以下は2059年に聖プリチャード学園中等部において実施された第4回テスト(現代異常史)の回答を抜粋したものです。
実施時間は60分であり、3年5組の32名(男子生徒:18名/女子生徒14名)を対象にしています。対象生徒は事前に授業で該当範囲を学習しており、学習補助デバイス及び奇跡論の使用を禁止した状況で行われました。
【第一問】
問 以下の文章が示す単語を漢字で書きなさい
2009年、神奈川県において初めて確認され、感染することで身体の一部が他の生物に変化する超常感染症
澤井 義房の回答
「基底病」
先生のコメント
漢字間違いで最も多かったです。"基底"は他の授業でも出てくるので勘違いしやすいのでしょうかね。
奇蹄病の"奇蹄"は最初期に確認された患者が奇蹄類のウマになったことに由来します。
蹄の数が奇数だから奇蹄類と覚えるといいでしょう。
水山 武蔵の回答
「キティ病」
先生のコメント
投げ出さない。
山吹 わをんの回答
「いてえ病」
先生のコメント
語感だけで覚えていることがよく分かりました。
【第三問】
問 2015年に発生した神格出現事件により、国民の約9割がカワウソに変化した国名を答えなさい
澤井 義房の回答
「スペイン」
先生のコメント
正解です。前述の奇蹄病と混乱する人も多いですが、これは神格出現によるバックラッシュが原因です。
年代も近く、関連する事件も多いのでしっかりと覚えておきましょう。
江戸川 弓彦の回答
「高知」
先生のコメント
国名って書いてましたよね?
水山 武蔵の回答
「志摩」
先生のコメント
村ですね。
【第四問】
問 2017年に発生した東京現実崩壊性広域災害、通称東京事変に代表される超常災害の例を3つ答えなさい
出石 柚希の回答
「能記災害/空間変異/時空間異常」
先生のコメント
素晴らしい模範解答です。特に能記災害は東京事変において広く一般社会に知られるようになった災害です。
言葉に混乱をもたらす異常災害であり、言葉の意味を聞く問題も多く出るので復習しておきましょう。
春木 正平の回答
「地震/雷/火事」
先生のコメント
とりあえず書いておこうという努力は認めますが、これらは一般的な災害ですね。
山吹 わをんの回答
「テンプラ/フジヤマ/ゲイシャ/ハラキリ」
先生のコメント
4つ。
【第七問】
問 2006年、コロンビア政府が独立を宣言し、全生物種の精神体を移行させた非実存領域の通称名を答えなさい
阿蘇 浪子の回答
先生のコメント
正解です。現在も侵攻と発展が問題になっているので記憶に新しい人もいるでしょう。
一部の生徒から質問がありましたが、コロンビア・コレクティブという回答も多くありました。
厳密には違うものですが、授業で詳しく取り扱わなかったこともあり、今回はオマケで正解にしておきます。
香取 アルルカンの回答
「オリエンタル・コロンビア」
先生のコメント
語感で何となく覚えていたのでしょうか。
なお、オルタナティブは"代替の"、オリエンタルは"日の昇るところ"、という意味です。
春木 正平の回答
「テイクオフ・コロンビア!」
先生のコメント
飛び立っちゃいましたか。
水山 武蔵の回答
「ランディング・エチオピア」
先生のコメント
エチオピアに到着。
【第十問】
問 サハラ戦争の遠因となった正常化事件において、正常化が発生した二大陸を答えなさい
澤井 義房の回答
「南アメリカ大陸/アフリカ大陸」
先生のコメント
正解です。
この二大陸において2019年に正常化が発生し、そこから過去への回帰を望む夏鳥思想連盟の過激化が始まりました。
ここから夏鳥思想連盟に由来するナツドリズムを共有する人々が二大陸を聖地とし、他の大陸との対立関係が広がりました。両大陸の経済発展や、現在にも繋がる問題ですので記述で書けるようになっておくといいでしょう。
山吹 わをんの回答
「ユナイテッド大陸/ステイト大陸」
先生のコメント
そこまで出て何故アメリカが出なかったんですか。
江戸川 弓彦の回答
「四国/九州」
先生のコメント
君だけ日本地理のテストを受けてましたか?
【第十三問】
問 2025年、先天性動物特徴保持者の人権取得運動を受け改正された法律の名前を答えなさい
阿蘇 浪子の回答
先生のコメント
正解です。類似する法律として「スペイン2016年憲法」、「アメリカ・アニマリー法」と一緒に出題されることが多いので気を付けましょう。
また、動物特徴保持者、AFCに関連する時事問題と絡めて出題されることも多いので、新聞やニュースなどのチェックも心がけましょう。
水山 武蔵の回答
「保持性保護者異常法」
先生のコメント
よくそこまで器用に間違えられました。
メフィスト賞のタイトルにありそうですね。
香取 アルルカンの回答
「異性保護法」
先生のコメント
同性も保護してあげてください。
【第十四問】
問 2001年、マンハッタン次元崩落テロ事件を引き起こした【カオス・インサージェンシー】を英語で書きなさい
山吹 わをんの回答
「Chaos Insurgency」
先生のコメント
正解です。現代史で英語は少しいじわる問題でしたね。直訳すると"混沌の反乱"となります。
実際の試験では正式名称を答えさせる問題がいくつか出ています。
英単語までとは言いませんが、略語は正式名称も一緒に覚えておきましょう。
澤井 義房の回答
「Kaosu insa-zilennti-」
先生のコメント
努力は認めますが、インサージェン"チ"ーになってますね。
出石 柚希の回答
「Chaozu Interchange」
先生のコメント
チャオズ・インターチェンジ。
水山 武蔵の回答
「ケィオス・インスワァージェンスゥィー」
先生のコメント
アルファベットに謝ってください。
【第十五問】
問 一般的にポーランド神格存在出現事件と呼ばれる、ヴェール解体の原因となった事件が起きた年号を答えなさい
香取 アルルカンの回答
「794年」
先生のコメント
サービス問題だったんですよ。
春木 正平の回答
「前に同じ」
先生のコメント
前の席の香取さんと同じなので間違いです。
江戸川 弓彦の回答
「3776m」
先生のコメント
やっぱり日本地理と回答用紙を間違えていませんか?
【第██問】
問 先生の名前を答えなさい
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カツカツと足音が反響する。白衣の裾が刻むリズムは高らかで、今にも駆け出しそうな興奮に満ちていた。
無機質な廊下を曲がり、少しの時間も待てないというようにプロジェクトルームに飛び込んだ。
「第四回テストの結果をもって、当プロジェクトの試験運用が決定しました」
部屋の中に広がる一旦の沈黙。そして爆発する歓喜の声。
喧騒の中、足音の主へ眼鏡の女が近づいていく。
「おつかれさまです」
「ええ、ええ、先生。ご助力感謝します」
女の手を取り、白衣の男は喜悦を顔面に満たす。
「先生のご協力がなければ今回のプロジェクトは困難でした」
「いえ、ここまで皆さんが積み上げた成果ですよ」
「そうでもありませんよ。ヴェール崩壊の中で多くの取り組みが失敗し、そしてその一部は新たな制度として芽吹きました。医療面では2025年からWPhO新基準の国家試験が行われましたし、教育面においても早い段階から異常教育への道が開かれました。しかし、まだその道は途上にあると考えます。様々な教育の場、対象が想定されると同時に、教員もそれに対応しなければなりません」
「ええ、非常に同意します。私の判断するジュネネロ対称においてもブッキャボローの凱歌という例えがあるようにそれらは演繹なものです」
馴染みのない単語に戸惑うこともなく、男は落ち着かせるように一つ息を吐く。喧騒の中での一拍、それは歓喜の中に一滴混ざった不安を示している。少なくとも女にはそう感じられた。
「今回のプログラムは多くの取り組みの一つです。これまでオブジェクトと分類されていた物や人々に教員として活躍してもらう。これは異常差別の払拭に繋がるのみならず、これまで閉じ込められていた知識を開陳する、人類にとっての光にもなるでしょう。……もっとも、新たな権利の発生や、新たなデバイド、格差の発生などという弊害を生み出すこともあるでしょうが」
当然の不安だ。新しいものが始まるとき、そこに間違いが混ざらないことは少ない。歴史は当事者にとってその成否を判断しがたく、中心に立ってしまった人間のやることはただひたすらに、あるいはひたむきに、自らの信ずることを成していくのみだ。そしてそれは女が指摘するまでもなく、彼ら自身が気づいている。気づいてなお、確かにその一歩を踏み進めていく。足跡を判断するのは後年の学者や読者に任せるべきで、なおさら関与すべきではない。女は学者でなく教師なのだから。
「……いえ、不要な弱音でした。だとしても、多くの弊害があるとしても全ての子供に教育の場が設けられるべきだと考えます。動物性特徴を保持する者、異常影響により他世界とのチャンネルを開いてしまった者、精神体となりノウスフィアに籠ってしまった者、地下東京にて光を知ることなく生きていた者、神人として生まれ落ちたときから責任を得てしまった者、どこまでも通常になってしまった者。全ての生徒に、学ぶ機会を与えたいのです。そのためには、教員も様々でなくてはならない」
男は晴れやかに、女へ手を伸ばす。女の頭部が一瞬ブレ、開かれた冊子の影を見せる。
「ホンナイキ先生。あなたがこれまでの扱いにもかかわらず、その一人目に手を挙げてくれたことはとても嬉しかった」
SCP-022-JPとかつて呼ばれた女は自らの知識を活かし、多くのオブジェクトへこのプログラムへの参加を呼び掛けていた。
それはヒトのカタチを持つ者だけではない。教師であろうとするなら、そうありたいと願い、それに値する技術と知識を持つなら。
「そして、今回の彼女にまた教員としての道を与えてくれたことにも」
「いえ、私はただ彼女の思いに応えただけです。殻に籠った体温を舐め回すサンジュリでした。その手助けをしただけです。そういえば、このプロジェクトは牡蠣殻で削り取られた女性学者の名が冠されているのだとか。であれば彼女もまたその一人です。正しさだけでヨッパルピことはできず、恩情のもとに弑された。そう考えるのは、ここでの表現であれば『悪くない』のでしょう?」
「誤訳であるという説もありますがね。……プロジェクト・ヒュパティア。確かに、彼女にもふさわしい」
ゆっくりと二人の視線が"彼女"へ向けられる。
今回のテスト対象、かつて二色のペンを折りインクの血だまりに落ちた"彼女"へ。
「追記、修正、その癖はまだ残るでしょうが、きっとその先に見えるはずです」
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