態で見つかってる遺体が。それも日本中に」
「……はぁ?え、なんすかそれ」
「ここ1か月、大型動物にめちゃくちゃにされたみたいな死体がごろごろ出てきてるんだよ。外じゃなくて、家の中で。ここ1週間だけでも岡山で1件、北海道で2件、京都で2件、東京でその仏さん含めて4件だ」
「ひ、被害者に何か共通点って見つかってないんですか?」

あまりの不気味さに怖気づいたのだろう。大森の顔は明らかに血の気が引いており、口元がわずかに引きつっていた。

「あるにはある。だが事件に何か関係しているのかはわからん」

赤松はそう言って、手元にあった資料の束を一つ投げつける。

「…SCP財団?なんすかこれ」
「自分達が化け物を捕まえている組織の一員だと言う体で、その化け物を作るっていうちょっと変わった怪奇創作サイトらしい。元々はアメリカの掲示板発祥らしく、ここ数年で世界中に広まったらしい。」
「被害者全員、このサイトに登録してたってことですか?」
「あぁ。しかもそれだけじゃねぇ。これまで見つかってる被害者全員、殺される直前までそのサイトにアクセスしていたようなんだ」

それを聞いた大森は、ますます目を丸くした。

「な、なんすかそれ…。それじゃまるで、都市伝説とかで見る閲覧したら必ず殺されるサイトじゃないですか」
「バカみたいな話だが、これが事実だ。全員にこの特徴が当てはまっている以上、このサイトが何かしらの形で関係しているはずなんだ。…っと、話しすぎちまったな。お前そろそろ昼休憩終わりだろ?俺のことは気にせず、自分が担当してる事件の捜査に行ってこい」
「あ、は、はい!じゃあ失礼します!」

そういい慌てて走っていく大森の背中を見送り、赤松は再び捜査資料へと視線を落とした。この正体不明の大量殺人には、このサイトが何らかの形で関係しているのは間違いないはずなのだ。しかしいくら資料を読んで一体どう関係しているのかわからず、赤松はデスクでただただ首をかしげるばかりだった。



影響を受けたアイテム セラピス以前の概要 セラピス以後の概要 再収容されたか?
SCP-964-JP 人語を話す一頭のオスのライオン。二次元面上に描かれたライオンのイラスト等に転移し、移動することが可能。フィクションの作者に対して殺意を抱いており、可能な限りの方法で該当人物を殺害しようと試みる。 異常性変化直後、収容房から消失。正確な異常性の変化は不明。 現在、空想科学部門指揮の元、対象の捜索が行われている。 N
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