幕引の夢
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 今朝、同期の訃報が届いた。

 回収部隊として赴いた任務先で、事故により命を落としたらしい。──それ自体は別に珍しいことではない。財団に勤め始めてから二十年にはなるが、同僚が亡くなるのはしばしばあることだ。我々は数多くの綱渡りをしているのだから。

 満員のホームに、唸り声をあげながら風を引き連れ地下鉄が到着する。揺られながら考え事をする時間が始まる合図だ。
 二年前に研究員への転属願を出し、補佐として仕事をしている私と、回収部隊に残った彼。彼の判断こそが本来正しいものだとは分かっているが、それでも思わざるを得ない。長年の回収で蓄えた実戦経験を、研究員としての職に生かす。その考えに乗ってくれていたならば彼の死はなかったのではないか。
 回収部隊という櫛の歯はすぐに欠けてしまう。就任当時の先輩はもう既にいない。自分達が最年長のメンバーとなってしまった時、順番が回ってくるのが怖くなった私と、職務に殉じたながらも多くの人々を救ってきた彼。結局のところ私はあの時、ただ逃げただけだ。

何回だって、何回だって助け出してやるからな!



 SCP-268-JPは残酷な悪魔の書いた本だ。私はあれらの生み出す新章の記録と、SCP-268-JP-Aの出現有無の確認という仕事を割り当てられているが、特に英雄譚が完結して死体が排出された日などは精神的にとても消耗してしまう。
 役割を終えた本の傍らには死体が排出されるため、収容ケージはまるで棺桶のような作りとなっている。今日の章では──諦めた『英雄』はいないようだ。ケージから収容されている本達を取り出し、新章を開き、スキャナーにかける。そして追加された章に目を通せば一連のルーチンが終わる。慣れたくなかった動作だ。

 そうでなくても嫌なのは、SCP-268-JP-106を読むことだ。まだ私がくちばしの黄色い回収隊員だったあの時、エージェントだった佐久間さんを助けることができたならば、そして少女と佐久間さんの二人が生きていたのならば、彼は英雄としてこの本に囚われるなんてことは無かっただろう。
 あの時の私が、傍観者になっていなければ。

絶対に助けるんだ! あぁ、死なないでくれ!



 ……妙だ。『無辜の幼き少女を救った、忠勇なる財団エージェントの英雄譚』。
 昨日までのこの本は、淡白な描写ながらも彼の死の実感を大いに湛え、私の心を切り裂いていた。しかし今日の新章は、そこからまさに対角線上にあると言ってもいい。

 蟲の津波が彼の体を、まるで大事な贈り物かなにかのように包み込んでいく。大群は彼の体を両側から食い破らんと欲してその侵入経路へと殺到する。時折口から出る黒が混ざった飛沫のみが、彼の命の火がまだ消えていないということを表している。

 この比喩表現の量は昨日までの比ではない。明らかに文体が変化しているように思える。悪魔も読者におもねって連載を続けようとしているのか? そうであるならば、結末を彼が救われるものに変えてほしいものだ。精神が根本的に捻子曲がっているから、著者は彼の死以外の展開が想像できないのか。

 *

 明らかに文体が変化している個所が、今までに何回かある──違和感が正しいものかどうか調べるため、SCP-268-JP-106の文章データを形態素解析に掛けたところ浮き彫りになった事実だ。直近の変化は昨日で、その前は二年前。そこから更に一月前にも変化している、という具合であり、そこに周期性は見られない。この現象がなぜ起こっているのか、少しでもその手がかりを得るために英雄譚を最初から読み返していた途中、もう一つ新たに分かったことがある。
 彼と少女以外の登場人物が、減る一方なのだ。一番最初の章は、私たちが佐久間さんを助けられなかった時の再演だ。当時の私たちの無能ぶりを英雄譚は唾棄すべき行為と一蹴している。そこから時が流れ、私が現在の仕事に着任した後は、傍観者はいつも一人のみだった。この英雄譚ではそういうものだと思っていたのだ。

 昔、佐久間さんを助けられなかった回収部隊の一員であった彼。昨日の文体の変化は彼の死に前後するものだ。
 調べてみると、当時の回収部隊のメンバーが死んだ日と、文体が変化した日とが照合している。そしてその日を境に、彼と少女を救えない観客が一人ずつ減っていく。
 あの時の傍観者が、書いているのか、英雄譚の文章を?
 
 今はもう傍観者は一人もおらず、佐久間さんを救えなかった者は私だけになってしまった。

 私が、英雄譚の、最後の書き手だ。


 ──と、いうことは、佐久間さんが諦める前に私が死ねば、英雄譚は終わる、のか?

死ぬなよ! 俺は耐えきってやる!



 家へと向かう足音達に交じり、地階のホームへと辿り着く。駅員が放送で、電車が少し遅れていると説明する。

 私が寿命か何かで死ぬまで、佐久間さんは彼女を救い続けてくれるだろうか。五千回以上その身を挺して彼女の命をつなぎ留め、それでもなお。
 いや、研究員だって死に程遠い職業ではない。あまり認めたくない事実ではあるが──まあ、普通の人間よりは早く死ぬだろう。私がわざわざ死を決意しなくても、きっと佐久間さんは耐え続けてくれる。

 ──本当にそうか? いくら研究員だって死ぬ可能性もあると言っても私はまだ四十路。それに対し佐久間さんが英雄として過ごしてきたのは十四年間だ。私が五十と少しで死ぬにしても、英雄譚の章数が五桁になるまで彼を放ったまま、私は日々を暮らすことになる。
 明日になれば、SCP-268-JPの収容室を確認する仕事が私を待っている。私が生きている間に佐久間さんが万が一でも諦めてしまったならば、少女は死体として現れる。そして佐久間さんは、今までの献身を棚に上げられて酷く蔑まれるだろう。他でもない、私の手によって。

 いや、佐久間さんは諦めるような人じゃない。亡くなった後も彼の高潔さは耳にしてきたし、そもそもこれまでの五千章がそれを物語っている。私がこの先二十年以上生きているとしても、彼は救い続けてくれる。すでに亡くなっている佐久間さんは遂に終わりのない物語から解放され、そして少女はきっと生きて現れるだろう。全ては円満に終わる。そうだ、何もここで死ぬことはない──

 違う。囚われた時彼女は八歳だった。あれから十四年が過ぎているが、英雄譚が描写する彼女の姿は幼いままで変わらない。だとするならば、私が二十年後に死んで少女が救われたとしても、彼女にとっては三十年以上たった世界に──彼女の両親だって亡くなっていてもおかしくない年月だ──突然現れることになる。佐久間さんはきっと耐えきってくれるだろうが、代わりに少女は浦島太郎のごとき体験をすることになる。

 その場合でも確かに二人は解放される──しかしそれは、彼女を救った佐久間さんが望む終わりから程遠い。
 そしてこの状況を変えられるのは、私だけだ。

俺が、あの子を助けるんだ! やめろ! 死ぬな!



 唸り声が聞こえ始める。駆り立てられた風がトンネルから抜け出てくる。たった一歩を私が踏み出しさえすれば、あの英雄譚に囚われた二人は最善の形で救われる。


 あの時と同じように、また見殺しにするのか。


 いや。今度こそ、私が────


事案-SCP-268-JP-106
20██年█月█日、SCP-268-JP-106の収容ケージ内に、SCP-268-JP-106-Aが昏睡状態で出現しました。消失から1█年が経過していますが、その外見・健康状態は消失時のものに一致していました。
現在まで、SCP-268-JP-106には新章が確認されておりません。また、最後の章が「最終章」と題されることもありませんでした。
検査によると、SCP-268-JP-106-Aは消失していた1█年間の記憶を持っておらず、覚えている最後の消失前の記憶はSCP-268-JP-106を読むために触れた時点のものでした。
SCP-268-JP-106-Aが他の例と違い、死亡せずに出現した理由は不明です。今回の例に基づき、特別収容プロトコルを一部改変するための議論が進行中です。

追記 106-1: SCP-268-JPの特別収容プロトコルに携わっていた███研究員補佐が、事案発生の前日、勤務からの帰宅途中に死亡しました。詳細は事案SCP-268-JP-106-調査ログを参照してください。

追記 106-2: 事案発生以降█ヵ月が経過しましたが、SCP-268-JP-106-Aに関する異常事態は起こっていません。SCP-268-JP-106-Aの監視レベルを下げ、記憶処理を施して████養護施設に移すことが認可されました。



 通勤客の気だるげな足音、そして遅れていた電車の到来を告げるアナウンスが耳に入る。

 ここは……駅? どうして私は生きている? あの時私は二人を助けるために死んだはずでは

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