あなたは、なぜ干し柿が甘くなるのか知っていますか。
干し柿は一般的に渋柿を乾燥することで作られます。中にはアルコールやドライアイスを用いて渋抜きをして作られるものもあるようですが、家庭では干して乾燥させるのが基本だと思います。
ただ、渋抜きとは言うものの、実際に渋味が抜けているわけではありません。渋柿にはタンニンという成分が含まれていて、これはお茶などにも含まれている成分です。渋柿やお茶に含まれるタンニンは水溶性で、これが唾液に溶けることで渋味を感じるんです。
しかし、この渋柿を干して乾燥させることで、このタンニンは不溶性、つまり水や唾液に溶けないものに変化します。なので、干し柿を食べても渋味を感じず、逆に甘味を感じるというわけです。
──すいません、こんな話を聞きに来たんじゃないですよね。でも必要なことなので、知っておいてもらおうと思いまして。

どうぞ、お好きにお食べください。
夫の俊輔と結婚したのは今から11年前です。私も夫も岡山県の出身で、私は奈義町という岡山県の中でも豪雪地帯の生まれ、夫は矢掛町という南部の町の生まれでした。本当は新しく家を建てて夫と2人で暮らしたかったのですが、当時は2人とも若く蓄えがほとんど無かったため、お金が貯まるまで夫の家で暮らすことになりました。お義父さんもお義母さんも快く受け入れてくれましたし、嫁いびりなんかも無く安心していました。
ただ、苦手なこと、というか苦手な食べ物がありました。干し柿です。
私はどうしても、ねっとりとした食感と独特の甘さが慣れることができませんでした。でも、夫の家で暮らしてると干し柿は毎年の冬に出てくる定番の食べ物でした。また矢掛町では、12月の第3日曜日に「山ノ上干柿まつり」という、干し柿や野菜が売られる行事があるため、冬は毎日と言っていいほど干し柿が出てきました。
それで当然夫の実家でも干し柿を手作りしてたんですけど、干すときに変な慣習があって。多分、他の家ではやってないことだと思うんですけど。
まず、1人10個ほど自分が干す柿を決めます。そして、一週間前から神棚に上げてた清酒にくぐらせて、最後に自身の名前が書かれた紙を巻き付けた紐で干すんです。
なんでそんなことをするのかお義母さんに聞いたら、「渋味と一緒に私たちの不幸や苦痛を遠ざけて、無病息災などを願うため」と言われました。
もちろん、最初に聞いたときも胡散臭いなと思いましたよ。でも、願掛けってそういうものでしょう?科学的根拠もないのに神や仏にお願い事をするなんてね。皆やってることだし、効果がなくてもそれほど気にならないじゃないですか。
だから、10年前にお義父さんが脳梗塞になって倒れたときも。
8年前に夫が仕事の帰りに車に轢かれたときも。
7年前にお義母さんが階段から転げ落ちたときも。
6年前に息子が海で溺れかけたときも。
誰も気にしてませんでした。家族も、そして私自身も。
転機が訪れたのは、今から5年前の秋のことです。
私がテレビを観ていると、干し柿に関する特集をやっていました。確かNHKだったと思います。そこで、「渋抜き」の仕組みについても解説されてて。はい、私が最初に言ったようなことをもっと詳しく説明してたんですよ。
それを観て、「あ、やり方が間違ってる」って思いました。だって、渋抜きって渋味が抜けてるわけじゃなくて、感じなくなっていくだけなんですから。
その日の夜、家族全員が揃って夕食を食べているときに、私はその話をしました。皆、渋抜きのことは知っていませんでした。でもその年も、その次の年からも、干し柿を作るのはやめませんでした。
なんとか息子の干し柿を作るのを阻止することができたのだけは良かったと思います。
4年前、お義母さんがガンで亡くなりました。
1年前、お義父さんが火事で亡くなりました。
そして昨日、夫が空き巣に殺されました。
その干し柿は、夫が今年作った干し柿です。
甘いですか?──そうですか、甘いですか、良かったです。
それでも、渋味は残ったままなんですよね。