午前9時15分。薄暗い通路。突き当りの小さな窓から差し込む僅かな光が、通路の暗さをより際立たせていた。
排気ファンがカラカラと乾いた音を立てている。壁に消火栓の赤いランプが鋭く光っている。
そこへ物々しい黒い武装をした4人が不気味なほどの無音さで、じわりじわりと進み現れた。
通路の奥へ進むその手には、冷たい自動小銃が握られていた。
突き当りの左側にドアが見える。
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この日、サイト-8181の朝は賑やかだった。毎年恒例の託児所のハロウィン行事が始まる。
行事に合わせてお菓子を用意したり、ちょっとした仮装をしたり、そんな風に楽しそうにしている職員も居れば、普段通り書類を運んでいる職員も居た。
今日はサイトのクリアランスが必要ないフロアであれば、託児所の子供達が自由に出入りしていい事になっていた。
サイト管理者の粋な計らい、というより熱のこもった保育士の懇願に因るものが大きかった。
不釣り合いに大きな南瓜の被り物がずれ落ちないよう支えながら走りまわる男の子、きんぴかの星が付いたステッキを振る三角帽の女の子、白いシーツを頭から被ったちっちゃなおばけ。画用紙にクレヨンで書かれたひらがなの報告書をもった小さな博士なんてのも居た。
保育士の引率の元、収容違反を起こした幼児の群れは、サイトを闊歩し、研究室やカフェテリアを"襲撃"し始めていた。この日だけは財団職員もこのかわいらしいオブジェクト達に勝てないようだ。
そんな中、カフェテリアで熱々のピザを食べようとしていたエージェントの携帯電話に連絡が入る。
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消火栓の赤いランプが一人の顔を照らした。
しかし、赤い光に映し出されたのは覆面で隠された造作の無い顔。
突き当りに近づき明るみに現れた4人は、全員ヘルメットの下にバラクラバを被っていた。
それぞれを区別するには胸のパッチに記された番号と体格以外に無い。
先頭の男の鋭い目が、目的地のドアをバイザーの下から睨んでいた。
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「概要は以上だ。」椅子に腰かけた男はエージェントにそう言った。
「装備はそこのロッカーにある。準備ができ次第、速やかに現場に向かう」
部屋にはエージェントの他に3人居た。目の前の椅子の男と、同じように集められた2人。
連絡が入った時点で気は重かったが、そう思っていたのは俺だけでは無かったらしい。2人とも無表情だが、目がそう訴えていた。
「不満なようだが、やって貰うぞ」見透かしたように椅子の男が言った。
「首根っこ掴まれてる事を忘れるなよ」
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ドアの手前まで来たところでリーダーらしき先頭の男が立ち止まり、振り返らずハンドサインで後続に指示を出す。
後続の3人は音を立てずに移動、ドアを挟むよう両側に張り付き、止まる。
ドアの蝶番側に1人、残りはドアノブ側に。
ドアの蝶番側に居る男が腕を伸ばし、ドアノブに手を掛ける。
突入の準備は整った。
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移動中、今更ながらエージェントは後悔の念に苛まれていた。表情は暗かったが、バラクラバとバイザーに隠され、それを察するのは無理な話だった。
恐らく、この2人も同じような目に遭ったのだろう。先頭の男以外は目が虚ろだった。
いくらハロウィンとはいえ、全身ガチガチの機動部隊装備でサイトを駆けていく4人は異様だった。
何かの異常事態が発生したのか、退避の必要はあるか、と管理部門に問い合わせる職員も居た程だ。
今はカフェテリアで虎屋博士と遊んでいたかわいらしいオブジェクト達は、怖がる事は無かったが、不思議そうな目で4人を見送っていった。
連絡を受けた管理部門の担当職員は、大慌てで直近で提出された装備使用許可申請書、警備計画書、実験許可書、その他関係ありそうな書類を片っ端から再確認したが、そんな書類は一枚もなかった。
しかし、連絡を受けた目撃地点と施設地図を見比べ、ふと気が付いて席を立った。
そして肩を怒らせてある男の部屋へ向かった。
あの男ならその程度の装備は持っているかもしれない。そして多分こんな事をするのはあの男だけだ。
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――差前。
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最悪だ。この男に話したのが間違いだった。
直してもらった俺の愛機に付いてたあんな機能やこんな機能、酒の席で自慢しちまったのが運のツキだったんだ。
普段は誰も聞いてくれない俺の愛機の話を、それはそれは楽しそうに聞いてくれるもんだから、あんまり嬉しくてついべらべら喋っちまった。
クソ、まじで最悪だ。こんなクソ作戦に付き合わされるとは。
後悔はまだ続いていたが、しかしもう遅かった。彼はもう目的地のドアを開けようとノブを掴んでいた。
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ノブ側の先頭に居た、武装した差前が小さく頷き、ドアノブを掴むエージェント速水がもっと小さく頷き返す。
刹那、勢いよく開かれたドアに、差前、田中 鈴木、西塔が雪崩込んだ。
そして精巧なモデルガンを突きつけ、差前が叫ぶ。
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「ハッピーハロウィーントリッ…えぇい面倒だ!!菓子よこせ!!」
予想外の"襲撃"に、口をあんぐりと開け、抱えた腕いっぱいのお菓子を全部落とした目の前の串間保育士に向けて。