神は天にいまし、全て世は事もなし。
まことに、人生、花嫁御寮。
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弾ける。
パッとはじけて全てが消えた。
138億年の全ては朝露の如く消え去った。
私と、私が身に纏う衣装に編み込まれた生命の記憶のみが、かつての世界の実在を証明している。
光射す方へ、光へ。あのかたの下へ。
暗黒/無/混沌を踏みしめ、私は歩む。
指輪は淡く光る。
行くべき道を私はひたすらに歩む。
私だけがここにいる。もう誰もいない。
記憶は何も語らず、私の足音だけが延々と響いている。
時間も距離も無いこの空間に、果ては無い。私は歩き続ける。
方位は合っている。いつかは辿り着く。
そう、いつかは必ず辿り着く。
衣装を乱さないように、慎重に歩く。
確かに記憶は語らない。けれど教えてはくれる。
私は一人ではない。
本当に?
いつかは辿り着く。
時間も距離もないこの空間で?
方位は正しいのだから。
正しいのか?
何故迷っていないと言い切れる
そもそも指輪は本当に示していたのか
指輪の輝きが消えていた。私は暗黒に放り出される。
立ち止まる。音すらもこの空間から消え去る。
無が迫っている。ここは行き止まりになろうとしている。
抑えていた恐怖が溢れ出す。闇 虚無 孤独 混沌
いまの私は弱かった。
ダメだ
どこにも行けず無限の暗黒の荒野に一人ぼっちの自分。
だれか、だれか
最後の勇気も潰えて、己の魂を放り出しそうになる。
きらめきが、私を照らした。
暖かな光が私を包む。
見上げると、そこには満開の桜/梅/桃/タンポポ畑/・・・・・・
ありとあらゆる花が咲いていた。
優しいにおいが広がる。
ふと振り向くと、鳥が空を舞っていた。
何百もの鳥たちは自由に羽ばたき、満開の花畑へと降り立っていった。
暖かく、雄大な風が吹く。
前へ向き直ると、見事な満月が登り、煌々と私たちを照らしていた。
何故かは分からない。何故あるかは分からない。
でも、確かに、勇気を与えてくれた。
涙をぬぐい立ち上がる。
花を手折り、鳥を連れ、風を感じながら、月を目指して歩む。
次第に分かってきた。
これらは、このモノたちは、世界だ。
私たち以外の世界の結晶だ。
花からはヴェールが捲られてもなお屈強であり続けた世界、鳥からは古き神秘が戦争の向こう側から凱旋を告げる世界、風からは終わらない大正浪漫の栄華と安寧の世界、月からは必要悪が悪に堕ちた世界が感じられた。
言い表せないほどの数の世界が、そこにはあった。
それらの世界は、消滅という私たちの世界と同じ結末を辿ったのだろう。
つまり、このモノ達は私と同じだ。
その世界のできる限りを詰め込んで、送り出されたモノたちだ。
だから私は連れていく。
花を手に、鳥を連れ、風を感じ、月を見上げる。
私は昇る
上へ上へと昇る。
花と鳥がひとりでに集まる。
闇が蒼へと移る。
ただひたすらに昇る。
鳥がレースへと変化し、私の手にはブーケが握られていた。
蒼が青へと移る。
昇る。昇る。昇る。
風がリボンとなり、ブーケに巻き付く。
みるみる明るくなっていく。
月の光が、花を彩る。
青が光の反射で白く見え、ついに水面に手が届くと―
バラが咲いていた。
私を待つあの人がいた。
互いに歩み寄る。
愛しています。
あなた方の次元、息衝く命、繰り返される営み、生と死の輝きの全てを。
そして、私にずっと返事をしてくださったあなたを。
どうか私と共に、生きてくださいませんか。
よろこんで。
ウェディングブーケが空を舞った。