春は出会いと別れの季節らしい。まるでその二つがイコールで、セットで、プラマイゼロのような扱いだ。でもその二つがセットなら、流動的な出会いは軽くなっていって、やがてその軽い出会いすら取り上げられ、手元に残るのはゼロだけ、ということになる。
そんなの、僕にとっては耐えきれないほど寂しくて。でも耐えて何度も春を超えているのだから、実際には春は、出会いと別れの季節では無いのだろう。
最後の春に君にした、そんな話を思い出している。
君は大学を卒業すると、それなりに名の知れた製薬会社に就職を決めて、この街を出ていくことを決めた。
親より誰より先に、その決断を僕は知った。僕の狭い賃貸で、安いチューハイを片手に、君は僕にそれを話したのだ。この街と、この街の友が好きだからと、君は迷っていて。けれど、やりたいことのためには、この街にはいられないのだとも言っていて。
僕は、君の背中を押した。"好き"という思いは、拘束具になってはいけないのだと、それっぽい理屈を捏ねて。
本当は僕の方が、その拘束具を──猿轡を噛んでいたのに。
この街を君が去ってから、僕らが会う機会は当然のように減っていった。毎日のようにしていた会話はメール越しになり、それも時間と共に減っていった。実家の飲食店を継いだ僕も忙しかったが、本当にそうなった原因は君の方だろう。仕事の詳細を語りたがらない君は、しかしその仕事で憔悴しているだろうことが、少ないメールからも読み取れた。
僕にできることは、当然のように何もなくて。やり場のない歯痒さを抱えたまま、季節が巡っていくのをただ感じていた。
四度目の春が来た時に、歯痒さは痛みに変わってしまった。
その凶報が届いたのは、君が去ってから四年目の春だった。
死体すら残さずに、君は突然いなくなった。爆発事故に巻き込まれたらしい。
初春、桜が咲くよりも早く、空の棺と一緒に葬儀が行われることになった。早すぎると思ったのは僕だけなのだろうか。数十年の人生に対して、別れは数夜だけだなんて。
そして今、僕は焼香を君に捧げて、手を合わせて、目を瞑り。これまでを、思い返している。
やはり、春は出会いと別れの季節らしい。春風は冬をこそげ取り、吉凶をない混ぜに運んでくる。暖かさに不釣り合いなほど、機械的に。
息を吐き、目を開く。遺影に対して小さく、まるでついでのように、「好きだよ」と呟いた。
空の棺は、当然、答えなかった。