無二の友人への昔話
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……まだ寝ているのか。いい加減に起きては……いや、あんなものを打たれたら眠り続けるか。すまない。

ああ……今の謝罪のついでというのもおかしいが、少し話でもしよう。話しておきたいが聞かれたくないとも思っている……まあ私の人生の話なんだがね。君が寝ている間に話して、少し楽になりたい。

かつての私は、この人生が大嫌いだった。人生と言ったが、子供時代は含まれていない。そもそも、そう呼べる時期があったかどうか非常に曖昧で……何と言えばいいのか、この大人の体のまま生まれた感覚が離れない。同様に昔の記憶はほとんど残っていないが、泣いた子供がすぐ近くにいたような覚えならある。誰かまでは分からない。男の子なのか女の子なのか、顔も髪の色も全然思い出せない。ただ、小学生ぐらいの大きさだった。

そのことをどうにかして思い出そうとすると、どこか暗い場所で、さっき説明した子供が私の姿を見て怯えている光景が目に浮かぶ。そして私は目を閉じ、その続きを見ようと夢中になってしまう。

何度思い出しても、私は黙って子供を見つめ、子供が逃げたら体が勝手に追いかける。だがいくら追いかけても追い付けず、差は開いていくばかりで……しばらくすると集中力が切れ、景色も途切れてしまう。

追いかけ続けて終わり、というのもよくあるが、子供が振り返って私の方に向かってくるパターンもある。その時、子供は目を閉じ、声は聞こえないが叫んでいるように口が開いていて、「もうどうにでもなれ」とでも思っていそうな顔で私にぶつかってくる。そんな時、私は決まって、貧弱なはずの体当たりで吹き飛ばされる。子供は最初は戸惑うものの、やがて「どうにかなる」と確信したのか、倒れた私に何度も追い打ちをかける。こうして、痛みはないが殴られ続け、あるところで私の意識は途切れて正気に戻る。

思い出せるのはこれが全てだ。子供を怯えさせ、追い回し、逆襲され……そんなことだけ。つまり、昔の私の生活は、そんなことばかりだったということだろう。実を言うと、一時は自分を酷い奴だ、情けないとばかり思っていた。だがもしかしたら、「これが正解ではないか」という可能性、と言うより解釈を見つけられた。

私は自分を「子供にとっての恐怖の擬人化」、つまりは一種の登竜門と思うことにした。馬鹿らしいかもしれないが、かつての自分の愚行にも意味があると思えて、自己嫌悪には中々効いた。

子供たちは恐怖から逃げ惑う。ただ、勇気を振り絞って立ち向かい、真正面から挑むことができた子供なら、恐怖を乗り越えてより強く成長できる。恐怖に立ち向かう大切さを知ることができる。その為なら、私も幾らでもこの身を犠牲にしようではないか。……こう決意してから、生活が激変した。

私は、今説明したような光景を実際に経験するようになり、大人も追うようになった。気づけば見たこともない場所にいて、誰かがすぐ近くで私を見ている。その誰かに「見られている」と感じると、体が勝手にその人物を追い始める。だが結末は全て、あの朧げな記憶のように、追い付けずに消えるか反撃されるか。あるいは視線を感じるよりも早く、気付かないうちに別の場所にいたかだ。

どこかに飛ばされた時、何故か話すことも呻き声をあげることもできなかったが、夢や妄想ではないんだ。走って追いかけていると風を感じるし、反撃されると痛みもあった。目まぐるしく周囲の光景が変化する中、全身の骨が砕けるような衝撃を受けたことも高所から落ちたこともあった。消えても痛みは取れなかったが、自分の使命を自覚していたから耐えられた。

そんな日々が続き……あの日、縛られた君と出会った。暴れられてどうすればいいか分からなかったが、しばらくするとあれが打たれ、君は動かなくなった。それを見て、攫わなければという義務感が生まれ、それに困惑しながらも君をここに連れてきた。

……ここまでにしておこう。少し、いや、かなり楽になった気がする。もし君が起きたら……次は君の話を聞いてみたい。君はどんな人物なのか、どうしてあんな目に遭っていたのか、に教えてほしい。

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