私は皆から嗤われていました。
見た目は自分でもよくはないと思っていました。しかし、道行く人々が私を見る度に嗤うのは不可解でした。そして不快でした。また、仲間からも何故か冷たい目で見られているように感じていました。私はそのことをひどく気にしていて、毎日水浴びをしたりして身嗜みに気を遣っていましたが、それらの待遇が改善されることは最期までありませんでした。今となっては、皆から嗤われていた理由は分かりませんが……しかし、皆から嗤われることは、今思えば決して悪いことではなかったのかもしれません。
私はあの日から居なくなりました。
あの日、私は珍しく、石のように硬く黒い地面の上を歩いていました。普段は土の上を歩いているのですが……その時はそういう気分だったのです。私はその時、酷く落ち込んでいました。理由など大したことではありません、その日も人々から嗤われていたという、それだけのことです。ずっと俯きながら歩いていたのですが、ふと顔を上げると、巨大な黒いものが凄まじい速さで接近して来るのが見えました。私は驚き、本能的な恐怖に従って全力で逃げましたが、こんな途轍もない速さで接近してくる動物から逃げられるはずなどないと、冷静な頭ではそう考えていました。私は今この場で死ぬのかと思いました。あの川でもっと美味しい魚を食べていればよかったと思いながらその動物に襲われ、直後私の意識は暗転しました。
私は死を確信しました。しかしあの動物は私のことを見逃したのか、私は生きていました。
私は確かに其処に居ました。
私は生きていたことを喜び、川へ魚を食べに行きました。しかしその日は今までと違いました。すれ違う人々が私のことを嗤わないのです。しかし、その時の私は嗤われなくなったことは幸いなことだと思い、それ以上深く考えることはしませんでした。その日の魚は普段より遥かに捕まえやすかったのもあって、その日はひどく上機嫌でした。しかし数日後、私は何かがおかしいことに気付きました。すれ違う人々は私のことを嗤うどころか、私のことをまるで居ないかの如く扱っていることに気付いたのです。私のことなど見てもいませんでした。それどころか、私の仲間に声を掛けてみても反応は無く、獲物の魚はまるで私がいないかのように泳いでいたのです。
私は私が私以外の何者からも認識されなくなってしまったことに気付いてしまいました。
それからの日々はひどく苦痛でした。あれだけ嗤われていたというのに、何度声を掛けてみても、何度殴ってみても……顔を殴ったりもしてみたのです、しかしほんの少しの反応をしてくれる人でさえいませんでした。何度、誰でもいいから自分のことを認識してほしいと泣いたか分かりません。しかしその泣き声でさえ誰の耳に入ることもなく無視されたのです。私は、私が誰からも認識されないなら、それは死んでいるのと同じではないかと考えました。もはや生きている意味などありませんでした。
私はもう其処には居ませんでした。
そして私は、命を絶つことを決意したのです。私は、人々が「小屋」と呼んでいる場所の中にある、人々が「井戸」と呼んでいる穴の中に飛び込みました。そして、私は死にました。
私は死んだことにより蘇りました。
私は再び、人々に認識してもらえるようになりました。
私は確かに死にました。
魂は消え
しかし私は生きています。
概念は蘇る
私は此処に居ます。
私はきっと私でない形で"生きる"
私は貴方の傍に居ます。
私には
居場所など
無くて
もう魂は消えて
どうか、わたしを探して下さい。
私は
死んで
わたしをみつけて下さい。
わたしが
よみがえる
それはねこ
わたしの存ざいを、にん識してください。
ねこは
ここに
いきつづける
わたしは生きています。
わたしはあなたのなかに居ます。
ここに
ねこは
わたしは、どこにでもいます。
きいて
いますか
わたしは
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は
私は……
わたしは、ねこです。よろしくおねがいします。
私は
猫でした。
有難う
御座い
ました。
あなたたちにあたえられたいのち。
AnomalousアイテムNo.████
説明: 構成する分子の密度が全て通常の分子の半分である猫の死体
回収日: 1966-██-██
回収場所: ██県旧██村において、エージェント・██が発見。車に轢かれた痕跡があった。
現状: 低温保管庫にて保存。
分子の密度以外の部分に全く異常性が無いというのも不思議な話ですよね。 -エージェント・██
もう半分は何処へ行ったんだ? -██博士