超電救助隊HERO×H.E.R.オペレーション ヒーロー大戦~第2次インシデント-HERO~
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「実験お疲れ様です、雉園きじにわめぐみさん」
「……どうも」

 サイト-81BBの実験室で、あるシステムの動作試験が行われていた。装備を脱ぎ分析室に戻った被験者、エージェント・雉園をサイト-81BB整備員長兵路愛蘭が労う。

「どーしてうまく行かないんでしょうね?」
「やっぱりこの『Mind』のパラメータじゃないですか」
「ああもう何だよ『Mind』って! 科学って言葉知ってんのかクソが……これだからパラテクはよ……」
「まあまあ……それを解明するのが我々の仕事でしょうよ」

 もっとも、実験終了とは言っても、失敗という結果での話。
 モニターや計器とにらめっこする研究員たちの愚痴めいたやり取りは、分析が難航していることを示唆していた。

「せっかく来てもらったのにすみません」
「いえ……こちらこそすみません」

 たった今試験中である新装備の根幹設計提唱者にして開発計画の統括者として、兵路が残念そうに侘びた。
 雉園も、つられて謝る。
 要注意団体「超電救助隊HERO」から離反し財団についた彼女は、手土産とばかりに古巣の技術を用いた新装備を財団に提供した。ヤクザやマフィアもかくやといった筋の通し方だが、しかし財団としては敵性技術を接収できるいい機会だった。
 故に、現在は財団管理下でサイト-81BBとなった元・超電救助隊の工業施設の設備を用いて、リバースエンジニアリングと新技術開発計画は接収後に比較的早期から行われているが、システムの起動一つとってもこのあり様である──中々うまくは行かないものだ。

『雉園慈。結果はあれだが……まあ気にしなくていい。動かないときは動かないもんだ、超電救助隊やつらの技術なんざ特にな』
「いえ、別に……」

 スピーカーを通じて雉園に声をかけたのは、サイト全体を統括するAI「幕秣まくまぐさ玖珠真くすま」。サイト-81BBにオペレーティングシステムとして内蔵されたそのAIのモデルとなった幕秣玖珠真生前の本人はGOCから超電救助隊へ籍を移した離反者で、その後超電救助隊で人格を抽出されサイト-81BB今の姿になった、らしいと聞く。
 その彼が言うならそうなのだろうが──そもそも雉園は自身を被検体とした実験がうまくいくとはハナから思っていなかったし、結果も特に気にしてはいない。

「整備員長、次の実験準備始めます」
「わかりました、すぐ行きます!」

 「すみません、それでは」と告げて、兵路は小走りでその場を去った。
 どうしてそうやる気になれるもんかね……と、雉園は思う。彼女が被験者として呼ばれたこと自体行き詰まった研究に対するブレイクスルーを期待されてのことだったはずだが、それも空振ってなお気落ちする様子を見せないのは、雉園には理解が出来なかった。
 はぁ、と1つため息を吐く。

「やあ、お疲れちゃん」
「お疲れ様、雉園さん」
「亦好さん……と、小熊博士」

 軽薄なノリの声に、眉をひそめた。雉園はあまりこの人物が好きではない──声をかけてきたのは、今回の実験に雉園をアサインした人事担当官、エージェント・亦好。
 もっとも、より嫌なのは亦好の後ろにいた、倫理委員会職員にして雉園の上司にあたる女性、小熊月子のほうだが。

「来てたんですね……ご無沙汰してます」
「わたしはほら、一応責任者だし、あとは監査の都合とかもあって。元気だった?」
「まあ……別に。普通です」
「そっか」

 装着型装備の人体実験ということで、この研究には財団倫理委員会の監査が入っている。小熊月子がこの場にいるのはその都合ということだろう。がしかし、それだけというわけでもまた、ない。

「いやぁしかし惜しかったねぇ。『適性値自体に問題はなさそう』ってさ。奇しくも同じ『HERO』の名前を持つ私たちならと思わないでもなかったんだけど、やっぱりその線は正しいかもね」

 「ま、それはこの後に控えてる他のオペレーションメンバーに期待かねぇ」と、亦好が嘯いた。
 H.E.R.オペレーション、正式には倫理・人道的即時対応動員。縮めてH.E.R.Oと呼ばれる倫理委員会直轄人員の1人として、雉園慈は81BBに派遣されていた。
 小熊博士が責任云々と言っていたのは、多分そのことだろう。彼女こそがそのオペレーションの発案者兼責任者なのだから。

「そんなダジャレみたいな理由でうまくいくわけないでしょうに……しかもなんでよりによって私なんすか」
「あはは。まあ倫理委員会の管理下で動かせる人員が欲しかったってだけさ。特別な意図はあんまりないよ」

 いけしゃあしゃあと、亦好はそう言い切った。
 そのあたりの政治的な事情は雉園にはよくわからなかったが、まあ、そうなのだろうと思うことにした。理解できないことは、早々に理解を諦めることにしている。そういうのは頭のいい人たちの仕事だ。現場で手足として動く立場のエージェントとしては、一定のラインで割り切ることも大事な心得である。実際、そうやって生き残ってきた。

「それで雉園ちゃん。私たちは今から一回本部に戻るんだけどさ、きみこの後帰投だろ? ついでに乗っていかないかい?」
「……じゃあ、お願いします」

 疑問形なのは表面上だけでほとんど否応のない質問を、雉園はため息を押し殺して受諾した。


 ──『ある朝起きたら、大きな虫になっていた』。

 海外の文豪カフカ先生が書いた『変身』という小説は、確かそういう話だ。
 あまりにも強烈な出だしが頭にこびり付いていたのか、その小説のことをたまに思い出す。もっとも、長かったうえに思っていた内容と違って読むのを諦めてしまったから、それも少し憚られたけど。きちんと読み切っていない本の話をするのは、あまり気持ちがいいとは言えない。

 ──「カフカの『変身』という話を知っているかな? 私たちはあれに対するアンチテーゼなんだよ。聞いたことあるだろ? 私たちは闇の中で蹲っているべきじゃないって話を」

 雉園慈は思い出す。H.E.R.オペレーションに勧誘されたときのことだ。
 運転席の後ろから、亦好の赤縁眼鏡が見える。話の枕としてかのエージェントが告げた台詞と、あのときの空気を思い出す。

 ──「このオペレーションは言わばお仕事のついでに善意の人助けをしようってだけでね。給料が増えるわけでもないし、配属が変わったりもしない。ただちょっと裁量権が広がるだけで、偉くなるわけでもない。きみが何もやりたくないなら、名前を貸してくれるだけで構わないよ」

 いま運転席でハンドルを握っている赤縁眼鏡のエージェントのそんな説得に押されるように、抵抗を諦めてH.E.R.Oとかいうふざけた名前の枠組みに置かれることになった。
 小熊博士とエージェント・亦好、この2人と席を同じくするのはその時以来だ。

「…………」

 この2人が、苦手だ。車内空間の居心地の悪さでそれを思い出した。

 ──女の子だから、黒いランドセルを諦めた。
 ──身体が小さいから、バスケ選手になるのを諦めた。
 ──頭が悪いから、いい大学に行くのを諦めた。
 ──世界は残酷だから、全員で生き残ることを諦めた。

 何も古典文学全集に限らない。あらゆることを諦めてきた。
 諦め続けてきた奴が、自分のことさえままならない奴が、人助けだと? 冗談にも程がある。ヒーローなんてガラじゃない。
 気分が悪い──それこそ、芋虫にでもなった気分だ。無意識に触れた二の腕がぶよぶよとした触感を返してくる錯覚に襲われた。

 視線を移す。4人乗りの車内で、1つだけ空いた座席。

 ──「残念だけど、ここじゃこういうことも珍しくない……まあ、これから慣れるよ」

 あの日も、そこと同じ位置の席が空いていた。行きと帰りで1つ空席の増えた車内で、先輩のエージェントはそう言いながら、手元で銃をいじっていた。
 この車内の居心地の悪さは、雉園慈にとって生涯最悪の車内に比肩する。
 俯きながら、助手席に座る上司の顔を伺う。まっすぐ前を見ている瞳に怯え、慌てて目をそらした。
 ただひたすらに、居心地が悪いと思った。雉園以外の2人は意にも介していないが、雉園慈は早く開放されたいと思って、窓の外を見た。

『ピー、ガッ』

 瞬間、車載無線機がノイズを吐いた。

『81BB実験予備人員、H.E.R.オペレーションの十為です』
「こちら亦好。どったの倫ちゃん」

 現地に実験予備人員兼監査員として残ったH.E.R.オペレーションメンバーからの着信。やけに切羽詰まった口調に、緊張が走る。

『サイト-81BB、襲撃を受けています』
「なんだって?」


 サイト-81BBは混乱していた。

 ──「被験者2番、H.E.R.オペレーションから来ました十為倫です」
 ──「オーケーです。実験手順ですが、基本的にコマンド操作はこちらが行いますので、できる限り動かないようお願いします。それ以外の場合はこちらから適宜指示しますので、従ってください」

 そんなやり取りを通して実験準備に入ったのがついさっきのことだが、そのときからサイト内の空気は一変していた。

『みんな! 落ち着いてくれ! 既に保安部隊が対処している! 落ち着いて避難を!』

 スピーカーから繰り返されるアナウンスが示す通り、外から銃声や衝撃音が絶え間なく聞こえてくるのを耳にしつつ、十為はサイト内を駆けていた。
 職員を見つけては、他の職員たちと合流して避難するよう促す。

「おいAI、襲撃者のことは見えるか?」

 H.E.R.オペレーションは即応部隊である。こういう事態のために設置された人事区分に列された者としてどう動くのが最善かを、十為倫は考えていた。
 外で鳴っている音は、次第に大きくなっている。戦闘が激化しているということだろう。相手次第では十為はそちらに向かったほうが力になれるかもしれない。
 そう考えて放たれた質問に対する答えを、サイト-81BBは持ち合わせている。

『超電救助隊HERO。あいつらだ』

 サイト-81BBは、元は超電救助隊の大規模重要可変拠点「要塞機神ビルダー・ボルドー」である。装置生産設備を兼ねるその建物からだは、手元から離しておくにはあまりにも大きいだろう。そのことを、裏切り者たちは知っている。

「構成は」
『パワードスーツを着た人間が……3、4人ってところだ』
「……そうっすか」

 少数相手の戦場に1人増えたところでどうなる?と自問し、どうにもならない、と結論づけた。

『戦況も別に逼迫してるわけじゃない。わざわざ戦場に出て危険を侵すほどの状況でもなさそうだぞ。H.E.R.オペレーション……人助け人員っても、そのへんの計算はできるだろ』
「そっすね……いや待てよ?」

 言外に鎮圧するのにそう時間はかからないだろうという予測を伝える言葉を受けて、納得しかけると同時、違和感が去来した。
 襲撃に来ておいて、初っ端からそんな弱々しい攻勢で良いのか? 普通勝算立ててから来るもんじゃないのか?

「嫌な予感がする」

 十為がそう呟いた瞬間、視界が暗転した。

「──!」
『何だ!? 電気系統が……!?』

 突如訪れた停電に、サイト内はさらなる混乱を生じる。
 随所で悲鳴が上がるのが聞こえた。

「おい何が起きてる!」
だ……外の電気系統から侵入されてセキュリティを持ってかれた……!』

 おかしいと思った。外は陽動で屋内こっちが本命か、とほぞを噛む。
 考えてみれば当然の話、中から陥落させることができるなら正面きって制圧する必要はない。古来の兵法書にも書かれていることだ。
 そして、超電救助隊にはそれができるヒーローがいる──裏切り者たちは、知っている。

「それってマズいんじゃねえのかよ」
『ああマズい──! 案の定だ、格納庫のアンドロイドが暴走し始めた!』
「ァン!?」

 元装置生産設備にして現リバースエンジニアリング施設として、サイト-81BBには超電救助隊時代に生産していたマシンの在庫や他所から接収した工業製品類が蓄えられている。
 特に未だサイト-81BB統括AI「幕秣玖珠真」の権限下にある機械類は、危険地帯への突入だとか犯罪者の捕縛だとか武力衝突への介入だとかそういう用途に使われるものが大半だ──敵方にセキュリティ持っていかれた今となっては非常にマズい

『畜生、操られてやがる……!』
「チッ……!」

 まだ乗っ取られていないシステムを駆使してハッキング状況を確認すると、サイト内外に点在する複数の格納庫で機械たちが次々に制御を奪われ、動き始めていた。

「避難経路の確保は!」
『愛蘭──兵路がやってる、完全じゃないが』
「じゃあその穴埋めをすりゃいいな?」
『そうなる……そうなるが……』
「あん? まだ何か?」
『君は、逃げなくていいのか』
「オレはH.E.R.オペレーションの即応人員だ。ここで体張んのが仕事なんだよ」
『そうか……』

 走りながら情報を共有する。
 十為に、ここで撤退する選択肢はない。少なくともサイトの内部が危険地帯へと様変わりした以上、仕事をしないわけには行かなくなった。

「オレはいいとして、その兵路とかいうのの方はどうなんだ? そっちは安全策でもあんのか?」
『いや……危うい』

 その兵路は、AI「幕秣玖珠真」の逃走勧告に従うことなく、独自でこの緊急事態に対処し続けていた。
 サイト-81BB襲撃の第一報を受け、兵路整備員長は真っ先に動き出した。 サイトの主任整備士、そして最もこのサイトとの付き合いが長い者としての知識と立場を以て、シャッターを降ろし、バリケードを築き、職員を避難させて回っているその彼女が、しかし今この状況となっては一番危険な立場に置かれている。案じるならば十為より兵路の方ではないかという問いは、正鵠を射ていた。

「悪いけど、オレは今1人だ。両方は立てられない。どっちを守ればいい?」
『……避難経路の確保を頼む』
「了解」

 返事をしながら、拳銃を構える。
 さっそく湧いてきた──通路の奥、歩く自律駆動人型機械アンドロイド眼球カメラだけが、非常時照明の薄暗い通路の中で赤く光っていた。

「安心しろ、H.E.R.オペレーションのエージェントはもう1人呼び戻してある」
『本当か!』

 舌を打ち、引き金を引きながら、十為は付け加えた──監査員として有事のために用意していた対物用実弾が、アンドロイドの脚部を砕く。
 サイト-81BB襲撃の報を受けて、帰投途中にあった亦好の車に、増援の要請連絡は入れてある。

「ああ。あれから20分は経つだろ……そろそろ、戻ってくるはずだぜ」

 ほら。
 噂をすれば影が差す──十為の片耳に着いた無線機から、着信を知らせるノイズが鳴った。

『H.E.R.オペレーションの雉園です。サイト-81BB屋内に到着しました、何すればいいですか?』


「いた」

 先に対処にあたっていた十為に言われるまま、兵路を探して走っていた雉園は声を上げる。
 閉鎖された通路を行ったり来たりしながら走り続け、サイト-81BB管制室──比較的深部にある統括設備の中に、兵路愛蘭の姿を見つけた。

「だから、『要塞機神』の知識で例のシステムくらいなんとか出来ないかって言ってるんです。わからないですか?」
『いいから早く逃げろと言ってるんだ、愛蘭。何度起動しようとしてもダメだ。試しているのは知っているだろう』
「ならあなたの体を使えばいいじゃないですか」
『それもできない。いま必要なのは避難だ、愛蘭』

「兵路さん……?」

 怒鳴り声が交わされるのを、遠巻きに見る。
 ここに来て内輪揉めか? 面倒なことは早く終わらせてくれと、ため息を吐いた。

「じゃあ幕秣さんはどうするんですか? このままじゃどん詰まりなのはわかってるじゃないですか」
『だがここでゴネていてもどうにもならないだろ』
「はぁ? だから──」
『だからじゃないだろ……俺の体サイト-81BBは壊れてる。統括システムも乗っ取られちまった。流石にどうしようもないのはお前が一番良く知ってるだろ』

 インシデント-HERO。サイト-81BBが超電救助隊を裏切った直接的原因となる事件の際に、サイト-81BBの設備はソフト・ハードともに損傷を被っている。加えて、今となってはアンドロイドたちに対する支配権は敵方にある。
 故に、本来機動要塞としての役割を兼ねる彼の体はこの状況では一切、あてにならない。

「……なるほど。見損ないました。それじゃ」
「あっ、ちょっと、兵路さん?」

 兵路はその言葉を聞き入れた。ただし、失望を伴って。踵を返した背中が、それを雄弁に語っていた。
 雉園に目もくれず、わざとらしいまでの足音を立てて管制室から出ていく兵路を視線だけで追うが、どうしたものかと管制室に置かれたメインサーバーを伺う。

「……あの」
『ああ……H.E.R.オペレーションのか。すまない、愛蘭──うちの整備員長を頼む』
「え、あ、はい。えっと……あなたは」
『こうなったら俺にはどうにもできん』

 言外に『詰みだ』と言いたげな口調で、スピーカーから声がする。
 そうか。施設の管理者がそう言うなら、そうなのだろう。撤退戦というわけだ。雉園は割り切った。

「詰みですか」
『そうなる……が、すべてを捨てるにはまだ早い。みんなは守ってやりたい。向かっていったのは整備室の方だ……悪い、任せた』
「わかりましたよ」

 行けばいいんでしょう、行けば──そう言わんばかりに、雉園慈は駆け出した。



「兵路さん! H.E.R.オペレーションです、あなたの保護に来ました」

 照明の落ちた通路を走り、追いついた人影に声をかける。

「……雉園さんか」

 兵路を追い、『整備室』と書かれたゲートをくぐった。
 あちこちに機械が散乱する室内の一角、整理され陳列された何らかの備品の前で身をかがめる兵路は入ってきた雉園に気づき、声を上げる。

「何しに来たんですか?」
「……えっと」

 非常電源の微弱な照明越しでも、睨まれているのがわかる。
 「幕秣」との言い争いが尾を引いているのだろう、喧嘩腰な物言いに少し尻込む。

「私に諦めさせたいんなら、無駄ですよ」
「いや、でも」

 兵路の意思は強固だ。説得に応じる様子はない。薄暗い室内で手元の何かを動かす兵路の様子は、取り付く島もないという形容がぴったりだった。

「はぁ……」

 手に何かの機械をぶら下げて、兵路は振り返りる。

「あなたは何がしたいんですか?」
「……私の仕事は、あなたをここから脱出させることです」

 兵路が雉園を見据えて問うた言葉に、一瞬の間を置いて答える。
 少なくとも、兵路の保護を頼まれて今ここにいるのだ。返答には窮すれど、解答そのものは明確だ。

「私は逃げませんよ」
「そう言われても」

 しかしそれでも、聞いてはくれないようだった。
 ギリ、と歯が鳴る。聞き分けのない子供が嫌いだし、大人はもっと嫌いだ。

「あのさぁ、いい加減諦めてくれません?」

 雉園の我慢はそこで限界を迎え、毒づくような語気として口から出た。

「は?」
「『は?』じゃねぇんすよ。いつまでも駄々こねてんなって言ってんです。ガキじゃないんだぞ、歳考えろ」

 苛立ちをぶつけていく。その語気にラベルがあるのなら「黙って諦めろ。私だって諦めて今ここにいるんだから」と表示されているはずだ。

「じゃあ負け犬みたく尻尾巻いて逃げろって言うんですか?」
「悪いけどそうなるよ。いいか裏切り者、あんたンとこじゃどうだったか知らないけど、財団ここじゃそういうのは珍しくないんだよ」

 雉園慈は知っている。なにせ実体験だ。世界を覆う闇は深くて、捨てられた子猫みたく惨めに蹲って暖を取るしか生き残る道のない夜だってある。夜が明けたとき屍以外のものを残すには、その現実を受け入れるしかない。

「そうですか」

 しかし兵路は諦めない。極めて淡々と、兵路整備士長は答えた。
 兵路愛蘭の目が、僅かな光を受けてギラリと光る。場の空気が、張り詰めた気がした。

「それで、もしそうだとしても──それは正しいことですか」
「……っ」

 まっすぐ、目を見て発せられた質問。その視線を受けて、雉園慈はたじろいだ。

「胸を張って、それは正しいことだと言えますか?」
「っ──でも! 実際問題あんたを逃がすくらいしかできることは無ぇんだって! 現実見ろよ!」
「その現実を覆す切り札がここにある、って言ったら、どうします」
「は?」

 ガチャリ。兵路の手に提げた機械が、音を立てる。

これが、それです」

 兵路愛蘭はそう言い切った。パラシュートのような形の、鈍く光る黒い金属質の機械を背負い上げ、腰の部分で留め具のようなものを嵌める。

 超電救助隊は諦めが悪い。愚直という言葉がぴったりのその組織を裏切るにあたって、工学者である兵路愛蘭が何も考えていなかったわけではない。
 サイト-81BB、元『要塞機神ビルダーボルドー』が差し出した知識と生産設備、それに財団の技術を組み合わせた共同研究──兵路が身に着けた機械はその成果物の1つ。雉園たちが被検体となっている装備の理論的な完成モデルとして試作された同族殺しのアンチパワードスーツ・スーツ。
 プロジェクト名を高速迫撃無力化戦闘装備Rapid Impact Disarmament Ex Rider、通称『Type-RIDER』。

 この状況を覆しうる切り札は、既に用意されていた。

USER IDENTIFIEDユーザーを認識しました! 兵路愛蘭のクリアランスを照会します』

 機械から、財団標準仕様の男女どちらとも取れないシステム音声が鳴る。

「わかったら私のことは無視して行ってください……クソ、早くしてよ!」

 話は終わりだと言うように、『Clearance checking…』と繰り返す機械に向かって悪態を吐いた。
 裏切り者が信用されないのは世の常で、だから古巣に背いて財団へ寝返った者たちの装備にはクリアランスのロックが掛けられている。切り札を切るにも稟議が必要となる立場が煩わしくて、地団駄を踏んだ。

「…………」

 雉園慈は、それを見ていた。兵路愛蘭の問いにたじろぎ、彼女の目に射すくめられたまま、その場を動けないでいた。
 以前も、こんな事があったなと思う。

 ──「あなたは何も諦めなくていい。もちろん、そう望むならだけど」

 H.E.R.オペレーションに勧誘されたとき、責任者兼設立者の女博士が言っていたこと。
 あの人も、まっすぐ目をしていた──あの時の雉園も、一瞬、たじろいだ。

「クソッ……! 裏切り者は信用なんないってか……! 頼むから承認降ろせよクソ!」

 クソ食らえだと思った。何言ってんだとも思った。だから踵を返そうとした。勝手にやってろと、背中で反駁するつもりだった。
 今も、そうしようとしている。それでも足が動かないのは何故か。
 説得されたら断れないから? 穏当に会話を切り上げたかった? 
 どちらも的を外している。問うべきはこう──

 ──あの日死んだ仲間のことを、それ以外の全ても、胸を張って諦められるのか?

 そして、答えは決まっている。

 ──そんなわけないだろ。

 ため息を吐いて、雉園は歩き出す。

「あの、それ、貸してください」

 雉園慈は踵を返さなかった。H.E.R.オペレーションへの勧誘に乗ったし、焦ったように頭を掻きむしりそこら中に機械をぶちまける兵路愛蘭へ手を差し出した。

「は?」
「いいから」

 近づいて、腰や肩に巻き付いたベルトを強引に引っ張る。

「わかった……わかったから!」

 有無を言わさぬ勢いで機械を外そうとする雉園に圧されたのか、兵路が自らの手で留め具を外した。

「何がしたいんですか? どうせ81BB私たちはこのまま見捨てられるんでしょう、それくらいわかりますよ……こいつだって、動くわけない」
「やってみなきゃわかんないでしょう」
「どの口が……」

 そのまま、雉園の体に機械をあてがい、サイズを調整していく。愚痴とともに留め具が嵌められ、システム音が再び鳴った。

『USER IDENTIFIED! 雉園慈のクリアランスを照会します……』
「…………」

 2人揃って、息を呑んだ。片方は期待半分諦め半分で、もう片方は確信を持って、アナウンスの続きを待つ。

CLEAR照会完了! H.E.R.Operation倫理委員会により許可
「ほらね?」

 H.E.R.オペレーションのメンバーには、倫理委員会によって裁量権が与えられる。それこそがH.E.R.O最大の特徴アイデンティティ。伸ばしたいと思った手を伸ばせる自由が、ヒーローをヒーローたらしめる。
 切り札は、その権限を認めた。

「でもそれで動かせるとは、まだ……」
「それでも、やってみなきゃわかんないでしょうが」

 そう、肝心なのはここからだ。
 雉園慈は、この切り札と同じシステムで動く装備の実験に失敗している。彼女を装着者とした変身システムが完全に機能したことはない。
 だがしかし、今の雉園はその程度では怯まない。 

『ご希望のコマンドを宣言してください』
「はぁ……操作、わかりますか?」
「いえ。でも、こういうときなんて言うかは知ってます」

 いわゆるお約束というやつを、雉園慈は知っている。なにせ幼少時分ジャングルジムに雲梯に砂場にと、男児と一緒に特撮ヒーローの真似事をして暴れまわった身だ。
 だから、知っている。
 聖書の文句に祈るように、ロックソングのフレーズに縋るように、その言葉を胸に秘めて生きてきた。諦めることを強要するすべてのものを払いのけられる強い自分になりたいという願いは、蓋をすれども確かに胸の奥で生きていた。
 そんな強い奴らヒーローがこんなときどんな号令をかけるのか、雉園慈は知っている。
 だから。知っている言葉を、ずっと知っていた願いを、口にした。

「変身」
ACCEPT承認!』

 高らかに、システム音声が良好な動作を告げる。

『コマンドを実行します』

 アナウンスと同時、黒いライダースーツ状の強化繊維が展開され、雉園の体を覆う。そしてその上にかぶさるように、銀色の装甲が手足の先から胴体部に向けて装着されていく。

「動いた!? 実験では動かなかったのに」

 正直、雉園自身も半分ヤケだ。けれどそれでも、現にこうして作動している。
 さもありなん、雉園慈は変身システムの被験者として本来適性値には何ら問題を抱えていなかったのだ。足りなかったのは覚悟──『H.E.R.オペレーション』という名を引き受ける決意。
 己の立場への実感を欠いていたヒーローは、今、ヒーローとして立っていた。

COMPLETE変身完了! Type-RIDER is ready to jump』

 ヒーロー、ここに在り。あとはその理念を実行するだけ。"準備はできた"と告げるシステム音声を聞き届け、雉園慈は感触を確かめるべく手を握った。

「……雉園さん」
「はい?」
「これ、持っていって」

 そう声をかけながら、兵路愛蘭はフルフェイスヘルメットのような形をした機械を投げてよこした。

「インタフェース用のヘッドマウントディスプレイ兼マイク、とおまけのヘッドギアです。着けてください、助けになるはずです」
「わかりました」

 短く切り揃えられた髪を後ろへ流し、ヘルメットの中に収める。黒地に銀のラインが、非常時照明を反射して鈍く光っていた。

「操作は……体で覚えてください」

 背中の黒いボックスとヘルメットをなにかのコードで繋ぎながら、「複雑なコマンドは、そのメットが教えてくれます」と付け加えて、直後、81BBのスピーカーが鳴った。

『待て、どうしてType-Riderが動いてる!?』

 AI「幕秣玖珠真」の驚愕は当然だ。なにせ彼らは本来Type-RIDERを起動する権限を持たない。意図的に計算から外していた切り札が、どういうわけか動いていた。

「私にもさっぱり……でも、これで」 
『いや。本気で戦うつもりか? 正気じゃないぞ、おとなしく逃げるべきだろ。どうしてわざわざ危険な真似を──』
「うるさいよ」
『は?』

 実験で軽く概説や部分的な操作に触れているとは言え、雉園が完全な形でパワードスーツを身に纏ったのはこれが初めてだ。変身にこそ成功したが、それにつけてもあまりにリスクが高い。
 が、制止しようとするAIの言葉を、雉園は遮った。

「諦めたいなら勝手に諦めろ。私は、諦めないぞ」
『しかし……!』
「じゃ、ありがとうございます、兵路さん。一応、安全なとこに引っ込んでてください」
『待て!』
「……だってさ」

 雉園慈──黒いスーツは、一言礼を言い残して駆け出した。その速度に、制止の声は追いつかない。

「それで、私たちはどうします?」

 残された兵路は、問いかけた。


「このアリンコども……!」

 この現場に居合わせたもう1人のH.E.R.Oメンバー、エージェント・十為は単身戦っていた。
 H.E.R.オペレーションの任務は緊急事態における財団の資産──資材、そして人材の遺失を防ぐこと。その任に則ってサイト-81BB職員たちの避難経路、そして管制室へ続く道を守るべく、襲い来るアンドロイドを迎撃する。
 銃弾がまた1つ放たれ、薬莢が転がった。関節部を狙って放たれた弾丸は機体の駆動を阻害し、動きが鈍ったアンドロイドを罵りながら蹴り飛ばす。
 ガシャガシャと音を立てて転がる機械に巻き込まれて、その後ろからやってきたアンドロイドが後ずさった。

「チッ……」

 キリがない、と思う。雉園が早く兵路を逃してくれれば良いのだが──さもなくばそろそろ共倒れの気配もある。
 対処が、追いつかなくなってきている。弾切れを知らせるトリガーの感触を受けて、突っ込んできたアンドロイドの腕を躱す。一瞬伺えた視界の先では、次の人型機械が構えていた。

(そっちも危ないか……クソ)

 AI「幕秣玖珠真」は、監視カメラを通してその現場を見ていた。
 これだから戦ってほしくないのだ。
 そもそも、敵方の目的は割れている──財団の隷下にいる同志『ビルダーボルドー』やそれに付随する超電気救助隊の装備を取り返しにきたか、あるいは裏切り者の粛清と情報漏洩の防止かのどちらかだ。なんにせよ、サイト-81BBを差し出しさえすれば襲撃してきたHEROたちは引くはずだ。
 H.E.R.オペレーションのアジェンダとは二項対立し、兵路愛蘭にはきっぱりと否定された自己犠牲の行動方針はしかし、まだ譲っていなかった。

「クソッ──!」

 左胸に携えた予備の拳銃を引き抜いて、発砲する。
 体勢を立て直して、マガジンを取り出しながら、着弾を確認した。がしかし、関節部は外したらしい──少しよろめいただけで、次の一撃が迫る。

(頼むから戦わないでくれ……!)

 銃弾が金属に当たる音をCPUで処理しながら、AI「幕秣玖珠真」は祈る。幕秣玖珠真ならば、そう祈り、行動したはず。
 要塞機神ビルダー・ボルドーのオペレーティングシステムとして人格を抽出されたときに、人間としての幕秣玖珠真は死んでいる。今のAI「幕秣玖珠真」は、彼の思考パターンをなぞり同じ名で呼ばれるだけの模造品だ。少なくとも、当人は時折そう感じていた。己の母体となる組織を裏切ったAIに残っている行動律は、かつて正義を信じた男の「正義」を再現することだけだ。
 故に、祈る。かつて正義と信じた組織のために肉体さえ供した男の思考パターンに従って、平和を願う。

 しかし、その祈りは届かない──戦場に黒い稲妻が走る。

『RIDER-KICK!』

 システム音声が鳴り、飛んできたライダースーツの蹴撃に打たれたアンドロイドたちが倒れ伏す。

『COMPLETE!』
「次!」

 突撃の勢いで吹き飛ばしたアンドロイドの群れをよそに立ち上がり、黒いライダースーツのヘルメットがアンドロイドたちが来る方向を睨んだ。

「──ッ! 新手か!?」
『いや違う……味方だ。中身はエージェント・雉園』
「ああ……いや、ァンだ? その格好」

 反射的に銃を向けた十為に、「幕秣玖珠真」が口を出す。
 実験前に会ったときは普通にブラウスとスラックスの姿だったはずだが、と、子音の抜けた発音で「何だ?」と問うた。

「パワードスーツを着てるんです、ほら、実験してたやつの完成品」
『タイプ・ライダーっつって、簡単に言えばアンチ超電救助隊HEROの装備だ』
「あ? なるほど──」

 残ったアンドロイドを殴り、攻撃を躱しつつ、雉園が答えた。
 相槌を打つように銃弾が飛び、アンドロイドの関節を砕く。
 腕を壊されたアンドロイドを蹴り飛ばし、また湧いてきた群れに向かって突進する。

「ここはいい、外行け!」
「──了解!」

 なるほど、これは切り札か。十為はそう理解した。
 襲撃が始まり、その後屋外の電気系統からセキュリティに侵入されたのが今の状況の原因だ。だとすれば、真に倒すべき敵は外にいる襲撃者たち。
 外の敵を倒せと、アンドロイドの群れに飛び込んでいった雉園に向かって、十為が叫ぶ。
 伝令を受け、飛び込んだ勢いのままアンドロイドたちを踏みつけて雉園は飛ぶ。そのまま吹き抜けを直上に飛び上がり、壁を蹴って方向転換──採光用の窓ガラスを突き破って外へ。

「あれか……!」

 ヘルメットのディスプレイが採石場を模したサイト前の光景を映し、保安部隊とアンドロイドが入り乱れる群衆の中から「敵」をピックアップする。
 表示される赤、黄、青のパワードスーツ。向こうもこちらに気づいたのか、雑踏の中から三原色の戦士たちが躍り出る。
 黒い稲妻が着地する。地に手を付いて、視線は前方に並んだ3人へ。

「あれは、ボルドーの作るプロトタイプスーツ!」
「『財団』め……! 俺たちの仲間の力をよくも!」
「許せねぇ! うおおお!」

 三原色のパワードスーツ・アクターたちは、それぞれの方向から仕掛けた。

『そうだ! 行けイエロー! デファイブラレイター・プラズマキャノンで敵を粉砕しろ!』
『グリーン! イエローに合わせて攻撃だ!』
「わかったよ!」
「了解!」

 正面、黄色のスーツの戦士。右側面、緑色のスーツの戦士。それぞれが身に着けたヘルメットから、超電救助隊製AIの指示が飛ぶ。
 雉園のディスプレイが教えるスーツ名は「デファイブラレイト・イエロー」と「サージョン・グリーン」。
 そしてその下に、『CHANCE!』の表示──ビルダー・ボルドーのデータベースには、超電救助隊に属するスーツアクター、そしてその装備や搭載されたAIの情報が蓄積されている。

「コマンド、ライダーパンチ」
『ACCEPT! Type-RIDER is ready to punch』

 小さく呟く。ユーザーインタフェースとしてヘルメットが宣言されたコマンドを拾い、コマンドを実行する旨のアナウンスが鳴る。

「プラズマチャージ! うおおおおお、デファイブラレイター・プラズマ──」
『RIDER-PUNCH!』

 ディスプレイ曰くチャージ完了寸前のイエローの元へ駆け寄り、構えた腕に向かってパンチを叩き込む。
 財団の装備は敵を無力化し収容することに重きを置いた、本質的に守り押し留めるためのツールだ。その設計思想は敵性技術由来の装備、Type-RIDERでも変わらない。「ライダーパンチ」と「ライダーキック」のコマンドで実行されるのはその理念。背中の黒いボックスから供給される特殊な電磁パルスが打撃と同時に炸裂し、GOCのオレンジスーツや超電救助隊のヒーロースーツなどの装備に干渉、破壊する。

『COMPLETE!』
「次」
『何ッ!?』
「ガッ──!?」

 そしてヘルメットが提示した超電救助隊由来の知識は敵対したヒーロースーツの弱点を明らしめ、AIの思考パターンを先読みし、装着者に攻略法を知らしめる。
 『WARNING!』とヘルメットが警告するのを受けて雉園が大きく後ろへ飛んだ。
 そして次の瞬間、チャージ中にライダーパンチを叩き込まれた「イエロー」のプラズマは、それを制御する装置が機能を停止するとともに行き場をなくして散逸し、その場で爆ぜた。

「……あっぶな」
『グリーン、大丈夫かグリーン! 起きるんだ!』

 雉園をめがけて突っ込んできた緑色の戦士を巻き込んで「イエロー」ごと吹き飛ばした爆風を躱し、呟いた。
 「グリーン」のAIの音声が響く。

「何が起きた……大丈夫かイエロー、グリーン!」

 跳んだ勢いを殺すため、地に手をついてそのまま後方転回し、跳ね上がる。

『これは推測だが、奴はおそらく我々の装備を暴走させる力を持っている!』
「何だと! ボルドーを手篭めにし技術を奪うだけに飽き足らず……あまつさえ俺たちの装備までコケにしやがって! おのれ『財団』……ッ!」

 AIの声に応えるように赤いスーツアクターが殴りかかってくる。
 
「っ……えい!」
「チッ!」

 着地時に隙を晒すまいと、跳ね上がった姿勢から上体を捻り、カポエイラ式の蹴りを無理やり放つ。

「コマンド、ライダーキック」
『ACCEPT!』『WARNING!』

 蹴りを当て、間合いを取りながら、コマンドを入力した。
 返ってきたのは同時に2つのアナウンス。何事だと雉園はマスクの中で目を見開いた。

『エクスティンギッシュメント・ファイアファイト!』
「──は?」
「な──!?」

 瞬間、蹴りを入れたにもかかわらず赤色の戦士が雉園に向かって両の手をかざしながら突撃してきた。
 どう見ても不自然な挙動に虚を突かれたのは──雉園だけではない。

「──ッ!?」
「ノーベル、何を……!?」
『ピー、ガガ、ピー』

 発せられた警告に従って、振るわれた腕を上体を反らして躱す。
 AIはスーツアクターの問いに答えず、バグを来したかのような音を発するだけだ。
 何だ? まるで操られているみたいな……あの挙動はそうとしか見えない。少なくとも、パワードスーツを着ているからといって人間はあんな風に攻撃を食らった直後急には動けない。

「そうか……! コマンド、スキャン!」
『ACCEPT!』

 瞬間、雉園は閃く。ハッキングされるサイト-81BB、操られるアンドロイド、そして赤いヒーロースーツ。
 スキャン結果は答えを示す。ビンゴだ。
 上空数十メートル。戦場となった採石場モドキを見下ろす位置に、超電救助隊製スーツの反応。

「そこか!」

 やっぱり、操ってる奴がいた。
 視線は空へ。ステルスでもかかっているのか、スキャンを通してしか確認できないそれを、見据える。
 視界の端で歩幅にして3歩分離れた距離の向こう、赤色の人型がこちらへ飛び込んでくるのが見える。

「体が、勝手に──!」
「いち、にの……」

 3歩あれば雉園慈が飛ぶのには十分だ。10代前半をバスケットボールに費やした彼女の体は飛び方を覚えている。
 1歩目で躍り出て、2歩目で踏み込み、そして──
 
「さん!」
『RIDER-KICK!』 
「クッ……ソォオオ!」

 3歩目で敵を踏みつけて飛んだ。同時にシステム音声が鳴り、必殺技が炸裂する。
 『COMPLETE』と告げるアナウンスの音波は空中、何物にも遮られず全球状に空気を揺らす。重力を振り切って目指すは空中、「キャプテン・カラレス」と表示された影に向かって飛ぶ。

(飛べる……今なら、届く)

 雉園は確信する。低身長ゆえバスケットゴールにさえ届かず俯いていたあの頃とは違う。
 あの日とは、違う。

 ──大きな虫に食いつかれ、飛び立つ怪物に連れ去られていった仲間。

 仲間を見捨てて逃げ出した日のことを、思い出す。今ならきっと、あの同僚にも届く。
 目標物めがけてどこまでも高くなる視界を、刹那の瞬間、味わっていた。

「コマンド、ライダーパンチ」
『ACCEPT! Type-RIDER is ready to punch』

 風を切って飛びながら呟く。同期して、体を弓なりに。腕を大きく頭の後ろに掲げる。
 最大到達点へ。運動エネルギーと位置エネルギーの均衡点で、空へ飛び上がった黒い稲妻はほんの瞬くほどの間だけ静止した。

「なっ──!」
『気づかれてる! 避けるんだカラレス!』

 当然ただでは殴られてくれないだろう、「カラレス」も応じて退こうとする。
 が。

『間に合った!』
「兵路さん?」

 ヘルメットの中、いままでType-RIDERから鳴っていたシステム音声とは違う音源で、人の声がした。内蔵された無線機が伝えるのは兵路の言葉。
 サイト-81BB、屋上。雉園と同じくヘルメットを着けた人の影──兵路愛蘭が、長物を携えて立っていた。

『整備士なら、装備の扱いくらいわかってないとね!』
「っ……!」
『あの裏切り者……!』

 無線越しに、発砲音が響く。
 財団の装備は無力化し収容するための装備だ。そして、その理念は一部超電救助隊と被る。サイト-81BB備え付けの装備にも、そういう装備はあるのだ──敵対するものを捕縛するためのワイヤーガンから放たれた捕縛繊維が、カラレスの退路を線状に遮断した。

「ダンク、シュート…!」
『RIDER-PUNCH!』

 退路を塞がれてできた隙を逃す手はない。あらゆるものから自由になった滞空姿勢から、拳を組んで、掲げた腕を目標めがけて振り下ろす。
 最大となった位置エネルギーをそのまま威力に変換するダブルスレッジハンマー──奇しくも、格好としてはダンクシュートと重なった。
 
 ──届いた。

『ステルスが! 大丈夫かカラレス!』
「っ……! もちろん……!」

 ドサリ、と戦場にパワードスーツが墜ちる。殴り飛ばされ崩された姿勢で「カラレス」は地に転がった。
 仕留め損ねたか……躱されたか、防がれたか。遅れて着地した雉園は舌を打った。
 敵将「カラレス」は健在。だがしかし、ステルス機能は破壊したらしい。白銀色のスーツの上に黒い装備とヘルメットのスーツアクターが、その姿を表した。

『立て、キャプテン・カラレス! 敵を倒して使命を果たすんだ!』
「ああ……イエローたちのためにも、こいつは倒す!」
「チ……コマンド、ライダーキック」
『ACCEPT! Type-RIDER is ready to kick』

 向かってくる。迎撃しようと構えながら、コマンドを呼び出し待機状態へ。

『させるか! カラレス、必殺技だ!』
「必殺……モナーク・インヴォーカーパンチ!」

 ヒーロースーツ「キャプテン・カラレス」は超電救助隊製のスーツにして、同時にヒーローの支配者だ。超電救助隊のスーツはそれぞれの役割に応じて特殊な機能を備えるが、このスーツに備わっているのはハッキング能力。
 危険地帯へのHERO製アンドロイドや現地の機械を通しての遠隔介入を命ぜられているこのヒーローは同時に、その機能を転用して超電救助隊製の装備に対する上位支配権をも任されている。

「なんっ……!?」

 故に。カラレスはType-RIDERと同じく、敵性装備を無力化する必殺技を使う。

『ERROR! コマンドをキャンセルします』

 必殺のパンチを受け、Type-RIDERのシステムがエラーを来す。
 瞬時に安全装置が作動し、チャージされていた電磁パルスは絶縁され、一瞬で霧散した。

『ボルドーめ、小賢しい真似を!』
「っ……あっぶね……!」

 Type-RIDERの必殺技で超電救助隊のスーツが暴走するのとは違い、財団の手が入っているアンチパワードスーツ・スーツは暴走しない。
 財団の尖兵エージェントであり現場要員であるところの雉園本人はさして頭脳や学識に秀でるわけではないが、彼女は背を預ける財団の研究者たちは違う。日夜アノマリーを相手に怨嗟の声を上げながらそれらを確かに収め保つために頭脳を働かせるホワイトカラーたちもまた科学という前線で戦う兵士であり、財団最大の戦力である。非科学を押さえ込み、制御し、時として利用さえしうる知識と技術は今、現場にも還元されていた。
 ディスプレイがスーツの不具合を雉園に知らせる──しかし問題はない。まだ動く。『DAMAGE: MINOR損傷軽微』の表示を信じて、間合いを詰める。

「お返し!」
「パンチが効いてない……!?」
『カラレス! 落ち着いて!』
「……ッ!」

 殴りかかり、驚愕する敵将に拳を浴びせる。同型機なら雉園たちの方に分がある。Type-RIDERとは、超電救助隊から持ち出したデータを元に財団の技術を利用して改良したモデル。裏切り者のアドバンテージは、そこにこそある。
 AIの檄に応じるように殴り返してきた拳を受け止めて、もう一撃を入れた。
 よろめくスーツを、「コマンド、ライダーキック」と小さく早口で宣言しながら追撃しようとする。

『ACCEPT! Type-RIDER is ready to kick』
『──カラレス、下がれ!』
「っ……了解!」

 「カラレス」が跳び下がり、間合いが取られる。
 それで躱したつもりか──

『撤退しよう、カラレス!』
「──は? え? でも」

 迫る雉園から逃げるように、「カラレス」のAIが声を上げる。
 出し抜けの指示に、スーツアクターは戸惑いを隠せずにいた。

『今は分が悪い! 出直すんだ! イエローたちもやられてしまった、ここでキャプテンである君までやられるわけにはいかない!』
「っ……わかった!」

 「カラレス」の視線は一瞬、戦場に転がった三原色の戦士たちへ向けられた。
 逡巡。しかし一秒にも満たない時間のうちに判断を下し、振り切るように飛んだ。
 ──が、その一瞬が命取り。

「仲間を見捨てるのかよ」

 撤退しようと飛んだ後方、未練を断ち切るように戦場に背を向け振り返った視界に、黒い稲妻が走った。
 迅雷の速さで行く手を阻んだ雉園が足先から閃光を散らし、先回りした勢いで脚を薙ぐ。

『クソッ……!』
『RIDER-KICK!』

 システム音とともに電磁パルスが爆ぜ、胴に入った蹴りは「カラレス」を吹き飛ばした。
 ガシャガチャンと、銀色のスーツが地と擦れて音を出して転がる。
 火花を散らして、ヒーロースーツのどこかの部品が小さく爆発する音がした。

『COMPLETE!』
「……信じるものは、選んだほうが良いよ」

 着地して、呟く。諦めたくないものまで諦める必要はないのだ。
 ヘルメットのディスプレイは、敵性装備の反応が根絶されたことを知らせていた。見れば、保安部隊と戦っているアンドロイドたちも動きが停止していた。
 無力化した敵は捕縛するのが財団のマニュアルだ。財団職員として職務を遂行するべく、蹴り飛ばした敵のもとへ歩み寄る。

『クソッタレェ……! このまま……終わってなるもんか……!』

 雉園が手を伸ばした瞬間、ホワイトノイズ混じりでAIが悪態を吐いた。そのセリフと同期して、バチバチと、閃光がひときわ激しく光る。
 最後の意地でも見せようというのか、自爆でもするつもりじゃないだろうな──と身構えた雉園の耳に、保安部隊の悲鳴が届く。

「なんだ、あれは!?」
「アンドロイドが……合体していく!?」

 動きを止めたはずのアンドロイドたちが「カラレス」のスーツから発せられた最後の信号に従って融合し、巨大な1つのロボットの形を成していく。

「クソ! そっちか……ッ!?」
『ERROR! Type-RIDERは応答していません』

 Type-RIDERも原理的には超電救助隊HEROに由来する装備だ。超電救助隊HERO製の装備に干渉する「カラレス」のスーツが発したパルスに当てられて、動作を停止していた。

「嘘だろ……」
「ギ、ギギ──ギャギャギャ!」

 巨大ロボットは、臨戦状態と示すかのように、咆哮するような素振りを見せた。
 ここに来てあんなんどうしろってんだ……Type-RIDERが動かないのに。雉園は、身動きできないまま呆然とする。

『ありがとう雉園さん、もう大丈夫!』

 瞬間、ヘルメットの無線機が兵路の声を伝えた。
 サイトの建物に視線をやる──サイト-81BBに、『要塞機神』の起動を示す灯りが点いていた。

 ──「それで、私たちはどうします?」

 管制室から走り去っていったライダースーツを見送りながら、兵路が放った質問。
 財団サイト-81BB、元・超電救助隊HEROの「ビルダー・ボルドー」、壊れかけの要塞機神を統括するAI「幕秣玖珠真」は、その問いを受けて沈黙した。

 ──「だんまりですか。とりあえず私は雉園さんの援護に行きますよ」

 「キャプテン・カラレスを倒します」と言い残して屋上へ出ていった兵路を、止めようとして諦めた。
 「カラレス」を倒せるかどうかが、一番不確実なのだ。そして、あの不可視の司令塔こそが問題点。似たような機能を積んでいるとは言え、そもそもテストもきちんと出来ていない装備では理論上のスペックが発揮されるかどうかも怪しい。
 奴は超電救助隊の設備に対して支配権を握っている。最悪あれ1人でも「ビルダー・ボルドー」であるサイト-81BBを破壊することはできるだろう。ここで襲撃を退けたとしてもカラレスを仕留めることができなければ、また襲ってくるはずだ──超電救助隊は愚直な正義の味方だから。
 それならば。己の身を供してビルダー・ボルドーの人柱となった男のように、サイト-81BBごと「幕秣玖珠真」の首をおとなしく差し出すほうが、よほどマシな解決法ではないか。
 財団とて、元裏切り者の外様をそこまで本気で守ろうとはしないだろう。だから、「幕秣玖珠真」1人が死ぬことで事態は丸く収まる。はずだった。

 ──「これは言ってなかったんだけど、ビルダー・ボルドーのメンテナンスはとっくに終わってます」

 しかし、兵路愛蘭──ともに超電救助隊を裏切った運命共同体もまた、諦めの悪い愚直な人間だ。
 インシデント-HEROの折、ビルダー・ボルドー側から要求した条件は2つ。事態の収束と、人員の身柄及び安全の保護。その対象には、兵路愛蘭も含まれる。
 かつて正しさを共有した兵路を守りたいがために超電救助隊に背いた彼を、兵路のほうもまた諦めないのは当然の帰結だった。

──「そこで問題です。どうして要塞機神ビルダー・ボルドーの体は動かないんでしょうか? ヒントは『Type-RIDER』です」

 兵路は、ワイヤーショットを構えながら、ヘルメットの無線を通して「幕秣玖珠真」に問いかけた。
 サイト-81BBの損傷は、財団の手を借りて早期に修理が完了している。
 適性値に問題が無いながらに変身システムの実動実験に失敗した雉園の例を出して、結論を暗に示す──

──「ほら。どうするんですか?」

 雉園が、「キャプテン・カラレス」を蹴り飛ばした。スーツの機能が停止し、奪われたセキュリティがサイト-81BBのもとに帰ってきたことを察知する。
 毎年のように入れ替わる特撮番組にもまるきり同じヒーローが存在しないように、彼らの装備は一点物だ──中身に代わりがいようとも、外身のスーツにかけがえはない。理念も美学も、確かに存在する。
 故に、「カラレス」が倒れた今、前提は崩れた。
 立ちふさがる巨大メカを指差して、兵路愛蘭は「出番みたいですよ」と、サイトの建物に向かって語りかけた。

「立てよビルダー・ボルドー! でなきゃあんたは何だ」
『…………』

 スピーカーからホワイトノイズが流れた。それはまるで、戦士が腹を括るための深呼吸のようだった。

『そうだ。俺は、要塞機神ビルダー・ボルドで、財団サイト-81BB……そして幕秣玖珠真だ!』
「……! そうでなくちゃ!」

 幕秣玖珠真ならば、ここで立ち上がらないわけはない。要塞機神ビルダー・ボルドーの回路に、Mindの伝令が走る。

「ありがとう雉園さん、もう大丈夫! 後はこっちに任せて!」
『要塞機神ビルダー・ボルドー、起動!』
「行け、ボルドー! 必殺──」
『コマンド"BBB"! ビルダー・ブリーチ・ブラスト!』

 サイト-81BBの正面、中央棟──人間で言うなら胸部にあたる部位に位置する構造体から、Type-RIDERや「キャプテン・カラレス」の必殺技にも似た、それよりずっと眩い閃光が轟く。

「まぶし──!」
「ギャ、ギャ、ギギ……!」

 ヘルメット越しでもわかるほどの光の柱が雉園の眼前を通り過ぎ、巨大ロボットを直撃した。

「ギギャギギギ……ギャー──!」

 歪な駆動音を立てながら、巨大メカが火花を放ち、爆ぜた──素体となったアンドロイドたちが、こぼれ落ちるように分解されていった。

PROTOCOL COMPLETE全戦闘手順終了! Type-RIDER is ready to down』

 Type-RIDERのシステムがすべての敵性存在の沈黙を確認し、戦闘終了を告げるアナウンスとともに雉園の装備が解除される。
 身に纏っていたライダースーツ状の装備が消えたのを確認してヘルメットを外し、肉眼で空を見上げた。
 勝った。何も失うことなく、やり遂げた。激動に伴う疲労感こそあれ、清々しい気分だった。
 ──後日財団が「第2次インシデント-HERO」と定義したこの戦いは、奇なるかな、敵味方ともに死傷者を出すことなく終結した。


「……というわけで、Type-RIDER使用の件は稟議が通ってたことになったよ」
「どうも、ありがとうございます」

 翌日、H.E.R.オペレーションのオフィスを兼ねる、小熊博士のオフィスにて。
 サイト-81BB襲撃事件の裏側で調整に動いていたのが、この亦好である。H.E.R.オペレーションの調整役を勤めるこのエージェントは、淡々と事の顛末を説明した。

「しかし凄いね、死傷者ゼロとは。ヒーローの面目躍如ってやつじゃない、ん?」
「いや、別に……」

 超電救助隊ヒーローH.E.R.オペレーションヒーロー、同じ名を持つ者たちがパワードスーツに身を包みぶつかりあった戦いは、財団サイドの勝利という形で幕を引いた。破損したいくつかの設備と破壊されたアンドロイド類以外に、損失はほとんど無い。加えて捕虜まで確保した──財団にしては珍しい、はっきり勝利と呼んでも差し支えない戦果だった。

「謙遜しなくていいよ、実際雉園さんがいなければどうなってたか分からなかったし」
「そうですかね……そんなことはないと思いますけど」

 そもそも雉園があのサイトにいたのはH.E.R.オペレーションの人間として実験に駆り出されていたからだし、初期対処は十為によるものだ。

「──っていうか、そういえばなんで私を実験体にしたんですか。そもそもH.E.R.オペレーションに登用したのだって意味がわかんないっていうか……」

 解せないのはそこだ。結局あのとき戦ったとはいえ、普段の雉園はとてもじゃないがヒーローになどそぐわない人間だったろうと、自分でも思う。

「ああ、それね……雉園ちゃん。カフカの『変身』って読んだことある?」
「……途中までは」
「そうかい。まぁさわりだけ読んどけば私の言いたいことはわかるよ。人は結構見た目にわかりやすいってことだけ留意しておいて」
「……? いえ、何もわからないんですが……今度、最後まで読みます」
「あらそう? まあいいや、ちょうどそこの棚にあるから持って行きたまえよ」
「亦好さん、ここわたしのオフィスなんですけどね? ……まぁいいや」
 
 ケラケラと笑う亦好に小言を言いながら小熊博士は立ち上がり、ラックから1冊、本を抜き出す。

「どうぞ、雉園さん。正直あの人が何言ってるかは読んでもわからないと思うけど……」
「ありがとうございます」

 微笑みながら差し出された本を受け取る。
 真っ直ぐ目を見て、礼を言う。今度は、怯むことなく直視できた。




「雉園、お前最近元気らしいじゃないか」
「そう見えるらしいですね」

 後日、仕事で先輩と組んだときのこと。
 車で揺られながら、オブジェクトの実地調査に向かう車内で、言葉を交わしていた。

「まぁ、良かったよ。あれ以来、随分陰気な面するようになったから」

 ──「残念だけど、ここじゃこういうことも珍しくない……まあ、これから慣れるよ」

 あの日そう言っていたのは、いま隣に座る先輩だ。だからきっとあの日のことを言ってるのだろうと、雉園は理解した。

「そんな顔してました?」
「ああ、なんか……いかにも『燻ってます』って不良少女みたいなブスッとした面してたよ」
「そんなですか……? 私元からあんま愛想ないですよ」

 確かに学生時分から愛想のある方ではなかったが、そこまでだったとは。

「いや、人は結構見た目に出るぞ……あれは無愛想とかそういうんじゃないよ」
「…………」

 亦好も、そんな事を言っていたか。結局『変身』を読んでも何が言いたかったかは一切理解できなかったが。

「今も別に愛想無いけど、イキイキしてるのはわかるよ。ていうか逆に怖いわ、何があったお前」

 同じ無愛想でも、随分違って見えるらしい。
 その変わりようが奇異に見えたのか、雉園の方を横目で見ながら茶化すように笑ってそう問うた。

「ああ、それなんですけど、先輩」
「ん?」
「人って、諦めなくていいらしいですよ」
「……そっか」

 その視線を真っ直ぐ受け止め、顔ごと先輩の方を向き直って、答えた。
 先輩は意外そうな顔をして、手元のハンドルに視線を落とす。

「そうです」

 繰り返して、雉園は助手席から真っ直ぐフロントガラス越しに前方を見た。

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