静かな日曜昼下がり、窓際の椅子に座り、新しく仕入れた小説を読みながら紅茶を飲むひと時。
落ち着いた気分にはなれるけど、時々昔を思い出してしまう。
仕事が忙しくなるにつれ、仲の良かった友人達とも疎遠になってしまった。以前は仕事が終われば飲みに出かけたり、朝から晩まで釣りだとかゲームだとか……いいや、しょうがない。大人ってのはそういうもんだ。父さんだって土日は昼過ぎまで寝て、いつも僕が起こしていた。今思い返せば、家族のために朝から晩までせわしなく働いて、体力が無くなるのも納得だ。
まあ今の僕に養うような家族はいないけどさ。職場柄出会いもないし。朝早く家を出て忙しく働いて……誰もいない家に帰ってくる。悲しいよ。ああ。
……?
玄関のチャイム?
荷物も何も頼んでないぞ。誰だアポなしで来たのは。
家族なんてそれこそあり得ない。父さんも母さんも兄さんも妹も、僕が15の時に亡くなったぞ?
重い腰を持ち上げ玄関に向かい、開けるとそこにいたのは
?
なんだこれ。
え?
なにこれ?
うねうねと動く何かが……いやほんとなんと形容すればいいのかわからない"それ"が、玄関の前に立っていた。立っているという表現も怪しい。
動く"それ"の陰から一人、高校生ぐらいの子が顔を出した。
『だから……えっと……以上です。』
「うん。二人……二人でいいよね?ひとまず。旅をしているとこまではわかったよ。」
「問題はどうやって旅の途中で僕の家を見つけたかってことさ。まあ見つけられないような場所にあるのに。」
"それ"が初めて口を開いた。
「わからないもの、さがすの、すきだから」
「わたしは、こういう、ぬけみち、しってる」
「だから、みつけた」
「あなた、おもしろい、ひと、こんなとこに、いえなんて」
「……誉め言葉として受け取っておくよ。それはどうも。」
しかし、居場所が他のやつにバレたとなると……引っ越ししなくちゃいけないか……気に入ってたんだけどな、ここ……こんなやつがまだ他にも存在すると仮定すれば、もっと深い、帰るのすら面倒になるような、そんなとこに家を建てたほういいんだろうか。
『あの……そろそろ、帰ったほういいんじゃないかな……』
彼女は横の"それ"に話しかける。出した紅茶はすっかり冷めていた。彼女の問いかけに"それ"は答える。
「んん」
「でも、わたしは、きょうみ、ある」
「あなたと、いっしょで、すこし、ほかと、ちがう」
「だから、もうすこし、しっておきたい」
「ええと?つまり?なんだ、僕の体の中身でも見たいってのか、そいつは勘弁だ。」
「そんな経験二度としてたまるか。」
「えっと、ちがう」
「すこし、はなし、ずれる、」
「ほんとは、あのこ、もう、いなくなるとこ、だった」
「かなしい、わたししってる、わたしも、わたしいなくなった、しってる、それはかなしいこと」
「だから、いっしょに、きた」
『半ば無理やりだけどね……ただ、今は消えたくない。』
『優しかったあの人たちには申し訳ない気持ちもあるけど。少し遅めの反抗期。色々できるなら、知れるなら、やってみたい。それだけ。』
「あなた、もう、からだ、ない」
「……どこでそれを?」
「あのこ、いっしょにきた、くるまえ、とちゅうで、よんだ」
「しりたいから、あそこ、たまにいく」
「なんこか、しっぱいして、いなくなったけど」
「……新手の収容用ウェブクローラーとかではないんだな?」
「うん」
「いろいろ、しりたいから、いっしょにきて」
「あなた、ほかのひとたち、いろいろ、しる」
「わたしも、いろいろ、わかる」
「いっしょにいく、うぃんうぃんの、かんけい」
『話し相手は多いほうがいいです。』
『この子、難しい話ばっかりだし。』
「うーん……」
少し考えて、行くことにした。その前に、この家を空っぽにするわけにはいかない。コピーする。
「じゃあ、ここは"僕"に任せよう。僕は少しだけ休暇をもらう。いいかい?」
「君は少し働きすぎだ。自分でも引くぐらい。行ってきな。」
「OK、じゃあ行こうか。支度するから少し待ってて。」
二人と並びながら、最後に家族と旅行に行った時のことをふと思い出す。
今のこの一瞬ぐらい、何もかも忘れて、楽しかったあの頃みたいに笑おう。
二人と兄妹を重ね合わせながら、彼はそう考える。