犬にすらなれぬ者
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逃げ出してしまいたい。

半年を費やして描いた俺の渾身の世界は、物語は、あっけなく二次審査で落ちた。そうなってしまえばもうその半年は無駄な時間として処理せざるを得ない。「これも経験になる」なんて悠長なことを言っていられるほどの余裕はとっくに失われている。それなのに、一瞬でも"一次審査で落ちなかっただけ、俺は人とは違う"なんて思考を行ってしまった自分を心の底から軽蔑する。甘えた自分ごと、今回産み落とされた電子上の紙屑を、ゴミ箱にドラッグして忘れ去ろうとしてみる。当然、忘れられるわけもなかった。

先週、俺の誕生日。いつまで夢を見るつもりなのか、そう両親に諭されたことを思い出す。同年代の友人は既に真っ当な職に就き、家族を築き、優しい笑みなんか浮かべている。

俺だけなのだ。俺だけが何処にも行けず、ただ狭い部屋で無駄を作り、無駄を送り、無駄を消す生活をしている。

子供の頃、小説家になるのが夢だった。そう、夢"だった"。だからこの道を選んだのだ。それなのに、その道を目指して歩いているのか、ただ止まれなくなっただけなのかも、もう今は忘れてしまっている。疲れだけを感じて1日が終わる。もう自分には情熱も才能もない、とっくに知っている。

逃げ出してしまいたい。何処に逃げるのかなんて知らない。何から逃げるのかも知らない。目の前のパソコンに書かれた次の作品のプロットを書き進めるのも嫌になった。でも一応、と目は通してしまう。それは習慣つけられた行動でしかなく、今日はもう書く気なんてなかった。

プロットの途中を見ていたら、ひどく馬鹿らしくなった。意味もなく、舌を出してみたりする。

座っていた椅子を蹴り倒して寝転がった。疲れていたので眠ってしまった。起きたら腹が減っていたので部屋にあったスナック菓子とカップ麺を全て平らげた。まだ時間があるので部屋をぐるぐる回った。奇声を発してみた。誰も、何も文句を言わなかった。そりゃそうだ、この部屋には俺一人しかいないのだから。


我に帰ると夜が更けていた。残されていたのは何もかもぐちゃぐちゃになった部屋、働かない脳味噌、へたくそな犬が書かれたプロット。それだけだった。

犬にすらなれなかった、そう悟った俺はプロットの続きを書き始めることにした。どうせ何処へも行けないのだから、俺は此処で動き続けるしかないのだろう。悲観なのが楽観なのかよくわからない思考に一人笑い、犬を文章で塗り潰し、最後にファイルを保存した。

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