現実玩弄者である彼は
評価: +17+x
blank.png

「彼のファーストネームはサムエル。ラストネームはヴェラスです。彼はクラスV現実改変者であり、私たちはどうすれば彼の収容を維持できるのかわかりません。財団はこれまで彼のようなものには決して遭遇してきませんでした。」

ウェザーズ博士はゆっくりと瞬きながら彼の助手を見上げた。「インタビュールームのスクラントン現実錨は起動したのか?」

助手は数枚メモを捲ってから頷いた。「はい。彼が現実改変を行うと機器が爆発すると彼に伝えました。」

サイト管理官は椅子に凭れかかり目を閉じ鼻から息を出した。再び眼を開いた時、オフィスの飾られた壁が目に入った。クリアランスがないためメリアムには誰なのかわからない、しわしわな顔の人々が黄金の額縁に飾られていた。まるで彼の肩にそれぞれが期待の重しを載せているかのように見つめていた。

頭を振って集中し直す。彼は続けた。「彼はどうかね?少なくとも従順にはしているかを知りたいね。」

「ノー、サー。」メリアムの抱える書類束の向こうから声が聞こえた。彼女の頭はメモに埋もれていた。「彼は可能な限り早く収容を脱し、全人類の生命を終わらせることを企図しているとはっきり言いました。」

彼は頷いた。「他に私が知らねばならないことは?」

彼女は少し詰まった。「彼は'プライマス'1の名前をより好んでいます。」

老人は答えずに椅子から立ち上がった。彼は何枚か書類を机から取り上げ、草臥れた知力を掻き集め、見つめる肖像画の間にメリアムを残して行った。

インタビュールームの扉は彼には見慣れたものだった。それは昏い灰色の金属製で、誰も記憶に残そうとしなかった不幸なインタビューのせいで上部が少し凹んでいた。何千度目になろうかというヒンジが軋む音を聞きつつ、彼は狂ったように笑む若い男が手錠を掛けられて低い鉄製机の奥側の椅子に座っているのを冷ややかに観察した。「サイコパス。」彼は呟いた。彼は現実改変者を憎んでいた。

ウェザーズ博士が彼の対面に座り、書類を机に広げていると若い男は眼を開いた。彼の注意は隅でブゥンと鳴る機器に向けられていた。現実錨は全高3mであり奇妙なガスに満ちたチューブ内に電気花火が定常的に流れていた。美しい機械であり、常人には造り得ないほど複雑なものだった。彼にはスクラントンが常人ではないと思われた。

財団の過去に思いを馳せるのを止め、彼の前の書類に眼を光らせた。「こんばんは、ミスタ・ヴェラス。そしてSCP財団へようこそ。君の異常な性質は私たちの組織による君の即時拘束を正当化した。君の収容条件に何か問題があるのならばこの機会に言いたまえ。君の異議申し立てが適格であるならば収容プロトコルが見直されるだろう。」

現実改変者は頭を仰け反らせて笑った。「したいことなら何だってしていいぜ!したけりゃコンクリに詰めてもいいぜ。そしたら俺ァ掘って出て――」

ウェザーズ博士は興味無さ気に書類をめくった。「そうかね。これから君が現実改変者であるのか確かめる質問をいくつかする。異常能力の行使が君にはどのように見えているのか説明してくれたまえ、サムエル。」

若い男は忌まわしげに唇を歪めた。「俺ん名前はプライマスだ。」

サイト管理官はこの時眉を上げた。「私は君をそう呼ぶつもりはない。ここにいる他の誰もが同じく呼ばないだろう。どうやって現実を変えるのかい?」

サムエルの唇に笑みが広がった。「波を思い浮かべろよ、ハカセ。ビッグウェーブ、ビーチの近くで、ハクいスケが砂の上で寛いでいる様を。ボードに乗ってあちらこちらへ、そうして現実を変えるのさ。SRAを止めてみろよ、このサイトの全員をパチンと手首を返すだけで殺し尽くしてやるぜ。ボードから降りる前に最後にもう一波乗ってやるよ。」

ウェザーズ博士はきつく眼を閉じ、失望がもれないよう試みた。「そうだな。私たちが捕えた現実改変者は皆、そうした印象を持っていたようだ。あるいは似たような印象を。」

サムエルが椅子から急に立とうとしたため、鎖に繋がれた手錠が大きく音を立てた。「俺は単なる現実改変者じゃあねえぞ。俺は神だ。お前らの現実改変者なんてもんは俺に比べりゃあカスだ。」

ウェザーズ博士は読書用眼鏡の向こうの若い男を見つめた。サムエルは彼の視線の意味を考え、退屈と苛立ちの感情を見出した。サイト管理官の忍耐力は尽きつつあった。若い男はニヤニヤと笑い、椅子に背を預け反抗的に見つめ返した。

サイト管理官は、次に、机の上の一枚の書類に手を伸ばし取り上げ、数秒それを読んだ。顔の前から下ろし、低い声で話しだした。「この財団で過ごした年月の中で、私は君のような723人の現実改変者とインタビューしてきたのだよ。132人はクラス-Ⅱとされ、211人はクラス-Ⅲ、172人がクラス-Ⅳ、そして驚いたことに208人がクラス-Ⅴだった。」

サムエルは爆笑した。「お前の頭ん中の目ん玉を溶かしてから新しく作っては溶かしてってのを未来永劫出来るようなヤツに会ったって?」

サイト管理官は息を吐いて椅子に凭れかかった。「そうだ、数百回もだな。なぜ私が何度もこのようなインタビューをするのかというとだね、危険性の高い個人に対処する場合、インタビュアーにはある種の…… 現実改変者に対する不撓性が必要でね。君は今不撓性を試しているのだよ。」

「お前が時間稼ぎしようってんなら」サムエルはあくびをするふりをしながら答えた。「俺の気を引こうには下手くそすぎるぜ。」

「私の言いたいことは、だ。ミスタ・ヴェラス。これに飽きつつあるということだ。君のようなものに飽きてきたのだよ。君は現実を何も知らない移り変わりを感じられるかね?恒常的な変動を?

「ハカセさんよ、俺が何を感じているのか知りたいのか?」若い男は前のめりになり、恐るべき情熱を眼に燃やした。「俺を感動させるものはなんもねえと感じる。特にお前のような虫けらにはな。」

「虫けらか……」ウェザーズ博士は現実改変者の頭上の天井を眺めた。「実際そう感じることは何度かある。私の知っていることについて知るほどにな。私たちの誰しもが本当は秩序に生きていない。サイトは消え、研究者も、エージェントも…… 特にSCPは。神と、あまりにも多くの異常性がただ逝った。現実から消え失せ、宇宙によって揉み消された。」

「俺の有難い言葉が聞こえなかったのかよ、ハカセ?お前の声を聞くのよりうぜえのは隅のSRAの騒音ぐらいだ。」

ウェザーズ博士はあたかもそこにあるのを忘れていたかのように現実錨を見た。「ああ、そうだったな。財団の至高の偉業だ。スクラントン現実錨はその領域内のいかなる異常な活動をも中和可能だ。そうだろう?」

サムエルがニヤニヤ笑って答え始めた時、大きなズドンという音が彼を椅子の背に叩きつけた。ウェザーズ博士のピストルが彼の指から床に落ちて砂に変わるのを見て、若い男は驚き混乱した。

「なんじゃこりゃ。あれが動いてるのに、改変ができるのか?」サムエルは機器を穴が空くほど見つめた。ウェザーズ博士は椅子から立ち上がり、解れ毛を整えながら部屋をゆっくりと歩きだした。

「ああ、君は領域内でも改変できる。財団が異常性を中和する技術を持っていると本当に思っていたのかね?もし出来たなら、全てのサイトに百は持っていないとおかしいのではないかね?レベル2職員がどうやって装備が動いているのか尋ねた際に答える嘘なのだよ。SRAは現実性を安定させるが、変更不能にはしないのだ。」

「つまり、やれるってことか…… なら、これで終わりだな。」サムエルは笑み、勝利に手を上げ、そして、純粋な悪意と力からなる長々とした笑い声をあげた。そして止めた。老人が若い男を見つめていた。癇癪を起こした子どもを見るようであった。

「おい、じじい。」現実改変者は唸った。「お前の世界は滅びかけてるぜ。」

「あー、疑わしいね。」彼は答えた。「まあ、既にそうだったとも言いうる。シュレディンガーを知っているかね?それに少し似ている。」

サムエルは首を傾げた。深い笑みが顔に刻まれた。「続けな。飽きたら出てくがな。」

「繰り返しになるが、君がそうするとは疑わしいね。」ウェザーズ博士は答えた。「君がそうして出て行って、このサイトを壊し、立ち去って地球に大災害を齎した途端に、君と私とその他皆全ては本当の私たちの模造品へと変じるだろうからね。」

サムエルは頷いたが、その眼は興味が無いように装っていた。「おおぅ、それは残念だな。」

「君が全ての生命を君の望むがまま刈り取ると言うなら、君はその後何をする?」

サムエルの眼から輝きがすぐに消えた。「俺様はプライマス。俺様は俺様らしい者の中で初めての者だ。俺様に並ぶ者はない。苦悩する死者が割かれた時、俺様は天に向け大いなる鬨の声を上げるだろう。そして宇宙は俺様の力を知るだろう。」

ウェザーズ博士の老いた顔に罠に捕えた笑顔が浮かんだ。「ああ、そうだ。今や私の眼に浮かぶよ。空の天球にただ独り立つ姿、怖れなく天の闇に吠え、彼に敵う者はないと理解する。確かに素晴らしいイメージだ、そうだろう?」

「特に素晴――」

「そこで君の物語は終わるのだ、サムエル。単一の儚いイメージだ。少しの間だけ人を感嘆させるのが精々で、その後打ち捨てられる。そしてより完全な宇宙が選ばれるのだ。」

サムエルの眼にまた怒りが満ちた。「あれより完全な宇宙がありうるだなんてなんだ?」

「これだよ、サムエル。君と私、今ここにいるのが現実のサムエルとウェザーズ博士で、それのみだ。定常現実流転においてサイト-19がなぜ持続できるのか君は不思議に思うことだろう。なぜ一部のアノマリーは他のアノマリーと同じように消えないのだろう。そして全てを考えた時、君の後ろから常に覗き込む一対の眼に気付くだろう。それらにとっての善は現実味であり、それらの言葉は法となるのだ。私たち全てを殺すようなもの、君の様なものはね?単なる示唆に過ぎず決して真剣に取り扱われはしないのだよ。」

サムエルは拳を鉄製机に下ろし、数枚の書類を振るった。「違う!俺様はこの地球の神だ!どこぞの見えない判事でも陪審員でも処刑人でもない!俺様が唯一の処刑人だ。

ウェザーズ博士は空中に自身が浮かんでいることに気付いた。サムエルの手錠は塵になり、その手が首に掛かっていた。その弱々しい体を吊り上げられながら、彼はサムエルの眼の煮えくり返る怒りをじっと見つめていた。

「じっくり殺してやるぞ、じじい。」サムエルは唸った。「お前のために、あり得る限り最悪な拷問を編み出してやる。そして永遠に繰り返してやる。お前が慣れないように、俺様がもっと悪いやつを考えついたら変更してやる。俺様の十字軍進撃の中で生き残る唯一の生存者にお前はなるんだ。この地上に死体どもを見るためだけになぁ。」

「いいや」ウェザーズ博士は答えた。「君がするとは思わないね。」

老人の首を絞めるサムエルの指に力が籠もったが、しかる後に力は緩められた。若い男は苦悶の表情を浮かべ、サイト管理官を床に下ろして席に戻った。現実改変者はじっと座った。

「お前は何をした?」サムエルは振るえる声で尋ねた。若い男は動けなかった。

「私か?」ウェザーズは質問に少し驚きつつ言った。「あぁ、私は何もしておらんよ。私は現実改変者ではない。他の誰かがしたのだと思う。そう、私が君らのような現実改変者を心底嫌う理由はそこにあるのだよ。君らはとても…… 遅れている。現実は君のいうような波ではない。それはけして弱まることのないハリケーンの下煮えたぎり揺さぶられる海だ。いくらかの人々は…… 君は何と言ったかな? "ビーチの近くで波乗り"? 児戯だな。真の現実改変者は台風の目に始まる自然を彼の雌犬にするものだ。

サムエルは椅子に背を預け衝撃を受けて見つめた。若い男の眼は大きく見開かれた。「お前、一体何しやがった?」

「ああ、これか?私は君に赤色で話し掛けたのだよ。太字でね、多分。」

サムエルは言葉を発しようとして、唇は震えて"O"の字を描いた。ウェザーズ博士は手を上げて彼を止めた。

「魔法ではない。アノマリーでもない。宇宙自体がアノマリーだからな。必要なのはある種の現実観だけだ。そして高位にある友人を得ることも助けになる。」

サイト管理官は咳払いをして座った。彼は前にある文書を読む振りをしたが、すぐに見上げてサムエルの顔を観察した。彼は恐怖を見た。

「サムエル・プライマス・ヴェラス、君は……」彼は言い出した。「私が合計723人の現実改変者にインタビューしたことがあると君に話したな。何が彼らに起きたのか知っているかね?」

サムエルは黙って頭を振った。

「彼らは皆クラスを与えられ、文書に記述され、収容ユニットに移送された。公式ファイルがイントラネットの目録にアップロードされ、試験が行われた。時々クロステストも行われた。そして何が次に起きたと思う?」

サムエルは答えを怖れた。

「彼らの殆ど全てが消え失せた。多分7人のみがまだここ、私たちの現実にいる。それら皆が特別だった、何らかの点でね。ある者は何も出来な…… いや、どうでもいい話だった。残りはただ消された。忘れられたのだ。そう、現実改変者に関する第1の真実は、彼らは私たちが気付くよりも桁違いに沢山いるということだ。第2の真実は宇宙がある種の嫌悪感を彼らに対して抱いているということだ。」

「なにが…… 俺は…… 俺も消え失せるのか?」サムエルの声はかすかに震えていた。

ウェザーズ博士は肩を竦めた。「おそらくは。だが私は君が望むのならば試したいことがある。今はこのようなことをやってみたくてね。クラス分類をしないでおこう。文書化もなし、イントラネットに上げるファイルもなしだ。私たちは君をただ収容ユニットにおいて、何も記述しない。いいだろう?」

サムエルの眉間に皺が寄った。「どうしてそうするんだ?」

ウェザーズ博士は姿勢を正した。「複数の理由がある。多分私が疲れ切った老人であり、終わりのない単調な現実改変者とのインタビューを終わらせたかったからではないかな。君には書類にせねばらなんようなことをして欲しくないし、君も書類には書かれたくはないと思うのも理由だろう。同意してくれるね?」

サムエルは暫く黙っていた。「ああ、同意する。」

頷き、ウェザーズ博士は後ろを向いてインタビュールームの扉を開き、廊下の向こうの2名の武装職員に知らせを送って彼らが到着するのを待った。二人組は部屋に入りサムエルに肩を貸して持ち上げて扉の方に押していった。

最後に今一度、ウェザーズ博士は若い男の方を見た。「君と話せて楽しかったよ、サムエル。よい人生を。」

心許無い笑顔がサムエルの唯一の返答だった。

サイト管理官はインタビュールームの扉が閉まるまで少しの間待ってから鉄製の椅子に座った。もう一度書類を眺めてから椅子に凭れかかり天井を見つめた。

「君もまたさようなら。」彼は部屋で独り呟いた。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。