みんなに聞いて欲しいことがあるんだ。
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今から語るのは都市伝説の類じゃない。

本当のことだし、キャラになりきって書いているわけでもない。もう少し話が短かったら、掲示板に書き込んでいたんでしょうね。けどこの話は単独の記事にする価値があるって思ったんだ。

今から数年前、僕が17かそこらの時で、ばあちゃんはまだ僕の母が生まれる前からの持ち家に住んでいたときのこと。ばあちゃんとじいちゃんは引越しに全く興味がなかったようで、家のローンはすでに払い終わっていた。家の周囲は中流家庭の富の象徴が溢れる良い住宅環境で、その地域で最後に起こった良くない出来事といったら60年代半ばに丘の近くで悲惨な交通事故くらい。退屈だけど普通な場所こそが、満たされた郊外の生活の幸福な瘴気の中で隠居生活を送るためにあの二人にとって何よりも大切だったんだ。

ばあちゃんたちは決してペットを可愛がったりしなかった。彼らは1週間続けて世話したことなんて一回だけだったと思う。けどましてや、ばあちゃんがペットを持つことを考えたことなんてないと思う。
それで、ある日僕の家族みんなで車にすし詰めになって三時間かけて旅行したとき、ふと見ると居ることに気づいたんだ…その…ネコが。

あまり言いたくないのにはちゃんとした理由があるんだよ。

初めてネコに遭ったのは、家族みんなでの夕飯の最中だった。まあ、家族との食事は騒がしいもので、夕飯の乗った皿や話しごえ、優しい冗談がテーブルの上を飛び交い、いつも絶対必ず一人はいとこが癇癪起こしたりね。いつもと同じ感じでおかしなことは起こってなかった。でもディナーが中盤に差し掛かったところで、皆食事の手が止まったんだ。一斉に静まり返り、静かな誰もいないはずの戸口に顔を向けたんだ。皆なんとなくだけど何かが来たことはわかった。幼いバカないとこが空気を読まずカチャン、とフォークを落としても、誰も振り返りもしなかった。そしてあのネコがするりと入ってきたんだ。

そいつは全く瞬きしなかった。いまでも絶対そうだったって思ってる。そいつはただじっと見つめながら、まるで不気味な儀式かなんかのように目を皿のようにしてジロジロ見回していた。決してさっと見渡すように何かを見ているようじゃなかった。すると、それは口を開けた。大きかったよ。僕が今まで見たどんな動物よりもね。それから静かに座った。数秒遅れて、どこからともなく、スピーカーにマイクをゆっくりと近づけたような激しく不快なビープ音が鳴り、沈黙の中に反響した。すると、ネコの口がすーっと閉じ、ウロウロと歩いて出て行った。みんなのディナーが再開した。

その晩は、誰もあのネコについて口にしなかった。

翌朝、僕たち家族は起床して、着替えて、我先にとバスルームで争うように身支度を整え、我を失うくらいの猛烈な勢いでいろんなドライブのための準備をしていて、僕はこっそり残しておいた料理をキッチンで食べながら、ばあちゃんにあのネコのことを聞いてみたんだ。ばあちゃんはあいつが現れた時のことを話して聞かせてくれた。ある朝ミャーとも違う不気味で不快なハウリング音がして目が覚めたそうだ。ばあちゃんはそいつを外へ出してじいちゃんがそいつがくぐり抜けてきた穴や隙間がないか家中探し回ったけど、そんなのは見つからなかった。毎朝やってたよ、習慣になるくらいにね。ついには換気シャフトの格子を変えてなんとかしようとしたけど、結局は無駄な努力だったよ。そいつは毎朝現れた。部屋にこっそり忍び込んでは不気味な赤い目でジロジロ見たかと思うと、壊れたアンプのようにうるさい音を出して、また消えるんだ。

ばあちゃんたちは決して餌付けしようとはしなかったし、僕が知る限り、そいつは餌を食べてなかった。そいつがするっと部屋に入るとあたりを見回しては、やかましい音で部屋の空気を切り裂いたときじゃないと、どこに行ってもそいつを見つけられないんだ。

そのうちばあちゃんは引っ越した。家族みんな怒ってたよ。今でもだけど。ばあちゃんとじいちゃんはすぐに荷物をまとめると、そんなに上品じゃない地域の小さなバンガローに思い出をみんな残して家を後にしたんだ。どうしてって聞いても答えてくれなかったよ。

この話やっぱ長すぎるよね。ごめん。短くすべきだってわかってたんだけど、ずっと書きたいって思ってたし、絶対に忘れたくなかったから。話を端折るとね、あのネコ新しい家にまた入ってきたんだ。前にやってた変な習慣を繰り返してるんだよ。でも今回は、もっとうるさくて耳障りな音を出していたんだ。雑音みたいなザーッっていう音の中にシングルトーンのブザー音が徐々に弱くなっていくようなね。ばあちゃんたちは新しい家を建てるまでそいつに我慢して、置いて行ったんだ。今のところそいつは戻ってきてないよ。

最近ガールフレンドと電話した時、あのネコの話を持ち出して、どれくらい変だったかを話したんだ。自分がそれのことが気がかりだったことを自覚したよ。彼女は僕にどんな姿だったか教えてって頼んだんだ。

思い出せるのは真っ白い…もふもふの毛皮?と、その瞳の奥に宿る深い怒りの紅と、その他には…

そいつには尻尾なんてなかったんじゃないかな。あと覚えているのは不気味なくらい大きく開く口で、今まで僕が見た猫にはそんなんじゃなかった。目を閉じて思い描いてみると、歯もなかった。

ただのポカーンと開いているピンクの口だよ。それとあの変な、人を尾行するような歩き方…ネコの膝間接じゃああんな風に歩けないって。マジで。

実際、あのネコでほんのちょっとでも猫っぽいと思えるのは、僕の心に刻み込まれた事実、つまり僕か誰かがそいつを見ると毎回、背筋の毛が逆立って"猫だ!”って心の中で叫ぶんだ。

僕らが見ているものは現実には存在しなくて、僕らの意識全体は、実際にそこに存在するものの知覚から自分自身を守るためだけの存在だっていう説もあるんだ。

ま、とにかく、今すべきなのはそいつを頭から追い出すことだね。

ヨーリック

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