クリスマスも近く、財団では恒例のパーティーが開かれていた。
ジル・スチュアートのパーティードレスを着込んだ女が一人、喧騒の広場を抜け出し窓際の白く磨かれた抗菌素材のテーブルに着いた。
二人掛けのテーブルの向かいは空いたままだ。
普段は持ち込みを禁止されているウイスキー(ボウモアの12年。)の瓶とグラスを二つ置き、それぞれに深い琥珀色の液体を注いだ。
鞄から眼鏡と取り出してかけると、夜の闇へと視線を投げかける。
ある事故から█年が過ぎていた。だが今でもその時の事を彼女は思い出す。
今よりもまだ若かったあの時の彼女は、およそ恐ろしいものなど無かった。どんな困難も恐ろしい怪物も、全て乗り越えられると信じていた。
だがそれはただの傲慢だ。
この世界には人間が一人でどうにもできない事は無数にあるのだ。
たとえば、自らが立案した調査実験で大きな事故を起こしてしまうとか。
SCP財団。
その恐ろしく巨大で冷酷な機械は時に人の命をいとも容易く消費し、道徳を破壊する。
そこにヒューマニズムをはさむべきでは無い。世界が文学なら、そういった心の通わない組織や人物は大抵の場合、熱血漢の主人公に破壊されるものだ。
だが現実はそうではなかった。この組織の中で博士として、またはエージェントなどとして従事する者は皆その事を知っている。
しかし所詮、人は人だ。財団で働いていて心になにかしらの病を抱えていない職員がいるとしたらそれこそ病的だ。
アーモンド形の瞳に長い睫が揺れている。白い貝殻の様な瞳は遠くを見ている。
建物から漏れる光と夜の闇の中間に、前原愛は一人グラスを傾ける。
そして背後に近づく人影に振り返った。
「…なにしてんの愛ちゃん?」 怪訝な顔を向けたのはエージェント餅月だ。
「うわっ、相変わらず空気読めない子ね。こんな夜に私みたいな美人が一人でさびしそ~にしてるのよ?普通、男が声かけるもんでしょ?」
「えー!声掛け待ちだったのコレ!?うわー…っていうかあんだけ暴れ回っておいてそれは無理じゃない?
ビールは何リットルも飲むし、ケーキは独り占めするし、何人か病院送りにするし… 天王寺もカナヘビもビビッて別会場に逃げちゃったわよ。」
「え、おとなしくしてた方なんだけど…なんかさぁ昔の事思い出しちゃってさ、ほら、あの事件の事…」
「ちえすとぉっ!!」そこに突然、餅月のカラテチョップが前原の頭を一閃した。
「その事故が元で出会った人が今の旦那ってやつでしょ?そのノロケ話、もう千回は聞いてるんですけど!!」
「いったぁ… いいじゃない別にぃ、だってほんとに運命の出会いだったんだもん、南の島でさ、突然天井が崩れてきた時にさ」
「あーあーあー、はいはい、良かったですねー。 ていうかそんでいてなんで男あさってんのよ…」
「それはそれ、これはこれ。 はぁー、もう「operation:アラクネの糸」はぶち壊しだわ。飲み直してこよっと。」
「まだ呑むのか…」
財団の夜はふけていく…