イカロス
評価: +19+x

SCP-633-JP-Aからの通信-█の詳細

[中略]

……そればかりか、我々はデクマグを捕らえ、家畜化することに成功しました……デクマグという生き物は非常に醜悪で狡猾な生き物なのでございます。まず第一にその見た目が異様で、赤黒く隆々な体躯や、薄気味悪いほど血の脈が透けて見える青白い肌を持つものや、泥沼と紛うが如き黒い目と髪を有する三種三様、粗暴獰猛狡猾な生物なのです。

例えば我々マトゥラのように流れる風を紡いで衣を作り、健気に咲いた草花をそっと摘んで衣を染め上げ衣服を作るのですが、奴等は違います。卑屈に身を屈め石礫を拾い、罵倒冷罵の怒声を上げながら咆哮し、獲物を追い掛け執拗に殴打したのち、毛皮を剥いで血腥い衣を身に纏うのです。身の衣を剥ぐだけに留まらず奴等は死肉を火に炙り貪り食う習慣から、あらゆる生き物に対する畏敬を抱かぬ異形の者であることは否定できますまい。

私たちは雲海の大地を住処にし、透過した翅や色鮮やかな翼を各々持っています。無論背中にハネを持たないデクマグは、生活圏にたどり着くことはありません。しかしデクマグは岩石や樹木を塔のように積み立てることで、こちら側に侵略してきたのです。デクマグのように生き物を殴打し殺す腕力のない我々は、知恵と工夫を凝らし、積み立てられた塔を崩そうと、歌うような祝詞を捧げ防衛してきました。

火球や稲妻、音波に暴風がデクマグの作った塔を崩すことで、地底から辿り登ってくる奴等の侵略を阻止することができたのですが、それは一時の凌ぎと一時的な繋ぎでしかありません。マトゥラの数に対してデクマグの数はその数倍、数十倍という差があったのです。毎日毎夜明け暮れ夜更かし塔を崩しても、次の日には一つ建ち、二つ作られ、三つ増え、四つ重なり、いつまで続くのか堂々巡り。遂には国の端に奴等の不浄の手が届き、侵略を許してしまったのです。

わが国へ侵略したデクマグはマトゥラの女子供を、美しい人や愛しい子を犇くような諸手を振りかざし捕まえ、翼を毟り身に纏いました。お分かりになるでしょうか……この屈辱が、この憤怒が……。デクマグとマトゥラの最大の違いは、金色の肌や小麦の髪といった色でもなければ、力に乏しく言葉を歌い戦うことでもありません。奴等が礫や石を積み上げなければ私たちの住処にたどり着くことが出来なかったように、私たちマトゥラは空を飛び遊び泳ぎ動くためのハネを持っているのです。その矜持ともいえる最大の身の証が、横暴にも毟り取られ地底の者と同等の姿になる……この雪辱……この憤激……。

背中から赤々とした鮮血を滴らせ顔を覆い泣く者……家族や友人がデクマグに蹂躙され咽び歯噛みする者……被害者の数は日に日に増し、最早破滅を憂い、終局を偲び、悪夢に魘され諦観することだけが取り得となった私たちが、唯一の選択……最後の手段として、前時代に封じ捨てた遺物を通じて、財団職員様、あなた方とコンタクトを取ることに成功したのです。

財団職員様よりご提供くださった技術で、多数の塔を全て破壊し、無数のデクマグを駆逐することに成功しました。更に我々が独自に技術を応用し、捕獲した奴等に施術を行い家畜化することに成功しました。デグマグの頭部を開き脳を弄ることで、奴等の感情を殺し、でくの坊のような有様とする……。えぇ……無論、反対する者も勿論いました……が、手段や手法など、最早選ぶ余裕などなかったのです。その事実を漠然と察して解し、黙して悟ったのでしょう。家畜改良したデクマグについて、ハッキリと文句をつける者はおりませんでした。

デクマグの使用法として、その殆どが他国との均衡維持……重量を有す兵器を運び、殺しあう道具として使用されるようになりました。大半が軍事用の奴隷ですが、中には辛うじて優れた見た目をしたモノがおりましたので、該当するデクマグは首輪で繋ぎ檻に閉じ込め、私たちの慰めものにしました。翼と肌の色以外は我ら誇り高きマトゥラと変わりないゆえ、そのような使い方が出来たのです。我々は鬱憤の敵として、怨恨の仇として、嘲笑の的として奴等を殺し飼い食い潰しました。

我が国は安定し、隣国は落ち着きを取り戻しつつありますが、一つ懸念すべき問題が浮上しています。それは軍事用に使用されるデクマグの争奪についてなのですが、我々を絶滅に追いやった生物だけあって非常に需要が高く、各国との紛争が予想されているのです。もしできれば、あなた方の国から不要な人員、つまりデクマグの支給をお願いしたく存じます。
…………。
 


 
SCP-633-JP-Aからの通信-██の詳細

[中略]

……またかの者は、我らは手を取り合うのであれば、宇宙を修復する方法があると伝えました。

かの者は何の前触れもなく、我々の前に現れました。あの方は、地の底で蠢くデクマグと同様に、翼を持たず詠う言葉を何一つ知らない、我々から見れば痴れ者でした。当初、外敵と寸分違わぬその外見に、恐怖に戦慄きつつも気丈を装い勇敢に立ち向かおうとしたのですが、嬌声とも罵倒も付かぬ声を挙げ掴みかかってくるデクマグとは異なり、ゆるゆると紫煙を吹きながら座り、対話を望むように落ち着いた態度でいたのです。

虚を突かれたとも云えぬ……野蛮な地底の者と大いに異なるその姿態に警戒しながらも、私たち学者はかの者と同じように座り、世界の崩壊を防ぐ術を伺い尋ねました。かの者はその対価として我々の詠う言葉を、条件としてその仕組みを教えることを求めました。

我々は困惑しました。マトゥラの繁栄と共に永く受け継がれてきた清く聖なる詩を、どうしてデクマグ如きに教えることが出来るのか……しかし、我々の失敗と失態により宇宙の壊滅が阻止できるのであれば、何と安い条件であったことか、破格の好条件であったことでしょう。私たちは承諾したのです。

私たちが教えたのは、例えば流れる風を紡いで衣服を作る方法……花弁の色と同じ雨粒を降らせる方法……山のように大きい巨人を生み出す手法……石礫を宝玉にする手法……オーラの絹糸……葉擦れの音楽……幻氷の追憶……篝火の流星……旋風の草原……泡玉の揺り篭……蓮の臥所……玲瓏の髪飾り……紅涙の月明かり……虹の化粧……うてなの鏡……亀裂の天蓋……。

多くの詩を教えてようやくやっと、かの者は私たちにその打開策を教えてくださいました。私たちは藁にも縋る思いと悪魔に身売りする気持ちで、その方法を疑うことなく実行し、そして成功しました。我々はかの者に感謝しました。デクマグの高等種として接することも、誣い語ることも許さず、いつしか救済者と呼ぶようになったのです。

我々の存在する宇宙が安定期に入ってからしばらくして、かの者は私たちの近代文明を捨てるべきだと述べました。もっというなら、鉄の機器を放棄すべきであるとそう述べたのです。我々はその意見に同意し、雲海の地から地底の底へ多くの創造物を投棄しました。

やがて、我々が捨てた物はデクマグが急増し侵略を開始するまでの間忘れ去られ、いつしか遺物と呼称されるようになりました。遺物を捨てて最初の間、急激に文明が廃れたのも同じでございますから、当初の暮らしは混乱と労苦が大きく問題も多かったのですが、徐々に落ち着きを取り戻し、遺物のない生活が当たり前になりました。

しかし……その安定を許さないかのように、デクマグが急速に数を増やし塔を建設し、我々の領域に侵略を開始するようになって、平和が一変し前時代のような混乱期が訪れました。以前申しましたように、塔を幾つも建設し無数に崩してもきりがなく、詠う言葉を向けてもさほど効果がないことから、慧眼な者と聡明な人が話し合った結果、遺物を復興使用しデクマグを駆逐することが決定されたのです。

遺物を使った駆逐とはいっても、そう簡単にことは進みません。以前なら楽に一蹴し蹴散らすことができた戦略戦法が、物資を失ったことで使用することが出来なくなったのです。我々の手元にあるのは鉛を放つ入れ物で、肝心の弾丸がありませんでした。剣で叩き弓矢で刺すといった、本来の使い方とは異なった戦い方しかできなかったのです。苦肉の策と頼みの綱として、辛うじて残存する科学技術を結集し、あなた方と交信することに成功しました。その後のことは、あなた方もよくご存知でしょう。

我々は今、滅びつつあります。いいえ……この通信があなた方に届く前に、私たちは滅びるかもしれません。先も無く後も皆無……この状態をどうにか回避するためのご協力をあなた方に願います。

かの者は私たちの前から去る前、「隣人と手を取り合うように」とおっしゃいました。私たちはその言葉を実行することなくあなた方と接触し更なる技術を設けたことで、残り少ない資源を奪い合う、共食いのような結末を迎えつつあります。それは単純な紛争ではございません。遺物を行使した苛烈な争いなのです。ヒトと人の争いの次は、ハネと羽……同じ轍を踏み自滅しかけている我々ですが、繋ぎ止め塞き止める方法がどこかにあったのも事実でしょう。私たちは遺物を取り戻す禁断を犯すだけでなく、デクマグに一切歩み寄ることをしなかった……これこそが滅びの決定打であったと考えています。

かの者が云った「手を取り合う」という真の意味合いは、マトゥラ同士が協力し助け合う、ただそれだけの意味ではなかったのです。その証拠に我々が地底に捨て、取り戻した遺物のほとんどはデクマグが独自の改良と進化と施し、驚異的な発展を遂げていたのですから。そう……本当に……我々の手に余るほど高度に……。

これは私の想像なのですが、かの者はデクマグに相応しい技術を与えることで我々を守ろうとしたのではないでしょうか……かの者とデクマグの姿はほぼ同じで、財団職員様の世界から来たのだと聞きます。破滅を回避した技術をあなた方が持っていたように、鉄の遺物はデクマグが所持していた方が、安全だったのではないだろうか……と。

私たちが独占して良いものではなかった。かの者が一度呟くよう口にした「鉄と妖精は相性が悪い」は、正しく真理であった。私たちは自分のハネを捥ぎ、地に降り立つべきだった。……しかし、まだ遅くは無いはずです。我々はかの者がそうしたように、今一度手を取り合えるよう努めます。あなた方がデクマグと同様の姿をしていたとしても、私たちはかの者と同様に接することをお約束しましょう。どうかお情けを……我々が復興するその日まで、どうかご尽力くださいますようお願いいたします。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。